メイド長と見習いメイド
メイド長の部屋の前へと立ち、習った通りに四回扉を叩く。少し前に二回しか叩かなくて、『ここはトイレではありません』と閉じられたことがあった。貴族のお屋敷ともあると扉を叩く回数にも意味があるのかと驚いたものだ。あの衝撃は忘れられない。
「メイド長、ミラです!」
「どうぞ、入りなさい」
中から聞こえるメイド長の声は心なしか元気がないように聞こえる。
扉を開けると、今にも灰になってしまいそうなほど、げっそりとしたメイド長が、目をしょぼしょぼさせて書類と向き合っていた。その横にはいつも通りの笑顔を振り撒く執事長の分身がいる。
「メ、メイド長!?どうしたんですか?」
「……なんでもありませんよ」
「な、なんでもないんですか?……なんか白くなってますよ?」
「……気のせいですよ」
風が吹けば飛んでしまいそうなほどに疲弊してる。きっと私にはわからない苦労があるのでしょう。
「ホッホッホ、ではミラさんも帰ってきたことです。私は戻るといたしましょう。ニーナさん、言葉とは伝わって初めて意味を持つのです。それをくれぐれも忘れないように」
「……あ、ありがとうございました」
『ニーナさん』という言葉にメイド長はビクッと肩を震わせてから立ち上がり、部屋を去っていく執事長にお辞儀していた。
いつも私を指導してくれるメイド長も執事長の前では、指導される側なのだと思うと少し可愛らしい。
「メイド長、お疲れのようでしたら、また後で来ますよ?」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。嵐は去りましたらね」
「嵐……?」
「こちらの話です。それで何かありましたか?」
「あ、そうでした」
私はエプロンドレスのポケットから手紙を取り出し、メイド長の前に置く。
「全部読めたのですが、単語の意味がよく分かってなくて、メイド長にも一緒に見てもらえたらと思いまして」
「手紙を全部読んだ……?三日で?字が読めなかったのに?」
「執事長に協力いただきまして、私頑張りました!三日前から今日まで不眠不休!食事と水分はポーションのみです」
「……なんだか、頭が痛くなりそうです」
「大丈夫ですか?そうだ!執事長に頼んでポーションを貰ってきましょうか?」
「それだけは、どうか勘弁してください」
額を抑えながら、顔を青くするメイド長はやはりお疲れの様子。私にできることは何かないだろうか?
「あ!」
そういえば、お嬢様はよく私がアレをすると『元気になるわ』と言っていたっけ。少し恥ずかしいけどメイド長のために、この不詳ミラ!やらせていただきます!
「メイド長、少し椅子と机の間を空けていただけますか?」
「ええ、いいですが、なんですか?」
「では、失礼します」
そう言ってメイド長と机の間に入り込む。普通の人なら狭いだろうけど、小柄な私なら余裕で入れます。私が後もう一人は入れますね。
不思議そうに見ているメイド長の膝の上に腰掛け、横を向きながらメイド長の頭を撫でる。
「よしよし、メイド長はいっぱい頑張って偉いですね。みんなメイド長が頑張ってるのは知ってます。だから、休んでもいいんですよ」
「〜〜〜〜っ!!」
メイド長の顔がどんどん赤くなっていき、疲れ切っていた目がどんどん鋭くなっていく……。あ、これ、怒られるやつだ。
私は勢いよく立ち上がり、頭を下げる。
「す、すみません。お嬢様はいつもこれをすると元気が出ると言ってくれてましたので、そ、そのあの、えーっと」
「……ですか」
「えっ?」
「…もう終わりなんですか?」
怒ってない?いやでも、目は……。めっちゃ睨んでる。ど、どっちなんだろう?
「じゃ、じゃあ、い、いいですか?」
「あなたがはじめたのでしょう?なら、最後までなさい」
「は、はい!」
メイド長の目は相変わらず、キッとして少し怖いけど、どうやら怒ってはいないようなので、また膝に座り頭を撫で始める。……怒ってないよね?
「メイド長は頑張ってます!」
「…そう」
「とってもえらいです!」
「…そ、そう」
「お嬢様が言っていました。『上の立場になればなるほど、誰にも褒められなくなるし、怒られなくなる。だから、ミラは私が偉くなっても褒めてね』って、私は馬鹿なので何を言っているのかはわかりませんでしたが、きっと褒めてもらえない人を探して褒めるのが私のできることなのだと思いました」
「……そう、なのね」
メイド長の口元がヒクヒクしているのを見て、きっと怒ることを我慢してまで私の好きにさせてくれているのだろうと思った。
「メイド長、いつもありがとうございます」
「……えっ?」
「私はメイド長にたくさん教えて頂けて幸せですよ」
メイド長の目を見て、笑いながら感謝を伝える。昔お嬢様が『感謝されて嬉しくない人はいないわ』って言っていた。
こうして私を気遣ってくれるメイド長に感謝してるのは本当のことだし、嬉しい気持ちになってくれたら私も嬉しい。そして、怒らないでほしい。
そんなことを思っているとメイド長の目から涙がポロポロと溢れはじめた。
「ど、どどど、どうしましたか?わ、私重かったでしょうか!す、すぐに降りますので」
「このままでいて」
「えっ?」
「このままで、いてちょうだい」
「はい。メイド長、どこか痛かったですか?」
「気にしないでください。書類仕事のやりすぎで目が疲れているだけです」
「そ、そうなんですね」
メイド長は私の腰に手を回すと、そのまま私を机の方に向けた。背中に感じるメイド長の体温がとても温かくて気持ちいい。
「手紙、読めるようになったと聞きました。ここで読んでみて頂けますか?」
「はい、見ててくださいね!」
「ええ、見てますよ」
「えへへ」
後ろから回されたメイド長の手が、私のお腹の前でギュッと結ばれる。メイド長に包まれて手紙を読めるなんて、私は幸せ者です。
きっと、寝ずに三日間不眠不休で勉強したから、女神様がご褒美をくれたのでしょう。
「“私の可愛いミラへ………”」
その後もメイド長は何も言わずに、私のへたっぴな手紙の読み聞かせを静かに聞いてくれていた。
少し恥ずかしい気もしたけど、それよりもメイド長が聞いてくれるのがとても嬉しかった。
私が読み終わると、メイド長が頭を撫でてくれた。
「頑張りましたね」
「えへへ、これでメイド長とまだ一緒にいれますか?」
「……っ、ええ、ええ、もちろんです」
「よかったー!!でも、この手紙読めたんですけど、よく分かってなくて……」
メイド長が後ろで鼻をスンスンと鳴らしている。もしかしたら仕事のしすぎで、風邪を引いたのではないだろうか?
「メイド長、お風邪ですか?寒くないですか?」
「……っ、これは、その、こういう呼吸法をすると疲労感和らぐんですよ」
「へぇー、そうなんですね!後で執事長にも教えてあげましょう!」
「だ、黙っておきましょう!きっとご存知ですよ。執事長は物知りですから!」
「確かに、そうですね!」
メイド長が大きく息を吐き、椅子に寄りかかる音がした。
「それで、何がわからなかったのですか?」
「それなんですが、その前にとんでもない事実を知ってしまいました」
「……なんですか?」
「なんと、私は、お嬢様のものだったんです!」
「……どういうことですか?」
私はメイド長に手紙の先頭を指差す。
「“私の可愛いミラ”って書いてあるんです!わ、私はこれまで伯爵様に雇って頂いてると思ってましたが、いつの間にかお嬢様のものになっていたようなのです!」
「それは……いえ、なんでもありません。今度お嬢様に直接聞いてみなさい。きっと喜ばれますよ」
「そうでしょうか?」
なぜ私がお嬢様のものになったのかは謎のままだけど、喜んでいるのならきっと良いことなのでしょう。
「それで、分からないところとは?」
「ここの文なんですけど……」
メイド長とこうやって、会話するのはとても楽しくて時間を忘れるほどだった。
普段、私のせいでプンプンしているメイド長も今日はとても穏やかで、いつものキリッとしたメイド長からは想像もできないほどに、優しい声で話してくれた。
「えーっと、ですね。つまり、お嬢様はお願い事をするために、すごく難しいお勉強をして、上位五位という、とてもすごいことをなされて、お願い事を叶えてもらえることになったと」
「そうです」
「そのお願い事が王都で一緒に暮らすことだと」
「そうです」
「誰が王都に行くんですか?」
「あなたと私です」
「……メイド長と私?王都?……む、むむ、無理です。私が行ったら不敬罪で断頭台に上がるんじゃないですか?」
「何かしたんですか?」
「……おやつをつまみ食いしました」
「それから?」
「……割ってしまったお皿を隠しました」
「それから?」
「……りょ、料理長から隠れてパンを貰いました」
お腹にまわっていたメイド長の手が顔へと上がり、私の頬を引っ張り始める。
「いはいれふ」
「私の知らない間に色々してたんですね」
「ふひはへん」
「罰として、あなたには今日から私と手紙のやり取りをしてもらいます」
「はひ」
「そうですね。二日ごとに返事を書くようにしましょう。仕事もありますからね」
「ははりはしは」
「……よろしい」
そう言って手を離すと、メイド長は再び私のお腹へと手を回し、ギュッと抱き寄せてくれた。
「安心しなさい。王都に行っても捕まったりしませんよ。それに、これはお嬢様からのお願いなのですよ?無碍にできるとでも?」
「そ、そうですけど、他のお貴族様にご迷惑をかけてしまうのではと思うと心配で」
「あなたが失礼をしないためにも、私が一緒に行くのです。それとも、私とでは不安ですか?」
「そ、そんなことないです!」
後ろを振り返ると、目を真っ赤にして私を睨むメイド長がいました。すごく怒っているみたいです。
私はアワアワと手を動かしながら、何か言い訳を考えるが、慌て過ぎて考えはまとまらない。
「では、私と一緒に王都へ参りましょう」
「は、はひぃ」
きっと出発はまだ先なのだろうけど、私は王都へと行くことが決まった。これから屋敷中を回ってみんなに挨拶しないと。
「王都へ着いたら、まず身分証を作りましょうね」
「ミブンショウ?」
「そういえば教えてませんでしたね。コレです」
メイド長が首元から出したのは、大人の親指ほどの大きさの金色に輝くプレートだった。
「これは王都の総合ギルドと呼ばれる場所で作りました。これを専用の魔道具にかざすと、どこの誰で、どんな仕事をしていて、身元保証人は誰なのかがすぐにわかります」
「……ほぇー」
「聞いてますか?」
「は、はい、大丈夫です!なんかすごいものってことは、わかりましたから!」
「……まあ、今はそれで良いでしょう」
こんなに綺麗なものを、王都の人は首につけて生活しているなんてすごい!
「わ、私も金色のが貰えるのですか?」
「どうでしょう。私のは少しだけ特殊な使用なので、同じ色になるかは行ってみないとわかりませんね」
「そ、そうなんですね。メイド長とお揃いだったら嬉しかったのですが……」
「……なっ?!」
いや、そもそもメイド長とお揃いをするということ自体が少し不敬な気もする。でも、みんなが金色を下げている中、私だけ木の板を渡されたら……。
頭の中で想像が膨らんでいく。
木の板を下げた私が『おい見ろよ!アイツ、木の板つけてるぞ!』と目をつけられる。
木の身分証を割られ、燃やされ、身分証をなくした私は『身分証が無いのに王都にいるとはなんたる不敬』と集まる騎士団。
「私捕まってしまうかもしれません……」
「何言ってるんですか?」
膝の上で慌てふためく私を、メイド長は大きくため息を吐きながら、優しく撫でてくれたが、想像が膨らみ過ぎて、慌てていた私はその優しい手に気づかない。
私の頭の中には、牢獄へと入れられ、断頭台を待つことしかできない見窄らしい姿の私。
「あわわわ、ど、どうか命だけは……」
「どうしてそうなるんですか?」




