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第4話 敗北

 婚約者との交流である。

 私がいない朝食の場でてっきりバルディ様は婚約者のすげ替えを申し出たかと思っていたのにそうしなかったらしい。

 今回も普通に開催されてしまったお茶会の席に行けば当たり前のようにヒルダの姿があった。

 お茶会も例の中庭だ。何ともまた例の逢引の場と皮肉なものである。


「あら、お姉さま。今日は随分可愛らしい恰好でいらっしゃること」


 厭味か。

 新しい服を仕立てることも許されず、ヒルダが恵んでくれるドレスか鎧しか自分の衣装など持っていない。

 ヒルダのサイズだと私には小さすぎるから布を足して着ている始末。

 今日のいでたちはパステルピンクの可愛らしいワンピースだ。先日「可愛そうなお姉さまにさしあげるわ」とヒルダが勝手に私の私室に置いていったものだった。


「ありがとう。ヒルダの見立てだけあってとても素敵ね」


 自棄である。

 どう考えたってダサい。色から言っておかしい。

 そもそも私のきつい顔立ちの私には不釣り合いな、フリルやらリボンで装飾されたお子様ワンピースだ。

 装飾が多すぎて手直しが難しく、やむを得ず侍女にお願いしたぐらいである。

 侍女も嫌がらせかと思うほどに乙女チックな雰囲気に仕上げてくれやがったが、お願いした手前何も言えなかった。

 似合っていないとわかっていながらも袖を通さねばならない苦痛。

 だが、着なければ着ないで「気に入ってくれなかったの?」とヒルダに泣かれ、父かバルディ様に怒鳴られるのである。最初からヒルダにはご機嫌で厭味を言わせておいた方が後々面倒がない。


 そのバルディ様はまだ来ていないようだった。

 来たところで、私とは一切会話をしないのだ。別にどうだっていい。

 今日はヒルダがいるからヒルダと会話をしてそれで終わるのだろう。


 そもそも、私とバルディ様が婚約を継続しているのにヒルダがここにいるのはどう考えてもおかしいのだが、それをおかしいと指摘する人間がこの城の中にはいない。

 それはすなわち、城内には私の味方など一人もいないのだということを再認識してしまったようで一気に気が重くなった。

 確かに、ここ数年は戦争で城を離れている時間の方が長かった。戦争を終わらせて戻ってくればこの有様である。

 私が領主になったらどうなるのかという想像もできないのだろうか。

 

 私が領主になる、か。

 今の状況は私が領主にふさわしくないと言われているのと同じだ。

 ここからどうやって信頼を得て関係を結んでいけばよいのだろうか。


「やはり、力を示すしかないのか……」

「? 何かおっしゃいました? お姉さま?」

「いいえ、何も」


 私を家族として扱わない妹も、黙って妹と不貞を働く婚約者も力でねじ伏せれば言葉が通じるのだろうか。


「あ、バルディ様」


 私と話している時よりも高いトーンでヒルダがこちらに小走りで近づいてきているバルディ様に呼びかけた。

 

「すまない」


 と、バルディ様が声をかけるのはヒルダにだけだ。

 私の方には目を向けることもない。うん、やはり早めに軌道修正は必要なのかもしれない。

 問題なのはどのタイミングで「わからせる」かだ。

 タイミングを間違うと軌道修正が効かないほど関係性が崩れるから慎重に行くべきなのだ。


 しかし、まあ。

 侍女がバルディ様とヒルダにだけ新しいお茶を注いでいくのを何も言わずに見送って肩を落とす。

 こうやって透明人間みたいな扱いを受けるのは、正直つらい。魔物と戦っている方がずっと楽だと感じるぐらいつらい。


「熱!」


 思考に沈んでしまっていたらしい。手に感じた熱に思わず声を上げてしまった。

 侍女が私のカップに新しいお茶を注ごうとして誤って私の手にかけてしまったようだ――と状況を読み取って侍女を見やる。


「……」


 無言で頭を下げて去って行こうとする侍女の手を掴んで止める。


「……」

「……」

「……」

「……」


 あくまで何も言わないつもりの侍女と黙って睨み合う。

 だんまりを続けるのならいくらでも付き合ってやる。が、さすがにこれは我慢ならなかった。



「お姉さま! やめてください! わざとやったわけでもないのに可哀そうじゃないですか」


 絶対わざとに決まってんだろ。

 しかも絶対お前の命令だろ、とは言わないがヒルダを見やれば、私の眼光に恐れをなしたのかヒルダはたじろいだ。


「な、なんで、ひどい、お姉さま、睨むなんて」

「アニタ!」


 あーはいはい。面倒くさいルートに入ってしまった。

 バルディ様と言い争いをして無駄に体力を削りたくなんてない。

 小さく息を吐いて侍女の手を離してやった。


「ごめんなさい。気が立っていたとはいえ八つ当たりをすべきではなかったわね」


 熱湯をかけられた手がひりひりと痛む。


「冷やして参ります。お二人でごゆっくりお過ごしください。雰囲気を悪くして申し訳ございませんでした」


 なるべく感情を込めず頭を下げたが、何だか情けなくて本当に泣いてしまいそうになった。

 頭を上げた瞬間、私をあざ笑うような表情をしたヒルダと目が合った。


 もう、嫌だ。

 耐えられず踵を返す。

 中庭にも水道があることは知っていたが、自室まで走った。

 二人の姿が見えないところへ行きたかった。


 完全に私の負けだ。

 悔しい。


 もう少し自分は強いのだと思っていた。

 でも、もう無理だった。

 もっと力が欲しいと思った。あの二人にも、家の者の仕打ちにも負けないほどの力が欲しい。


 でも、こんな状況で、何でバルディ様は婚約解消を言い出そうとしないのだろうか。


 ★次回予告★


 家族たちからの仕打ちに心が砕かれかけたアニタ。

 それでもまだ負けられないと懸命に立ち向かうのは、ここにはまだ信じるものがあるからであった。

 

 王家からの使命を果たす為、信念だけを胸にアニタはまた立ち上がる。

 

 インターバル「信じられるもの」

 アニタの強さで辺境領は変わるのか!?

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