3.塩って美味しいよね
キッチン・ダイニングルームに戻ると、フェレルさんが私用だと思われる布巾を用意している所だった。
ルカくんが椅子に腰掛けたので、私は机に飛び移っている。
ルカくんはフェレルさんから受け取った布で、とっても丁寧に体を拭いてくれた。手を持ち上げて飛膜を拭く時も、毛並みを整えるように上から下へ、上から下へと布を動かしてくれる。
「リリの手、ぷにぷにで気持ちいいね」と言われたので、「ルカくんなら、いつでも触っていいですよ」と返すと、体を揺らすほど喜んでくれた。
モモンガにも小さな肉球があるんだよ。私もぷにぷにするの好きだったなぁ。
私がルカくんに毛繕いをしてもらっている間、フェレルさんは夕食の準備をしていた。
ルカくんの前に置かれたお皿には、4等分されたパイ包み料理が乗っていて、フェレルさん自身が座る位置にもパイ包みを乗せたお皿を運んでいる。
なるほど。ルトゥトって、知らない食べ物とかじゃなくて商品名のことなんだわ。で、パイ包みの中身がお肉と海鮮なのか。味付けが気になる所だわ。
「リリにはバナナにしたけれど、よかったかい?」
「はい。ありがとうございます」
私の前にもバナナが3切れほど置かれ、夕食が始まった。余ったバナナは、ルカくんとフェレルさんのデザートである。
こっちの果物全般に言えることだけど、糖度高いよねぇ。このバナナも美味しいよぉ。
「リリ、ルトゥト美味しいよ。食べる?」
「うーん……では、生地の端っこを貰えますか?」
味が気になってたの。ルカくん、ありがとう。
2センチ角くらいの大きさのパイ生地部分をもらい、1口食べてみた。
久しぶりの塩が、べらぼうに美味しい! ほのかにしか感じないんだけど、旨味成分の塩って本当にいい仕事するよね。
「リリも、こっちの方がよかったか」
「いいえ、フェレルさん。ほんの少しなら大丈夫ですが、塩がダメなので、バナナを買っていただけて本当に嬉しいです。ただ食べられないってなると、余計に『塩って美味しいなぁ』ってなっちゃうんですよね。それが顔に出てしまったんだと思います」
「中も美味しかったからリリにもって思ったけど、ダメなんだね」
ルカくん、ごめんね。私も齧り付きたいんだよ。でもね、食事で死ぬ訳にはいかないからさ。
「結構何でも食べるって言っていたよね? お肉や魚は食べられるのかい?」
「味付けなしで茹でていただけたら食べられます」
こういうことを話していると、本当にイエローさんの能力……ううん! 食べられる物を教えてもらえて助かったじゃない。それに私には必要なくても、ルカくん達には必要かもしれないし。
「そうか。茹でたり焼くくらいなら私にもできるから、明日はお肉にしようか」
「師匠が作ると不味くなっちゃうから、僕も手伝う」
なんですと!? 茹でると焼くだけの作業で、どう不味くなってしまうと言うの!? イエローさんの活躍の場がめちゃくちゃあるじゃない。きっと喜んでくれるはず。
「料理が得意なレンジャーさんがいるんですけど、日々の食事を作ってもらってもいいですか?」
「レンジャーさんって料理もできるの? すごいね」
ルカくんと「すごいよねー」と首を斜めにして言い合っていると、フェレルさんの戸惑っているような声が聞こえてきた。
「それは有り難いけれど……本当にいいのかい?」
「はい、私相手では発揮できなかったから、きっと喜んでくれると思います」
「では、リリ。お願いをしたい。お金を稼ぐために、1ヶ月くらいは、ここを拠点に動こうと思っていたんだ。リリのおかげで、私が依頼で留守の間も食事を心配しなくて済むよ」
「え? 今までルカくん1人の時もあったんですか?」
「ないよ、ない。ルカラウカを1人にはできないから、一緒に行っていたよ。でも、これからはリリが居てくれるから、2〜3日留守にしても大丈夫だと思ってね」
いや、モモンガを信用しすぎでは? 私、小動物でっせ。
「危険度が高いと、その分報酬もいいんだよ」と言われてしまうと、私というペット代を出してもらう身としては、「留守を預かってみせます」と胸を張るしかなかった。といっても、レンジャーの皆さんに丸投げになるんだけどね。
「ここを拠点にってことは、ここはフェレルさんのご自宅ですか?」
「いいや。ここは私の師匠の家だよ。各国に家があってね。いつでも使っていいって言ってもらっているんだよ」
「師匠さんも植物学者なんですか?」
「そうだよ。師匠はちょっと変わった人だけど、新しい食物で飢餓を救ったり、難病の薬の製作に貢献している植物学者でね。今もどこかの国で、研究を続けているんじゃないかな。あ。ルカラウカ。食べ終わったのなら、今日はもう眠ろうか。疲れているだろう」
「リリと一緒に寝るから、まだ大丈夫」
フェレルさん、チラッと見てこなくても、私きちんと寝かしつけてきますんで問題ありませんよ。ルカくん、めちゃくちゃ疲れているはずなんでね。そりゃもう、ぐっすりと眠ってほしいですからね。
「ルカくん、ベッドに行きましょう。そろそろ私も寝ようと思っていたんです」
「リリが行くなら行く」
ルカくんが手の甲を上にして腕を伸ばしてきたので、トコトコ登って肩に乗った。ルカくんの耳横で尻尾をふらふらさせると、擽ったいのか楽しそうに笑っている。
これからルカくんの肩が私の居場所になるのなら、グレーさんにお願いをして、爪研ぎ用の棒みたいなやつ作ってもらわないとな。
「師匠、おやすみなさい」
「おやすみ。ルカラウカ、いい夢を」
うん、私に言わないってことは、私は寝ないって分かっているってことで、ルカくんが眠った後に戻ってきたら話せそうだな。疑問を聞いておきたい。
ググ先生に教えてもらってもいいんだけど、誰かから答えてもらえそうなら、コミュニケーションを兼ねて質問したいからね。
ルカくんが迷わず2階のベッドルームに向かうってことは、やっぱりこの家に来るのは初めてじゃないんだな。門や玄関の開閉方法にも驚いてなかったしね。いや、あれがこの世界の普通なら驚かないか。
「リリは、僕のお腹の上で寝る?」
「いいえ、枕横で寝ますよ」
2階というか、廊下と部屋の中も明るくて、いつ電気を点けたんだろうと不思議で仕方がない。
ベッドに手を伸ばした状態でルカくんが止まったので、腕を伝ってベッドに降りた。
私を眺めながら幸せそうに口元を緩めたルカくんは、ベッドに上がり、電気を消してから寝転んだ。ドアが開いているので、廊下からの光で顔も体も私が居る方に向いていると分かる。
「ねぇ、リリ。リリと家族になれて、僕、本当に嬉しいんだ。ありがとう」
「私も嬉しいです。ルカくんが大好きですから」
「僕もリリが大好き。明日も一緒に居てね」
「一緒に居ましょうね。おやすみなさい」
「おやすみ」
私が起きていると絶対に眠らないだろうと思い、丸まって眠ったフリをした。優しく私を撫でる手が段々と鈍くなっていき、数分後止まった。
寝たかな? 寝息が聞こえるけど、まだ動かないよ。すぐに動いたら、起きちゃったりするからね。姪っ子がそうだったもの。
5分程、薄目でルカくんの寝顔を眺めてから、息を止めて静かにベッドから降りる。音を立てないように部屋から出て、一息吐き出した。
起きてないな。フェレルさんの元に行こう。
明日金曜日に3話更新します。
リアクション・ブックマーク登録・読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。




