36.私の心の声
背中に影を背負っていたロントさんを見送った後、ルカくん達が庭で遊ぶ姿を、私は木の上から朝ご飯を食べながら眺めていた。
すぐにやってきたお昼ご飯は、レンジャーのみんなの半分の量をいただいている。
そして、たっぷり寝てやると決めていたお昼寝の時間。うつらうつらとしていると、遠くの方で「ただいま。あー、やっと帰ってこられた」という声が聞こえた気がした。
むくっと起き上がり耳を澄ませると、「みんな、ただいま。えっと、そのポーズは……あ、ルカラウカとリリはお昼寝中なんだよね。当たったね」という話し声を捉えられた。声のボリュームが落ちたので聞こえづらかったけど、たぶん合っている。
フェレルさんが帰ってきたのね。聞こえちゃったから仕方がない。出迎えてあげよう。ロントさん達の説明をしなきゃいけないしね。
ルカくんを起こさないようにゆっくりと起き上がり、忍び足で部屋から出ると、廊下で四つん這いになりながら階下の様子を窺っているビアナちゃんがいた。
モモンガは耳がいいから聞こえて起きただけで、すやすや眠っているルカくんやパニカくんの耳には届いていないと思う。
ビアナちゃんはそもそも眠っていなかったので、帰ってきた家主に挨拶をするべきかどうか悩んだ結果、変な格好で階下を覗き込んでいたんだろう。
ヘンテコな格好すぎて、ちょっと面白い。
「ビアナちゃん、私が先に説明をしてきますので、呼ぶまで部屋で待っていてもらってもいいですか?」
ビアナちゃんは、コクコクと無言で頷き、そろりそろりと宿泊していた部屋の中に入っていった。
きっとバレないようにと思って声を出さなかったんだろうけど、逆に不法侵入者みたいで怪しいからね。気にせず喋ってくれていいんだよ。フェレルさん、怖い大人じゃないからね。
それにね、たぶん今シャワーを浴びに行ったんじゃないかな? ドアを開け閉めする音が聞こえたからね。こっちの声は届かないよ。
私は2階から滑空して1階まで降り、ダイニングに向かった。
イエローさんが楽しそうに料理を始めていて、ピンクさんは嬉しそうに荷物の片付けをしている。机に登ると、レッドさんは素振りをしていて、グリーンさんとブルーさんはお茶片手に寛いでいた。
『リリ。あなた、寝ていたんじゃないの?』
『フェレルさんの声で起きました。ですので、ルカくん達が眠っているうちに、軽く説明をしておこうと思いまして』
『そうじゃな。それがいいと思うぞ』
座っている2匹の隣に移動し、食材を冷蔵庫から出しているイエローさんに声をかける。
『イエローさん、すみません。私にもお茶をいただけますか?』
『すぐに用意するある』
きっとフェレルさんのお昼ご飯を作ろうとしてたんだよね。ごめんねぇ。自分で淹れられたらいいんだけど、私、皆さんを呼ぶ魔法しか使えないのよ。せめて滑空じゃなくて、空を飛ぶ魔法は習得したいなぁ。
『無理じゃ』
『無理ね』
『無理だ』
ええ!? 訓練していたレッドさんまで現実を突きつけてくるなんて……ブレイクンハートだよ。私のガラスのハートは粉々になっちゃったよ。
『リリって、心の声が五月蝿いわよね』
『ごめんなさい! 独り言って口に出すと恥ずかしい思いをしますから。だから、そういうのは心の中で呟くようにしているんです』
そっかー。そうだよね。みんなは念話できるから私の心の声……
おや? おやおやおや?
私にはレンジャーのみんなの心の声は聞こえないのに、私の心の声は丸聞こえってどういうこと? 別に聞かれても問題ないことしか考えていないからいいけどさ。全く不思議に思ったことなかったけど、これ不思議現象じゃない?
『気にするな。リリの声は面白いからな』
『そうじゃな。賑やかで楽しいの』
『私も嫌じゃないわよ。ただ時々笑ってしまいそうになるのよ』
『笑ってくださって大丈夫ですよ』
『嫌よ。私が変な目で見られるじゃない』
グリーンさんのツッコミが的を射ていて、「自由なモモンガも気にするのか」と可笑しくて笑ってしまった。
『あなただってモモンガでしょ』
『そうじゃ。我らはリリの魔法じゃからな。我らがおかしいのなら、リリが特別おかしいということじゃな』
『リリは変だろ。ブルーは何を言ってるんだ?』
ぐはっ! レッドさんの純粋な言葉が、胸を抉ってくる。血を吐きそうだよ。
よたよたと倒れる演技をしたら、グリーンさんとブルーさんの笑い声に混じって、フェレルさんの大笑いが聞こえてきた。
「リリ、何をしているんだい? 演劇でもするのかい?」
「しませんよ。皆さんとお喋りしていただけです」
「それは残念。リリの舞台を観てみたかったよ」
「しませんからね」
フェレルさんは、肩をすくめながら椅子に腰かけている。森で出会った時すら無かった隈みたいなものが、目の下に薄らと見えているので、相当お疲れのようだ。
「フェレルさん、おかえりなさい」
「ただいま」
瞳を細めたフェレルさんの前に、イエローさん特製のランチが運ばれてくる。
ものすっっっごく感極まっているフェレルさんの顔に、「もうイエローさんの料理無しでは生きてはいない体になってしまったな。ふふ、私の予想は当たっていた。これからはイエローさんを人質、もといモモンガ質にして交渉できるぞ」と口元の端を上げてしまい、ピンクさんに肩を叩かれた。
ごめんなさい、ピンクさん。そんな悪いことしませんから、顔スレスレの位置で微笑まないでください。
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