第5話 準備は整った
私に対する態度はともかく、さすがに手練れだけを選んだこともあり親睦会の準備は滞りなく整った。
今日の昼頃に隣国ノーゲルの代表が城に到着し簡単な会談後、夜は歓迎パーティをするのが本日の予定である。
父は国境までノーゲル代表を出迎えに行き、私は城に残り王家からの代表の接待をする役割を仰せつかっていた。だが、王家の代表が第二王子であったためヒルダが案内役をやりたいとごねたので変わってやった。噂によれば第二王子は大の女性好きだとかなんとか。
美しいヒルダが少しぐらい粗相をしたところで笑って許してくれると思いたい。
あっさりと第二王子の接待役をヒルダに振ったせいなのかバルディ様は朝からずっと機嫌が悪い。嫉妬なのか、なんなのか、私としては正直どうでもよいとしか思えない。
「バルディ様、大変不躾なお願いではございますが」
横に立っていられるのも正直面倒くさい。へりくだってバルディ様に声をかけると心底嫌そうにため息をついて応えてくださった。嫌なのはこっちの方だ。
「ヒルダのことですから、うまく王子殿下のお世話をするとは思うのですが、まだ若く気づきにくいこともあるかと思うのです。それに第二王子殿下というと、あまり良くない噂を聞くものですから」
第二王子の噂を知っているのか、バルディ様は私の言葉にぴくりと眉を動かし、私の言葉の続きを大人しく待った。
「何も起こらないとは思うのですが、どうかヒルダに付いてくださいませんか。バルディ様がいればヒルダも心強いと思いますし」
「わかった」
わかりやすく嬉しそうに頷いてバルディ様は第二王子の控室へと向かっていた。
よし、邪魔者排除成功である。
身軽になったので足取り軽く、会議場とパーティー会場の下見に向かう。
料理や飲み物、そして夜の給仕や警備の人員手配などの最終確認を終わらせて、執務室へと向かう。
「お姉さま」
よそ行きの声で呼びかけられ、そちらを見やると十名ほどの人間が集まって私に向かって歩いてきているのが見えた。
第二王子ご一行様である。
「久しぶりだな、アニタ嬢」
「ご無沙汰しております、第二王子殿下」
「タリオノールでいいといつも言っているではないか」
第二王子は以前我が辺境兵団に修行と称して入団し、共に魔物を狩った仲でもある。
だから会えば気安く呼びかけて来るし、今回彼が王家側の代表として辺境までやってきたのはその縁があったからなのだろう。
第二王子の態度に、彼の隣を歩いていたヒルダが少しだけむっとした顔をしたのが分かった。が、今は客の前である。スルー一択だ。
「いいえ、本日は国の代表としていらしておりますので、品位を保っていただきませんと」
「全く。やっぱりアニタには敵わないな」
少し気障な印象を与えるその顔を崩して第二王子は笑った。笑っていると以前の幼い顔立ちの面影が残っているように見えて微笑ましい。
「兵を見学しても構わないだろうか」
「はい。兵舎にはご自由に出入りください。殿下に会いたがっている者もおりますので喜ぶでしょう」
「じゃあ、そうさせてもらおう。案内はいい。勝手知ったる場だ」
「え」
ヒルダは小さく抗議の声を上げたが、それよりも第二王子が護衛たちを誘導して動き始めた方が早かった。
「あ、あの」
「ではアニタ、また夜にでも」
「はい、楽しみにしております」
頭を下げる私にヒルダとバルディ様も同様に頭を下げて立ち去っていく王子様ご一行を見送った。
「……ずるい」
第二王子たちの姿が見えなくなって、ポツリとヒルダがこぼす。
「ずるいわ、お姉さま」
「ずるい?」
突然何を言いだすのだろう。ヒルダの意図がつかめず問い返すと、ヒルダは大きく頭を振って両手を握り締めた。
「第二王子様と仲がいいなんて、お姉さまずるい!」
一緒に魔物退治に行けばあなたも仲良くなれるわ、簡単なことでしょう? と言ってやろうかと思ったが、それも厭味に聞こえそうだと首を傾げるにとどめて置いた。
何言ってんだ、意味わからん、という意思表示だ。
「どうしてお姉さまばかり王子様と仲良くしてるのよ」
「してないでしょう?」
本当に仲が良かったら一緒に兵舎に行くって流れになるんじゃないのか。
連れ立っていくような間柄ではないから今のは単なる社交辞令なのだろう。まさかヒルダにはそれがわからないわけではないだろうし。
「知らない!」
「ヒルダ!」
ぷいっと顔を背けて去っていくヒルダと、それを追いかけていってしまうバルディ様。
鬱陶しいのが同時に消えて嬉しいと思っていいのか、拍子抜けしてしまった。
「……無事に終わるといいけど」
何だか嫌な予感しかしないのは、どうしてだろうか。
★次回予告★
入念に用意された和平親睦会。
何も起こらないよう願うアニタをあざ笑うように、家族達の振る舞いがまた彼女の頭を悩ませる。
力だけで全てを解決することはできるのか!?
第6話『そして「こと 」が起こる』
何が起こるのかは刮目して待て!