第8話 力があれば何でもできる
やはりやり過ぎたか。
魔物が住まう、魔の森の中。
昼間というのに薄暗く、ギィギィと不気味な鳥っぽい魔物の鳴き声が常に辺りに響き渡っている。
少しでも気を抜けば、こちらの様子を窺っている魔物が襲い掛かってくる。食うか食われるか。魔物の巣窟である。
あれから、王子殿下の護衛二人をいとも簡単に戦闘不能に陥らせた私は別の王子の護衛複数人に囲まれ、あえなく捕縛された。
そんな私に下された処分が、無期限の魔の森の魔物退治だった。
つまりは遠回しな死刑。
ここに追放されてはじめて、私は自分がやらかしたことを思い知った。
うん、まぎれもなくやらかしだわ、あれは。
追放だと私をここに連れてきた辺境領の兵士たちは私に同情的ではあったけれど、さすがに刑を下したのが第二王子だったこともあり、抗議することもできなかったそうだ。
彼らは私がこの程度で死ぬような人間ではないと信じているからこそ口を噤んだのだ。
連座で兵士たちが処罰されるようなことにならなくてよかった。
第二王子が辺境兵団に見習いとして所属していたことがあったため、奴の性格は良く知っていた。
一見人懐っこく女性に親切なように見えるが、かなり短気だ。
多分ぶん投げられたことを根にもっているのだろう。
貴族令嬢をこの魔の森に置き去りにするなんて、王家の人間の発想とは思えない。
多分ブチ切れた勢いで決めたのだろう。まるであの時の私のように。
家族を怒鳴りつけたあの瞬間に感じた解放感を思い出すと自然に笑みがこぼれた。
あの日からずっと心が軽い。この爽快感があれば全てどうでもいいことのように思えるから不思議だ。
大事な席で婚約破棄を突きつけてきたバルディも、私を悪女に仕立て上げようとしてくるヒルダも、妹びいき激しい父も、怒りがすっきり消え失せていた。
婚約者がいる(まだ破棄してなかった)女に抱き着いてきた第二王子には正直まだちょっとだけ燻っている思いはある。――というか、淑女に許可も得ず抱き着いてくるなんて、投げ飛ばされても文句を言える立場にはないのに、追放処分とかありえないだろ! という燻りだ。
おおかた、第二王子は『辺境伯一家の醜い争いを大事になる前に止めた』という姿をノーゲルの代表に見せつけたかっただけだろう。そしてあわよくば辺境伯長女(つまり私)の夫の座を得て後々は辺境領の領主になる夢でも見たのだろう。
浅ましい奴。
だけど、まあ、そんな野望はいとも簡単に打ち砕かれたのだ。
逆上する気持ちはわからんでもない。だからあの破廉恥な行為は忘れてやろう。気持ち悪かったけど、我慢する。
ともかく、辺境領を王家の魔の手から守ることができたからそれでよしってことにしておこう。
辺境伯は立場としては王家の番犬という表現が正しいだろう。
だが、いくら犬とはいえ、婚姻という名の鎖で王家に繋がるなんて冗談じゃない。
少し気を抜いてしまったのか、木の陰からいきり立って飛び出してきたイノシシのような魔物に一瞬反応しきれなかった。
魔物が飛び出す前に仕留めることが叶わず、じっと魔物を見据え至近距離まで接近するのを待つ。
鼻先が私に触れるその瞬間、半身を引きつつも頭上に振りかぶった剣を思いきり魔物に叩きつけた。
ギャンと悲鳴を上げて、地面に転がる魔物を容赦なく刃で貫いた。
「今日はイノシシっぽい肉ね。ステーキは悪くないけどちょっと飽きて来たわ」
魔物にやられるような私ではない。
討伐した魔物は所詮は動物で、解体すればただの肉だ。家畜より野性味があり食べ応えがあるし結構おいしい。
食べる物があれば生き抜くことは容易だ。
王子は私が死ぬことを望んでいるのだろう。しかし、残念だが私は死なない。
魔物の肉だって、魔の森に生える怪しげな植物だっていくらでも食べられる。生き延びることはそんなに難しいことではない。
結果としてあの家族から解放され、ようやく自由になったのだ。
私の人生は、ここからはじまる。死んでなんていられない。
剣を刺したまま、ずるずると魔物を引きずりつつここ数日住み着いている泉への道を辿る。
いつか、あの家族や私をこんなところへ追放した王子に復讐できるのだろうか。
そんなことを思い巡らして、すぐに鼻で笑い飛ばす。
父やヒルダが悔しがる顔を見るのも悪くないけど、彼らのために何かをするのは考えるだけでも面倒くさいと思った。
何が何でも生き抜いて、この森から出たら別のことがしたい。
もっと自分が心からやりたいと思えることを。
「ふふ、何をしようかしら」
ここから出たら、何をするのか。
想像するだけで何だか楽しい気分になるから不思議である。
今まで考えたこともなかったなんて、本当にバカバカしい。
大丈夫、私には『力』があるから。
何が起ころうとも、この力があれば問題がない。いくらでも解決してやる。
(第一部完)
★次回予告★
不意に気づいた。
魔物を斬り伏せ、肉を喰らうことに力を注いでいる場合じゃない。
この森に閉じこもっていては、私はただの野生動物に成り果てるだけだ。
本当に自由を手にするためには――自ら森を出て、新しい道を選ばなければならない。
帰る場所を失ったアニタ。
次に向かうは、まだ見ぬ新天地。
ここからが、本当の始まりだ。
第二部 新しい人生へ
アニタの第二の人生――第三の人生が今はじまる!
(第二の人生は魔の森の生活だよね?)