第7話 全身全霊の叫び
穏やかだった会場は、水を打ったように静まり返った。
音楽すら止まり、その場にいる全てが私たちに注目しているように思えた。
そしてそれは勘違いでも間違いでもない。
「なんで……?」
その言葉しか出てこなかった。
懸命に震える喉から搾り出すと、時間が動き出したかのようにバルディが鼻で笑った。
「何でだと? こんな重要な場で妹に恥をかかせるような女が自分の婚約者であることが我慢ならなくなっただけだ」
もうちょっと我慢しろよ、せめてこの会が終わるまでは。ねえ?
っていうか、我慢ってなんだ? 我慢って!?
「我慢!? ふっざっけんんんんんああああああああああああ!!」
多分、先ほどぷつんといったのが堪忍袋の緒というものだったのだろう。
理性は仕事を放棄している。私を抑制するものはもうなかった。
力の限り叫んだ。
叫んだ後、もう一度大きく息を吸って更に叫ぶ。
「何が我慢だあああああ!? 随分前からヒルダとよろしくやってたくせににいいいいいい!?」
「あ、あ、え、あ、アニタ、ちょっとだけ冷静に……」
「うるせえ! 黙ってろ!」
一喝すると、バルディは大人しくなった。
再び静まり返る会場内。
だが、もう私の頭の中には言ってやりたいことであふれていた。
「だいたいなああ! 大事な場っていうんだったら! 何でこの場で婚約解消を叩きつけるような真似をする? 穏便に解消する機会はいくらでもあっただろうがよ!」
「だ、だって、簡単に婚約解消なんてできないと」
「ああ?」
言い訳がましいことを口にしかけたアホをひと睨みで黙らせて私は続けた。
「きちんとお前らが愛し合っていることを白状して、相談してくれたらどうにでもなっただろうが! 父はお前らに甘いし、どうせ『妹に譲れ!』としか言わないんだからさあ!?」
静寂の中に面白いほど響き渡っていく私の怒鳴り声。
「こんな国賓を招いた大事なパーティーで身内の醜態晒してどうするよ? この始末どうつけるつもりだっ!?」
「アニタ!」
ようやく事の成り行きを理解したのか、血相を変えた父が転がるように私たちの前にやってきた。今頃、遅いんだっつーの、クソ親父め!
「よさないか!」
「そもそも! 私が不要だったらさっさと勘当でも何でもして家から追い出せばいいのに、こき使うために手元に置いてたからこういう事態になるんだよ! 馬鹿親! お前が甘やかすからヒルダは姉の婚約者を奪って平気な面で非常識なことをやらかすし、こういう事態を引きおこす!」
父親ごときが私を止められると思うな。
恐怖と怒りの感情でごちゃ混ぜになったような顔をして私を睨んでいる。だが、その程度で私がひるむわけもない。
何だか妙に心地良かった。
もう招待客も、ノーゲルの代表も、第二王子も、どうでもよくなってきた。
ただこの心地の良さに身をゆだねていたい。
「美醜で子どもを判断するなんて愚かなことを平然と行うからそうなるんだろ! それからお前も前線に立て! 立って国から託された使命をちゃんと果たしてから偉そうなことを言え! 説得力がないんだよ! 本当に!」
「ア、……アニ、……タ、き、貴様あああ!」
「待て、グリュイード伯。アニタ嬢、君も少し落ち着け」
私につかみかかろうとした父を押しとどめるように、今度は第二王子がやってきた。
誰であろうとも、今の私の敵ではないのだから、積年の想いをぶつけるのを邪魔したとあっては王子だろうが容赦はしない。
「殿下」
「昔のようにタリオノールでいい。君の気持ちは分かった。グリュイード伯、娘たちへの扱いがこの事態を招いた。それは理解しているのだろう。それからバルディ卿、貴殿の軽率な行為により、ノーゲルの――」
「そんなことは、もうどうだっていい!」
「アニタ」
狂犬のようにわめく私に何を思ったのか第二王子が抱き着いてきたので、反射的に思いきり投げ飛ばす。
「殿下っ!」
私を敵と判断し剣を抜く護衛との間合いを一気に詰め、驚きを隠せない護衛の手元を蹴りつけ剣を落とし、体を半回転させ頭を狙い逆の足で蹴りつけ昏倒させると、もう一人の護衛へと体を向ける。
間合いを計りながら、護衛の落とした剣を拾い上げると、ひと振りしその重量を確かめる。ふむ、私の剣よりはやや軽量だろうか。
だが、問題ない。行ける。
私との距離を詰めて来る護衛の剣を上体を捻ることで紙一重の所で躱し、焦りを顕わにする護衛のこめかみ目掛け正面に上体を向ける反動を利用して拳を叩きつける。
なぜ拳で、と言いたげな顔で護衛は崩れ落ちた。
剣を持っているからと言って剣で攻撃するとは思わない方がいい。
「王子だか何だか知らないが! 私の邪魔をするなああああああ!!」
全身を使って咆えた。
ものすごく気持ちが良かった。
★次回予告★
愚行に対する蛮行は決して許されるものではない。
心地よく、胸の中に抑え込んできた感情を開放したアニタの明日はどっちだ。
第8話 力があれば何でもできる!
次回1部最終回! お楽しみに!