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第3話 キレそう

 そう言えば、バルディ様は婚約解消を言い出さなかったわ。

 そのことに気づいたのは部屋に戻ってからだった。


 部屋の中では二人のメイドがバタバタとわざと音を立てながら掃除をしている。

 自室でもこうなのか。思わずため息を漏らしたらメイドに睨まれた。思わず睨み返すと身を竦ませて掃除に戻る。

 最初から喧嘩を売らなければいいのに。


「全くなんで私たちがこんなことをしなくちゃいけないのかしら」

「ほんとよね、野蛮姫なんかの部屋なんて掃除する必要あるのかしら」


 片割れのメイドがざばっとバケツをひっくり返し厭味ったらしい顔で笑う。

 睨みつけられて大人しくなったかと思ったのに、即座にこれだもの。呆れていいのか怒った方がいいのか。


 そもそもお前ら、そのひっくり返したバケツの水を始末するのはお前らだろうが、と言ってやりたい。が、言うだけ無駄だ。何の効果もないことは今までの経験上よくわかっている。

 今までバケツをひっくり返すような愚行に至ったアホな召使はいなかったのだが、ここまで質が落ちたのか。嘆かわしい。

 それもこれも父が家人の賃金予算を大幅に減らしたせいだということはわかっていた。

 古くから仕えている者たちは父や妹に割り当てられ、私のところにはわずかな給金で働く者をよこすようになった。


 そういう意味では安く買いたたかれ、不愛想な主人に仕えねばならなくなってしまったこの娘たちも可哀そうなのかもしれない。


「やだ、あんた何してんのよ、床がびしょ濡れじゃない」

「ホント。あたしってば何やってるんだろう。でもいいじゃないお嬢様方の部屋と違って絨毯も敷いてないし、むき出しの床だからほっといてもすぐに乾くでしょ」

「そう言われてみればそうよね」


 ケラケラと笑いながら娘たちは掃除道具を片付け部屋を出て行こうとした。


「待ちなさい。まだ終わってないでしょう」

「ちゃんと終わりましたぁ」

「不満があるんだったら、ご自分でどうぞ」


 片方のメイドが持っていたほうきを私に押し付け、そのまま部屋を出て行き、呆然とほうきを受け取ってしまった私を鼻で笑って、もう一人のメイドも退室して行ってしまった。

 解雇、してしまってもいいけど、彼女らの境遇を思うとそのカードを切れない。

 ほうきを床に叩きつけたい衝動に駆られながら、自分の甘さが可笑しくてせせら笑った。

 どいつもこいつも、本当に癪に障る。


 私の自室にカーペットが敷かれていない理由は妹がわざと溢したお茶をメイドが放置したためシミになってしまったからだ。シミ抜きをすると言ってはがされてそれっきり戻ってきていない。


「お姉さま!」


 考えれば考えるだけ頭痛がしてきてこめかみを押さえていると、妹がノックもなくドアを開けて部屋に入り込んできた。


「先ほどお伝えしたネックレスとイヤリングです」


 ヒルダは両手に持っていた宝石箱を、私に見せびらかすように仰々しく開いた。

 中にあったのは同じ趣向であつらえたネックレスとイヤリングだ。

 デザイン画で確認をしていたものの、実際に出来上がったそれを見て感慨を覚えるよりも失望が大きいのは、ヒルダが私の手に渡るよりも前に掠め取っていったからだろうか。

 どうせヒルダの物になるのだから、という理屈はわからなくもないが、発注者は私なのだ。先に私の手に渡るのが常識ではないのか。


「あたしにくれるんでしょう?」

「……『貸して』ではなく、『頂戴』なのね」


 代金払ったの、私なんだけど。元をたどればこの家のお金だから指摘されれば言葉に詰まるしかない。だから、苦情なんて言えない。


「何か問題でも?」

「いいえ」

「ふふ、あたしの方が似合ってるものね」


 ぱたんとヒルダは宝石箱を閉じてその手を引っ込めた。

 そして浮かべていた笑顔を一瞬で消すと、不意にぽろぽろと涙を流した。

 またか、と咄嗟に思う。面倒くさい茶番に付き合わなければならない。

 回避したかったが、退路であるドアは妹に塞がれているため判断が遅れた。


「ひ、ひどい、お姉さま」


 何がだ。


「どうして、そんなひどいこと言うんですか!!」

「ヒルダ!」


 まるで示し合わせでもしたかのように、バルディ様が部屋に飛び込んでくる。

 そしてヒルダと私を見比べて大股で私の元へと歩み寄ってきた。

 そのまま私の手首をとると、強引にひねりあげた。


「妹に何をしているんだ、アニタ!」


 何もしてないんですけどね。

 敢えて言うのならば、突然現れた婚約者に手を捻り上げられてるだけで。

 だが、そんなの今のこの人には通じないのだろう。

 愛しい女を泣かせた憎い女。それがこの人の目に映る私なのだから。


 ……昨夜の出来事から続く精神攻撃コンボに、胸がむかむかしていた。

 いくら鋼の精神とか言われても限界はあるだろう。


「バルディ様! やめて! あたしがお姉さまの大事な物を欲しがったからいけないんです」


 ですよね。

 思わず妹に同意してしまったが、恋に狂った男にはそんな正論は通じまい。

 今までもずっとこんな態度だったのに、バルディ様が誰を思っているのか気づけなかった自分の愚かさが憎い。

 もしかしたらわざと目をそらしていたのかもしれない。気づいてしまったら、傷つくのがわかっていたから。


「ヒルダは悪くない! ヒルダの方がそれを持つのにふさわしいのだから、譲らないアニタが悪いに決まってる!」


 いや、待って。ちょっと冷静に考えて。

 あなたとの結婚式のために注文した装飾品を妹に譲れって、婚約者としてその発言、おかしいでしょ! 少しは体裁を繕えよ、と。

 しかも私が悪いに決まってるって、決めつけ甚だしいわ!


 兵士として戦い続けてきて私の中に根付いている戦士の血が騒いだ。もう、我慢が――いや、我慢しよう。せめて城の中を戦場に変えてしまうのだけは避けたい。


「離してください。私が悪かったんです!」


 バルディ様の親指を掴み、その手から抜け出すと同時にバルディ様の腕を掴み上げ少し力を入れて捻り上げ返してやる。動くと痛い体勢である。バルディ様もそれがわかったのか一気に脱力し抵抗を諦めたようだった。


「ヒ……ヒルダにも、謝るんだ、アニタ」


 この状況でも強がって私にそんなことを言えるあたり、意外な男気を見せるものである。

 剣技は得意ではないと言っていたが、兵士たちの訓練に混ぜてやればそこそこの戦士に育つかもしれない。


「ごめんなさい、ヒルダ」


 そんなことを考えていたらちょっと面白くなってきたので、ヒルダには心底申し訳なさそうに謝ることができた。


「……お姉さまの気持ちもわかるから」


 わかってたら最初から「頂戴」なんて言わないけどな。

 私の内心のツッコミなど知らず、再びヒルダは笑顔を見せた。



 私の堪忍袋の緒の耐久性を試すつもりなのか、あいつらは。

 切れる前に、そろそろ全員まとめて魔の森に捨てたい。


 ★次回予告★


 笑い声が遠くで木霊しているように聞こえた。

 視界は滲み、立っているのか倒れているのかも分からない。

 ――負けた。


 生まれて初めて、どうしようもない敗北を味わった。

 それでも、誰にも見せられない奥底で、何かがじくじくと疼いている。

 燃え残った火種が、まだくすぶっている。

 「……こんな……こんなところで負けてなんていられないのに……っ!」

 唇から零れたその声は、誰の耳にも届かなかった。


 第4話「敗北」

 アニタの力だけではどうにもならないのか!? こうご期待!

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