愛を知る時
孤児として孤児院で育ち、親の愛を知らない主人公。
物心付いた時には既にシスターや神父さんと暮らしていた。家には俺の他にも沢山の子供達が同居していた。二十人もの子供達と同居していると、神父さんやシスター達の愛情を独占する事は先ず叶わない。同じ屋根の下で二十人もの兄弟と暮らしていると、自然と付き合いのない子と親しい子とに分かれる。俺は秀人という一つ上の子と、正行という同じ年の子と一緒にいる事が多い。俺達はいつも三人で公園に行って遊ぶ。他の子達は他の子のグループで遊んでいる。俺は一体彼らと何を話していたのだろう。
幼稚園に入園するまでは普通に神父さんやシスター達を親同然に信頼していた。幼稚園に入園すると、園児達の父親や母親の姿が見えてくる。俺は徐々に神父さんんやシスター達が両親とは違う存在である事に気づき始める。神父さんやシスター達が実の両親ではないにしても、その代わりに実の両親が身近に存在する訳ではない。神父さんやシスター達の愛情を親の愛情と区別しなければいけない理由もない。赤ん坊が或日突然家に現われると、また何時の間にかいなくなる。いつもお腹が底冷えする程空いている。胸の中に絶えず隙間風が吹くような満たされない想いがある。その愛情不足に泣き出したくなるような寂しさを感じる。
三歳のクリスマスの夜、俺達一人一人に大きな鳥の腿肉の唐揚げが配られる。脂ののった本当に旨そうな腿肉だ。俺は他の料理には目もくれず、真っ先に腿肉の唐揚げに齧りつく。皆、もったいぶったような慎ましい食べ方をしている。誰もが公平に神の恵みを受けているのだ。俺は心の空腹感のようなものに酷く苦しみ、隣の席の京平がジュースや菓子パンを先に食べているのを見て、素早く京平の腿肉の唐揚げを掴んで一齧りする。京平が狂ったような泣き声を上げる。その様子を見ていたシスター達が素早く駆け寄る。シスター・恵子が素早く俺の手から京平の腿肉を奪い取る。シスター・恵子は京平の皿に腿肉を置くと、俺の頬を平手打ちする。俺は左の頬に手を当て、シスター・恵子から受けるべき優しさを痛みの中に探す。ただピリピリ、ズキズキと痛むだけだ。シスター・恵子の平手打ちの痛みに自分が探し求める心が何処にも見当たらない。俺は込み上げる悲しみにわっと泣き出し、テーブルに激しく何度も自分の頭を打ちつける。シスター・恵子は俺の体を強く抱き締める。その胸や腕にも探し求めている心がない。俺は咄嗟に舌を噛み切ろうとする。俺の口から血が溢れ出す。シスター達は俺を取り囲み、ハンカチーフを俺の口の中に押し込む。シスター達は両手で俺の口を押さえると、暴れる俺の体を力づくで押さえつける。
この年のクリスマスはシスターのベッドで眠る事になった。翌日の夜もシスターのベッドで眠ろうと思っていたら、いつもの大部屋のベッドで眠かされる事になった。
俺は蟻の巣を繁々と眺め、蟻を掌で潰すような遊びに夢中になり、蟻の巣を水攻めにする。蟻は小さい生き物で、痛いとか苦しいと泣く事はない。悲鳴も上げない。蟻より大きな犬や猫に親しむと、苛めた傍から嚙みつかれ、少し犬や猫が恐くなる。何日か犬のいる家の前を通るのを避ける。犬のいる家の近くを通りかかると犬が吼え、再び犬のいる家の前に行って、犬と遊ぶ。御煎餅の欠片を分けてやると、犬は美味しそうに食べる。掌に水を盛って飲ませると、舌を動かして、美味しそうに水を飲む。それがとても可愛らしい。
公園の砂場で遊んでいると猫が近づいてくる。体を摺り寄せてくる。キャラメルを一個分けてやると、美味しそうに食べる。それがとても可愛らしい。犬や猫に自分と同じ存在価値は認められない。自分より劣る存在ながら、俺なりに犬や猫の存在や能力を認める。食べ物や飲み物をあげると、子供のように懐くのも可愛い。本当に心に嘘がないのかは判らない。犬や猫は人間の心の変化に微妙な反応をする。犬や猫に心の中の動きに反応されると、心に嘘があってはならないと思う。自然と人間とは違った接し方になる。こんなに良い奴ならば、動物の敵にはなりたくない。出来る事なら、嘗めるより抱き締めてもらいたい。動物に愛情を求める程俺の心は寂しさに満ちている。泣こうが喚こうが寂しさはなくならない。気づくと無意識的に自分の太腿や腕やお腹や頬を抓っている。
公園で遊ぶ同年ぐらいの子らには必ず母親が一緒にいる。一緒に遊ぶ子らが母親にベンチでおやつやジュースをもらう時には独り砂場に取り残される。一緒に飲み食いするように誘ってくれるお母さん達はいない。他所の子とは家族じゃない。向こうの親は俺の名前も年令も訊かない。温かい輪の外に追い払われたような寂しさを感じる。
小遣いは幼稚園の頃から毎日三十円貰うようになる。俺はその小遣いで駄菓子屋で買い食いをする。金が尽きるとこっそり万引きをし、自分の行動範囲を広げていく。見知らぬ土地で遊んでいれば、殴り合いの喧嘩など勝とうが負けようが来る日も来る日も繰り返す。俺は自転車が大好きで、独り大人用の自転車に乗って遠出する。自転車で独り多摩川に行くと、タンポポや猫じゃらしで遊んだり、魚取りの網で魚を取っては孤児院に持ち帰って水槽の中で育てる。そんな一人遊びを覚え、段々と秀人や正行とは別行動をする事が多くなる。秀人や正行は何をしているのか。何時の間にか家では見かけなくなる。幼稚園でも見かけない。元々いた子は小学六年生の優太と五年生の真紀子と三年生の隆しかいない。三人とも特別親しくは付き合ってこなかった。あいつらの暗い眼!あの自分を憐れむような惨めったらしい心!全く反吐が出る!あの眼は鏡で見る俺の眼だ。
小学校に入学すると、俺は大勢のクラスメイトが友達作りに夢中になる中、クラスメイト達の幼さを見て興味を失くす。俺は早々に学園生活に白ける。俺は入学早々学校帰りに駄菓子屋で買い食いをし始める。万引きは幼稚園の頃からの遊びの一つだ。
或日、俺が駄菓子屋の婆が煎餅にソースをかけて他の子供に手渡している時に、ベーゴマをズボンのポケットに入れて、店を出ると、「一寸待ちなさい」と俺の肩を掴んで言う。俺が恐る恐る振り返ると、「あんた、今、万引きしたろ!」と怒鳴って、俺の頬を掌で叩く。「親にお金貰ってて何で万引きなんてするんだい?泥棒なんかしたら地獄に落ちるんだよ?もう二度と万引きをしないって言って、反省しなさい!」
「ごめんなさい。二度と万引きはしません」
「お母さんに電話するから電話番号言いなさい!」
「俺、お父さんもお母さんもいません。俺、近くの孤児院に住んでます」
「あんた、親がいないのかい。でもね、やって良い事と悪い事ぐらい区別付くようにならなきゃダメだよ」
「はい。ごめんなさい」
「あんた、教会の子かい」と婆が明るい声で言う。
「ごめんなさい!」と俺は大声で謝り、走り去る。
俺は一週間ばかり婆を警戒して駄菓子屋から遠退く。その間、俺は近所のスーパー・マーケットに行き、御菓子の棚の中に頭を突っ込んでは、棚の中で店員に見られないように御菓子の封を空け、只食いを繰り返す。幾ら御菓子を食っても一向に腹が満足しない。その空腹感をどうにかしようと苦闘する。少量でも家で出る御菓子からは僅かな満足感が得られる。胃に穴が空きそうな程腹が空いている。味覚は普通にある。
俺は一週間駄菓子を我慢し、我慢の限界に達すると、翌週の月曜日の学校帰りには再び駄菓子屋に寄る。駄菓子屋の婆が親しげな温かい口調で、「おお、悪坊主、また来たな!」と特別な眼差しで俺に話しかける。それ以前は単なる小さなお客さんだった俺が婆の話し相手に選ばれたのだ!俺は駄菓子屋の婆により大人が子供の悪さを叱る時の愛情を初めて経験した。俺はこの駄菓子屋の婆に特別な想いを寄せ、親しむようになる。婆には息子二人と娘一人がいる。その娘が幸と言う子を産み、幸は何か理由あって婆に育てられる。俺は駄菓子屋の婆の家に出入りを許可され、さっちゃんの遊び相手となる。俺は幸を自分の妹分として特別に可愛がる。俺は小学一年生の夏休みに、将来、幸を自分のお嫁さんにもらおうと決意する。まだ小さな幼児である幸はとても俺に懐いている。俺は自由に幸を裸にし、チンコのない体に驚く。俺は幸の体を通じて、子供ながらに自分と女の違いを知る。俺は幸をおしっこに連れていき、幸がおしっこをしているところを繁々と眺める。段々とチンコのない女の体を見慣れてくる。俺は愛情の籠もった少年の眼で思う存分幸の体を眺め、興味津々と幸のオッパイやオマンコに触る。笑顔ばかりの幸に疑いを抱き、一度幸の頬を抓ってみたら、酷く泣き出した。幸はしばらく俺に寄りつかなくなる。俺が諦めずに幸の御機嫌を取っていたら、幸は再び気を許し、俺の後に着いてくるようになった。
幸を連れて百貨店の屋上に行っては、よく自分の住む大森の町を眺める。幼児が両親にソフト・クリームを買ってもらって食べている。俺は銀球鉄砲を幼児の顔に当てる。幼児は泣き出し、両親がどうした事かと慰める。幼児の父親が幼児を抱え、一家が屋上から出ていく。俺は全速力で家族の方に駆け出し、幼児のソフト・クリームを素早く奪い取って階段を駆け下りる。幼児の泣き声が背後に聞こえる。俺は階下の便所の前のベンチに腰かけ、幼児の食べかけのソフト・クリームを飢えた犬のように食べる。俺はソフト・クリームを食べ終えると、屋上に幸を置き去りにした事を思い出す。俺は幸が屋上から転落したのではと心配し、急いで屋上に駆け戻る。幸は動かない乗り物に跨って独りで遊んでいる。幸は無事だった。俺はほっとすると同時に、声を出して泣き出す。
学校では校内を歩く生徒の片足を踏んで転ばせたり、不注意を装って勢いよく手を振って人の顔面を叩いたり、階段を駆け下りる時に前を下りていく者の肩に業とぶつかり、転落させる遊びを思いつく。何かというとクラスメイトが先生に言いつける。俺は徹底して先生に叩かれ、家に帰れば神父さんにも叱られる。俺は段々と学校内では悪さをしなくなる。その代わり、学校の外では恐喝を働いて小銭を稼ぎ、その金で鱈腹駄菓子屋で買い食いをする。とにかく腹が空いている。お腹の中に俺の食べた物を食べる悪鬼が潜んでいるのではないかと思うぐらい底なしの空腹感に悩まされる。
小学二年生の終わり頃、俺が学校から帰宅すると、神父さんが俺を部屋に呼ぶ。
「京一、お前は物心ついた頃から私やシスター達を自分の親のように慕ってきた事だろう。でも、孤児院の外の子らとは何か違う事に気づいた事だろう」
「皆、お父さんやお母さんや兄弟姉妹がいます。その代わり、僕には神父さんやシスター達がいます」
「ここ、孤児院と言うところは、親に何らかの事情あって捨てられた子達が育つ家なんだ。私やシスター達はお前の本当の親ではない」
俺は神父様がこの告白をする日を一番恐れていた。これ以上寂しさが増し、腹が減るのは耐えられない。
「私はお前に父親同然に頼ってもらえる事が何より嬉しいんだ。シスター達も自分達を実の母親と慕ってくれる子達が大好きなんだ」と神父様が笑顔で話す。
「僕はもうここにいられないんでしょう?」と俺は拳を強く握り締め、神父さんの気持ちを確認する。
「お前が学校を卒業して働きに出たら、ここを出て一人暮らしをしたくなる時が来るだろう。お前は学生の間はここに住む事が出来る。家は子供達が社会人になったら、どの子にも自立を勧めている。お前が大人になって、ここの幼い孤児達を育てたいと言うなら、ずっとここにいても良い。お前にここで働く気がないなら、学校を卒業した時にここを出て自立しなさい。大人は仕事をするものだし、独りで暮らしていける大人をいつまでも孤児院に縛りつけておくのは決して良い事ではないからな」
俺はショックで言葉も出なくなる。
この頃の二十人の子供らの中の最年長者は十八歳だ。最年少者はまだ生後半年の子だ。俺は自分が孤児である真実を知った途端に、他の十九人の子らに対して警戒心を抱き始める。俺は自分よりも年長にある子らが共通して抱いていた心の闇に気づく。
俺は孤児院の外にいる鍵っ子達のグループに紛れ、恐喝や万引きをして遊び歩くようになる。孤児院の仲間達とは全く心も言葉も交わさなくなる。俺は孤児達のみすぼらしさが大嫌いだ。同じ孤児なんて表現は絶対に使いたくない。俺は神父さんの説く自己犠牲の精神に疑念を抱き、完全に霊的な愛から心を切り離していく。
孤児院にはカラーTVがある。俺達は『タイガーマスク』や『デビルマン』や『アパッチ野球軍』や『あしたのジョー』などに親しむ。
俺は自分を捨てた両親の事を恨んではいない。両親は俺をいらないから捨てたのだ。俺は早くから自分が人に必要とされない人間である事に気づいていた。自分を捨てた両親に関しても、その経験を根拠に理解している。
何でこんな寂しさに凍えるような苦しみを経験しなければいけないのだろう。どれだけ母親の愛情に飢えても、一向にお母さんは現われない。駄菓子屋の婆に幾ら愛情を求めても、自分の息子のように胸に抱いてはくれない。何で婆は俺の気持ちを理解しないのか。俺は心を引き裂かれるような思いで世間の冷たい風を受けてきた。毎日、町の悪ガキ共と隣町に喧嘩をしに遠征する。勉強が出来ない事を馬鹿にされないように、勉強だけは必死に続けている。
小学三年生になると、学校のガリ勉達を学力でも腕力でも貶めるぐらいの力が身に付く。恵まれた家庭でのうのうと暮らす者らの自信や心を完全に折ってやろうと日々勉強に明け暮れている。理由もなくベルトや縄跳びで生徒達を鞭打ったり、サンドバッグ同然に暴力の的にする。学校の生徒達は心底俺を恐れた。番長らしき男が遠くの方で黙って俺の様子を窺っている。番長と言えども、親のいる家庭で育ったような子は何処かひ弱で、自分より子供に見える。喧嘩をしたところで大した相手にはならないだろう。孤児院の神父さんやシスター達は頻繁に学校に呼び出され、困り果てた教師達に家庭環境や教育方針を確認される。
小学四年生になると、あばら家やゴミ捨て場のゴミを放火して遊んだり、見知らぬ人の家の自動車やバイクを分解して遊ぶ。
小学五年生になると、学校では給食室に忍び込んで食べ物や飲み物を盗んだり、空き巣に入る遊びを繰り返す。同じ頃に大人の女性の裸に強い関心を持ち始める。
小学六年生の一学期に、学校の通学路の途中のコンドミニアムに入り、学校をさぼってエレヴェイターで遊び始める。俺はデパートメント・ストアのエレヴェイター・ガールの真似をし、住人の目指す階のボタンを代わりに押してあげる遊びに夢中になる。エレヴェイターで存分に遊び、満足すると、今度はコンドミニアムのゴミ収集室に忍び込む。そこには古本や古雑誌が山と積まれている。俺はゴミ収集室に捨てられた燃えるゴミの中から価値ある物を選び出す。大量に捨てられた雑誌や本の束の中には、何と小説の文庫本や単行本や漫画の単行本まで捨ててある。自分のよく知るTVのアニメイションの人気キャラクターが本の体裁で漫画本に納まっているのだ。これがアニメイションの原形なのかとTVの裏事情が一つ現実的に開かれる。俺は試しに本の束の中から見知らぬ漫画の単行本を一冊抜き取る。ページを捲ると、そこには女性の裸が沢山描かれている。俺は大人のいやらしさを感じながら、絵の上手さに強く惹かれる。どうしたらこんなに上手く絵が描けるのか。俺はとんでもない宝物を発見したような思いで胸が一杯になる。俺は学校をさぼり、ゴミ収集所と孤児院とを二往復し、欲しいだけ孤児院に本を持ち帰る。俺は女性の裸を描く楽しみを想う。学校の女の子の下着姿や裸を想像力で絵にするのはさぞかし楽しい事だろう。
翌日、俺は学校に行く途中、ふらりとまたコンドミニアムのゴミ収集所に立ち寄る。高校生ぐらいの紺のブレザーの制服を着た女の人が白くて細い後ろ足を伸ばし、生ゴミの袋を棚の上に置こうと力なく抱えている。俺はその後姿に見蕩れる。俺はその人の紺のジャケットと膝上辺りまでのスカートの制服姿から正確に裸体を想像する。自分を子供だと想わせれば、この人は体を自由に触らせるだろう。その女の人は背後に人の気配を感じ、ゆっくりと細い体を捩ってこちらに振り返る。
「漫画はもうないね」と俺はその人に明るい声で話しかける。
「そんなの別に探してないよ」と女の人が大人っぽい落ち着いた笑い声で言う。俺は迫るように進み出て、女の人のスカートを何気なく捲る。
「こらっ!ダメだよ!女の子のスカートなんて捲っちゃ!」と女の人が動揺したように叱る。女の人は自分の捲られたスカートを手で押さえる。その人は左右が紐で結んであるピンク色のパンティーを穿いている。俺は調子づいて女の人の割れ目を下着の上から摘む。
「ダメだってば!そういう事するとお父さんお母さんに言い付けるわよ!」
「俺には生まれ付きお父さんもお母さんもいないよ。それよりさ、この脚の間に何かあるんだろう?」と俺は女の人に言って、ピンクのパンティーを素早く脱がす。
「ダメだって!そういう事したらいけないんだよ!」
「お前は女だから、俺のチンチン見たり、触ったりしたいんだろ?」
「そういう事を何で子供が言うのよ!お姉ちゃん、君の事が恐いの!」
「穴に俺の大きくなったチンコを入れられると、悲しい眼をして断われない気持ちになるんだろ?」と俺は言って、女の人の両脚を払うと、女の人はゴミ蒐集室の床に尻餅を突く。
「イッたあい!何すんのよ!」と女の人が大声で文句を言う。俺は素早く女の人のピンク色のパンティーを脱がし、紺のブレザーの白いブラウスの上から思い切り両胸を掴む。
「痛いよ!止めてよ!」
俺は女の人の股を両手で広げ、劇画で見た女の穴と同じ部分に右手の中指と人差し指を差し込む。女の人は大人の漫画の中の色っぽい女の人の声を想わせるような、聴いていてとても気持ちの良い声を出す。俺は女の人の穴に入れた指を前後に激しく動かす。眼前で目を固く閉じた女の人の喘ぎ声が堪らなく心地好い。この人はあの劇画の中の女よりうんと若いけれど、あの大人の漫画の中の女と同じ事を好むだろう。俺は穴から指を出し、ズボンのベルトを外すと、急いでデニムのズボンと白の下着を脱ぐ。女の人は俺の大きく反り返るように勃起したチンコを見ている。女の人は逃げようともしていない。チンコの先が透明な粘液で濡れている。
「穴にチンコ入れるからじっとしてろよ」と俺は無抵抗の女の人に脅すような命令口調で言う。
指と違って、チンコを腰で動かすのは難しい。穴に入れたチンコの感触は感動的なまでに温かくて気持ちが良い。女の人の声も大人の漫画の中の女とは違って、とても可愛らしくて切ない気持ちにさせる。俺は女の人の紺のブレザーと白いブラウスを脱がし、女の人が隠す水色のブラジャーを捲くって、左のこじんまりとした若い乳首と乳輪にしゃぶりつく。女の人も雌猫のように甘い声を出す。女の人は股の方に手を遣り、ずっと結合部を隠すように手を伸ばしている。チンコが女の人の穴の中でぎゅっと締めつけられる。それを直ぐに女の人が緩める。
「もっとギュっと穴の中でチンコを締めつけろ!」と俺は女の人に強い口調で命令する。女の人は唇を嚙み、俺のチンコを穴の中で締めつける。女がこんなに何でも言う事をよく聞くとは想像もつかなかった。女と言うのはこう命令してやれば、何でも言う事を利くのだな。何で今までこんな重要な秘密に気づかなかったのだろう。命令すれば、女は何でも男の言う通りになるのか。大人の漫画の中の男は女の顔を叩いていた。こんなに言う事を利く女なら叩く必要はない。叩くのは言う事を理解しない女に限られるだろう。この人は顔も体もとても綺麗だ。俺はすっかりこの人に恋している。この人の声は本当に可愛い。腰の動きを微妙に変化させるだけで、生楽器のようにこの人の口から発される声が変化する。この人の声の感じが一瞬心の中に暴力的な衝動を想起させる。それをこの人の可愛らしい声が不思議な優しさに変える。チンコに強烈な気持ち良さが満ち、頭の意識が朦朧としてくる。破裂したいのに今一つタイミングに達しない。呼吸が乱れ、激しい鼓動に命の危機を感じる。腰の動かし方に微妙なコツを掴み始める。そろそろ破裂させてもらわないと微妙に辛い。この人の幸せそうな声がゴミ収集室の中に満ちる。一発一発正確に打ち込むように腰を動かす。茶色い乳首を思い切り摘んでやる。この女、よくもこんな動物的な怪しい声を出せるな!気持ちが良い。この野郎!もっと突いてやる!俺は女の両太腿を脇に抱え、自分のチンコの満足のためだけに激しく腰を動かす。女のこの声を聴くのが堪らなく気持ち良い。ああ、何か出た。額から疲れがどっと出る。穴から勃起したチンコを抜くと、白いネバネバしたものが付いている。チンコを刺激するとこんなものが出るのか。これって子供を作る行為なんじゃないか。こいつ、俺の息子を産むのか。呼吸が乱れる。頭の中がすっきりとして気持ちが良い。チンコの満足感にも、今まで一度も経験した事のない気持ち良さがある。
「もうここ出るからパンツ穿けよ!服も着ろ!」
女は悲しそうな眼を伏せ、ピンク色のパンティーを座ったまま穿く。俺はその様子を見ていて、また脱がしたくなる。オマンコの毛の感じが微妙に不似合いなのは、この人がまだ本当の大人ではないからだろう。
「俺、先に出て学校行くからな。お前も服着たら学校行くんだろ?」
「あたしはもう家に帰る」
「お前、名前何て言うんだ?」
「慶」
「ケイか。良い名前だな。美人の名前だよ」
「だって、美人だもん」と慶が笑って言う。「あなた、名前何て言うの?」
「嶋本京一」
「じゃあ、あたし、京君って呼ぶわね。君はもうあたしの旦那さんだよ」
「お前、俺と結婚したいのか?」
「あたし、京君の赤ちゃん産みたい」
「元気で良い顔した赤ちゃん産めよ。俺みたいな良い男になる子を産むんだぞ」
女は明るい笑顔で、「うん」と可愛らしく返事をする。
「またしような」
女は俺の様子を盗み見るように一瞥すると、「うん。またしよ」とか細い声で言う。
「明日の朝、またここで会おうな」
「うん。じゃあね!また明日!」
翌日、俺達はゴミ収集室で待ち合わせをし、お互いの体を喜ばせる。これがセックスと言う行為であるのを知ったのは、数ヵ月後に性教育の授業を受けた時だ。セックスの最中に聴く慶の声の魅力が俺の天性の音楽的才能を鈍らせる。頭の中の音楽がセックスへの情熱で焼け朽ちた瓦礫のようにボロボロに痩せ細っていく。
俺達は毎日のようにセックスを繰り返し、お互いの愛を伝え合う。そんな日々の中、俺は漫画家になる夢も、音楽家になる夢も、あらゆる夢が快楽で穢れ、夢の実現を想う純粋さが失われていく。
一週間と数日経った頃だったか、人気のない通りで初めて慶と手を繋いで歩く。セックスを経験しているカップルである事が酷く気恥ずかしく感じられる。夜に会う時には俺の通う小学校の校舎のロビーに潜み、ソファーの上でセックスをする。
毎日毎日、金玉が痛くなる程セックスを繰り返す。
三週間ぐらい経った頃、慶の親は共働きで日中家を留守にするため、慶の家に招かれた。慶は俺に手料理で昼食を振舞おうと台所にいる。俺は居間のソファーに腰かけ、腹を空かして待っている。
「坊や、今、お母さんが特製ラーメン作ってあげるからね」
こいつ、飯事のつもりか!俺に母親とセックスをするような息子の役をやらせようってのか!
「おい!好い加減にしろよ!」
「坊やはお腹空かして、お母さんのお手製のラーメンが出来上がるのを良い子にして待ってれば良いのよ」
「おい!何ふざけてんだよ!一寸こっちに来い!」
「何よ、急に怒ったりなんかして!もう直ぐラーメン出来るからね、坊や」
「おい!一寸こっちに来い!恋人として付き合う条件を体に教え込んでやる!早くこっちに来い!」
慶は幸せそうなのんびりとした温かい口調で、「またしたいの?」と中途半端に色気付いた声で訊き返す。慶はラーメンを茹でる事から目を離せない。俺はセックスをした居間のソファーから立ち上がり、慶のいる台所へと上半身裸の下着姿で近づいていく。
「おい!こっちに来いって俺が言ったら、直ぐに来るもんだろ!」
慶は背後に俺が近づく気配を感じ、菜箸を手にした立ち姿で振り返る。俺は慶の肩まで伸びた長い髪を鷲掴みにし、「おい!お飯事で母親の真似事みてえな事して、何時までもヘラヘラと穴みてえな事してもらえると思うなよ!」と怒鳴り散らし、居間の隣の部屋のドアーを開ける。
「痛い!痛い!痛いよ!京君!ここ、パパとママの寝室だからダメだよ!」
「服脱げ!下着も脱いで裸になれ!」
「脱ぐよ脱ぐ!そんなに焦らないでよ!」
「誰がテメエの裸なんかで焦るもんか!何時までも恋人面してんじゃねえよ!カーペットの上に四つん這いになれ!」
「あたし、そういうの嫌い!」
「好きとか嫌いなんて事は聴いてねえんだよ!」と俺は慶の真顔に怒鳴りつけ、慶の左の頬を拳で思い切り殴る。俺は右足でこの女の股を猛烈な勢いで蹴り上げる。慶は声もなく膝から床に崩れ堕ちる。前屈みになって股を押さえる慶の頭を上から足で踏みつけ、何度も足で慶の頭をカーペットの床に叩きつける。俺は慶の両親の寝室の三面鏡の台の上にある鋏を掴み取る。俺は声一つ出せずに苦しむ慶の髪を鷲掴みにし、慶の顔を仰向けにして見下ろす。
「京君、謝るからもう暴力振るわないで・・・・。あたし、ちゃんと京君のルールしっかり憶えて、京君の立派な恋人になる努力をするから。だから、もうこんな酷い事しないでよ。あたし、京君が本当は優しい子だって判ってるの。ねえ、お願い!そんなに興奮しないで!」
「テメエ、好い加減その母親面止めねえと、この鋏で喉かっ切って殺すぞ!」
「ごめんなさい!もう許して!あたし、ちゃんと綺麗な恋人になる努力するから!」と慶が反吐が出るような言葉で俺に泣きつく。
「おい!口避け女って知ってるか?」
「ごめんね!ごめんね!そういう恐い話はもう止めて!」と慶が泣きながら両手で俺の胸に触れる。慶の体は恐怖で痙攣したように震えている。
「別れてくださいって言え!」
「別れてください!でもね、京君、あたし、ちゃんと遣り直す自信もあるんだよ。もう一寸冷静に考えて!」
「おい!お前、どっかに監禁してミイラにするぞ」
「ミイラでも良いよ!それで京君が満足するなら」と慶が真剣な目で俺の両眼を見つめて言う。
「もういいよ。お前、相当に気持ち悪いぞ。男がここまで嫌いになるようだったら、そこまで殴られたり、痛めつけられる前に、とにかく直ぐに謝る知恵を付けろよな」
「あたし、自分の何が悪かったのか本当に判んないの。どうしてこんな急に酷い事されるの?」
「恋人に対して母親面は絶対にしてはいけないって事が判れば、それでもう二度と母親面をやらない女として幸せな恋愛がまた出来るんだよ。お前さ、純粋なのは判るんだよ。でもな、お前、自分が男にゲロ吐きたくて堪らなくさせるような女だって事に早く気づけよ。お前、その手で俺の胸に触るのを止めろ!」
「そうなんだ。あたし、もう恋人には戻れないんだ。じゃあ、あたし、もう死ぬ!」
「そうじゃないだろ?」
「だって、あたし、京君が全てなんだもん」
「そうじゃないんだよ。セックスって気持ちの良い事だよな?それをまた他の新しい恋人とすれば良いんだよ」
「京君はあたしが死ぬのが嫌なの?」
「嫌だよ。そういうのはお前が俺のセックスの相手でなくても嫌な事なんだよ。だから、もう死ぬとか言うなよな。今度死ぬとか言ったら、拳骨でしこたま顔面殴って、岩石いわおみたいな顔にするからな」
「判った。京君はやっばり心の底は優しい。あたしの命も大切にしてくれてる」
「うん。そうだよ。だから、もうお別れだからな。よし!目瞑れ」
「うん・・・・」
俺はそっと慶の唇に長い口づけをする。これでこいつとの恋はお終いだ。漫画家になりたいとか、音楽家になりたいとか、この恋には幸せな人生を夢見る多くの純粋さを穢された。こいつとの思い出は何となく温かい。こいつは本当は何も悪い事をしていないのかもしれない。俺はもうこいつではダメなのだ。こいつとの恋は一秒でも早く終わりにしたいのだ。
俺は家に帰りがてら、あいつの温もりを想って吐き気を覚える。それでいて俺の胸の中は少し安らいでいる。ゆっくりとまた今日明日を生きられるように心の回復を辿らなければいけない。
女は大人の方が良い。顔の良い、成熟した体つきをした女とやりたい。慶みてえな女は年上でも心や体はまだ子供なのだ。
俺は公立の中学校に進学した。俺は友達も作らず、教室でも孤児院でも読書による文学的な情緒に浸り、独り詩を書くようになった。親代わりの神父さんやシスター達も周りの連中も、誰も俺が詩を書いている事を知らない。
中学一年生の夏休みに俺は詩人として生きる事を決意する。俺は時間の赦す限り詩作に耽るようになる。
地獄があるなら、俺は必ず地獄に堕ちるだろう。俺はあの世の実在を信じる一方、死とは何かを想い巡らせる。本当に死があるならば、天国も地獄もない。あの世なんてものはこの世の秩序を護らんがために政治家が作り上げた嘘っぱちではないか。俺は孤児院で毎日食事前にイエス・キリストに感謝の祈りを捧げる。どうしてもあの作り物のように偉大な人の悲劇が本当にあった事だとは思えない。第一神のような力を持った人が何故人間如きに処刑されるのか。イエス・キリストが本当に実在した神ならば、ローマの人間達の裏を掻いて、ひっそりと処刑を免れるために逃げ出す事も出来た筈だ。何で俺はイエス・キリストの事をあれこれと考えるんだ!早く独り立ちして孤児院を出たい。偉く賢いイエスさんよ!俺は端からあんたの言う事なんて信じちゃいないんだ!あんたは人間がでっち上げた全くの作り物だよ!あんたの言葉は確かによく考えられている。俺はあんたのゴースト・ライターには一目置いてるんだ。全く嫌な束縛だ!世界中に火を点けて燃やしたくなる。
俺に話しかける者の眼を見て話していると、俺の顔の表情の変化に誰もが不審感を抱く。自分の心を疑う気持ちが段々と外界に心を表わす事を難しくした。自分の眼の表情を余り細かく観察されると、精神不安から暴力を振るう事もある。俺の暴力の残酷さが喧嘩を見ている者達の心に底深い恐怖を感じさせた。その噂が学校中に広まる。番長なんて役割りは俺を抜きにしたお飯事に過ぎない。俺との喧嘩で片目を失明したり、片側の聴覚を失ったり、腕や脚を骨折した者達がいる。被害者達は学校内で孤立した俺を集団でからかった奴らばかりだ。シスター達は俺が喧嘩をして相手に怪我させる度に学校に呼ばれ、教育方針を疑われた。俺のやる事は神父さんやシスター達の教育の仕方とは全く関係がない。親代わりの神父さんやシスター達が学校に呼び出されるのは堪らない。俺は特別喧嘩っ早い方ではない。暇さえあれば体を鍛えるため、腕力が人一倍ある。暴力の気配に対し、瞬時に攻撃に出る本能のスピードは人より何倍も速い。拳の食らわし方に関してはガキの頃からの経験の積み重ねで武道にも通じる破壊力を有している。喧嘩の回数は毎日の事だったから、半端な数ではない。俺の顔には容易に殴る事の出来ないようなオーラがあるようだ。俺の顔は大したお洒落をしなくともそこそこ良いように生まれついている。
同じ学校の女子生徒とセックスをする機会がなかなか巡ってこない。どの子も俺の喧嘩を見て俺を恐がっている。中学生とあらば、女子生徒の中には性的な誘惑を恐がるような子もいるだろう。彼女達とてセックスの快楽を体に教え込めば、立派な性の玩具になる。強姦が裁判沙汰になれば、少年院にぶち込まれる。慎重にやらないと人生が丸潰れになる。そんな心の迷いのせいで女の扱い方に自信が失われてきた。年上の女なら、何とかなる。向こうにしてみれば、こっちはまだ子供みたいな者だ。部活動には入っていないし、女の先輩と親しくなるきっかけはない。そうこうしている裡に目ぼしい美人は次々とカップルになっていく。
休み時間に読書をしている地味な女子生徒がいる。清川文子と言う名のその女は、授業中、俺と眼が合うと、暴力者として軽蔑の眼差しで睨み返す。清川は休み時間になると一人教室から出ていく。清川は本を手に別館の方に歩いていく。どうやら図書室に行くようだ。俺は清川の後を堂々と着いていく。清川は後ろを振り返り、後からついてくる俺を確認する。清川は図書室を通り過ぎ、俺の方に振り返ると、逃げ込むようにして女便所に入っていく。俺は女便所の前に立ち、耳を澄ます。女便所の中から他の女子生徒の声がない事を確認する。俺は女便所の中に入る。清川が便所の個室の外に立ち、俺を睨む。俺は清川の前に立ち尽くす。
「何か用?」と清川が俺を睨んで訊く。
「お前を俺の恋人にするにはどうしたら良い?」
清川の目に険しい表情が消えていく。
「嶋本君も本を読むんでしょ?」と清川が友好的な眼差しで訊く。
「読むよ。でも、本なんかよりお前の体の方がうんと魅力がある」
清川は恥ずかしそうに唇を嚙む。
「俺は毎日お前の体に見蕩れてるんだ。お前は立派な大人の女だよ」
「あなたって、率直な話し方をする人ね」と清川が笑顔で言う。
「大切にするから俺の女になってくれ」
「良いけど、あたし、あなたが恐いの」
「俺が恐い?俺なんてお前に夢中になった只の少年だよ」
清川が可愛らしい転がるような声で笑う。清川はまだお洒落には目覚めていない。清川の顔は髪型をお洒落にすれば、作りは美形の中に入るだろう。俺は清川の眼を見つめたまま、素早く清川の両手を奪い取るように握る。
「これが俺の手だよ。温かいだろ?お前の手は柔らかくて細いな」
清川は恥ずかしそうに俯く。俺は清川の背に手を回し、清川の体をきつく抱き締める。
「好きだよ」と俺は清川の耳元に囁き、首筋に唇を這わす。俺は両手で清川の尻に触れ、清川の尻の形や堅さを確かめる。
「優しくしてね」と清川が不安げな声で言う。
「綺麗だよ」と俺は清川の耳元で優しく囁き、清川の左の耳朶を軽く嚙む。俺は清川の唇にそっと口づけし、清川の紺のセーラー服の上から優しく胸に触る。「恐い?」
「ううん。恐くない」と清川が安心したような声で答える。
「お前の事大切にするからな」と俺は言い、清川のスカートの中に手を入れ、下着の上から割れ目を何度も指でなぞる。俺は清川のパンティーの中にしなやかに手を入れ、学生服のズボンのファスナーを下げる。俺は自分のそそり立つモノを俯いた清川に見せる。俺のモノを見下ろす清川が生唾を飲む。俺は清川の右手を掴み、自分のモノを握らせる。
「セックスはこれが股の間から入ってきて、前後に動くだけだよ。イメージ出来る?」
「何となく。おちんちんって、大きくなると堅いのね」と清川が冷静な声でモノの感想を言う。
俺はセーラー服の上着の下から手を入れ、清川の胸をブラジャーの上から揉み、白い綿のブラジャーの中に手を入れる。俺は清川のセーラー服の脇のファスナーを上げ、白いブラジャーを上にずらすと、清川の左の乳首を銜える。
「恐い?」
「ううん。気持ち良い」
俺は清川を壁際に追い詰め、白い綿のパンティーを左足だけ脱がすと、清川の左足を持ち上げ、夢精したモノをゆっくりと膣に挿入する。清川があっと息を漏らすように声を出す。清川の穴の中はとても温かい。
「動かして良い?」
「優しくね」と清川は落ち着いた声で言って、俺に抱きつく。
女の体は柔らかくて華奢だ。俺は今にも破裂しそうなモノをゆっくりと上下に動かす。
下校時になると、清川が俺の席に近づく。俺達は手を繋いで教室を出ると、下駄箱の前で上履きを靴に履き替える。俺達は並んで校舎を出ると、再び手を繋いで正門を出る。俺は清川を家の前まで送るつもりでいる。「清川はどんな本を読むんだ?」
「あたし、学校の図書館の本を読んでるの。一寸前にコナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』を読み終えて、今はジュール・ヴェルヌを読んでるわ。嶋本君はどんな本を読むの?」
「俺はヘッセをよく読むよ」
「ヘッセ?全然知らない作家だわ。今度、あたしにも貸して」と清川が驚いたように言う。
「良いよ」
「嶋本君は本は図書館から借りて読むの?」と清川が訊く。
「俺の読む本は新刊書店や古本屋でかっぱらった本だよ」
「悪い子!」と清川が右掌で口を隠して叫ぶ。
「かっぱらい易いから文庫本が多いんだよ」
「文庫本って、大人が読む小さな本?」
「うん。俺が読む本は芥川賞作家やノーベル賞作家の本が多いよ」
「へええ、そうなんだ。何だか知らない事ばっかり」
「お前、学校の規則ギリギリの長さの髪型だよな。もう一寸お洒落に短くしたら、どうだ?」と清川にお洒落を促す。
「ああ、じゃあ、今日、美容院に行って、髪型変えてくるね」と清川が笑顔で答える。清川の家は孤児院とは正反対の方角で、学校からとても近い。あっと言う間に清川の家の前に着く。
「それじゃあ、またな!」と俺は清川に別れを言う。
「それじゃあ、また明日!」と清川は言って、玄関から家の中に入っていく。清川は玄関のドアーを閉める寸前に隙間から顔を出し、笑顔で俺に手を振る。
俺は帰りがけに池上商店街の古本屋に寄る。古本屋の婆が家の中に入った隙にお目当てのSM雑誌を三冊鞄に入れ、店を出る。
かっぱらったSM雑誌を読もうと近くの公園のベンチに座る。俺はSM写真を繁々と眺め、愈々本文に眼を通す。俺は写真に表わされたSMよりも小説の方に強く惹かれる。文章力への関心があらゆる表現の理解に広がっていく。漫画は漫画なりに面白い芸術表現だと思う。
幼児を連れた若い主婦がベンチの隣に腰を下ろす。主婦は幼児の髪を撫ぜながら、「道路に飛び出しちゃダメよ」と幼児に言い聞かせる。主婦は白い長袖の綿のブラウスの袖を捲くり、胸元には黒いブラジャーの紐が透けて見える。スカートは膝上までのタイトな紺のミニ・スカートである。主婦は鞄から銀縁の眼鏡を出して掛けると、単行本の本を読み始める。膝頭はピタリと合わさり、脚はとても細くてしなやかだ。主婦は俺のSM雑誌にちらりと眼を向けると、学生服を着た俺の顔を見上げる。主婦は俺と視線が合い、膝上の単行本に視線を戻す。主婦が深呼吸を一回すると、白い綿のブラウスの胸元のボタンが一つ外れる。ブラジャーと胸の膨らみが直に見える。主婦は外れた胸元のボタンを嵌める。涼風が吹き、主婦の香水の匂いが鼻先を掠める。俺は大人らしい花のような香りに刺激され、頭がクラクラする。主婦は右足を上げて脚を組む。口紅は鮮やかな真紅で、眼の表情は妙に色っぽい。毎夜、夫とセックスをしているのだろう。俺が顔を横に向け、主婦の横顔を眺めていると、主婦が振り向き、軽く俺に会釈する。主婦は再び本に視線を戻す。俺は主婦の腰に自分の腰を近づけ、主婦の左肩に手を回すと、「おばさん、セックス好きなんだろ?」と話しかける。
「ぼく!そういう事大人の女性に訊いちゃダメよ!」と主婦が生真面目そうに注意する。
「俺はおばさんとのセックスに憧れてるんだ」と俺は言い、主婦の左胸を白いブラウスの上から揉む。
「いやっ、止めてよ」と主婦が泣きそうな小声で言う。
「旦那意外とも楽しめよ。もっと色んな男としたいんだろ?」と俺は言い、主婦の胸を揉みながら、主婦の紺のスカートの中に手を入れる。
「子供に見られるわ」と主婦が大して嫌がる様子もなく、周囲を警戒する。
「してやるからおいで!」と俺は主婦の右手首を掴んで立ち上がると、主婦を立たせて女用の公衆便所に連れていく。主婦は黙って抵抗もせずに、俺に手を引かれるままに着いてくる。
「ストッキング破られたくなかったら、自分で脱ぎな」
主婦はスカートを自分で捲くり、丁寧にストッキングを脱ぎ始める。主婦は黒いレースのパンティーを穿いている。俺は主婦のブラウスのボタンを上から三つ外し、黒いレースのブラジャーを上にずらし、左乳首を弄り回す。主婦はストッキングを脱ぎ終えると、丁寧に鞄に仕舞う。俺は黒いレースのパンティーの中に手を入れ、濡れた穴の中で指を上下に動かす。
「おばさん、もう濡れてるよ」
「いやっ・・・・」
「入れてくださいって言え!」
「入れてください」と主婦が小声で言う。
俺は学生服のズボンのファスナーを下げ、下着からそそり立つモノを出すと、「口で銜えろ」と主婦に命令する。
「はい」と主婦は素直に返事をし、俺の足下にしゃがみ込んでモノを銜える。ああ、物凄く上手いな!
「気持ち良い?」と主婦が俺を見上げて訊く。「あたし、しばらく旦那ともしてないの」
この女には清川と違って、恥じらいがない。若い女は心も細やかで初々しいものなんだな。こんな女は何処にでもいるおばさんの一人だ。この手のおばさんとも、やれる機会があれば、俺はやるな。清川は明日、どんな髪型で学校に来るのか。
「立て!」と俺は主婦に言って、「後ろを向いて、壁に手を付け!」と命令する。俺はそそり立つモノを主婦の膣に挿入する。俺は主婦の右腕を掴んで後ろに回し、激しく腰を動かす。主婦は悲鳴に似た声を上げる。よくモノを締めつけるな。しっかりと体にセックスを教え込まれた女だ。夫はこんなに良い体をした妻ともしなくなるのか。ベッドに横たわらせたなら、さぞかし美しい女だろう。声も良い。
「ああ!気持ち良い!気持ち良い!」と女が狂ったように喜びの声を上げる。俺は人妻の豊かな胸を後ろから鷲掴みして感触を楽しむ。肋骨に押しつけるように胸を揉み、上に持ち上げて両胸を押しつける。乳首が硬くなり、突き出ている。俺はモノを抜いて、女の向きを自分の方に向けると、突き出た乳首を口に銜える。美しい胸だ。女は俺のモノを手で扱く。この主婦は手で扱くのも上手い。
「早く入れて!」と女が急かす。俺は夢精の精子でベタついたモノを女の穴に再び入れ、女の左足を抱えて激しく腰を動かす。女は何とも良い声で喘ぐ。声を聴いているだけでもイキそうになる。ああ、破裂した!
「綺麗な女だな」と俺は言い、人妻に口づけをする。
「今回、一回きりで終わりよ」と主婦が言う。
「うん。良い思い出になるよ」
主婦は下着を身に付け、服を着る。
「それじゃあね」と主婦は言って、先に女便所を出る。
頭は熱いし、体中が火照っている。俺は主婦が子供を連れて公園を出る後ろ姿を見る。主婦は振り返らない。
坂を下ると、団地の入口に原付バイクが置いてある。鍵がつけっ放しだ。俺はバイクに跨り、エンジンを吹かす。俺はバイクに乗って住宅街を走り、高級マンションの裏庭に入り込む。俺は盗んだバイクを我が物足らしめようと、優しく女の体に触れるように掌を這わす。俺はただ自分の手に入れたバイクを支配し、最高に気持ちの良い思いをしたいだけだ。俺は盗んだバイクに再び跨り、ノーヘルの顔に真正面から風を受けて、風の中をかっ飛ばす。俺のケツを追うパトカーのけたたましいサイレンの音が後ろから聞こえる。お巡りを困らせる喜びに体が疼き、心は狂い咲く。お巡りとの追いかけっこが最高に刺激的な喜びを齎す。耳をつんざくようなデカいサイレンの音に追われ、心臓が破裂しそうなくらい動揺する。ハンドルを握る運転に意識を集中し切れない。何時何処で障害物に激突してもおかしくはない。俺は眩しい死の壁を突き破る。光の中に突入していく想像上の絶頂感。スピードは生と死の一線を超える。一定以上のスピードの先には死が待ち構えている。張り詰めた恐怖が死に向かう勇気へと変わる。頭ん中から何か気持ち良いものが出る。
自分が今一番やりてえ事に全ての時間を費やす自由。それが今の俺にとって一番大切な事だ。俺は永遠なんて時間は信じない。気持ち良い事を止めれば、一人前の大人になるまで命が続くのだろう。俺だって大人になる事に興味がない訳じゃない。気持ち良い事を加減しながら生きられないだけだ。このまま大人になるまで命が続くのかどうかは判らない。この今を精一杯生きるって事に関しては大人達と同じだろう。俺と大人には大した違いはない。お巡りの思いだって俺と大した違いはないだろう。お巡りに追いかけられて事故死するような者の事をお巡りに本気で考える頭があるなら、あんなデケえサイレンを鳴らして、あれ程までに俺達を追う事はないだろう。あいつらだって俺達と同じようにただ気持ち良い事を繰り返してるだけなんだ。お巡りだってデケえ音を出す事とスピードが大好きなんだ。
大人になって、どうせ仕事をするなら、ロックン・ローラーになるか、イエス・キリストのように堂々と神を気取って生きたい。ロックン・ローラーになるか、神として生きるか、その二つの道にしか命の温もりを実感する術はないだろう。どちらに転がろうと、この頭の中は常に最高にスカーッとさせておきたい。
イエスさんよ、あなたのような正しき者が人間に処刑されるようなヘマを冒す筈がありません。何で俺はあなたに語りかけるのだろう。あなたは俺の人生に寄り添うように常に俺の心の中に存在しています。あなたを想うと、涙を流して、あらゆる苦しみを打ち明けたくなります。あなたのような神は実在しないにせよ、あなたに値するような何かが別に実在するように思うんです。あなたは恐らく空気のような何かなのだろうと思うのです。俺はこれからどんな罪を犯して生き長らえるのでしょうか。この胸の中には善良な自分が存在します。その俺は達磨のように手も足もなく、只管善だけを望みながら、罪深き道を在るがままに歩いていく私についてきます。彼は十字架に磔にされたあなたのようです。あなたは恐らく寓話の中に作り出された彼なのだろうと思うのです。罪を罪と知りながら罪を犯す俺は愚かしい存在です。果たして俺の感じる不満は俺にしかないのか。あなたには俺の罪を未然に防ぐ力がないのか。いいや、あなたの力が具体化したなら、俺の余生などたちどころに消え失せ、あの世に行く事になるでしょう。愛すべきは神であり、恐れるべき者もまた神なのでしょう。神父様の仰っていた、恐れるべきものは自分の犯す罪であるとは罪に対する罰があるからでしょう。罰を恐れて罪や悪を為さない人間なんて動物と同じではありませんか。
「人間に見られていなければ、罰を受けないのか。罰される事がなければ、罪を犯しても良いのか。目に見えぬ神の存在があるから罪を犯してはならないのか。あなたのハートにある聖人の心、良心は何と言っているでしょうか」と神父様が言っていた。「本当に大切なのはあなた方の胸の中にある道徳心なんです」
セックスの罪悪感を無視する悪の心をどうしても制する事が出来ない。良心は常に悪事を制する。良心は悪業の最中で消え失せる。良心と悪の心は同一の根に基くのか。
国道の信号が赤の十字路を減速せずに突っ切ると、パトカーが十字路の真ん中に止まる。走行する車は全て俺のバイクに衝突しないようにハンドルを切ったり、急ブレーキをかけたり、避けて走行する。俺は左の脇道に曲がり、住宅街を行く。御巡りは吹っ切れた。
近所の団地の自転車置き場に盗んだ原付きバイクを止める。心が死の領域を突き抜けた事を実感する。俺は死ぬ運命にはなかった。俺は死ぬものとばかり思っていた。
翌日、学校に行くと、清川が短く髪を切った姿で俺の席の前に立つ。
「髪切ったよ!どう?」と清川が笑顔で訊く。
「清潔感があって良いんじゃないか」
「そう?良かった」
清川は一日ですっかり垢抜けた。清川は休み時間の度に俺の席の方にくるようになった。
学校が終わり、清川を家に送る途中で、「あたし、将来は小説家になりたいの」と清川が言う。
「清川は小説を書くの?」
「小説らしきものを何となく書いての。嶋本君は小説を書くの?」
「小説は書かないけれど、詩作はするよ」
「へええ、詩人なんだ!」
清川の家の前に来ると、「嶋本君、家に寄っていかない?」と清川が家に誘う。「大したお持て成しは出来ないけれど、冷たいジュースや一寸したお菓子なら出してあげられるわ」
「じゃあ、一寸お邪魔するか」
清川の家は二階建ての白い一軒家だ。清川の部屋は二階の奥の六畳程の部屋で、家具やカーテンの好みはとても大人っぽく落ち着いた色合いで整えられている。
「今、ジュースとお菓子持ってくるわね」
「ああ、悪いな」
なかなか綺麗な部屋だ。机も小学生っぽい勉強机ではない。性能の良さそうなオーディオもある。レコードのアルバムが一〇枚ぐらいある。どんな音楽を聴くのかと見てみると、荒井由美やYMOやサザン・オールスターズなどがある。
清川は部屋に戻ると、お菓子とジュースの載ったお盆を絨毯の上に置き、「どうぞ」と俺に勧める。清川は絨毯の上に胡坐を搔いた俺の向かいにあるベッドに腰を下ろす。清川は本当に育ちの良さそうな品の良い女だ。
「嶋本君って、どこら辺に住んでるの?」
「線路向こうの孤児院にいるんだ。俺、孤児なんだよ」
「そうなんだ。変な質問してゴメンね」
「俺もお前には言っておきたかったんだ」と俺は言い、清川の近くの絨毯の上に移動する。俺はベッドに腰を下ろした清川のスカートを捲る。清潔そうな白い綿の下着の赤いリボンを眺める。「白い下着って良いな」
「そう?もっと大人っぽい下着を身に付けたいわ」
「これで良いんだよ」と清川の割れ目を下着の上からなぞって言う。「白は可愛いよ」
「そうなんだ。良かった」
俺は立ち上がり、清川をベッドに横たわらせる。清川のスカートを捲り、下着を脱がせて割れ目を嘗める。何だか忙しなくモノを挿入して腰を動かすばかりがセックスではないように思う。飽く事なく割れ目を嘗め続けていると、清川は右手の爪を嚙み、静かに目を瞑っている。清川の膣が濡れてくる。穴の中の様子を指で探る。
「爪で傷つけないようにね」
「うん」
清川が私服に着替え、俺が学生服のズボンを穿いていると、「ただいま!」と一階から女性の声がする。清川は部屋のドアーを開け、「お帰りなさい!」と言う。
「部屋にお客さんいらっしゃるの?」と大人の女性の声が清川に訊く。
「うん。文学のお友達が来てるの」
「何か持っていこうかしらね」
「お客さんにはもうお菓子やジュースをお出ししたからいいわ」
「そう」
俺は服を着て、廊下に出る。二階に戻ってきた清川が、「もう帰るの?」と訊く。
「そろそろ帰るよ」と俺は言い、階段を降りていく。俺は玄関で靴を履き、「お邪魔しました」と言って、清川の家を出る。清川が玄関の扉の隙間から顔を出し、「それじゃあ、また明日ね!バイバイ!」と言う。俺は何も言わず、振り返る事なく清川に手を振る。清川の家族の会話を聞いて、少し寂しさを感じる。
駄菓子屋に寄り、婆の目を盗んで鞄の中に駄菓子を入れる。買うのは三十円のイカ一本である。駄菓子屋の裏庭に回り、小学生になった幸が庭で遊んでいる背中に、「よう!幸」と声をかける。幸は振り向き、「ああ、お兄ちゃん!」と笑顔で歓迎する。俺は幸を膝の上に載せ、自由に幸の体の関節を折り曲げて遊ぶ。幸のパンツを確認し、幸のパンツを引っ張ると、幸の毛のないオマンコの様子を確認する。幸のぺったんこの胸を揉み、幸の脚や腕に優しく手を滑らせる。幸は俺のやる事には性的な意味合いがない事をよく知っている。勿論、俺にも幸に対する性的な関心はない。俺は縁側に仰向けに横になり、幸の両手両脚を持ち上げ、飛行機をしてやる。幸はとても楽しそうに笑っている。幸に靴を穿かせ、「ほれ!庭で遊んでろ」と幸のお尻を軽く叩く。俺は縁側から居間に入り、婆の作ったお稲荷さんを二つ口に頬張る。俺は裏庭から通りに出て、孤児院へと帰っていく。孤児院に帰ると、夜、神父様が食前に俺達年長者の孤児を部屋に呼び、原罪についてお話になった。
清川もあの主婦にも俺と同じように良心があるのか。人類がセックスをしなければ、人類は滅びてしまう。性欲を募らせた苦しみが姦淫に発展する。それを良心は禁じる。姦淫の罪を人間界に成立させているのは神の反対勢力である悪魔なのか。悪の心に唆された人間の自由意思でもある。キリスト教ではエデンの園でアダムとイヴが犯したセックスを人類の原罪とする。この世の全ての人間は悪に根差した心を以て生まれくる。我々は良心により、自慰行為にでさえ罪悪感を感じる。清川やあの人妻は全くの世俗の人間であるに違いない。俺は別に清川に恋愛感情を抱いている訳ではない。一目惚れするような好みの容姿であった訳でもない。清川がどんな態度に出ようと、俺がセックスをしたい時には自由に清川の体を抱くだろう。女の抵抗など何て事はない。女も人間ならば、気持ちの良い事には逆らえないものだ。
翌日、学校に行くと、昨日と同じように清川が俺の席に近づく。当たり前のように俺と一緒にいようとする。今日の清川はヴァニラの香りがする。俺の好きな匂いだ。
「何か今日はいつもと違う匂いがするな」
「香水変えたの」と清川が俺の左の腕に凭れかかって、俺の髪を撫ぜながら言う。「この匂い好き?」
「ああ。好きだよ」
「良かった」と清川が細く柔らかい指で俺の左の耳の穴を擽りながら言う。
何とも気持ちが良い。もっとしてもらいたい。俺は人目を気にして、教室では清川といちゃつく事のないように注意している。清川が性欲を募らせているのがよく判る。清川も女に目覚めたか。なかなか良い感性をしてる。俺は今日も学校帰りに清川の部屋で清川を抱くつもりでいる。
学校が終わると、清川が俺の席に来る。
「嶋本君、レンタル・レコード屋って知ってる?」
「知らない」
「有料でレコードを貸してくれるお店なの」
「へええ」
「嶋本君は音楽好き?」
「音楽はレイディオやTVで聴くぐらいだな。毎週、『ベストヒットUSA』って言う音楽番組を観てるよ。外国のロックやポップスがプロモーション・ヴィデオで流れるんだ。深夜に放送される音楽番組なんだよ」
「へええ。あたしも観てみる!」
清川は下駄箱で靴を履き替えながら、「あたし、昨日、レンタル・レコード屋の会員登録をして、外国のロック・アルバムを二枚借りたの。あたしの部屋で一緒に聴かない?」と訊く。
「ああ、良いよ」
俺達は手を繋いで正門を出る。俺は右手で清川の尻に触れる。清川の家に入り、バスルームで二人一緒にシャワーを浴びる。
「綺麗な胸だな。SM小説に釣鐘型って書かれてる胸だろう」
「そうなの?」と清川が滝が流れるようにシャワーの湯を顔に浴びながら、笑顔で訊く。
俺はシャワーの湯を浴びながら、清川とお湯の滴る唇を重ねる。そそり立つモノを清川の割れ目に擦りつける。清川の形の良い胸を左だけ押しつけるように揉む。清川の尻は小ぶりながら、形が良い。清川の柔らかな体の感触が何とも素晴らしい。俺は清川を後ろ向きにし、壁に手を着かせると、背後から清川の穴に湯の滴るモノを挿入する。激しく腰を振る。バスルームに清川の艶かしい声が反響する。女のこの声が良い。清川の肩越しに清川の胸を見下ろし、両の乳首を弄くる。滝のように湯の伝う清川の贅肉のない腹に両手を滑らせる。キッスをするために清川の体を向かい合わせにする。湯の流れ落ちる清川の白い腹はすっきりと若々しく反り返っている。清川の左足を右手に抱え、清川の穴に再びモノを挿入する。セックスの時の女の声は亀頭を扱くような感じとは少し違う。セックスは発見の積み重ねで進歩する。
シャワー室から出て、バスタオルで体を拭くと、服を着て二階の清川の部屋に向かう。清川がレンタルしてきたレコードはジャーニーの『フロンティアーズ』とザ・ポリスの『シンクロ二シティー』だ。俺は二組共『ベストヒットUSA』で聴いた事がある。
清川と別れて、一人レコード屋に行くと、俺は定員が見ていない隙にジャーニーの『フロンティアーズ』とザ・ポリスの『シンクロ二シティー』のカセット・テイプを鞄に入れ、何も買わずに店を出る。
万引きしたカセット・テイプを孤児院で聴いたら、シスター達に万引きがバレてしまう。俺は駄菓子屋の婆に、「婆、カセット・テイプ聴く機械持ってる?」と訊く。
「ウチの娘の部屋に娘のステレオがあるよ」と婆が答える。
「そのステレオで音楽聴いても良い?」
「自分で動かせるなら良いよ。あたししゃ機械には全く音痴だからね」
「じゃあ、一寸借りるよ。毎日、音楽聴きに来ても良い?」
「まあ、娘の物をあんまり弄らなければ良いよ」
「判った」
俺は駄菓子屋の婆の娘の部屋で何度も音楽を聴き、そこを盗んだ物の保管場所にする。孤児院に帰ると、美的な長編官能詩を書き始める。いっそ清川のように小説を書こうかと、試しに小説も書き始める。文章の句読点を節目に改行する事が詩である訳ではない。俺の詩は散文的で、少しそのような傾向がある。文庫本で手に入る詩集は旧仮名遣いの詩が多い。本屋で単行本の現代詩の詩集を何冊かかっぱらって読むと、女流詩人の詩には言葉選びに独特な美意識を感じる。言葉の一つ一つに宝石のような輝きを感じるのだ。詩文にはこのような芸術的な言葉選びが必要なのだな。
翌朝、教室に入ると、清川の右斜め後ろの席の女子生徒が清川の机の前にしゃがみ込み、清川と何か楽しそうに話し込んでいる。元々清川が親しくしていた川田美奈子と言うクラスメイトだ。
俺も以前はちらちらとクラスの人気者の女子生徒らを遠目に見ていた。近頃はすっかり彼女らの存在を忘れていた。振り返って彼女らの様子を窺うと、彼女らは俺の方を見て、何か真剣に話し込んでいる。彼女らの近くにはクラスのよく目立つ男子生徒らが数人集まっている。俺と清川の事で文句を言えるようなクラスメイトは一人もいない。俺は遠目からセーラーの服のスカートから剥き出しになった川田の膝頭を見ている。清川はすっかり垢抜けた。以前の清川は今の川田と同じくらいの真面目な生徒だった。清川が川田の足下を遠目から眺める俺の顔を見ている。俺は黒板の方に視線を逸らす。
学校が終わって下校すると、手を繋いで歩く俺と清川の後ろに川田が歩いている。
「あたし、昨日、またレンタル・レコード屋に行ってさ、セックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!』とブラック・サバスの『パラノイド』を借りてきたの」と清川はロックの事を夢中で話している。俺は清川を家に送ると、「今日は用があるから帰る」と言って、清川と別れる。俺は商店街の方に歩いていく川田の後を追う。川田は公園に入り、ベンチに腰かける。川田は鞄から本を出す。
「よう!川田!」と俺は川田に声をかけ、ベンチの右隣に腰かける。俺は川田の髪を撫ぜながら、首を竦める川田に、「川田も本を読むのか。川田って清川の友達なんだろ?」と話しかける。川田は返事も出来ないくらい緊張している。俺は川田の胸元に顔を近づけ、再び顔を離すと、「良い匂いだな」と言う。川田は胸を意識して両肘を胸の前で合わせると、何も言わずに頷く。
「良し!川田!今から俺がお前の身体検査をする。抵抗しないでじっとしていろ!」と俺が強い口調で言うと、川田は口許に笑みを浮かべて頷く。俺は右手を川田の胸の前に伸ばし、川田のセーラー服の上から川田の左の胸を揉む。川田は首を竦め、俺に言われた通りにじっとしている。俺は川田の温かい頸元に鼻先を付け、川田の左の耳元まで唇を這わす。俺は川田の右の手首を上げ、川田の右の腋の下に鼻先を付けて、匂いを嗅ぐ。右手は川田のセーラー服のスカートの中に入れ、川田の右の内腿を揉んでいる。俺は川田の唇を右手の人差し指の先で優しくなぞり、そっと川田の唇に口づけをする。俺は川田の背中に両手を回し、川田の温かい体をキツく抱き締める。右手を川田の首の後ろから尾骶骨へと這わせ、川田の唾液を啜る。俺は川田のパンティーの中に右手を入れ、濡れた穴の中に右手の中指を入れる。俺は川田の右手を掴み、学生服のズボンの上から自分の股間を川田の右手に握らせる。
「硬く大きくなってるだろ?」
川田は頷く。
「これでセックスの準備が整い、これがお前の股の穴に入ってくるんだ。イメージ出来たか?」
川田は頷く。
「こっちに来い!」と俺は川田の右腕を掴み、川田をベンチから立ち上がらせると、川田を女の公衆便所に連れていく。女便所の個室を閉め、鍵をかける。俺は川田を壁に追い詰め、セーラー服のスカートを腰まで捲り上げる。川田は小さな白い綿のパンティーを穿いている。俺は川田のパンティーの中に手を入れ、パンティーを片足だけ脱がすと、川田の濡れた股の穴の中に右手の中指を上下に動かし、目を瞑った川田の顔を眺める。俺は左手で学生服のズボンのファスナーを下ろし、モノを下着の中から出すと、夢精してベタついたモノを川田の左足を抱えて、川田の濡れた穴にゆっくりと挿入する。
「痛いか?」
川田は顔を左右に振る。俺はゆっくりと腰を動かし、右手の指先で川田の口を開かせる。川田は声を潜められず、激しく喘ぐ。川田は垢抜けていない。清楚で、目鼻立ちは小粒ながら、美的な顔をしている。セーラー服を捲り上げ、胸を品定めする。体は痩せ型で、胸はほとんど出ていない。モノを外し、川田の小さな茶色い左の乳首を口に含んで吸う。川田の右手にモノを握らせ、モノの扱き方を教える。川田の顔が巣に戻る。川田の股の間の濡れた穴の中に右手の中指と人差し指を入れ、上下に激しく動かす。川田は激しく喘ぐ。再び川田の左足を抱え、モノを挿入する。川田の汗に濡れた前髪を両手で搔き上げ、口づけする。唇の間に舌を入れ、川田の舌に絡める。川田の荒く生温かい息が口の中に入ってくる。左手の中指を川田の耳の穴の中に入れ、川田の右の耳朶に優しく触れる。川田の股の間の穴の中でモノが破裂し、大きく四回痙攣する。俺は公衆便所のトイレット・ペイパーでベタついたモノを拭き、学生服のズボンの中にモノを納める。
「先に出てるぞ」と俺は川田に言い、女便所から出る。俺は先程のベンチに腰かけ、川田が便所から出てくるのを待つ。川田は便所から出てくると、「お待たせ」と笑顔で言う。
「お前も校則ギリギリまで髪を伸ばすだけが能の髪型だな」
「清川さんって、お洒落になったよね」
「全体的に髪が多くて重いな」
「じゃあ、今日、髪切ってくるね」
「そろそろ帰るか!家まで送るよ」
俺は川田と並んで手を繋いで歩く。
「最近、清川さんとレンタル・レコード屋さんで洋楽のレコードを借りて聴いてるの」
「お前と一緒に始めた遊びだったのか。お前は一昨日と昨日で誰のレコードを借りたんだ?」
「あたしはスティーヴィー・ワンダーの『ファースト・フィナーレ』とマイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』を最初に借りて、昨日はクラフトワークの『ヨーロッパ特急』とジャパンの『ブリキの太鼓』を借りたわ。あたし達、借りたレコードをカセット・テイプにダビングしてるの」
「へええ。俺は清川が聴かせてくれたレコードと同じカセット・テイプをレコード屋からかっぱらってきて集めてるんだ」
「ええ!悪い人!」と川田は右掌を広げて口を塞いで言う。
川田の家は商店街の外れにある白い家だ。
「じゃあな!」
「また明日!」と川田は言って、家の玄関のドアーを開けると、俺の方に振り返り、「じゃあね!」と言って、ドアーを閉める。
俺は今日も帰りにレコード屋に寄ると、セックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!』とブラック・サバスの『パラノイド』のカセット・テイプを探す。それらはカセット・テイプでは売っていないため、川田が言っていた四枚のレコードと清川が言っていた二枚のレコードを鞄に入れ、何も買わずに店を出る。ここのレコード屋の店員には顔を憶えられた。ここでの万引きはしばらく止めよう。
俺はまた駄菓子屋の婆の娘の部屋で手に入れたばかりのレコードを聴く。
翌朝、教室の席から清川の方を見ると、俺のいないところで清川と川田が俺の事を示し合わせたらしく、俺の方には来ない。川田の髪はお洒落に薄く梳かれ、校則より短く刈り込まれていて、自由意思が感じられるようになった。帰りも二人は俺を抜きにして下校する。
それ以後、俺は清川と川田に紹介された八枚の洋楽のアルバムを基礎に音楽にのめり込む。入新井図書館でカセット・テイプを借りて、買ったばかりのダブル・カセットのテレコでダビングしたり、図書館の近くの『アビー・ロード』と言うレンタル・レコード屋の会員になり、レコードを借りてカセット・テイプにダビングするようになった。ダブル・カセットのテレコやレンタル・レコード屋でレコードを借りる金やカセット・テイプを買う金は毎日各クラスの体育の時間に教室に忍び込み、生徒らの荷物から盗んでいる。盗んだ金で買った物は全て駄菓子屋の婆の娘の部屋に保管している。
読書はかっぱらってきた幻想怪奇小説を好んで読むようになり、詩作にも幻想怪奇的な要素が加わる。次第に創作詩のような傾向が強くなり、俺は創作詩を歌詞に変えて作曲するようになる。その中、俺はエレクトリック・ギターが欲しくなり、各クラスの体育の時間に盗んだ金でエレクトリック・ギターとアンプとチューナーとギターの入門書を買い揃える。楽器を孤児院に持ち込み、楽器の音を鳴らしたなら、シスター達に万引きがバレてしまう。音楽家としてデビューするには早くから楽器演奏が上達していなければならない。俺は駄菓子屋の婆の娘の部屋に楽器を置き、婆の娘の部屋で作曲や楽器の練習をするようになる。俺は音楽に夢中になり、自然とセックスから遠ざかる。
中学二年生に進級すると、俺はライヴハウスに通い、ヘッドバンキングやダイヴィングやエアー・ギターを繰り返す。俺は逸早くヘヴィー・メタルに目を付け、万引きしたポータブル・カセット・プレイヤーでメタルを聴き捲くる。俺は目の前のぼんやりと輝く狂気の赤い光を見つめて踊り捲くる。イッてる頭、ハイになった頭でバンドの演奏する曲の歌詞を狂い叫ぶ。昼夜を越えるヴァイオレンスの繰り返し。自分の生き方を模索する事より、今を楽しむ事を最優先させる。繰り返す狂気の夜、盗んだ愛用のマシーンに跨り、ハイ・スピードでハイウェイをぶっ飛ばす。一寸先すら見えない死の光の中、生身の体から遊離したダイヤモンドの意識で半透明な狂気のど真ん中へと突入する。鋼鉄の獣に跨る神が巨大な爆音を立ててハイウェイを走り抜ける。ヘイ!人間の神性って聞いた事があるかい?これ程セクシーな響きのある言葉は他にないだろう。ヘヴィー・メタルも最高だけれど、神になれるなら、全てを捨てても良い。イエス・キリストには確かな魅力がある。一度見たら、忘れたくとも忘れられない彼の魅力とは何か。好い加減イエス・キリストから逃れようとする事に疲れてきた。イエス・キリストをハートに納めてこの鋼鉄の獣に跨っていると、彼が俺のマシーンのスピードや爆音より、この俺に興味を持っている事がよく判る。あんたは確かに良い趣味をしてるよ。つまり、あんだが言わんとしている事は、このマシーンの真の所有者はあんたで、俺はあんたの持ち物で遊んでいる子供に過ぎないんだろう?あんたは俺に自分の主でもある事まで判らせようとする。俺が真に欲しいものは親の愛なんだよ。俺は極普通の人間の権利として親の愛を求めているだけなんだよ。何で俺なんだい?あんたが勝ち得た信者なら世界中に大勢いるだろう?あんたは俺の荒ぶる心を飼い慣らせるのかい?今、俺があんたに降伏すれば、後の事はあんたが全てやってくれるのかい?俺を産んだ親は俺を産んで直ぐに俺を捨てたけれど、あんたは俺を導き育てたって言いたいんだろう?確かにあんたは親の愛に似た大きな心で俺の愚痴を聴き続けてくれたよ。俺は人間の所有権なんて全く認めちゃいないんだ。俺が盗んだ物は全てあんたの物だよ。あんたに対する不満から重ねた罪だよ。あんたが自分の愛を肉親以上の愛だと言うのなら、俺は喜んであんたの家族になるだろう。俺の上に立つ者は神以外にないんだよ。俺はあんたの家族の女を抱いたに過ぎない。俺が殴った奴らは全部あんたの家族だよ。彼らがあんたの愛を平等に得ようとした事への嫉妬なんだ。
鋼鉄の獣に跨った俺は無事死の光を突き抜け、ハイウェイを出る。
中学三年の受験期に入り、俺は神父さんの部屋に呼ばれる。俺は神父さんの書き物が終わるまで神父さんの部屋のソファーに腰かけ、黙って左手の爪を嚙んでいる。心の中は疚しさで一杯だ。盗んだ物を駄菓子屋の婆の娘の部屋に隠している事や、セックスを経験した事も隠している。神父さんが書き物を終えて、俺のソファーの向かいのソファーに腰を下ろす。
「京一、お前ももう中学三年生だ。義務教育は中学までで終わりだ。お前は高校に進学して何を学びたい?家には私立校に行かせるお金はないんだ。高校に進学するなら、都立校だけだ」と神父さんが言う。
シスター達はじっと俺の様子を見ている。自分が孤児だと告げられた頃より孤児院の職員には自分から話かける事がなくなった。
「お前は学校の成績はとても良い。自分が行きたい都立高校に入る事が出来るだろう」と神父さんが笑顔で言う。
「H校を受験します」
神父さんとシスター達の顔が途端に明るくなり、職員達は互いに顔を見合わせて喜ぶ。
「ならば、頑張って受験勉強に励みなさい。以上だ」
俺はソファーから立ち上がり、神父さんに頭を下げながら、「失礼します」と言うと、神父さんの部屋を出ていく。俺は自分の部屋に入り、自分のベットに横になる。これが自分の、あれが誰々のと、他人が同居する小さな家の中で自分に与えられた物と人の物とを細かく区別して生活してきた。孤児院の中にいると、空気まで区切られているようだ。孤児院での生活の狭苦しさや息苦しさは幼い頃より感じ続けている。
酒と煙草は喧嘩が弱くなると幼い頃より仲間の年長者が言っていた。何より酒や煙草なしには普通に生活出来なくなるらしい。長年、酒や煙草は避けてきた。それが堪らなく酒や煙草が欲しくなってきた。欲望を誤魔化すのは得意ではない。心に浮かべた途端にそれを実行したくなる。住宅街の公園近くに万引きのし易い酒屋風のコンヴィニエンス・ストアがある。俺は万引きと学校で盗んだ金の活用を効率よく使い分けている。金があるからと言って、万引きが出来るような店で万引きをせずに金を使うのは要領が悪い。
観音開きのガラス扉を開け、店の中に入る。何も買わずに店を出ると店員に怪しまれる。怪しまれた店には暫く来れなくなる。
初心者にはどんな酒が良いのか。ウィスキーの中瓶と冷蔵庫から出した冷たい缶ビールを肩掛け鞄に入れる。会計では菓子類だけの支払いをして店を出る。人妻と女便所の中でセックスをした公園に行く。公園に入ると、あの人妻の姿はない。ベンチに腰かけ、鞄から缶ビールを出す。冷たく冷えた缶ビールの封を開け、試しに口を付ける。なるほど。酒の味は想った以上に深い。喉が詰まるような独特な飲み難さがある。酒とはこういうものだと割り切れば、この深みは嫌いではない。顔や胸がカーッと熱くなる。酔っ払うにはまだ量が足りないのか。何とも胸苦しい。火の息を吐きそうだ。酒は若者の間では馬鹿ふざけの道具に用いるものらしい。缶ビールを飲み干し、ウィスキーの中瓶を出す。ウィスキーの蓋を開け、ラッパ飲みする。これは気持ち悪い!これは水割りにすると良いんだな。ウィスキーに蓋をして鞄に仕舞う。ベンチから立ち上がると、膝から地に落ちる。地面に倒れ、荒い息を吐く。一体、俺はどうしたんだ?酔っ払ったのか。陽射しがギラギラと照り付ける。俺は目を瞑る。
「大丈夫ですか?」と女の声が頭上に聞こえる。
俺は目を開ける。女子大生風の綺麗な顔をした細身の女だ。
「初めてビールやウィスキーを飲んだら、倒れてしまって、ほんと何の事か判らない」
「泡吹いてる訳じゃないわね。酔っ払っただけよ。起き上がれる?」
俺は女の方に手を伸ばす。女は俺の手を強く握り、起き上がらせようとする。俺はヨロヨロと立ち上がり、女に抱きつく。俺は女の首筋に顔を埋め、女の香りを楽しむ。
「良い匂いだな。良い女の匂いがする」
「中学生なのにませた事言わないの!さあ!」
「もう少しこうしてたいな」と俺が女を強く抱き締めて言う。俺は女の香りを楽しみ、女の唇に口づけする。女の白いブラウスの背が汗で濡れている。女は黙って俺に唇を吸われるままにしている。両手を女の背に滑らせ、女の背の形を確かめる。この女、まだ男を知らないのか。俺は両手を女の両手に組み合わせて胸の前に上げると、女の眼を見つめる。俺は女の両手と自分の両手を組み合わせたまま、女の体を優しく前後に動かす。女は俺とのスローなダンスを楽しむ。女の体を揺らしながら、唇を何度も突き出し、キッスを誘う。女は楽しそうに笑う。口の中にウィスキーの味が残っている。女は俺に抱きつく。
「お前の部屋に行こう!」
「うん。でも、もう少しこのままでいて」
俺は女の尻に触れる。張りのある尻の感触を両手に感じる。モノは限界まで勃起している。女は下腹の辺りに俺の勃起した一物を感じ、「あたしの部屋に行こう!」と言って、俺の左手を右手で引く。俺は女の腰に左手を回し、女の腰に触れながら歩く。女の家は直ぐ近くの四階建ての白いマンションだ。女の部屋は二階の奥の角部屋である。女は玄関のドアーを鍵で開けると、「入って」と明るい声で俺を家の中に招く。家の中には他に誰もいないようだ。女は寝室の引き戸を開けて中に入る。俺も遠慮なく女の寝室に入る。女はベッドの上に横たわり、俺に両手を差し出す。俺は学生服を脱ぎ、青いブリーフ一枚になると、服を着た女の上に乗る。俺は女の豊かな胸を鷲掴みし、女のブラウスのボタンを上から外していく。女は白いレースのブラジャーを嵌めている。女のスカートのファスナーを下ろし、スカートを脱がせる。ブラジャーとお揃いの白いレースのパンティーを穿いている。俺は女の胸元に唇を滑らせ、下着を穿いた女の下半身に顔を埋める。女の右の膝裏を持ち上げ、下着の上から濡れた穴を指で刺激する。女のパンティーを脱がし、ゆっくりとモノを挿入する。女の豊かな胸をブラジャーの上から揉み、ブラジャーの上から両の乳首を強く何度も摘む。モノは挿入したまま動かしていない。温かい穴の中にモノが受け入れられている。ブラジャーのフロント・ホックを外し、女の左の乳首に喰らいつく。ゆっくりと腰を前後に動かし、女の穴の中にモノを摩擦させる。女の穴の中はじっくりと濡れている。女の尿道を指先で探り当てようとしていたら、小さなチンコのような突起物を発見し、これがクリトリスかと初めてクリトリスを発見する。クリトリスとは何とも可愛らしい女のチンポコだ。腰を振りながら、指先で優しくクリトリスに触れる。女は俺のピストン運動に合わせて甘い声を漏らす。吐息のように抑制した小さな声だ。機械のように規則的に腰を振っていると、女の顔つきが瞑想的な恍惚とした表情になる。悪戯心だけのセックスなどガキっぽい。俺はピストン運動を続けながら、自分の優しさに気づく。優しさが弾けるように射精する。俺は女のベッドから降りて、学生服を着る。
「今度また何時会える?」と女がベッドの上でパンティーを穿きながら訊く。
「お前、学生か?」
「大学は出たけど、学生じゃないわ。エレクトーン教室の教師をやってるの」
「へええ、俺はギターを弾くんだ」
「そうなんだ!」
「お前、美人だな」
「ええ!何々?もう一回言って!」と女がふざける。
「美人だなって言ってんだよ!」
「ええ、嬉しい!よく言われるけど!」
「笑えないよ!」
「名刺あげとくね。はい!」と女が財布から名刺を出して、俺に差し出す。
俺はその名刺を受け取り、「吉岡夏美ね」と呟くと、半袖のワイト・シャツの胸ポケットに入れる。
「じゃあ、またな!」
「うん。ジュースでも飲まない?」
「いやあ、音楽聴きたいから遠慮しておくよ」
「音楽?内にもレコードは一杯あるよ?」
「ロック?」
「ロックは学生の時に一寸聴いたけれど、あんまり好きじゃない」
「俺は今、ロックに夢中でね、痺れ捲くってる」
「そうなんだ。で、君さ、名前は何?」
「嶋本京一。言っとくけど、俺、孤児だよ。親の事は知らない。孤児院で暮らしてるんだ」
「京一君か。何か歪んだ自己紹介する子だね。孤児だから、何なのよ?」
「自慢出来る事ではないからさ」
「そんなんで人生やってけるの?社会に出る前から沈みかかってるよ?」
「何とかやっていくよ。じゃあな!」
俺は玄関のドアーを開け、ドアーの隙間から顔を出している夏美に手を振る。全然嚙み合ってない!美人だからヤレるものの、性格的には説教臭いおばさんに近い。年上らしい包容力はある。このまま付き合い続けたら、何れこの女とは激しい口論になるだろう。そんな予感のする女と態々付き合う気にはなれない。
何故、地獄に落ちると判っている人間があんたを想うのか。あんたは罪深き俺を大きな愛で受け止めてくれる。俺はどんな時も、何をしている時もあんたを想っている。あんたは窃盗や誨淫や暴力を厳しく禁じる。俺はあんたの何を受け入れたろう。太陽にも月にも背くような忌まわしい俺を何故あんたは受け入れようとするのか。俺の中に潜む悪魔が俺に有らん限りの悪事を働かせ、この体中に毒を巡らせて、あんたを俺の心から追い出そうとしているんだ。あんたは俺の心の中に巣食う悪魔を追い出せるのか。あんたは常に正しき者として俺の中に存在する。悪魔はあんたの聖なる光に焼かれ、苦しみのた打ち回りながら、必死で俺の心を支配しようと飢えを募らせている。全ての希望はあんたの側にある。あんたが悪魔に対して無力ではない事は判ってるんだ。人間も決して無力な存在ではないだろう。悪魔は人間の何かに魅入られ、それを我が物にしようとしている。あんたを幾ら心の中心に据える努力をしようとも、悪魔が必ず俺の心に忍び込んで邪魔をする。あんたが俺の心の中心に存在する事を当たり前に受け止めていると、悪魔も我が物同然に心身に巣食う。何故だ?悪魔とは神に連なる者なのか。
セックスにも金にも困らない。欲が深けりゃ、それを満たす行為をすれば良いだけだ。自分の将来に期待を懸けるなら、勉強と読書だけは続けねばならない。ヘヴィー・メタルでギターを掻き鳴らす人生はさぞかし楽しい事だろう。
中学三年の受験期のクラスに妙な緊張感が満ちる。受験期から勉強に精を出すような生徒はこの時期に必死に勉強し始める。俺は進学塾にも通わず、偏差値は常に七〇を超えている。
孤児院には話し相手がいない。毎日、学校が終わって帰宅すると、学校で盗んだ金でレコードやカセット・テイプを買い、駄菓子屋の婆の娘の部屋のオーディオで手に入れた音楽を聴く。聴いた音楽を早速ギターで試し弾きする。レコードやカセット・テイプは全て駄菓子屋の婆の娘の部屋に隠している。菓子屋の婆の娘の部屋に女を連れ込んだ事はない。
バウハウスやジャパンのレコードに巡り合い、深く聴き込む裡に音楽的な関心が変わってきた。万引きや学校で盗んだ金で買ったアルバムは百枚を超えている。今日は盗んだ金で黒いフル・フェイスのヘルメットと手袋を買い、ヘルメットを駄菓子屋の婆の娘の部屋の机の上に置く。婆の娘のベッドに横になり、手袋を嵌めながら、飽く事なくヘルメットを眺める。楽器屋に行くため、婆の娘の部屋を出る。
楽器屋に着くと、掲示板にバンドのメンバーの募集記事を見つける。音楽を通じて仲間が出来たら、俺の孤独な人生にも変化が表われるだろうか。ロックの仲間が俺の初めての友達になるのか。女との付き合いも長続きしない。俺は募集記事のチケットを切り取り、公衆電話で連絡する。陰鬱な声が、『はい、もしもし、早坂ですが』と電話の応対をする。
「あのう、ギターとヴォーカルを募集されているんですよね?」
『ああ、はい。どんな音楽を聴かれてますか?』と早坂が気のない様子で質問する。
「最近はバウハウスやジャパンを聴いています」
『へええ。家のバンドもニュー・ウェイヴ志向なんですよ。今度、俺の家でオーディションさせて戴いても良いですか?』と早坂が途端に陽気な打ち解けた口調で話す。
「ええ。お願いします。俺、詩も書くんです」
『ああ、じゃあ、今度、読ませてください。何時頃が宜しいでしょうか?』
「今日とか、ダメですか?」
『ああ、今日、夕方からバイトなんですけど、それまでで宜しければ、私は構いません』
「ああ、それじゃあ、住所を教えてください」
俺は電話でバンドのオーディションの予約をすると、早速、早坂の家に行く。早坂の家はJR大森駅近くの図書館の直ぐ裏手にある木造アパートメントの二○三号室だ。ブザーを鳴らすと、黒っぽいロック・ファッションで身を包んだ一七〇センチ程の細身の男が出てくる。
「あのう、バンドのオーディションに来ました嶋本京一と申します」
「ああ、バンドのオーティションに来た人ね。早坂光輝と申します。どうぞ、中にお入りください」
早坂は性格の穏やかそうな声で、美的な顔立ちをしている。玄関から中に入ると直ぐに食卓や冷蔵庫などが置かれたダイニング・キッチンがある。早坂は更に奥の四畳半の部屋に案内する。その一間にはベッドとTVとオーディオと箪笥と炬燵と本棚とギターとアンプと簡素な録音機材が置かれている。レコードは二百枚ぐらいあるのではないか。
「ここに座ってください」と早坂はベッドを指差して言う。「今、飲み物とお菓子を持ってきますね」
「ああ、お構いなく」
俺はこの人と音楽をやり、ずっと共に生きていくのだろうか。煌くような真新しい出会いであるのに、妙に気持ちが安らぐ。仏教で言うところの縁のある人なのだろうか。この世は生まれて初めて経験する世界のように思う。前世にもこの世界にいたと言う確信は持てない。この世に生きようとする積極的な意志や本能は苦もなく世界と合致した。中には出会う人出会う人に気後れしたり、恥ずかしがる子もいた。そういう人は前世に生まれ育った国が外国であったり、異人種であったのかもしれない。
「どうぞ」と早坂はブルボンのお菓子を小皿に一杯盛り、カルピスの入ったグラスを炬燵の上に置く。
「いただきます」と俺は言い、ブルボンのお菓子を食べ始める。カルピスは甘過ぎず、冷たくて美味しい。
「何か歌える歌はありますか?」
「ああ、歌謡曲なら、大概歌えます。洋楽は自分が歌う曲だと思った事がなくて、歌詞を憶えようとした事もありません」
「お菓子食べたら、俺がギターで伴奏するんで、何か歌ってみてください」
「ああ、はい。カルピス美味しいです」
「ああ!俺、カルピスの配分には自信あるんですよ」
「美味しいです」
早坂もブルボンのお菓子を食べる。この人は心に落ち着きがあり、忙しなくない。私は鞄から詩を書いた大学ノートを出し、「これ、俺が書いた歌詞です」と言う。早坂はティッシュ・ペイパーで丁寧に手を拭いて、ティッシュ・ペイパーをゴミ箱に捨てると、「ああ、すみません。一寸拝見致します」と言って、ノートを受け取る。早坂はじっくりと俺の詩を読み込む。俺が緊張して感想を待っていると、早坂が明るい顔を上げ、「ああ、お菓子でも食べててください」と言う。俺は御言葉に甘えてお菓子を再び食べる。
「何かダークで良いですね。深い孤独感と静けさが染み込んでます。これを歌詞にして歌うんですね」
「ええ」
「じゃあ、一寸何か歌ってみてください。何が良いですか?」
「それじゃあ、五輪真弓の『恋人よ』をお願いします」
「ああ、良いですね」
早坂がギターで伴奏を弾き、俺が歌う。
歌い終わると、早坂がエンディングのギターをゆっくりと弾き終える。早坂は明るい顔で、「思いっきりダークなロックやりましょうよ」と言う。
「合格ですか?」
「ええ、勿論」
「今年、高校受験で、合格するまで音楽活動は出来ないんですけど、それでも良いですか?」
「はい。受験が終わるのを待ちます」
「早坂さんは高校生ですか?」
「高校一年です。今年、十六歳です」
「ベイスやドラムは決まってるんですか?」
「決まってます。俺の中学の頃の仲間です。今度、会わせますよ」
「あのう、そこのレコード見せて戴けませんか?」
「ああ、どうぞ、ご自由に」
友達の家、友達のレコード、友達の持て成し、全て俺には初めの経験だ。
「何か聴きたいアルバムがあれば、貸しますよ」
「ええ!本当ですか!」
友達って、こんな感じなのか!年上だから、少し甘えるように何でも頼める。それをいいよと一つ返事で許される。年下の友達が出来たら、俺もそんな風に気軽に対応するのか。俺らしくないような、表に表わした事のない自分を知る思いがする。
「この辺、知ってる?ポジティヴ・パンクって日本では言われてるんだけど、英語圏ではダーク・パンクって言うらしいんだよ。とにかく暗い感じが良いんだよね」
俺は間近にある早坂の顔を視界の端で見ながら、早坂の香水の匂いを嗅いでいる。
「もうジャパンやバウハウスを聴いてるなら、次はこっちのダーク・パンクに来る筈だよ。ジャパンやバウハウス程の演奏力や楽曲の豊かさはないんだけれど、ダーク・パンクの魅力は簡単には否定出来ないよ」
「へええ。全部聴きたいです。お借りしても良いですか?」
「良いよ。三十枚ぐらいしかないから、一遍に持っていって聴きなよ」
「ああ、はい。ありがとうございます」
早坂の赤い形の良い唇や美しい眼を瞥見し、ディップで立てた黒く長い髪を眺める。
「ザ・キュアーとか、スージー・アンド・ザ・バンシーズとか、ニュー・ウェイヴの探索は物凄く面白いよ。ニュー・ウェイヴは小さなジャンル分けが細かくなされてるんだけれど、全部ひっくるめてニュー・ウェイヴと捉えるのが一番友好的で得るものが多いんじゃないかな」
早坂の黒いレザー・パンツのファスナーの膨らみを見る。
「俺、ヘヴィー・メタルやプログレッシヴ・ロックも好きなんです」
「ああ、プログレね。ロックの行き着くところみたいに言われてるよね。クラッシックは聴くの?」
「クラッシックはまだよく知りません」
「クラッシックは深いよお。僕もピアノを習ってた関係で子供の頃からクラシックに馴染んでるけど、クラッシックも一種のポピュラー・ミュージックだと思うんだよね」と早坂は言って、優しい眼で微笑む。
「へええ。なら、俺も聴いてみます」
「うん」と早坂は頷いて言う。「あのう、そろそろバイトなんだよ」
「ああ、じゃあ、レコードお借りして、そろそろお暇します」
「電話番号教えてよ」
「ああ、はい」
この日は早坂からレコードを四十枚借りて、駄菓子屋の婆の娘の部屋に向かう。
駄菓子屋の婆の娘の部屋のベッドに寝転がり、ザ・キュアーの『ポルノグラフィー』を聴く。ダークでシンプルなサウンドに乗せて、ロバート・スミスが高音のひ弱な息苦しい声で歌う。彼のダークな歌詞が良い。メンバーのローレンスはフランツ・カフカが好きらしい。
ザ・キュアーの『ポルノグラフィー』を聴くと、本屋に行って、新潮文庫のフランツ・カフカの文庫本を全部万引きする。俺は早速、孤児院で『変身』を読む。
早坂の声の温もりや美しい顔が何度も思い出される。他人の魅力に心を支配されるのは生まれて初めてだ。何故だか早坂の事を想うと心が浮かれてくる。俺の想いはすっかり女になっている。早坂の前では蛇に睨まれた蛙のように小さく心が竦んでしまう。早坂の好きな音楽を俺も好きになりたい。早坂が嫌がるものは俺も嫌いでありたい。不意に我に返り、物凄く恥ずかしくなる。俺はオナニーで早坂が俺の両脚を開いて、股を広げ、肛門を嘗める事を想う。俺はこのオナニーによる恥ずかしめが堪らなく好きになる。俺は眼を半開きにして左手の人差し指を銜え、早坂にされるがままになる想像をする。
『変身』を読み終え、夕食を食べる。孤児院の中には食事中に意識したり、会話する仲間はいない。眼が合うと強く睨みつけるため、チビ達の中にも俺に話しかける者はない。今夜はカツ丼である。幾ら食べても満たされない空腹感は相変わらずである。
夜の九時に早坂から電話がかかってくる。シスター・光子が電話の子機を俺の部屋に持ってくる。俺は早坂と夢中になって音楽の話をする。早坂の声の温もりに下半身が疼く。
翌日、駄菓子屋の婆の娘の部屋でヴァージン・プルーンズやセックス・ギャング・チルドレンを聴く。ダーク・パンクはかなり気に入っている。ダーク・パンクは音楽を形成する最低限の演奏力で独自な世界を築く事が中心的な課題になっている。それを音楽性が低いと判断する事は出来ない。レコード屋で盗んできたモーツァルトの『レクイエム』やショパンの『ピアノ・コンチェルト』はとても感動的だった。キング・クリムゾンやピンク・フロイドなどのプログレッシヴ・ロックも気に入っている。
一週間かけて早坂から借りた四十枚のレコードを聴き終える。俺はレコードを返しに早坂の家に行く。早坂は素肌に白い長袖の襟付きシャツを着て、黒いレザー・パンツを穿いている。
「中に入って!」と早坂が玄関の脇に寄る。
「今日もアルバイトがあるんですか?」
「うん。今日もある」
「じゃあ、あの、今日はこれで失礼させて戴きます。俺も読みたい本とかあるんで」
「ああ、悪いね」
俺は玄関に引き返し、靴を履く。
「それじゃあ、また来ます」
「うん。今度バンドの皆で焼肉でもやろうよ」
「はい。何時バンドのメンバーの人達に会えるんですか?」
「この次に集めるよ」
「ああ、はい。それでは失礼します」
俺は女を漁りに図書館に行く。俺は古典落語のカセットテイプの箱を手に館内を歩く。フランス文学の棚の前に女子大生風の女がいる。長い黒い髪に白いワンピースと黒いレザーの革ジャンを着ている。俺は女に近づき、「なかなか良いセンスしてるな」とスカートの太腿辺りの布を摘んで話しかける。
「ありがとう」と女が上目使いににやけて言う。
「胸もあるし、」と女のブラジャーに手をかけるように胸元に触れ、「文句ないな。良い女だよ」と女の尻に触れて言う。
女は腰を引いて後退りしながら、「ちょっと!」と愛想笑いして拒む。
「お前の家に何か良い映画のヴィデオないか?」と女の長く黒い滑らかな髪を撫ぜながら訊く。女は頸を竦め、「映画は好きよ。よくテレビから録画して、好きな映画を何度も観てるの」と緊張した様子で答える。俺は女の肩に左手を回し、「この図書館で何を借りるんだ?」と訊く。
「ヴァレリーの詩集よ。今、フランス文学に凝ってるの」と女が答える。
俺は女の後頭部を左手で押さえ、額に鼻を近づける。
「良い匂いがするな。顔も美形だよ」
「ありがとう」と女がきつく眼を瞑って答える。
俺は女を本の棚の方に追い詰め、「あんまりダイエットすると、このお尻の肉が削げ落ちるんだよ」と言って、女の尻を揉む。
「お願い!名前ぐらい教えて!」と女が強く噛み締めるような声を絞り出して言う。
「俺は嶋本京一。お前は?」
「河野瑶子」と女は俺に左胸を揉まれながら、泣き出しそうな顔で静かに答える。
「お前、真面目な女だな。男に触られても気持ち良さそうじゃない」
俺は女の唇に顔を近づける。女は咄嗟に目を閉じる。俺は女の唇にそっと口づけする。
「本借りて、お前の家に行こう」
女は無言で頷く。俺は女の左肩を抱き、受付に向かう。女が本を借りている間に女の腰に手を回す。女の心が徐々に打ち解けてくる。俺が古典落語のテイプを借りている間、女は俺の傍に立って待っている。女が逃げ出す様子はない。案外、俺はこの女の好みなのだろう。
女のマンションは図書館の直ぐ近くにある。
「上がって」と女が笑顔で俺を家の中に招く。
俺は女の家に上がる。女は自分の部屋のドアを開け、「入って!今、飲み物持ってくるわね」と言って、俺を部屋で待たせる。俺は女の部屋の本棚を眺める。百冊ぐらいの本がある。安部公房や三島由紀夫や澁澤龍彦などの文庫本が沢山並んでいる。レコードもアルバムが二十枚程ある。シャーデーやスティーヴィー・ワンダーのアルバムがある。ジャーニーの『フロンティアーズ』やホール&オーツの『H2O』やジャパンの『孤独な影』や『ブリキの太鼓』などもある。後はYMOの『ソリット・ステイト・サヴァイヴァー』や『BGM』や高中正義の『サダージ』など、邦楽である。
女がお盆に物を載せて、部屋に戻ってくる。グラスに氷を入れたコーラとクッキーなどのお菓子が皿に載ってある。女はお盆をカーぺットの上のテーブルに置き、「大した事は出来ないけど、どうぞ!」とカーペットに腰を下ろして言う。俺はクッキーを食べる。何だか、温かいようなクッキーで、女の愛情が籠められている。女の様子は親しげで陽気だ。女の部屋にはTVもヴィデオ・デッキもある。
「ここに来い!」と俺は自分の胡坐を搔いた太腿を叩いて女を呼ぶ。女は立ち上がり、言われた通りに俺の太腿の上に座る。俺は女のワンピースのロング・スカートを捲くり、女のピンクの綿の下着を見る。
「可愛らしいパンティーだな」
俺は女の唇にキッスをする。女の胸を揉み、黒のレザーのジャンパーを脱がす。俺は女を押し倒し、「俺が嫌じゃないな?」と確認する。女は黙って頷く。女は真剣な眼差しで、じっと俺の目を見つめる。俺は女の額に口づけし、女の首筋に顔を埋め、女の匂いを楽しむ。女の上に乗り、女のパンティーを脱がす。女の股は既に濡れている。俺は女の上半身を起こし、白いワンピースとピンクのブラジャーと白い靴下を脱がす。丸裸にされた女はベッドに横たわり、じっと俺の眼を見つめている。俺は女の広げた脚の間に膝を突き、女の体を眺める。女の両の内腿に何度も手を滑らせながら、女の膣を見つめる。女の薄い陰毛の間に見える膣を嘗めながら、クリトリスを右手の人差し指で刺激する。女は眼を閉じて右手の指先を銜え、甘い声を漏らす。クリトリスを責めるだけで女を一回イカせるのも良い。瑶子は色白で、頸が長く、小顔で、胸が大きく、手脚が長い。自分の好きなように女を育てたいなら、焦って自分がイク事ばかりに夢中になっていてはいけない。クリトリスを責める行為など男の快楽には直接関係がない。女で遊ぼうと思うなら、クリトリスの発見は興味深い。クリトリスを嘗めたり、口で吸ったり、指で弄り回す。瑶子にはセックスの楽しみを体で覚えさせてやりたい。クリトリスを指先でしつこく責める。瑶子は甘い喜びの声を漏らす。瑶子の顔には何をされても穢れないような美しさがある。瑶子が自分でオナニーをするような根気良さでクリトリスを弄り回す。女がこれをとことんしてもらいたいのはよく判っている。男の快感で例えるならば、フェラチオをされるのと同じだ。女にはクリトリスを永遠と弄って欲しい願望があるのだ。女の性の喜びの声を聴くのは他の物に換え難い気持ちの良さがある。クリトリスを攻める手を左手に換え、右手の中指と薬指を膣の中に入れる。モノの方はそそり立つ程勃起している。クリトリスを念入りに攻めて、誰にも真似の出来ない愛情をしっかりと瑶子の心と体に覚えさせる。クリトリスを舌先で吸い、念入りに嘗めてやる。
「ああ、おしっこ出ちゃう!」と瑶子が言ので、クリトリスをチョンチョンと人差し指で触れ、今度は徹底して膣を中指と薬指の二本で攻める。瑶子の膣はとても綺麗な赤い色をしている。陰毛を嘗め、肛門を確認する。手で洗う部分と糸瓜タオルで洗う部分を細かく区別し、綺麗な肌の色が保たれている。肛門の入口付近も手で洗うらしく、茶色くくすんでいない。左手で女の右胸を揉む。膣の中で指を早く出し入れする。瑶子は気が触れそうな声を出す。そろそろ正常位で穴にモノを挿入する。穴にモノを挿入すると、瑶子の声に満足気な様子が表われる。瑶子の穴の中でモノを静止させ、じっと瑶子の顔を見下ろす。瑶子は目を開け、笑顔で両手を差し出す。瑶子の両手に両手を合わせ、ゆっくりと腰を前後に動かす。右の掌を瑶子の胸の真ん中に当てる。瑶子の鼓動を掌に感じる。瑶子の穴の中の温もりをモノに感じる。瑶子の上に乗り、瑶子の唇に口づけする。瑶子の背中に手を回し、両肩を掴むと、激しく腰を動かす。瑶子が激しく喜びの声を上げる。瑶子の頸を両手で締め、激しく腰を動かす。瑶子の顔から血の気が引いていく。瑶子の目つきがぼんやりとしてくる。瑶子の死のイメージが定まると、瑶子の中で破裂する。俺が瑶子の頸から両手を放すと、瑶子が咳き込む。俺は急いで服を着て、玄関に向かう。瑶子の家の玄関の扉を開け、外に出る。殺人など呆気ない。殺意の衝動に駆られて人を殺せば、殺人の罪を負う。俺は死のエロスは求めない。セックスによる性の支配にも興味がない。瑶子の眼を見ていると死のエロスを想ってしまう。瑶子は殺意を思わせるような危険な眼をしている。俺はもう二度と瑶子の部屋を訪れる事はないだろう。
受験日が来る前に早坂の持つレコードを全て聴き終える。早坂は俺が高校に進学するまでは会わないと約束する。俺は寧ろ毎日早坂に会いたい。早坂と会っていても大して勉強の邪魔にはならない。受験勉強には大して苦労していない。普段から成績優秀な生徒は受験期だけの詰め込み勉強はしないのだ。
受験当日、試験会場に入り、受験生を見回す。会場の入口辺りの席に美形の女の子が座っている。なかなか賢そうな顔付きをしている。
試験は難なく終わる。
帰りの電車の駅のプラットフォームに着くと、試験会場にいた美形の女の子が電車を待っている。近頃は処女を見分けられるようになった。この子は処女だろう。顔の表情は明るく晴れ晴れとしている。試験の手応えが良かったのだろう。電車に乗り、彼女と並んで吊り革を握る。彼女の顔を覗き込む。彼女は軽く俺に会釈し、視線を逸らす。
「美人さんも普通に電車に乗るんですね」と俺が彼女に話しかける。
彼女は俺を瞥見し、微笑んだ横顔を見せて無視する。その顔が堪らなく可愛い。
「俺、バンド組んだんです」
彼女は俺を見つめ、「そうですか。楽しそうですね」と冷静な顔で答える。
「カッコいいロックン・ローラーには美人の恋人がいるものですよね」
「よく知りません」と彼女が微笑んで言う。
「ライヴやるようになったら、俺達の演奏観に来てくれませんか?」
彼女は俺に微笑み、「はい」と明るく返事をする。
「俺の電話番号教えます」と俺は言い、詩の手帳に名前と電話番号をボールペンで書く。その紙切れを彼女のセーラー服の胸ポケットに差し入れる。彼女は胸ポケットに伸びる俺の手を本能的に避ける。彼女は胸ポケットに入った紙切れを見下ろし、俺に微笑む。
「嶋本京一と申します。宜しくお願いします。俺、あなたの彼氏になれるように努力します」
「ああ、はい」と彼女が照れ笑いしながら答える。「雪川詩子と申します。宜しくお願いします」と彼女がにやけた顔で恥ずかしそうに自己紹介する。「あたしの電話番号も書きます」
彼女はメモ帳に名前と電話番号を書いて、俺に手渡す。
「今夜、電話しても良いですか?」
「はい。お待ちしております」
彼女は二つ手前の品川駅で下車し、電車の車両に残った俺に手を振る。俺も笑顔で彼女に手を振る。
孤児院に帰ると、神父さんが居間を通りかかる。
「京一、試験は終わったのか?」と神父さんが笑顔で訊く。「手応えはどうだった?」
「大した試験ではありませんでした」
「そうか」と神父さんは満足そうに言って、トイレに向かう。
俺は部屋に鞄を置き、普段着に着替える。早速、駄菓子屋の婆の娘の部屋に行く。
俺は駄菓子屋の婆の娘の部屋でギターを手に取り、ギターの研究をする。ギターで冷たい暗黒の宇宙を表現する。何度か練習し、そのギター・パートをラジカセでカセット・テイプに録音する。空のカセット・テイプはたんまり万引きで手に入れてある。その音源を持って、早速、早坂の家に向かう。
早坂の住むアパートメントのブザーを押す。
「はあい!」と部屋の中から早坂の声が聴こえる。「ああ、嶋本君か!あのう、京一って呼んでも良い?」
「良いですよ。じゃあ、俺はミッチって呼びます」
「ミッチか。良いよ」とミッチは言って、脇に寄り、玄関の戸を押さえる。「入学試験終わったの?」
「終わりました。あのう、ギター・パートのフレイズだけこのテイプに録音してきたんですけど、聴いてもらえませんか?」
「うん。聴いてみるよ」とミッチはテイプを受け取り、カセット・デッキにテイプを入れて、再生する。
ミッチは音源を集中して聴く。
「今度、京一をバンドの仲間に紹介するよ。これ、皆に聴かせてみる。物凄く良いよ。ここまでテクニカルでダークなギターはないと思う」
「今度、歌詞を書いて、ギターの弾き語りのヴォーカルをテイプに吹き込んできます」
「ああ、じゃあ、俺はこのテイプの音源でキーボードを重ねてみるよ。何か飲む?カルピスとコーラ、どっちが良い?」
「カルピスが良いです」
「じゃっ、一寸待ってて」
以前は友達の家になど上がった事がなかった俺が初めて遠慮なくミッチの部屋を見回す。VHSのヴィデオ・テイプが百本近くある。何が録音されているのか。興味があっても、人の物に勝手に触れる事はしない。部屋の中の物について質問するのも躊躇われる。
ミッチがお盆に載せたカルピスのグラス二つとお菓子を盛った皿を絨毯の上に置き、「はい。カルピスとお菓子をどうぞ!」と言う。
俺はブルボンのお菓子を一つ手に取り、「ミッチは映画好き?」と訊く。勿論、それは百本近くあるVHSのヴィデオ・テイプの中身を知るためだ。
「映画は大好きだよ。アメリカのエンターテイメント系の映画が好きかな。日本のアニメイションや円谷プロの映画で育ったようなもんだから、好きな映画も当然エンターテイメント系だよ」
「具体的にどんな映画が好きなの?」
「『ランボー』とか、『マッド・マックス』とか、『エイリアン』とかが好きだね。好きな映画は大概ヴィデオに撮ってあるよ」
「ああ、一杯ヴィデオ・テイプあるもんね」
「京一はどんな映画が好き?」
「人間の心の闇を描いたような暗い日本映画が好きです」
「独特!」
俺は思わず頭を搔いて、「いやあ」と言って、照れ笑いをする。
今まで自分の個性を人前に晒した事がない。人との会話を楽しむ事も少なかった半生を振り返り、自分の人生に光が射し始めた事を実感する。
ミッチの家から孤児院に帰宅すると、雪川詩子の家に電話する。
『はい、もしもし、雪川ですが』と詩子の母親と思わしきおばさんの声が電話に出る。
「あのう、嶋本と申しますが、詩子さんは御在宅でしょうか?」
『詩子ですね。少々お待ちください』
瀬戸物がぶつかる音やTVの音が聴こえる。温かい幸せな家庭の様子が想像出来る。反抗的な口調の詩子の声が聴こえる。
『はい。もしもし、詩子です』
「ああ、ロック・バンドの嶋本です。憶えてらっしゃいますか?」
『はい。勿論憶えてます』
「今日の試験の手応えは?」
『まあまあ、自信はあります』
「じゃあ、早速、デートしてもらえますか?」
『何処に連れていってくださるの?』
「一緒に御飯食べて、プラネタリウムに行きませんか?プラネタリウムは暗いから、美代子さんに沢山悪い事も出来ます」
『そう言うのはダメです!』と美代子がはしゃいだような明るい声で言う。
「じゃあ、プラネタリウムで星を見ましょう」
『はい。それなら良いです』と美代子が可愛らしく畏まって言う。
「それじゃあ、明日、夕方の四時に品川駅の改札口で待ち合わせしましょう」
『はい。楽しみにしてます』
「それじゃあ、お休みなさい」
『お休みなさい』
孤児院で夕食を食べ終え、バイクに乗ろうと団地の方に歩いていくと、同じ中学の不良学生が俺のバイクの近くで煙草を吸っている。そいつらの原付バイクが三台並んで置いてある。バイクに乗っている事をそいつらに知られる訳にはいかない。
同級生が煙草を吸っている場面を初めて見た。何だか俺も煙草を吸ってみたくなる。俺は大森銀座の方に歩いていき、レコード屋に入る。店員がバックルームに入ったところでクイーンの1STとマイケル・シェンカー・グループの『黙示録』のカセット・テイプをかっぱらう。煙草屋で『セヴンスターズ』一箱とライターを買う。バイクや煙草の事を孤児院の職員や学校に知られるのは良くない。マクドナルドに行き、ビッグ・マックとコーラのMを注文し、灰皿を持って二階席に向かう。二階の窓際の席に腰を下ろすと、向かいの窓際のテーブル席に牧田和子と言う同じ中学の女子生徒が家族らしき者らと食事をしている。牧田の家族は入れ違いに席を立ち、階段を下りて去っていく。俺は『セヴンスターズ』の封を開け、一本抜き取ると、煙草の先に火を点ける。なかなか火が点かない。隣の席の大学生風の男が煙草を口に銜えて、煙草から空気を吸い込みながら、火を点けている。俺はそれを真似し、深く一服吸い込む。俺は激しく噎せる。周囲を見回しても誰も気にしていない。俺は噎せないように煙草を吸う。物凄い満足感がある。大人への憧れが叶ったように嬉しい。高校に入学したら、他の学生達とどう付き合おうか。中学の時のように全く付き合わない手もある。余り者と行動を共にする中学の修学旅行は何の思い出も残らなかった。高校では部活に入ろうか。
『マクドナルド』を出て、池上商店街の古本屋に入る。俺はこの日、初めて画集を見る。モネやゴッホの絵画に衝撃を受け、ダリの画集に魅入る。画集が丸々三冊消えたら、流石に古本屋の婆も俺が盗んだと気づくだろう。盗むのはどれか一冊にしなければいけない。先ずはモネの画集を盗もうか。婆が漫画の棚に漫画を補充している。ここを万引きの穴場として残すなら、画集をかっぱらうのは危険だ。モネの画集は一二〇〇円する。長い目で考えたら、ここらで金を払って古本を買った方が良いだろう。俺は会計に行き、婆からモネの画集を買う。
もう夜遅い。俺は急いで孤児院に帰る。俺はモネの画集を持って、孤児院の部屋に入る。早速、モネの画集をじっくりと鑑賞する。学校の授業だけでは到底踏み込む事の出来ない絵画の神域を垣間見るような思いがした。明日、スケッチブックを買い、水彩絵の具で絵を描こう。
学校の帰り道にスケッチブックを買い、直接駄菓子屋の婆の娘の部屋で昨日盗んだクイーンの1STとマイケル・シェンカー・グループの『黙示録』を聴く。
夕の四時には電車で雪川詩子との待ち合わせ場所に行く。待ち合わせ場所の品川駅の改札口は人混みに溢れている。茶色のロング・コートを着た雪川が柱のところに立って、俯いている。
「雪川さん!」と真正面から声をかける。
雪川は顔を上げ、「ああ、嶋本君!」と言って、笑顔で迎える。
「はい!」と俺は言って、右隣を歩く雪川に手を差し出す。
「ああ、はい・・・・」と雪川は恥ずかしそうに返事をし、そっと手を繋ぐ。俯いた雪川の頬が赤らんでいる。俺はしっかりと雪川の手を握り返す。
「昨日、モネの画集を古本屋で買ったんです」
「ああ、モネって、印象派の睡蓮の人ですよね」
「そう。試験勉強にはそのくらいの教養で十分だけれど、画家として人生を切り拓くにはもう少し直接的な感動がいります。ああ、何か判ったような事言って、ゴメンなさい。雪川さんは将来、何になりたいんですか?」
「あたし、実は漫画家や絵本作家を目指してるんです」
「ああ、じゃあ、絵画の事は詳しいんですね」
「まあ、絵画を観る眼は普通の人より真剣なんじゃないですかね」
「今度、絵本と漫画見せてください」
「良いですけど、まだあんまり上手くないですよ」
「俺は中学一年の頃から詩を書いてるんです。バンドを組んで、詩作が作詞に変わりそうです」
「私は最近絵画に関心が強くなってきて、高校卒業後は芸大や美大を目指そうと思ってるんです」
「俺、今日、スケッチブックを買いました。水彩画から絵画を始めようと思ってるんです」
「何かあたし達、気が合いそうですね」
「そうですね」
「あのう、敬語じゃなくて良いですよ」
「ああ、なるほどね。じゃあ、タメ語にするよ」
「そういう話し方の方が嶋本君の事判り易い」
俺はプラネタリウムの入場券を二人分買い、雪川と手を繋いで会場に入る。席はガラガラに空いている。
「入場券幾らしたの?」
「ああ、俺が奢るよ」
「ええ、そんなの良くないよ。お互い学生なのに」
「判った。判った。じゃあ、二〇〇円頂戴」
「二〇〇円ね。はい!」と雪川が俺に二〇〇円手渡す。
星座の案内が聴こえる中、「プラネタリウムって、よく来るの?」と暗がりで雪川が訊く。
「小学校の行事で行った事があるぐらいだよ」
「ああ、あたしも小学校の時行った!」
プラネタリウムの星空を見上げ、現実から束の間心が解放される。星空を眺めている間も雪川と手を繋いでいる。
「俺、実は孤児なんだ」
「そうなんだ。じゃあ、孤児院で生まれ育ったの?」
「そう」
言ってみれば、何て事ないんだな。俺は雪川の肩を右手で抱き寄せ、雪川の頭を自分の肩に凭れかけさせる。
「雪川さんは絵本何時から描いてるの?」
「雪川さんじゃなくて、詩子って呼んで」
「じゃあ、渾名で呼ぶか」
「うん。何て呼ぶの?」
「ウーちゃんって呼んで良い?」
「良いよ。じゃあ、あたしは京ちゃんって呼ぶね」
「うん」
「絵本は中二の頃から描き始めたの」
「どんな絵本描くの?」
「メルヘンチックな作品が多いかな」
「ふううん」
俺はウーちゃんの肩を抱いていた左手でウーちゃんの眼を隠す。
「これじゃ、星が見えないよ」とウーちゃんが楽しそうに言う。
「ウーちゃんが俺の事だけ考えるように眼を隠してるんだ」
「京ちゃんって独占欲強い?」
「多分、俺、相当な焼き餅焼きだよ」
「そうなんだ。あたしもそうかな」
俺はウーちゃんの唇にそっと唇を重ねる。目隠しの手を除けると、ウーちゃんは口づけされたまま眼を開ける。俺はウーちゃんの舌に舌を絡める。ウーちゃんの唾液を吸い、長い長い口づけをする。口づけしながら、ウーちゃんの左の胸を揉む。ロング・コートの裾を開き、白いミニ・スカートの中に手を入れ、パンティーの上から割れ目を人差し指でなぞる。ウーちゃんは右手で俺の右手を掴んで除けようとする。俺はパンティーの中に手を偲ばせ、ウーちゃんの穴に中指を入れる。ウーちゃんの溢れる唾液を吸い、ウーちゃんの穴の中で激しく中指を動かす。ウーちゃんは俺の右腕を引っ掻き、抑えた声で、「止めて!」と言う。俺はウーちゃんの穴の中で中指を動かしながら、ウーちゃんの唇から唇を離し、「好きだよ」と囁く。再びウーちゃんの唇に唇を重ね、キッスを楽しむ。ウーちゃんの抵抗は止む。ウーちゃんの穴から中指を出し、ウーちゃんの頭を自分の左肩に抱き寄せると、黙ってプラネタリウムの星空を見上げる。
「京ちゃんって、悪い子ね」とウーちゃんが泣き声で言う。
「誰でも何時かは大人になるものだよ」
「そうなんだろうけど、今日、初めてのデイトだよ?」
「腹減ったろ?」
「うん。お腹空いた」
「先、来る時、美味しそうなイタリアン・レストランがあったよ。そこで良い?」
「良いけど・・・・」とウーちゃんがしょんぼりした声で言う。
俺達はプラネタリウムを出て、大通りのイタリアン・レストランに入る。カンツォーネの流れる、地中海風の白いコンクリートの壁に囲まれたお洒落な店である。俺達は奥の四人がけのテーブル席に向かい合って座る。ウーちゃんは壁側に座り、楽しげな顔でメニューを眺める。
「アンチョビとムール貝のピッツァが美味しそうね」とウーちゃんが楽しそうに言う。
「スパゲッティーって、パスタって言うんだな」
「うん」
「ペペロンチーノとアンチョビとムール貝のピッツァを一品づつ注文して、二人で分けて食べよう」
「うん。良いね!」とウーちゃんは笑顔で言うと、「ああ!お腹空いたあ!」とお腹を抱えて言う。
「飲み物は何にする?」
「あたし、アイス・コーヒーが良い」
「じゃあ俺もアイス・コーヒーにする。サラダがセットに付いてるんだな」
店員が来て、俺は先のメニューを注文する。店員が去ると、ウーちゃんの脚を両脚で挟む。
「今度、何か映画でも観に行こうよ」とウーちゃんが言う。
「映画好きなの?俺はあんまり観ないな」
「あたし、日本映画がダメなの」
「何処の映画が好きなの?」
「洋画専門ね。『バーディ』とか、『タクシー・ドライバー』とか、監督ではルイス・ブニュエルが好きかな」
「へええ。全然知らないな。日本映画は何でダメなの?」
「重いのよ。黒澤明とか、寺山修司とか、素晴らしい監督もいるんだけど、何か日本映画って重いのよ」
「俺、孤児院の皆のいる部屋でテレビを観る習慣がないから、映画もドラマもほとんど観た事がないんだ。日曜日の昼間とかにたまに映画を観るぐらいかな」
「好きな映画って何?」
「大林信彦監督の『ハウス』とか、金田賢一主演の『正午なり』が良かったな」
「へええ、『ハウス』は私もテレビで観たけど、あんまり観ない割にマイナーね。個性的な好み。好きなものを躊躇いなく好きって言えるのって凄い事よ」
「好きなものを好きって言う事を躊躇うの?」
「だって、自信ないじゃない。知識だって、経験だって少ないし」
「知識や経験を山程抱えなければ、率直に意見出来ないの?」
「子供だから、仕方ない事だけど、誰にでも自信満々でいられる訳じゃないわよね」
「考え過ぎだよ」
ウーちゃんとは良い友達になれるだろう。
七時の夕食に間に合うように品川駅でウーちゃんと別れる。
孤児院に帰り、八時半にウーちゃんの家に電話をかける。電話越しに聴こえるTVの音が喧しい。
『ああ、京ちゃん?今日のイタリア料理美味しかったね」
「うん。美味しかった。今度、映画、何時観にいく?」
『今度の日曜日にしようよ』
「待ち合わせは何処にする?」
『新宿の三省堂の前はどう?』
「ああ、じゃあ、そこにしよう」
『三省堂で何か本買う?』
「面白そうなのがあればね」
『最近、何読んでる?』
「此間、カフカを一気に読んだよ」
『どうだった?』
「『変身』も面白かったけど、『城』が興味深かったよ。主人公が同じところを何度も行ったり来たりする場面や印象的な場面の執拗な書き込みに興味がある」
『今度、あたしに貸して』
「ああ、じゃあ、日曜日に映画に行く時に持っていくよ」
翌日、学校から孤児院に帰宅すると、ナップザックを背負って自転車で新刊書店に行く。ここでも本を手に入れるのに金を払う気はない。新潮文庫のカミュの文庫本を一揃い万引きし、レコード屋でレインボーの『闇から一撃』とレッド・ツェッペリンの『1ST』のレコードを万引きすると、駄菓子屋の婆の娘の部屋に行く。
駄菓子屋の婆の娘の部屋のベッドに横たわり、レインボーの『闇からの一撃』を聴きながら、この部屋の本棚に万引きした新潮文庫のコレクションを並べる想像をする。
レコードを聴き終えると、ギターを弾き、フレイズをカセット・テイプに録音する。その音源とギターを持って自転車に乗ると、早速ミッチのところに行く。今日はバンドのメンバーと初顔合わせになる。
ミッチのアパートメントのブザーを鳴らすと、「はあい!」とミッチが家の中から返事をする。ミッチはドアーを開け、「ああ、京一、久しぶりだね。皆、もう来てるよ」と言う。
「ギターのフレイズを三本録音してきました」
「ああ、じゃあ、聴かせてよ。皆、この人がヴォーカルとギターを担当する嶋本京一君」とミッチがバンドのメンバーに俺を紹介する。
「ベースの北島康です。宜しくお願いします」と小柄で細身の男が自己紹介する。北島は髪をスーパー・ハードのジェルでパンク・ヘアにしている。北島は妙に緊張している。俺は北島に握手を求める。北島は笑顔で握手に応じる。
「ドラムの皆川優一です。宜しくお願いします」
皆川は長身で細身の男である。髪はムースで短くお洒落に整えている。俺は皆川と握手をする。
ミッチは真剣に音源を聴く。
「京一のギターはダークで素晴らしいね」
「俺達も音源聴かせてもらったんだよ」と北島が言う。「京一君の才能は凄いと思うよ」
「京一で良いです」
「ああ、じゃあ、京一って呼ばせてもらうね」
「北島も音源持ってきてるんだよ」とミッチが言う。
「ああ、じゃあ、聴かせてください」
「一寸待ってね」とミッチが言って、カセット・デッキの中のカセット・テイプを交換する。
北島のベースはグリグリとしつこいのが良い。ベースと言う楽器の演奏を豊かなサウンド作りに活かそうとしている。ベースをドラムとのリズム体とは解釈していない。
「この北島のベースに京一の歌を乗せてもらいたんだよ」
「ああ、じゃあ、メロディーに合う歌詞を選んで、歌を入れます。歌詞は幾らでもあるんです」
「京一の歌詞読ませてもらったよ」と皆川が言い、「京一の歌詞は文学的で奥深いよ。ロックの世界にはあんなに文学的な詩を書ける詩人はいないんじゃないかな」と言う。
「手本のないところで書いてますからね」
「その方が良いよ」と皆川が言う。「俺ももっと独特なドラムを叩きたいよ。民族楽器なんかを買い集めて、打楽器を網羅したいな」
「ああ、面白いですね。俺も民族音楽の研究してみます」
「京一に聴いてもらおうと思って、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンとデッド・カン・ダンスのレコード持ってきたんだよ」と皆川が言う。
「ああ、じゃあ、聴いてみます」
「今日、スタジオで北島のテイプに俺のギターとキーボードも重ねてみるよ」とミッチが言い、「今日、俺と北島、バイトがあるから、早速スタジオに行こう!」と言う。
スタジオに着き、北島のテイプを繰り返し流す。ミッチがキーボードでバグパイプやパイプ・オルガンの音を出す。皆川のドラムはなかなか切れ味が良い。ミッチにはクラッシックの素養があるため、右手だけのヘタウマな演奏ではなく、重奏性が豊かだ。俺は良いバンドに入ったと満足している。俺はギターを弾きながら、選んだ歌詞にメロディーを乗せる。俺達はこの日の裡に一曲録音する。
スタジオから孤児院に帰宅すると、ベッドに寝転がってカミュの『異邦人』を読む。
夜の八時半にウーちゃんに電話する。
「明日の合格発表の時に待ち合わせしようよ」
『うん。じゃあ、校門のところでずっと待ってる』
「帰りに『マクドナルド』でシェイク飲もう!」
『うん。良いよ』
「それじゃあ、明日向こうで会おう」
『うん。お休み』
「お休み。じゃあね」
電話を切ると、孤児院を出て、駄菓子屋の婆の娘の部屋からヘルメットを取ってくると、団地の方に向かう。今夜は俺のマシーンの近くに人がいない。俺はヘルメットを被り、マシーンに跨ると、エンジンを吹かす。自転車に乗った警察官が団地の入口辺りを歩いている。こちらを振り返る様子はない。慎重に行動しなければいけない。ミスを犯せば警察沙汰になる。五分ここに留まろう。学校の奴らがまた来ても、こっちはヘルメットで顔を隠している。今夜はマシーンで何処を走るか。高校に入ったら、バイクの免許を取るか。免許を取れば、この疚しさからも解放される。ならば、無免許運転はもう止めよう。今夜はどうにも嫌な予感がする。
駄菓子屋の婆の娘の部屋にヘルメットを置きにいく。表通り出ると、不動産屋の店先に貼り出された賃貸物件の広告を眺める。そう言えば、ミッチって、まだ高校生なのに一人暮らししてるんだな。俺の眼もまだまだガキだ。バンドのメンバーは全員パート・タイムの仕事をしているのか。俺は彼らの事をうんと年上のように思っている。あいつら俺と一つしか違わないんだぞ。何だか小腹が空いてきた。古書店で小島剛夕の『子連れ狼』の単行本を二冊万引きし、ガード向こうの吉野家に向かう。
吉野家に入ると、カウンター席に座り、牛丼の並を注文する。店内に知った顔はない。注文した牛丼を待つ間、『子連れ狼』の一巻を読みながら、煙草を吸う。喫煙は寂しさを癒すのか、妙に心が癒える。
吉野家の店員の掛け声は良い。牛丼を受け取り、牛丼に紅生姜をかけると、箸で搔き込むように牛丼を食べる。
吉野家で腹拵えをし、レコード屋に立ち寄る。店員が笑顔で、「いらっしゃいませ」と言う。店員はまだ俺の事を万引き常習犯だとは思っていない。俺は坂本龍一の『千のナイフ』と高橋幸宏の『音楽殺人』のカセット・テイプを万引きして店を出る。大森銀座の喫茶店に入り、奥の壁際の席に座ると、アイス・コーヒーとチーズ・ケーキを注文する。思い付いた詩を手帳に書き込み、推敲を繰り返す。
店員が注文の品をテーブルに運ぶと、隣のテーブル席にOL風の細身の女性が座る。女は俺の顔を見て視線を逸らす。特別美人ではない。女は赤いミニのタイト・スカートに白いブラウスを着ている。俺がチーズ・ケーキを食べていると、また隣の女が俺を見ている。俺は女のテーブル席の隣に軽く腰をぶつけるようにして移動する。女は照れ笑いする。俺は女の腰に手を回し、「お前がしたいって合図を送ったら、直ぐに俺が来たろ?」と話しかける。「俺は何時でもお前がしたい時にお前のところに飛んでいくよ。お前のしたい時の顔、物凄く可愛いよ」
「ああ、ありがとうございます」
「この辺に住んでるの?」
「近くのマンションに一人暮らししてます」
「じゃあ、コーヒー飲んだら、お前の部屋でしような」と言いながら、腰に回した左手で女の胸を揉む。「お前、おっぱい大きいな」
「いやあ・・・・、変な気分になっちゃう」
俺は女のスカートに左手を入れながら、アイス・コーヒーを飲む。俺は女のクリトリスを左手の中指で弄り回し、女が良い声を出すのを期待する。女はテーブルの上に前屈みになり、声を押し殺している。俺は女のスカートを捲くり、黒いレースのパンティーの上から割れ目を指先でなぞる。
店員が女の注文を取りにテーブルに来る。店員は女のパンティーの中に俺の手が入っている光景を目にする。店員は慌ててテーブルから去る。俺は女の胸を揉みながら、「お前の家に行こう!」と女に言う。俺は女のスカートの捲れたパンティーに手を入れたまま、女を立ち上がらせる。俺は先の店員に会計を払い、女の左の胸を揉みながら、店を出る。女は俺の肩に頭を凭せかけ、「こっち」と言って、八潮方面に歩いていく。俺は左手で女の尻を揉む。俺は街灯の灯から外れた暗がりで女に口づけする。女の虚ろな眼を眺め、両手で女の尻を揉む。
「家、もう直ぐよ」と女が俺の口許で言う。「そこなの」と女が近くを指差して言う。
「お前、名前、何て言うんだ?」
「白木光」
「ヒカルか。俺、嶋本京一。宜しくな」
女はマンションの玄関の鍵を開け、「どうぞ」と言う。女は玄関脇の寝室に入り、電気を点ける。俺は女を抱きかえて、ベッドに押し倒す。俺は女と濃厚な口づけをしながら、女の黒いレースのパンティーを脱がす。女の穴は既に濡れている。
「早く入れて!」と女が小声で言う。
俺はズボンのベルトを外し、ズボンと下着を脱ぐと、女のブラジャーを外し、女の上に乗って、豊満な胸の谷間に顔を埋める。女の左の乳首を銜え、乳房を嘗めると、また左の乳首を銜えて吸う。左手で女の右の乳房を揉み、左の硬くなった乳首を念入りに吸う。俺は女の首筋に顔を埋め、女の香りを嗅ぐ。女らしい香水の匂いで頭がくらくらする。モノは完全に勃起している。俺は女の穴に勃起したモノを挿入する。俺は女の尻を抱え、膝を立てて、ゆっくりと腰を前後に動かす。女は甘い喜びの声を上げる。
「お前、可愛いな。高卒か?」
「ええ!何で可愛いと高卒なの?」
「大卒って感じはしないから確認したんだよ。高卒だから可愛いって訳じゃないよ」
「中卒」
「ははっ!中卒か!」
俺はズボンを穿きながら、「また今度来るよ」と言う。
「もう帰るの?」
「また来るよ」
孤児院に帰宅すると、早速風呂に入る。丁寧に体を洗い、湯船に浸かると、目を閉じて、深く心を落ち着ける。幼い頃にシスターと風呂に入った事を思い出し、シスターを想って、湯船の中でオナニーをする。
風呂から出ると、仰向けにベッドに寝転がり、カミュの『ペスト』を読む。
翌日、H校に試験の合格発表を見にいく。案の定、試験には合格している。校門に向かい、ウーちゃんを待つ。先に帰ったのか。もしかして落ちたのかもしれないと思っていたら、「嶋本君!」と女の声が呼びかける。ウーちゃんだ。
「帰ったのかと思ったよ。受かったの?」
「勿論受かりましたよ」
「俺も受かった」
俺とウーちゃんは無事都立のH校の入学試験に合格した。これで俺達の受験期が無事終わったのだ。
俺とウーちゃんはH校の近くの『マクドナルド』に寄り、ヴァニラ・シェイクとフライド・ポテトを注文し、二階に上がる。
「俺達、同じクラスかな?」
「同じクラスだったら良いね」とウーちゃんは笑顔で言うと、ヴァニラ・シェイクを飲む。ウーちゃんは小声で、「美味しい!」と言う。
「ぜってえヴァニラ・シェイクって美味いよな?」
「うん。美味しい」
ウーちゃんと別れ、学校に帰ると、担任の教師に合格の報告をする。本命に落ちて滑り止めの学校に行く事に決定した者達が沢山教室に集まっている。
夜には神父さんとシスターが早速お祝いにケーキを買ってきてくれた。チビ共が判らないなりに俺の高校受験の合格を祝う。ケーキを食べると、俺は裏庭に行って、煙草を吸う。煙草の吸殻を裏庭に捨てるようなミスはしない。煙草を吸い終わると、公園の灰皿に吸殻を捨てにいく。
夜八時半にウーちゃんに電話をかける。
「俺達、同じ高校に通うんだな」
『そうね。楽しみね』とウーちゃんが電話越しに言う。
「H校には中学の知り合いが一緒に入学するの?」
『他のクラスのよく知らない子が何人か入学するみたい。京ちゃんは?』
「四人同じ中学から入学するよ」
『明日、映画、何観ようか?』
「『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』でも観ないか?」
『ああ、それ、あたしも観たかった!』
「じゃあ、それで決定だ!」
『何処で待ち合わせする?』
「九時に笑っていいとものアルタの前で待ち合わせしよう」
『判った。九時にアルタの前ね。それじゃあ、お休み!』
『お休み!』
日曜日の朝、俺とウーちゃんは新宿のアルタ前で待ち合わせをし、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』を観にいく。ウーちゃんは赤いダウン・ジャケットに白いミニスカートに黒いストッキングと茶色いショート・ブーツ姿で現われた。俺がウーちゃんの腰に左手を回すと、ウーちゃんも俺の腰に手を回す。
チケットを二人分買って、映画館に入る。劇場の席に座ると、「チケットのお金払うね」とウーちゃんが財布を出す。
「いいよ。デートの費用は俺が払う」
「だって、京ちゃんだって、お小遣いはそんなに沢山ないでしょ?」
「金は幾らでも手に入るんだよ。体育の授業中の教室に忍び込んで、方々の財布からかっぱらってくんだよ」
「ええ!悪い子!」
「かっぱらった金で買ったコレクションは山程あるんだけど、それを孤児院に持ち帰る事は出来ないんだ」
「どこにコレクションを置いてるの?」
「駄菓子屋の婆の娘の部屋のオーディオを自由に使う許可を得てるんだけど、その部屋にかっぱらったもんを全部置いてるんだよ」
「警察に捕まったら、どうするつもり?」
「捕まらないように気をつけてるよ」と俺は言い、「一寸、映画始まる前に煙草吸ってくるわ」と言って、立ち上がる。
「ええ!あたしも行く!」とウーちゃんが言って、立ち上がる。
「ウーちゃんも煙草吸いたいんだろ?」
「興味ある!」
劇場の外のソファーに座り、胸ポケットから煙草とライターを出す。『セヴンスターズ』を一本口に銜えると、「あたしにも一本頂戴!」とウーちゃんが言う。俺はウーちゃんの口に煙草を銜えさせる。
「煙草をこう吸いながら、先端に火を点けるんだよ」
「やってみる!」とウーちゃんは俺の手からライターを掴み取り、不器用にライターを何度も擦る。漸く煙草に火が点くと、ウーちゃんは黙って宙を見つめて味わう。
「どう?嫌いじゃないだろ?」
「何か落ち着く!」
「うん」
「美味しい。あたし、アルバイトやりたいんだよね」
「ああ、俺もやろっかな。バイクの免許も取りたいし」
「ああ!あたしもバイクの免許取る!」
「ツーリングとかやろうよ」
「うん!走り屋になろう!」
「うん」と俺は笑いながら返事をする。「ウーちゃんって、男の漫画読むの?」
「読むよ。青年誌も劇画もエロも読む」
「へええ!意外だな」
「あたし、ガロ系の漫画家になりたいの」
「ガロって何?」
「『ガロ』って言うアングラの漫画雑誌があるの。学校始まったら、全部貸すね」
「うん」
ウーちゃんが俺に何かを教えられる女だとは思わなかった。どんな漫画だろう。女の好きなモノなんて楽しいのだろうか。青年誌も劇画もエロも読むって言ってたな。なかなか面白い子だ。
場内が暗くなり、映画が始まる。俺はウーちゃんの左肩に手を回す。映画の予告が流れ、俺はウーちゃんの左の胸を揉む。ウーちゃんは自分の胸を揉む俺の左手を掴み、抵抗する。俺は左手をウーちゃんの白いミニ・スカートの中に入れる。ウーちゃんの下着の股の辺りに触れ、クリトリスを弄る。右手でウーちゃんのスカートを捲くり、ウーちゃんの今日のパンティーの色をチェックする。ウーちゃんは小さなピンクのリボンの付いた白い綿のパンティーを穿いている。あそこは既に濡れている。穴の中に中指を入れ、穴の中の骨の感触を指先で辿る。俺はウーちゃんの唇に口づけし、ウーちゃんの唾液を啜る。映画が始まり、俺はウーちゃんの穴から指を抜く。俺は左手でウーちゃんの肩を抱き、映画に集中する。恋人と同じ映画を集中して観る事も大切な事だ。
映画を観終わった俺達は家族向けの大衆レストランに入る。ウーちゃんはナポリタンとコーヒー・フロートを注文し、俺はミックス・ピザとコーラを注文する。俺はナップザックからマーケットの白いビニール袋に入れたカフカの文庫本を五冊出し、「此間約束してたカフカ」と言って、ウーちゃんの前に置く。
「京ちゃんって、小説も書くの?」
「いやっ、詩だけだよ」
「小説も書いてみたら?」
「何れ小説も書くよ。漫画も面白そうだね」
「今度、京ちゃんの詩見せて」
「今、あるよ。詩の手帳を二冊貸すよ」と俺は話しながら、ナップザックのポケットの中から詩の手帳を二冊取り出し、ウーちゃんの前に置く。
「それじゃあ、大事に読ませてもらうわね」
食事を済まし、ウーちゃんの用事で大型書店に向かう。大型書店での万引きは躊躇われる。人の眼の全てに警戒心を行き渡らせる事が出来ない。万引き防犯カメラの全ての位置を確認する事も出来ない。金なら十分にある。万引きは小売店の方が適している。ウーちゃんは水墨画の入門書と植物の写真入り雑誌を買う。俺は文庫本の『ポオ小説全集』全四冊を買う。
もう空は夕陽に赤く染まっている。ウーちゃんと俺は手を繋ぎ、新宿駅に向かう。
新宿駅のプラットフォームで、ウーちゃんと俺は山手線を待つ。俺はウーちゃんの左の二の腕の柔らかい脂肪を揉む。その手でウーちゃんの左の耳の穴に触れる。
「擽ったいわよ!」とウーちゃんは言って、首を竦める。俺はウーちゃんの腰に手を回す。スカートの上からウーちゃんのパンティー・ラインを指でなぞる。
電車がプラットフォームに入ってくる。俺とウーちゃんは電車に乗る。
電車が五反田駅に着くと、「じゃあ、また電話するよ。じゃあね!」と言って、ウーちゃんにキッスをし、ウーちゃんが下車する。
品川駅で京浜東北線に乗り換え、大森駅に着くと、駄菓子屋の婆の娘の部屋に行く。
『ポオ小説全集』全四巻を駄菓子屋の婆の娘の本棚に並べる。俺は駄菓子屋の婆の娘のベッドに横たわり、ウーちゃんやバンドのメンバーの顔を思い巡らせる。
ウーちゃんに対する想いは遊びではない。そもそも誰が遊びで、誰が本気かなどと区別した事はない。俺はウーちゃんを大切にしたい。愛おしさ故に壊してしまいたいような破壊欲もある。自分の心を上手くコントロールし、ウーちゃんとの幸せな関係を保ちたい。
ミッチや他のバンドのメンバーと一緒にいる時にもウーちゃんと一緒にいる時と同じように善良な人間でありたい。
俺は幼い頃から地獄に落ちるものと思い込んできた。イエス・キリストには養父と母親がいた。俺には親の代わりに神父さんやシスター達がいた。何故、俺はイエス・キリストの教えに逆らい続けてきたのか。自分の心が本能的にイエス・キリストの教えを拒む事に一度も疑いを持った事がない。生まれ付き自分の中に悪魔がいるのなら、今更拒んだところで、悪魔は俺以上に俺の事を知っているに違いない。
親の愛を知らぬ主人公が愛を知る。