3.ありがたみが強いググ先生
かなり移動したと思うが、景色に変化はない。他の動物にも会っていない。
「リスやウサギに会えたら、話しかけてみようと思ったんだけどな。まぁ、もしこれが人語だとしても、人間相手に話しかけられないけどね。どんな世界なのか分からないけど、言葉を喋るモモンガなんて実験動物にされちゃうよ。解剖とか絶対に嫌だし」
何より可愛い可愛いチャメルが切り刻まれるなんて、そいつ、マジで苦痛を与えて、死に至らしめてやる。
時々、そんな黒い感情が出るのは仕方がない。私は聖人君子ではないし、温厚篤実でもない。普通に怒るし、文句だって言うし、機嫌が悪い時だってある。
ただたぶん、人よりも美味しい物で機嫌が治るのが早いくらいだと思う。
後、動物見ると幸せになる。アルパカさんも王様ライオンさんも、そういう部分を見抜いてそうだよねぇ。
まぁ、ブチ切れなければ害を与えようとはしないので、穏やかな方かもしれない。今も何か食べれば、ハッピー思考に切り替えられる自信がある。
「何か食べる物を確保しないとなぁ」
いつまで夜なのか、時計が無いから分からない。月は動いているようで動いていない気がする。だから、朝が近いのかどうかも予測できない。
朝になっても動けるけど、絶対眠くなるはずだ。だから、今のうちに少しでも情報が欲しいし、木の実を見つけておきたい。だって、虫は本当の本当に嫌だ。
モモンガの栄養上必要だと分かっていても、虫だけは受け入れられない。あんなの食べられないし、小さな虫も今の私目線だと大きいはずだ。
恐怖すぎる。遭遇さえしたくない。でも、ここ森……やだ、怖い……
「まだ動けるし、進んでみよう」と、一心不乱にジャンプを続けた。
その甲斐あってか、綺麗な湖と、湖の周りに茂っている赤い実を見つけることができた。
モモンガは小さな生き物なので、簡単に他の動物に負けてしまう。鋭い爪はあっても一矢報いるくらいの攻撃力なので、戦闘民族(?)ではないのだ。狩りを得意とする動物に発見されないように、警戒・慎重・警戒のサンドイッチを重ね続けなければいけない。
戦闘狂の生き物が居ないことを十二分に確認しながら、地面に滑空した。
四足歩行で歩こうとしたが、二足歩行で歩けてしまい、首というより体ごと傾ける。
いやいやいや、いーやいやいや……立ち上がるくらいなら分かる。やるよね。あの姿も可愛いよね。でもさすがに、チャメルが二足歩行している姿を見たことないんだけど!
あれか? アルパカさんと王様ライオンさんと、同じ要素を取り入れている体なのか? って、同じ要素って何やねん。ペシッ!
まぁ、純粋な動物としての転生ではないってことか。お得ってことにしておこう。
考える事を放棄し、腹拵えをすることにした。
目の前には、先程発見した両手で持てるくらいの真っ赤な果実。苺に似ているが、種のブツブツがないので苺ではない。お腹は空いているので食べてみたいが、見たことない実を食べて大丈夫なのか不安が大きい。毒があるかもしれないし、めちゃくちゃ不味いかもしれない。それに、モモンガに与えていいものかどうかも難しい。
チャメルは苺が好きだったけど、4分の1しかあげなかった。食べ過ぎはお腹を壊しちゃうからね。
「あー、悩む……こういう時にさ、ググ先生で調べることができたらいいのに」
本当に、私は本当に何気なく呟いただけで、前世のインターネットが可能だなんて1ミリも思っていなかった。
なのに、突如板チョコの1ブロックくらいの大きさの黒い画面が現れたのだ。文字は白色で【ググ先生】と書かれ、その下には検索バーが表示されている。
「は? へ? ほ?」
人間、いや、モモンガは混乱すると、バカっぽいことしか言えなくなるようだ。
「え? これ、調べられるの? え? おかしくない? どうなってるの? 転生特典なの?」
もちろん答えてくれる生き物は居ないので、私以外の声は聞こえてこないし、辺りは静寂に包まれている。
「ううん! ゴチャゴチャ考える必要ない! ここは『ありがとうございます。助かりました』って感謝するところ。ありがとうございます! 活用させていただきます!」
画面に向かって頭を下げ、早速赤い実を検索しようとした。が、画面にキーボードは見当たらない。
口元に握り拳を当てながら画面と睨めっこをし、慎重に爪で検索バーの部分に触れてみた。
「出てきた! キーボード! こんなのスマホ仕様じゃん! あー、神様ありがとうございます!」
祈るように手を組み、空を見上げた。心の中で「ありがとうございます」と何度もお礼を伝え、文字を打とうとした。
「あああああ……木の実の名前、知らない……何だろ? 苺でヒットするのかな?」
試しに【いちご】と入力し、エンターを押してみた。すると、前世で見知っている苺とよく似た苺が表示された。画像の横にも【苺】と表記されている。
「ってことは、この世界にも苺はあるけど、これは苺じゃないってことか……どう検索しようかな。赤い木の実、赤い実、どっちかで出てきてくれるかな」
試すしかないので、まずは【赤い木の実】と入れてみる。写真と共に何種類もの木の実がヒットし、表示された。こんなのバンサイをして喜ぶしかない。
いやいや、喜ぶのはまだ早い。この中に、目の前の木の実があるかどうかだ。
息を飲みながら、画面をスクロールする。すると、5つ目でそっくりな実の写真が表示されている。「まだ喜んじゃいけない」と自分に言い聞かせ、【スーベリ】という文字をタップした。
詳細画面に移ると写真が大きくなり、その横に説明文が表示されている。
「なになに……完熟すると紫色になるのか。で、赤でも甘さ控えめで美味しくて、昔人間達の間でスーベリを巡って戦争になったことがある……こわっ。食べ物で戦争するなって話よ。あー、最低。そりゃ、神様達も嫌がるわ」
まぁ、戦争理由なんて、ほんの小さな事が多かったはず。後、欲をかいた末とか、暗殺とかね。
私は戦争を経験していない世代だけど、習うのも映画も、全部が悲しくて辛くて気持ち悪くて嫌だった。気に食わないんだったら、陰謀を巡らせたり周りを巻き込んだりせずに、1対1で喧嘩しろって話よ。
「現在では貴重な実で、ラポシェーディブル大森林にのみ生息している。毒は無し。やったー! 食べられる!」
飛び跳ねるようにバンザイをし、「ありがとうございます。頂戴します」と実を一粒採り、「いただきまーす」と齧りついた。
あ、あ、甘い! 十分に甘いし、果汁もたっぷりで喉が潤う! 味的には苺とブルーベリーの間くらいかな? ほのかに酸味があるような気がするけど、甘さが勝っているから、果物っていうよりお菓子みたい。
なるほどねぇ。いつの戦争かは知らないけど、この実以外に甘味が無かったら、争っていてもおかしくないわ。
一粒でお腹がいっぱいになったので、満足げにお腹を撫でた。わざとじゃないです。無意識です。
「持って行きたいけど、鞄もないし大きさ的に難しいな。ここの木のどっかに巣を作っても良さそうだけど、ここで何をするのっていう話になるし。1週間くらいはのんびり過ごせそうだけど、絶対飽きると思うんだよね。でも、ググ先生があるからなぁ。何日か滞在して、その間に調べられそうなことは調べよう」
そうと決まれば、寝床を作らなきゃ。
近くにウロ(樹洞)がある木があれば1番いいのだが、無いのなら窪みがある太い枝がほしいところだ。
手前の木に登り、シャンプで枝をつたい、グルグルしながら1本の木を入念に調べる。良さような場所が無かったら2本目の木に移り、同じように確かめる。ハズレたら違う木へ。
7本目くらいで、ウロを見つけることができた。落ち葉や食べ物を持ち込まれていないので、先住者はいないようだ。
安堵の息を吐き出して、木の枝から葉っぱを拝借し、今日は眠ることにした。
ようやく落ち着けたからか、前世で大切だった人達を思い出し、「死んじゃってごめんね」と呟いたのだった。