18.動物を虐める奴は許さん
ティアマーレ湖を旅立ってから、今日で1ヶ月ちょっと。
(※ググマップは寝ずに走った場合の計算である為、毎夜眠っているリリの足では日数が多くかかります)
そろそろ動物に出会ってもいいんじゃないかなぁと胸を躍らせていると、物凄い勢いで3匹の狐が駆けてきた。
クークーさんが倒した動物も狐だったな。こっち方面狐が多いのかな?
狐と友達になれるかは話してみないと分からないけど、今はそんなことより、この子達どう見ても怯えていて、とにかく必死で逃げてきたような感じなんだよね。
突然、肩を上げてしまうほどの耳をつんざく鳴き声が聞こえた。
次の瞬間、逃げてきた狐達の前に、尾が3本あり額に琥珀のような宝石がハマっている真っ白な狐が現れた。宝石は深い赤色に近く、怪しげな光を放っている。そして、普通の狐の倍ほど大きい体には、所々血が滲んでいる。
え? なに? どした?
白い狐が瞳を吊り上げ、歯を剥き出しにして、怯えている狐達を守るように茂みの向こう側を威嚇している。
「ヒャッホー! 追い詰めたぜ!」
「まさか白狐に会えるなんてな」
「ダサい依頼で萎えていたけど、本当にラッキーだったわ」
「さぁ、囲い込みますよ」
ん? 本当にどうした? まさか、この4人が狐を虐めている? 獣人じゃないよね? 人間だよね?
服装は、漫画やゲームでお馴染みの冒険者風が2名、田舎の騎士っぽいのが1名、魔道士っぽいのが1名。
白い狐は威嚇を続けているが、人間達は大きな盾を突き出しだり、持っている剣を構えたり、弓を向けたり、1メートルくらいの杖に炎を纏わせたりしている。
ふむ、狐を討伐するつもりなのね。でもさ、さっきの言葉を聞く限り、この子達が依頼目標ではなさそうだったよね。ってことは、無意味・無利益な殺生ということだ。
動物を虐める奴は許さん!
囁くような小声で「モモン・ガー、ゴールド。お願いします」と呟くと、音もなく隣にゴールドレンジャーが現れた。
体よりも大きなライフルを担ぎ、眉毛が太い。もちろんゴールドのマントを着けている。柄はモザイクの子でした。この柄も可愛いよねぇ。
『あの人達を眠らせてください』
『承った』
ゴーレドレンジャーが構えた0.1秒後、すなわち目では捉えられない速さで、4人が地面とお友達になった。
弾道を見極める時間すら、ゴールドレンジャーには不要ということ。いや、あのわずかな時間で見極め、4発撃っているということだ。凄腕すぎて、息で喉を詰まらせてしまった。
モモンガには、過剰戦力のような気もしなくもない。だが、私がキュートすぎる故に、いつ危険と隣り合わせになるか分からない。戦力は過剰だと思うくらいが丁度いい。
そう思い直し、ゴールドレンジャーには深々と頭を下げている。ゴールドレンジャーは『ククク(俺は仕事をしただけだ)』と言って消えた。最後まで漢である。
さて、危険は去ったので、状況説明をする為、まずは木の上からご挨拶をしよう。
『大丈夫でしたかー? そいつら眠らせましたけど、よかったですかー?』
白狐と呼ばれていた白い狐が、ガバッと体を起こして見てきたので、笑顔で手を振った。不思議そうに首を傾げられたが、瞳から怒りは消えているので警戒はされていないようだ。
『主は誰だ?』
『申し遅れました。私、モモンガのリリといいます』
『我はエンと申す』
いつまでも見上げさせる訳にはいかないと、『エンさんですね』と言いながら滑空した。
エンさんの前に降りると、匂いを嗅ぐように鼻を近付けられる。
『リリと申したな。主は清涼な匂いがする。いい奴のようだ』
そんな匂いするのかな? 毛繕いと日光浴をきちんとしているから臭くないのかも。
気を付けないと、フクロモモンガは匂いがキツくなっちゃうからね。オスは注意が必要だよ。私はメスだけど、気遣えるモモンガだからね、エチケットは心掛けているよ。
『ありがとうございます。何があったのか尋ねたいのですが、先に怪我を治しましょうか』
『治す?』
大きく頷いて「モモン・ガー、ホワイト。お願いします」と手を挙げた。
すぐに、ふわっと降り立つように、ヴェールを被ったホワイトフェイスのホワイトレンジャーが現れ、『シューシュー(可哀想に……)』と悲しそうに鳴いた。そして、肉球を合わせ祈りのポーズをとると、エンさんの傷はふわわんと治った。
『これは……』
すっご! そりゃ、「どんな傷もどんな病気も、呪いも異常状態も、死んでいなければ治せる」って訳分からん設定をしたのは私だけども。こういうのってゲームを齧っててよかったと思うよね。じゃないと、病気治せるくらいしか入力しないよね。
って、今そんなことはどうでもよくて、エンさんの傷が消えて、付着していた血も無くなって毛並みに艶が出るって……え? 白衣の天使ってホワイトレンジャーのことだったの?
ごめんなさい。ボケたいくらい動揺しただけです。
本当にねぇ、過剰だよねぇ。設定した時の私は、きっと魔王が如く高笑いをしていたんじゃなかろうか。徹夜明けでもないのにね。自分が怖すぎる。
本当は、ごくごく静かに入力していました。それもそれで怖いね、えへ。
ホワイトレンジャーはマントの端を持って、優雅にカーテシーをして消えられました。もうここに怪我人はいないのでしょう。お疲れ様です、ありがとうございました。ぺこり。
ってことで、私はエンさんに声をかける。状況が知りたい。
『エンさん。もう痛いところはありませんか?』
『あ、ああ、ない。リリは凄まじいな』
『凄いのはホワイトさんであって、私じゃありませんよ』
めっちゃ眉間に皺を寄せられたけど、断じて私の力ではない。桁外れのレンジャー達が、各々動いてくれているだけだ。
『それで、何があったんでしょうか?』
『我も詳しくは知らないが、急に狐が大量に狩られはじめてな。方々に散ったらしいのだが、たぶんこの3匹は逃げ遅れたのだろう。そこの倒れている奴らに狙われておったので、助けに入ったのだ』
『エンさんは、どうしてここに? 逃げなかったってことですよね?』
『父上に調べてくるように命じられたのだ』
ふむふむ。3匹の狐は動物だけど、エンさんは魔物だよね。ってことは、動物と魔物は仲良しなんだな。
それと、ボアアーノの狂花寸前狐は、ここら辺から逃げてきた狐だったのかも。とにかく奥へ奥へと逃げているうちに、狂花してしまう花を見つけてしまったんだろう。人間達が来なければ今もまだ、のんびりと暮らしていたのかもしれない。
『リリは何をしていたんだ?』
『私は人間の街を見てみたくて、移動中だったんです』
『見てどうするのだ?』
『決めていません。見たことが無いので、見てみたいだけですので』
さっきの4人組を見る限り、碌でもない国かもしれないけどね。でも、良い人もいれば悪い人もいるように、さっきの4人組はお行儀がよろしくなかった人達という可能性がある。もしかしたら悪い人達ではなくて、人間側では生きていく為の狩りにすぎなかったのかもしれないし。
『そうか。人間は危険な生き物だから気を付けてな』
『はい、ありがとうございます。エンさん達は今のうちに、人間が入られない場所まで逃げてください』
『ああ、そうするつもりだ。先程は本当に助かった。何か困ったことがあったら言ってくれ。力になる』
『ありがとうございます。その時は頼らせてもらいますね』
エンさんを先頭に去っていく狐達を、笑顔で見送った。
4匹の姿が見えなくなると振り返り、眠っている4人を見やる。
この人達の自業自得だとは思うが、だからと言って、このまま放っておいて動物か魔物に食べられてしまったら後味が悪い。それに、やむを得ない事情があったのかもしれない。
私は小さく息を吐き出して、木の上から4人の安全を見守ることにした。もちろんゴールドさんと一緒にね。だって、もしもがあったら怖いもの。
30分程で起きた4人は、不可解な事象に首を捻っていた。ただそれよりも、狐を、それも白狐を狩れなかったことを、心底残念がっていた。
4人が吐き捨てていた文句を纏めると、今お貴族様の間で狐の毛皮が流行っていること、白狐となれば王家や公爵家に高値で買い取ってもらえたこと、一攫千金を得られるチャンスだったこと、冒険者ランクを上げられたとのこと。そういうことらしい。心が痛まない理由ばかりでよかった。
前世と変わらない生活様式っぽいのに貴族社会なのかと、嫌な貴族に目をつけられたくないなと、冒険者って異世界だなぁという様々な感想を抱きながら、見つからないようにその場を後にしたのだった。




