旅支度をする見習いメイド
私は今、大きな壁にぶち当たっている。これを乗り越えない限り、王都での穏やかな暮らしは訪れない。この『王都穏やか生活作戦』で準備したこのたくさんの荷物を、メイド長から渡されたこの小さなトランクに詰めなければ!
「ふっ、ふんぬぅぅ」
私の非力な手では、荷物を詰め過ぎたトランクは閉じる気配すらない。せめて、このトランクがもう一つあれば……。
「荷物が全部入る魔道具でもあれば良いのに……」
魔法とかで荷物を全部吸い込んで、それで小さなポシェットとかになってくれたら最高なのに!
「やはり、犠牲なくして王都には辿り着けないのですね」
「何一人でブツブツ言ってるんですか?」
「ひゃあぁぁぁ!」
突然後ろから声がして、驚きのあまりひっくり返ってしまった。
そんな私をメイド長が呆れた顔で見ている。
「まだ詰め終わってなかったんですね」
「備えあればなんとやらです!」
「憂なしですよ。はあぁ、私が手伝いましょう」
「えぇ?!そんな、申し訳ないですよ」
「いいから、始めますよ」
「は、はい」
メイド長は私の小さなトランクをヒョイっと持ち上げると、中身を全部出した。
「ええ!?せっかく良い感じに詰めたのに!」
「良い感じも何も、閉じれてないのですから、意味ありませんよ。これとこれはいらない。これもいらない。これもいりません」
「ああ、そんな!ええ、それもですか!騎士団に捕まったらどうしたら……。ああ、私の『王都穏やか生活作戦』が……」
「騎士団に捕まることを前提に王都に行くのは盗賊か、それに準ずる何かですね。よって私たちには不要です」
「がーん」
不要と言われ、まるで残骸の山となった私の叡智の結晶たち。悲しいです。
「この蜂蜜の瓶は何に使うつもりだったんですか?」
「蜂蜜は甘いので騎士団に騎士様達にお渡しすれば、捕まっても見逃してくれるはずです」
「この押し花がたくさん入った袋は?」
「そのお花はとても香りがいいので、王都の門番様にお渡しすれば、きっと私も王都へ入れてくれます!」
「なんで、干し肉の瓶まで持ってるんですか?」
「それは牢屋に入れられたときに、見張りの方にお渡しして誤解を解こうかと……」
「……あなたは王都をなんだと思ってるんですか?」
「貴族の方がお集まりになる。すごい場所です!」
「はあぁぁ……」
私の部屋にメイド長の大きなため息が響き渡った。
その後目にも止まらぬ速さでメイド長がトランクに荷物を詰める。私が涙ながらに叡智の結晶達を眺めている間にトランクはすでに閉められていた。
「終わりましたよ」
「何から何まですみません」
「いえ、旅自体が初めてだったあなたには酷な指示でしたね。こちらのミスです」
「あはは、すみません」
「では、また後で呼びに来ます」
「あ、あの!」
「なんですか?」
私は恐る恐る木箱をメイド長に渡す。
「これはどうしても持っていきたいんです。もし入るようでしたら、メイド長のトランクに入れてくれませんか?」
「これは?」
「宝物入れです!」
「……そうですか、わかりました。なんとかしましょう」
「あ、ありがとうございます!」
メイド長は私の宝物入れを大事そうに抱えながら、部屋を出て行った。
「この部屋にはいつ帰ってくるのでしょうか?」
あの森で伯爵家の馬車に出会わなかったら、私はきっと今ここにいない。どれだけ感謝しても返せない恩が私にはある。私を引き取ってくれたこと。衣食住を与えてくれたこと。そして働かせてくれたこと。その全てが宝物のだったのだと思う。
「きっとこの部屋も宝物入れです!」
この部屋に感謝を伝えながら、私は部屋の掃除を始めた。
★★★★★★
ニーナside
「あの子、宝物入れなんて持っていたのですね」
いつも無邪気に笑う、歳の割に小柄なメイド見習いを思い浮かべる。普段からあれもこれも大事そうに抱えて持ち帰ろうとする子が、宝物という言葉を使ってまでしまうほどのもの……気になりますね。
「あら、そんなところでニーナどうしたの?」
サラサラの長い銀髪を揺らしながら、この屋敷の主人が姿を現す。
「奥様、ミラの荷造りを手伝っておりました」
「そうだったのね。ミラちゃんが、この家からいなくなるなんて……私寂しくて倒れちゃうかもしれないわ」
「お戯れを。しかしミラには言わないでくださいね。多分ですが、泣いてしまいますよ?」
「ふふ、そうね!そんな気がするわ!ところで、それは?」
奥様が指さす先にあるもの、ミラの宝物入れだ。
「これはミラの宝物あれだそうです。トランクに入らないので私のトランクに入れて欲しいとお願いされました」
「ミラちゃんの……宝物入れ……?」
奥様の瞳が怪しく光る。まずいと思った時にはもうすでに遅かった。
「開けてみましょう!」
「ダメですよ。ミラに悪いですから」
「あら、気にならないの?」
「……っ、気にはなりますが」
私の返事に奥様の口元は弧を描く。ポケットから呼び鈴を出して『チリリン』と鳴らす。
するとどこからともなく、メイド達が奥様の前へと姿を見せる。
「みんな大広間に集合よ!ミラちゃんの宝物入れ開封大会をします!」
「「「はい!」」」
そのままゾロゾロと急足で、大広間へと向かって行った。
「はあぁぁ。後でミラに謝らないと……」
心で何度もミラに謝罪しつつ、私も大広間へと向かった。
大広間にはすでに十人以上の使用人が集まっており、みんな楽しそうに台の上に座る奥様を見ている。
「みんな知っての通り、ミラちゃんが明日あの屋敷から王都へと向かいます」
その言葉に使用人全員の表情が暗くなる。それもそのはず、この屋敷にある見習いはミラだけで、いつも明るく元気で裏表のない愛らしい表情を見せる彼女は使用人たちにとって天使のような存在だった。
ミラと清掃作業の場所を被らせたいがために、暴動が起きそうになったこともあるほどだ。
その暴動騒ぎがきっかけとなり、彼女の指導と掃除関係を一緒に行うのは私の仕事となった。
「じゃあ、早速開けるわね。ニーナ隣にいらっしゃい」
「はい、奥様」
奥様の隣に立ち、気は進まないが彼女に向かって箱を開ける。なんの装飾もない質素な木箱の中には、いろんなものが詰まっていた。
ボタンや破れかけのリボン、動物を模った小さな置物。お嬢様から頂いたお手紙もある。
奥様はその中から一つを摘み取り出す。
「これって、私があの子にあげたあやとりの糸ね」
「この前お嬢様から頂いたお手紙も入っていますね」
まさかと思うが、これ全部人から貰ったものなのだろうか?
「これは何かの切れ端かしら?」
奥様が手に取り、その折れた紙を開く。その中身を見て奥様の目から涙が溢れ始めてしまった。
そのまま、その切れ端を私に渡してくる。私は木箱を奥様に渡して、紙に書かれているまだまだ下手な字の内容を読み上げる。
「“女神様へ、私の周りにはいい人がいっぱいいます。その人たちがもっと幸せになれるようにしたいです!私のお金を全部あげるので、みんなに楽しいこと、幸せなこと、嬉しいことをください。あと、みんなが風邪をひいたり、怪我をしたりしたら、私に移してください。私は丈夫なのでへっちゃらです!私にはみんなにできることがありません。返せるものもありません。なのでお願いです。食べ物の好き嫌いもしません。お仕事ももっと頑張ります。なので女神様!どうか叶えてください!!ミラより”」
自然と私の目からも涙が溢れていた。これは、こんなのはズルすぎる。ふと前を向くと使用人全員が同じように涙を流し、彼女が王都へ行くことを惜しんでいるようだった。
「ニーナ!私も王都に連れてって!」
「奥様にはお役目がありますから、旦那様に手紙でも出してください」
「こんな素敵なものを見て、ミラちゃんと離れるなんてできないわ。無理よ!むーりー!もちもちほっぺで、お目目がクリクリしてて、天使みたいな笑顔のミラちゃんが見れないなんて無理ですー」
「そんな無茶苦茶言わないでください。私にはできません。それに!」
私のあまり出さない大きな声に、奥様含め、使用人たちも口を閉じ顔を上げる。
「私はミラにはもっと広い世界を見て欲しいと思っています。彼女はもっと様々なものを見て、いろいろなことを学び、たくさんの人と出会うべきだと思います」
「そうね……」
「はい、これからミラはこの箱では収まらないほどの宝物を見つけてくるでしょう。大丈夫ですよ奥様、ここに書いてあることがミラの本心なのですから、必ず戻ってきます」
「そうよね!」
良かったなんとかおさまった。奥様は一度でも決めると折れないから、心配だったけどなんとか丸めこめた。
心の中で安堵していると奥様が使用人に声をかける。
「では、当初の予定通りミラにあげる餞別を考えましょうか。何か意見のあるもの!」
その後はまるでオークション会場のような大声での声の掛け合い。私がこの部屋から出た時には日が傾き始めていた。
「つ、疲れた……」
★★★★★★
「ハックション!」
風邪かな?いや、あのお手紙を女神様が見たに違いない!という事はこれは誰かの風邪!
「みんなが元気なら、きっとご飯も美味しい!つまり幸せ!つまり最高ということですね!」
腰に手を当て、窓に向かって笑う。明日は王都へ向かいますが、これだけみんなのために行動したのです!きっと捕まっても、門番様も騎士様も、そして牢屋の見張り番様も私を見逃してくれるに違いない!
「脱・断頭台!えいえいおー!!」
窓から見える景色は、オレンジ色になり始めている。木の影が伸びて、遠くに見える山が少し怖い顔をする。
「……それにしても、メイド長遅いですね。呼びに来ると言っていましたが、まさか忘れているのでしょうか?」
本館には仕事や用事がないと、行ってはいけないと言われていますが、メイド長に何かあってからでは遅いですからね!
「いざ、出発です!」
猫のように足跡を立てず、梟のように服の音も鳴らさない。世界から音が消えていく、一歩二歩と前に出るが、足元からは何も音がしない。メイド服の擦れる音もしない。
そんな音のない世界を歩き、私は本館の食堂の前へとやってきた。
「誰もいませんね」
再び音のない世界に入り、忍足で本館を探索する。しかし、いつも賑やかな本館は誰もいなかった。
「なんで誰もいないのでしょう?……もしかして、私を置いて王都に行ってしまったのでしょうか?」
そう思うと急に血の気が引いてくる。馬鹿でドジな私では一人では生きていけない。
窓を開けるそこには奥様と使用人が馬車に乗っている。まずい置いていかれる!
「ど、どどど、どうすれば!そうです!窓から飛べばいいのです!これくらいの高さなら落ちても平気ですからね」
『バンッ』と大きな音を立てて窓を開ける。音を聞きつけたみんなが私を見る。
「お、置いていかないでくださーい」
みんなが何か言ってるが、三階だと距離があって、よく聞こえない。
「よっこらしょ!」
窓の位置が高くて、うまく足が出せない。
「……あっ」
足の引っかかりが取れたと同時に、支えを失った私の体はそのまま地面へと落ちていく。
無意識的に再び音のない世界に入る。まるで猫のように落下しながら体勢を整えると、そのまま地面に手と足を使って着地した。
「はっはっは、大成功です!」
「何が大成功なのですか?」
「……あ」
後ろを振り返ると、息を切らしながら、いつもにも増して目が鋭くなったメイド長がいた。
「こ、これはですね。はしたないことは理解してたのですが、間に合わないかと思って仕方なくですね」
何も言わずに私の体をあちこち触るメイド長に私はことの経緯を説明するが、全く聞いてくれない。
「とりあえず、怪我はないようですね」
「あの程度の高さで怪我をするほど、やわではありません」
「私は慣れていますから、怪我の有無を確認すればいいですが、あちらの方々はそうではありませんから……しっかり叱られてきなさい」
「……えっ?」
壊れかけの滑車のように首を『ギギギ』と動かしてみれば、奥様と使用人の方々が鬼の形相でこちらを見ていた。
「あっ……」
それから私は大広間へと連れていかれ、みんなから順番に叱られ、最後の奥様に叱られる頃にはすっかり夕食の時間になっていた。




