孤独な私を慰めてくれた第二王子は、一年経っても帰って来ない
私、シェルナ・コットライはいつも独りぼっちだった。
だから、毎日毎日、同じ暗闇の中に突っ立っているだけのようだったのだ。
婚約は毎回失敗し、未だ婚約者が居ない身。まだ十五歳でも、あと一年もすればこの国では成人となる。成人になっても婚約者が居なければ、その人は社交界で浮く存在へと、変わり果てるだろう。
そんな社交界を、私は嫌っていた。
でも、そんな私も生まれて初めて『恋』をした。
「どうか、したのですか」
舞踏会で、気遣うように優しい声を掛けてくれたのは第二王子殿下だ。
私の初恋の人。聞こえは良いけれど、その言葉に『叶わない』と付け足したら、それはもう己の心臓を辛くする一部になる。
「なんでもないです」
殿下は私と同い年で、誰にでも平等に接する聖人のようなお方だ。
名は、アフェル・ローカンド殿下。金髪碧眼の美少年だ。
そんな貴いお方に、私は素っ気なく返事をする。
変なの。微かな好意を持っている人に、無意識に素っ気なくするなんて。
「そうか。なら大丈夫………でも、辛い時は大人に相談するんだよ」
「………はい」
彼は優しい。私には相談出来る大人は居ないのに、そう心配してくれる。
だから、私は殿下に恋をした。
舞踏会で心配そうに声を掛けられ、お話する時間が私は好きだった。
〜〜*〜〜*〜〜
殿下が、遠い国へ留学に行く。
王太子である第一王子が行けないとされ、第二王子が留学へ行くことになった。
この時、日が昇る時間帯なのに世界が真っ暗に見えた。
でも、私と殿下は話をするどころか、さよならもしていない。
(殿下が出国なさって、もう一ヶ月)
そろそろ、孤独な私の心は慰められなく、なりそうだ。
窓から、遠い国を思う。
留学なさる国は、技術は発展した国なのだそう。殿下の自国であるここは自然がたくさんで、それも国の良いところだけれど、もう少し技術を発展させたいそう。だから、技術を学ぶために遠い国へわざわざ赴く。
〜〜*〜〜*〜〜
殿下が留学なさって、もう一年。まだ、殿下は帰って来てない。
私は、あと数日で成人式を迎える。
ねぇアフェル殿下。貴方はいつ、帰って来るの……?
貴方は、殿下は優しい。
孤独な私に慰めるように寄り添ってくれた。
でも殿下が居ない今、友人も、信頼出来る大人も居なくて。
———寂しがり屋な私は、今日も彼の存在に想いを馳せる。
〜〜*〜〜*〜〜
夜。私は自然と、夜空を見上げた。
アフェル殿下が出国なさる前、社交場で彼が私に言ってくれた。
その社交の時も、今のような晴れた夜だった。
『シェルナ、という名前は、星をイメージさせるね』
夜空を見上げながら、殿下は私に言ってくれた。
私の名前を聞くと、星が思い浮かぶと。
でも、今、今想えば。
(私の星は、アフェル殿下)
私が落ち込んでいれば、何となく雰囲気でそれを察してくれて。
優しい声を掛けて、背中をさすってくれる。
落ちこぼれと、無能だと、婚約者をも捕まえられないと蔑まれる私に、殿下だけが一番に寄り添ってくれた。己の立場など気にせず、一人の人間として、たった一人の少女を何日も何日も心配してくれた。
貴方が居ないと、私はどうなるだろう。
国を跨ぐ留学は、これから先の私の未来を、暗くする。
〜〜*〜〜*〜〜
僕は、第二王子だ。
アフェル・ローカンドという名前。
僕は今、一年ほど留学している。
諸事情で、王太子の兄上ではなく第二王子の僕が留学することになった。
色々なことを学べる良い機会なのに、僕は憂鬱な気分で一年間を過ごしていた。
『なんでもないです』
『ありがとうございます。殿下……』
彼女の言葉を、落ち着ける夜になれば自然と思い出す。
シェルナ。僕にとって、微かに光る星。
落ち込み、侮辱されていたシェルナ嬢を、僕が慰めた。そうすれば彼女は、僅かに口角を上げ、『ありがとうございます』と礼を言ってくれた。
きっと、蔑まれているシェルナ嬢の微笑みは僕しか知らない。
そう思うと、胸がトクトク鳴る。
「殿下」
「っ………!」
留学先の王城のバルコニーで、寝間着姿のまま夜空を見上げていれば、年寄りの執事が僕を敬称で呼ぶ。いつの間にと、僕は肩が跳ねた。
思わず、言葉が溢れる。
「いつ、帰国出来る?」
「数ヶ月後、でしょうか」
数ヶ月。それまで、彼女に会えない。
もう一年も待った。
そう、一年だ。とても長く、それでいて短い。
あと数ヶ月も待たなければいけないという憂鬱さに、僕は色々と複雑な心境だった。
〜〜*〜〜*〜〜
社交界で、婚約者を探すよう父に言われた。
まったく、娘を道具のように扱う。
社交界での私の立場など、父も母も、分かり切っているだろうに。
「無才な子」
「婚約者になりたくない。あの令嬢だけは」
「公爵家の令嬢でも、無能はなぁ」
ほらね。婚約者なんて作れない。作りたく無いよ。
微かに好意を寄せている方は居ないし、この国は心地よくない。
「いやだ」
私は深く恋に溺れたい。そうすれば、恋に溺れていれば狂っちゃうけど、その代わり何も怖くならなそう。でも、私はそんな性格ではない。恋しているお方がお方で、私には絶対に資格がない。
もう、大人たちの侮辱を聞いているうちに、何もかもどうでも良い、なんて。
思って来ている。そんな自分が、少し怖く感じられた。
「アフェル殿下………」
胸が痛い。心臓が痛い。
何もしていないのに、ストレスのせいで胸がドクドクと鳴る。
「私が、好きなのは、殿下なのに………」
その想いさえも伝えられないという、悲しみ。
あの慰めてくれていた時、素直に言っていれば。
スッキリしていたのだろうか。
夢を見過ぎた、私を許して———、アフェル殿下。
待っているだけ。いや、待たれても彼は余計なお世話かもしれない。
だから私は、待つのも、期待するのもやめた。
もうやめたいよ。明日なら帰って来るかもとか。
「私はずっと前から、恋してる」
きっと私みたいな、慰めても慰めても泣き続ける女など、嫌いだろうな。
大丈夫。期待するのも、待つのもやめるから——。
〜〜*〜〜*〜〜
数ヶ月後。執事が言った、数ヶ月後が来た。
馬車で何日も、何週間も移動し、やっと帰国した。
父上や兄上に謁見した後、僕はシェルナ嬢の家へ行く。
(楽しみだな。どんな顔をするかな)
笑うかな、心配するかな、それとも驚くかな。
期待に胸を躍らせ、僕はシェルナ嬢の住む公爵家へ向かった。
〜〜*〜〜*〜〜
何もかもが、どうでも良いと。
そう思う前、彼は私の色のない世界に彩りを与えてくれた。
でも今はまた、彩りのない世界に戻っている。
「皆、私に言う。——————」
そう。貴族の誰もが、私を見ると、こう話す。
嫌いだ、大嫌い。
婚約者には絶対になりたくない。
令嬢と言えないほどに顔色が悪いな。死んでいるよう。
婚約者も居らず成人を迎えた、哀れなシェルナ様。
可哀想だ、シェルナ嬢の両親が。
こうやって人が蔑むから、私は今日、私の世界をなくす。
料理人が使っている包丁を、私はコッソリ取った。
そして、自室に持って来た。
「ごめん、ごめんなさい。痛い、苦しい、怖いって思ったの」
それが積もり過ぎて、私の心はとうとう壊れた。
彼なら、そんな私になんて声を掛けただろう。
寂しかったね、とか、言うのかな。
「次会うまでに、願わくば———」
そう言い、私は上を向く。上を向いた時、私が今持っている包丁が目に入る。自分の喉仏に遠い距離でそのまま止めている。
勇気が出ない。けど、やらないと。
そしたらきっと、きっと、楽になれて、皆がスッキリする。
決意した目を閉じて次開けた時、私は目を開けていたのに視界は真っ暗だった。
今、刺そうと思ったのに。
〜〜*〜〜*〜〜
申し訳ないけど、入室させてもらった。
彼女の「ごめん」という言葉を扉越しに聞いてしまったから。
(何っ…………!)
心の声なのに震えている。
包丁を喉仏に突き刺そうと目を閉じているシェルナ嬢。
僕は彼女の目を片手で塞ぎ、もう片方の手は彼女の包丁を持っている両手を捕まえる。
「え……………」
「やめて」
思わず溢れたような声に、僕は弾けるようにそう言った。
泣きそうな、情けない声が出た。
包丁を床に落としたシェルナ嬢は、後ろに居る僕を振り返る。
そして、僕を見た瞬間。彼女は膝から崩れ落ちた。
「———っ」
「あ…………」
崩れ落ちる寸前、僕はシェルナ嬢を支える。
僕の胸の中で、彼女は目を乱暴に擦りながら泣いていた。
少し呆気に取られたが、すぐに僕はシェルナ嬢の頭を撫でる。
「殿下…………っ」
「うん」
「おかえり、ですっ」
「…………うん。ただいま、シェルナ」
嬢を付けずに名を呼べば、彼女は頬を染めた。その目は真っ赤で、思わず人差し指で優しく、未だ目に溜まっている彼女の涙を拭う。
僕たちは惹かれ合うように、そのままキスをした。
そして、彼女にこれだけはと言う。
「生きることを、やめないで」
生きていたらきっと、心の支えになってくれる人が現れるから。
「生きることを、やめないでください」




