41.ロントさんの相談事
「リリ、もういいんですか?」
「はい。私は人間達の恋愛範囲を聞きたかっただけですので、ロントさんの相談をされてください。私は下がりますね」
「いえ、できればリリからも意見をください」
寝たかったけど、私が割り込んで後回しにしちゃったからな。この世界に疎いけど、お詫びとしてお姉さんも質問を受け付けましょう。
「有益なことを言える自信はありませんが、それでよろしければ」
「またまた謙遜を。子供達のことに関わってきますので、ぜひお願いします」
いや、わて、子育てしたことないんすよ。すまんな。
「ロントくん自身のことじゃないんだね。一体、何を悩んでいるんだい?」
「実は、この街から出ようと思っていまして。それで、フェレルさん達は旅をされているので、子供が住むにはどこの街がいい街なのか教えてほしいんです」
知らないことキター。お口チャックでフェレルさんに丸投げだな。
「国を回ってはいるけれど、全ての街に行ったことがあるわけじゃないからね。その私の所感だと、子供の安全面はどの街も似たり寄ったりだよ。だから、レンジャー達が誘拐犯を捕まえた今、この街がどこよりも安全になったんじゃないかな。ウスリーの街は綺麗だしね」
「……そうですか」
見るからに肩を落とすロントさんに、フェレルさんが優しく微笑みかける。
「この街を離れたい理由はなんだい? 安全面以外にもあるんじゃないかい?」
言いにくそうに口を開くロントさんが不思議で、コテンと首を傾げる。
「はい……もうあのギルマスの下では辛くて……小心者だなと思うことは多々ありましたけど、冒険者達を危険な目に遭わせることはありませんでしたし、ギルド職員達への仕事のケアもできる人でしたから嫌悪感はありませんでした。もっと堂々としたらというか、もっと大胆でもいいんじゃないかって思うくらいで。でも、それは自分が未熟で、知らないことが多いから慢心しているだけなんだって考えていました」
ロントさん、若いのにそこまで考えられるの!? すごいね! 人間できすぎじゃないってビックリしちゃう。亡きご両親の教育の賜物だろうな。
「でも、副ギルド長が来てからは、あの女にだけ甘いし、さすがに今回は何もしていない子供相手に恐喝紛いなことをしていて、興醒めしてしまったというか……ビアナは冒険者になるって言っていますから、できればしっかりとしたギルマスがいるギルドで活動してほしいなと思っていまして」
私が疑われたせいで、ロントさんの人生にめちゃくちゃ影響が出てしまっている……
うーん、私としては嫌な上司の下で我慢して働かなくてもって思うんだけど、ロントさん達は引っ越しが伴ってしまうし、結局どこに就職しても嫌な奴というか合わない人がいる可能性は高いのよね。みんなの“当たり前”って一致しないからさ。世代で違ったりもするしね。
こっちは丁寧に「。」付けてたのに、「。」怖いとかさ。その絵文字古すぎて気持ち悪いとかさ。10年も差はないはずなのに、なんでだろうねぇ。赤いハートがダメで、黄色や白ならいいって理由教えてよ。何色でもハートはハートじゃんか! そんな所に注目したことなかったから、聞いた時はおったまげたよ。会話できてたら何でもいいじゃんねぇ。
まぁ、私は仕事の人相手に絵文字使ったことないけどね。先輩方が使って、「これっておばさんなの!?」って騒いでたなぁってくらい。
「私は、あのギルマスの行動は理解できるよ」
「「え!?」」
あまりにビックリして、ロントさんの声と被ってしまった。
そういえばフェレルさんは、前にもそんなことを言っていたような気がする。
「少しやりすぎ感はあるし、私も寝不足の時は不快に感じたけれどね。でも、それは私達は裏側を知っているから分からない恐怖がないからで、ギルマスからすれば短期間で起こった全てのことが奇妙すぎて、少しでも怪しいと思ったものは調べないと気が済まなくなったんだよ。もしリリが天狐並みの聖獣なら、この街は消えるかもしれない。もしルカラウカが子供に化けているだけとしたら、前代未聞の事件が起きるかもしれない。ギルマスは『ああしとけばよかった』と後悔しないように行動したまでだよ。私達を疑いすぎだけれど、長年の勘が働いているのかもね。蓋を開ければ正解しているんだから、大した勘だよ」
フェレルさんが言いたいことは分かる。理解できる。
でも、やっぱり可愛い子供相手にしつこすぎるし、ググ先生情報がなければ「あいつ、誘拐犯の1人か?」って疑いが晴れなかったほど異常だった。
「それは俺も理解しています。ギルマスともなれば責任は重いんだろうって。でも……」
だよね! ロントさん、同じ意見だよ! 向こうの事情も分かるけど、気持ち悪いって話だよね。
「彼はレーブルに一連の事件を報告しなきゃいけないからね。定期連絡をしないといけない義務があるはずだよ。小さな事件なら隠せたかもしれないけれど、警ら隊と合同で動いた事件だ。報告を誤魔化すなんて絶対にできないよ。不可解って言葉で終わらせたら点数が下がって、運が悪ければギルマスから落ちてしまうからね」
よく分かんない言葉があったな。
「フェレルさん、レーブルって何ですか?」
「ギルドの支部って各街にあるんだよ。その支部毎にギルドマスターが在籍していて、各領内のギルドマスターを纏めるジェネラルマスターがいるんだ。彼らをレーブルと呼ぶんだよ。そしてその上には、4人のグランドマスターで構成されているファグレスというグループがあってね。国同士の話し合いの時は、グランドマスターから誰かが出席することになっているね」
ふむふむ、なるほどね。各街にあるんだもんね。大きな組織のはずだよね。
「ロントくん。君は色んなことを理解した上で、慣れ親しんだ街を離れてもいいと思っているんだね?」
「はい。やっぱり今のギルマス達の下では、不安が大きいですから」
「決意が固いのなら、一度家族に相談した方がいいよ。もしそれで子供達が了承をしてくれるのなら、この国じゃなくて隣の国をお勧めするよ」
「国を変えた方がいいんですか?」
「ギルド職員は転勤があるはずだからね。国を超えてまではないはずだから、引っ越した先でまたっていうのは無くなるよ。ただね、国を変えるって結構大変だから、君は大丈夫でも、小さな2人には厳しいかもしれない。そこもきちんと伝えて話し合うようにね」
フェレルさん、大人だ。私みたいに「嫌なら引っ越しちまえよ。住めばどこでも都だぜ」って軽い考え方とは違う。
そうだよね。ロントさん1人の問題じゃないもんね。ビアナちゃんとパニカくんも、新しい環境で頑張らなくちゃいけなくなるもんね。相談は絶対にしなきゃだよね。
「あ、ロントさん。家族会議をされるなら、もう1つ話し合ってほしいことがあるんです」
「何でしょうか?」
「ビアナちゃんとロントさんの職業です。ビアナちゃんは別に冒険者じゃなくてもいいそうです。でもお金を稼ぐ手段として、自分の知識や経験を考えると冒険者がベストなんじゃないかって考えたみたいです。それと、できればロントさんに冒険者を辞めてほしいそうです。これはロントさんがビアナちゃんを想う気持ちと一緒だと思いますので、どうしてかは省きますね」
ロントさんは、唇を噛んで俯き、小さく頷いてくれた。そんなロントさんに、フェレルさんはお酒を注いでいる。
ロントさんもきっと、ビアナちゃんと似たような考えで冒険者になったのだろう。2人を養っていかなければならないから、職業を選んでいる暇はなかったはずだ。
ビアナちゃんはそれを感じ取っていて言えないだろうなと思って、お節介で口に出したけど、ちょっと追い詰めちゃったかもな。
想い合う気持ちが辛いものにならないように、現実が優しければいいんだけどね。難しいよね。ごめんね。
でも、私は伝えたことを後悔しないよ。知らないより知っていた方がいいと思うからね。気持ちを飲み込みすぎて、すれ違うのは嫌だし、修復不可能になったら悲しいからさ。
ってことで、これ以上私にできることはないから、フェレルさんに丸投げしてしまおう。ちょっと気持ちを上げてあげられる言葉が思い付かないの。具体的な提案もできないしさ。だから、よろしく頼みます。
さぁ、ルカくんのベッドに急ごう。
フェレルさんに向かって静かにペコリと頭を下げて逃げようとしたら、ロントさんに「リリ、匂いを嗅がせてください」とトチ狂ったことを言われたので拒否している。
フェレルさんの瞳も怖かったので、ロントさんにはレッドさんを、フェレルさんにはイエローさんを差し出して、私はスタコラサッサと2階に急いだのだった。
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