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孤独な私を慰めてくれた第二王子は、一年経っても帰って来ない

掲載日:2025/11/23

 私、シェルナ・コットライはいつも独りぼっちだった。

 だから、毎日毎日、同じ暗闇の中に突っ立っているだけのようだったのだ。

 婚約は毎回失敗し、未だ婚約者が居ない身。まだ十五歳でも、あと一年もすればこの国では成人となる。成人になっても婚約者が居なければ、その人は社交界で浮く存在へと、変わり果てるだろう。

 そんな社交界を、私は嫌っていた。

 でも、そんな私も生まれて初めて『恋』をした。


「どうか、したのですか」


 舞踏会で、気遣うように優しい声を掛けてくれたのは第二王子殿下だ。

 私の初恋の人。聞こえは良いけれど、その言葉に『叶わない』と付け足したら、それはもう己の心臓を辛くする一部になる。


「なんでもないです」


 殿下は私と同い年で、誰にでも平等に接する聖人のようなお方だ。

 名は、アフェル・ローカンド殿下。金髪碧眼の美少年だ。

 そんな(とおと)いお方に、私は素っ気なく返事をする。

 変なの。微かな好意を持っている人に、無意識に素っ気なくするなんて。


「そうか。なら大丈夫………でも、辛い時は大人に相談するんだよ」

「………はい」


 彼は優しい。私には相談出来る大人は居ないのに、そう心配してくれる。

 だから、私は殿下に恋をした。

 舞踏会で心配そうに声を掛けられ、お話する時間が私は好きだった。


 〜〜*〜〜*〜〜


 殿下が、遠い国へ留学に行く。

 王太子である第一王子が行けないとされ、第二王子が留学へ行くことになった。

 この時、日が昇る時間帯なのに世界が真っ暗に見えた。

 でも、私と殿下は話をするどころか、さよならもしていない。


(殿下が出国なさって、もう一ヶ月)


 そろそろ、孤独な私の心は慰められなく、なりそうだ。

 窓から、遠い国を思う。

 留学なさる国は、技術は発展した国なのだそう。殿下の自国であるここは自然がたくさんで、それも国の良いところだけれど、もう少し技術を発展させたいそう。だから、技術を学ぶために遠い国へわざわざ赴く。


 〜〜*〜〜*〜〜


 殿下が留学なさって、もう一年。まだ、殿下は帰って来てない。

 私は、あと数日で成人式を迎える。

 ねぇアフェル殿下。貴方はいつ、帰って来るの……?


 貴方は、殿下は優しい。

 孤独な私に慰めるように寄り添ってくれた。

 でも殿下が居ない今、友人も、信頼出来る大人も居なくて。


———寂しがり屋な私は、今日も彼の存在に想いを馳せる。


 〜〜*〜〜*〜〜


 夜。私は自然と、夜空を見上げた。

 アフェル殿下が出国なさる前、社交場で彼が私に言ってくれた。

 その社交の時も、今のような晴れた夜だった。


『シェルナ、という名前は、星をイメージさせるね』


 夜空を見上げながら、殿下は私に言ってくれた。

 私の名前を聞くと、星が思い浮かぶと。

 でも、今、今想えば。


(私の星は、アフェル殿下)


 私が落ち込んでいれば、何となく雰囲気でそれを察してくれて。

 優しい声を掛けて、背中をさすってくれる。

 落ちこぼれと、無能だと、婚約者をも捕まえられないと蔑まれる私に、殿下だけが一番に寄り添ってくれた。己の立場など気にせず、一人の人間として、たった一人の少女を何日も何日も心配してくれた。

 貴方が居ないと、私はどうなるだろう。


 国を跨ぐ留学は、これから先の私の未来を、暗くする。


 〜〜*〜〜*〜〜


 僕は、第二王子だ。

 アフェル・ローカンドという名前。

 僕は今、一年ほど留学している。

 諸事情で、王太子の兄上ではなく第二王子の僕が留学することになった。

 色々なことを学べる良い機会なのに、僕は憂鬱な気分で一年間を過ごしていた。


『なんでもないです』

『ありがとうございます。殿下……』


 彼女の言葉を、落ち着ける夜になれば自然と思い出す。

 シェルナ。僕にとって、微かに光る星。

 落ち込み、侮辱されていたシェルナ嬢を、僕が慰めた。そうすれば彼女は、僅かに口角を上げ、『ありがとうございます』と礼を言ってくれた。

 きっと、蔑まれているシェルナ嬢の微笑みは僕しか知らない。

 そう思うと、胸がトクトク鳴る。


「殿下」

「っ………!」


 留学先の王城のバルコニーで、寝間着姿のまま夜空を見上げていれば、年寄りの執事が僕を敬称で呼ぶ。いつの間にと、僕は肩が跳ねた。

 思わず、言葉が溢れる。


「いつ、帰国出来る?」

「数ヶ月後、でしょうか」


 数ヶ月。それまで、彼女に会えない。

 もう一年も待った。

 そう、一年だ。とても長く、それでいて短い。

 あと数ヶ月も待たなければいけないという憂鬱さに、僕は色々と複雑な心境だった。


 〜〜*〜〜*〜〜


 社交界で、婚約者を探すよう父に言われた。

 まったく、娘を道具のように扱う。

 社交界での私の立場など、父も母も、分かり切っているだろうに。


「無才な子」

「婚約者になりたくない。あの令嬢だけは」

「公爵家の令嬢でも、無能はなぁ」


 ほらね。婚約者なんて作れない。作りたく無いよ。

 微かに好意を寄せている方は居ないし、この国は心地よくない。


「いやだ」


 私は深く恋に溺れたい。そうすれば、恋に溺れていれば狂っちゃうけど、その代わり何も怖くならなそう。でも、私はそんな性格ではない。恋しているお方がお方で、私には絶対に資格がない。

 もう、大人たちの侮辱を聞いているうちに、何もかもどうでも良い、なんて。

 思って来ている。そんな自分が、少し怖く感じられた。


「アフェル殿下………」


 胸が痛い。心臓が痛い。

 何もしていないのに、ストレスのせいで胸がドクドクと鳴る。


「私が、好きなのは、殿下なのに………」


 その想いさえも伝えられないという、悲しみ。

 あの慰めてくれていた時、素直に言っていれば。

 スッキリしていたのだろうか。


 夢を見過ぎた、私を許して———、アフェル殿下。

 待っているだけ。いや、待たれても彼は余計なお世話かもしれない。

 だから私は、待つのも、期待するのもやめた。

 もうやめたいよ。明日なら帰って来るかもとか。


「私はずっと前から、恋してる」


 きっと私みたいな、慰めても慰めても泣き続ける女など、嫌いだろうな。

 大丈夫。期待するのも、待つのもやめるから——。


 〜〜*〜〜*〜〜


 数ヶ月後。執事が言った、数ヶ月後が来た。

 馬車で何日も、何週間も移動し、やっと帰国した。

 父上や兄上に謁見した後、僕はシェルナ嬢の家へ行く。


(楽しみだな。どんな顔をするかな)


 笑うかな、心配するかな、それとも驚くかな。

 期待に胸を躍らせ、僕はシェルナ嬢の住む公爵家へ向かった。


 〜〜*〜〜*〜〜


 何もかもが、どうでも良いと。

 そう思う前、彼は私の色のない世界に彩りを与えてくれた。

 でも今はまた、彩りのない世界に戻っている。


「皆、私に言う。——————」


 そう。貴族の誰もが、私を見ると、こう話す。


 嫌いだ、大嫌い。

 婚約者には絶対になりたくない。

 令嬢と言えないほどに顔色が悪いな。死んでいるよう。

 婚約者も居らず成人を迎えた、哀れなシェルナ様。

 可哀想だ、シェルナ嬢の両親が。


 こうやって人が蔑むから、私は今日、私の世界をなくす。

 料理人が使っている包丁を、私はコッソリ取った。

 そして、自室に持って来た。


「ごめん、ごめんなさい。痛い、苦しい、怖いって思ったの」


 それが積もり過ぎて、私の心はとうとう壊れた。

 彼なら、そんな私になんて声を掛けただろう。

 寂しかったね、とか、言うのかな。


「次会うまでに、願わくば———」


 そう言い、私は上を向く。上を向いた時、私が今持っている包丁が目に入る。自分の喉仏に遠い距離でそのまま止めている。

 勇気が出ない。けど、やらないと。

 そしたらきっと、きっと、楽になれて、皆がスッキリする。


 決意した目を閉じて次開けた時、私は目を開けていたのに視界は真っ暗だった。

 今、刺そうと思ったのに。


 〜〜*〜〜*〜〜


 申し訳ないけど、入室させてもらった。

 彼女の「ごめん」という言葉を扉越しに聞いてしまったから。


(何っ…………!)


 心の声なのに震えている。

 包丁を喉仏に突き刺そうと目を閉じているシェルナ嬢。

 僕は彼女の目を片手で塞ぎ、もう片方の手は彼女の包丁を持っている両手を捕まえる。


「え……………」

「やめて」


 思わず溢れたような声に、僕は弾けるようにそう言った。

 泣きそうな、情けない声が出た。

 包丁を床に落としたシェルナ嬢は、後ろに居る僕を振り返る。

 そして、僕を見た瞬間。彼女は膝から崩れ落ちた。


「———っ」

「あ…………」


 崩れ落ちる寸前、僕はシェルナ嬢を支える。

 僕の胸の中で、彼女は目を乱暴に擦りながら泣いていた。

 少し呆気に取られたが、すぐに僕はシェルナ嬢の頭を撫でる。


「殿下…………っ」

「うん」

「おかえり、ですっ」

「…………うん。ただいま、シェルナ」


 嬢を付けずに名を呼べば、彼女は頬を染めた。その目は真っ赤で、思わず人差し指で優しく、未だ目に溜まっている彼女の涙を拭う。


 僕たちは惹かれ合うように、そのままキスをした。

 そして、彼女にこれだけはと言う。


「生きることを、やめないで」


 生きていたらきっと、心の支えになってくれる人が現れるから。


「生きることを、やめないでください」

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