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ま、今は今で充実してるし良いんだけどね。
「よし治った!はい次のひと〜」
「ありがとうございます聖女様!」
一生神の妻として神殿仕えするという、一応バッドエンドなのだが、これが割と悪くない。むしろやり甲斐もあって私に合っている。
「あはは、聖女って柄じゃないけどね〜!感謝されるって気持ちイイ〜!」
「今度の聖女様、本当に気安いお方で嬉しいです!」
「いつも厳しいお顔してらっしゃる方が多いから、なかなか気軽に来れなくて」
「まぁ皆大変だから仕方ないよー、私みたいに気軽にチョチョイのちょいで治せちゃう天才はなかなかいないからさぁ〜?」
「あはははっ、聖女様ほんとおもしろーい!」
「本当なのにぃー!」
いや本当、ホントなのである。私ってば超有能なのよ?なにせヒロインのチート魔法持ちだからね!
もちろん、あんまり治しまくると次に来る聖女さんへの期待値が上がっちゃって可哀想だから、ほどほどのとこらで手加減もしているし。
あんまり何でもかんでも治しすぎると自己治癒能力も下がるし、医者や薬師の仕事を奪うし、彼らへの信頼も削いでしまうから、私なりに良さげな頃合いを見計らってるし。
金を持ってそうな人たちからは、しっかりお金を巻き上げて神殿のお金も増やしてあげてるし。
わりと仕事ができて気の利くイイ女なのだ、私は。
そんなことを思っていたら。
バタンッ
「おいっ、この神殿に治癒魔法の心得がある者は……聖女はいないか!?」
「きゃぁっ!?」
焦った大声とともに診断の扉がいきなり開き、大柄なイケメンが現れた。肩の傷を治してもらおうとして片肌を脱いでいた少女が悲鳴を上げて服を着る。
立ち方からして、根っからに偉そうな奴だ。声も物言いも居丈高である。カチンときた私はズカズカと玄関に向かった。
「ちょっと、大声出さないでくださいよ。聖女ならいますよ、治癒魔法も大得意な有能な私がね!」
「お前が?本当か?」
「失礼ねっ!聖女の証の指輪だってあるホンモノよ!」
無骨な金属の指輪を見せつけてからドンと胸を叩き、胸を張る。
「で、どうしたんです?急病人ですか?」
「怪我人だ!こっちに来てくれ」
「本当に急を要するんですね?順番を待つ時間はないんですね?」
「なんだその疑う目は!早くしろ馬鹿者!一刻を争うんだ!」
忌々しげに吐き捨てるイケメンの傲慢な態度にカチンカチンカチンッときて、私はにっこり満面の笑みで言い返した。
「あら、失礼。オニイサンったら頼んでる立場のくせに凄まじく偉そうで、こんな片田舎には不似合いのやけに高価そうな格好でしたから!ついつい!避暑に来たら虫に刺されたとか言って、お偉い人達ったら簡単に私を呼ぶんですものぉ〜!自分を優先させるのが当然だと思って勝手なこと言う人が多いもので、つい疑ってしまってぇ〜!」
チクチクチクチクと嫌味で刺しまくれば、イケメンは己の言動を振り返ったのか、ぐっと黙って後ろを振り向いて順番を抜かした少女に謝罪した。
「……っ、そこのお嬢さん!順番を奪ってすまないが許してくれ!あとで礼はする!」
ほぅ。
なんだ、わりと良いイケメンじゃないか。
「本当なら礼はいいですよ。あ、お姉さんは悪いけどまた後で来てねー!」
会話しながらも足は動かしていたので、振り返ってもかなり後ろの方になってしまったが、神殿の入り口で呆然としている患者の少女に私は大声で伝えた。
「なんで彼女への礼をお前が断るんだ!」
「この神殿では私がルールなので」
ふふん、と胸を張り、私はイケメンに尋ねる。
「で、患者はどこですか?」
「チッ、こっちだ!」
ふざけな掛け合いの間も、ちゃんと足ではバタバタと走って患者の元に向かっている。駆けつけた先には足や肩を怪我した男が二人、そして地面に血まみれで倒れている男が一人。おお、こりゃヤバイ。
「……あら、ホントに重傷じゃないですか。何があったんです?」
「巨大な魔狼に噛まれたんだ。足に罠が噛んでいて、痛みに気が荒れていた。なんとか倒したが、コイツが俺を庇って……」
「へぇ、こりゃあ……普通の治癒魔法じゃ追いつきませんね」
ひょいとしゃがみこんで、すでに意識がない男を淡々と診察しながら呟けば、イケメンは必死に私に縋ってきた。
「っ、な、なんとかならないか!?金ならいくらでも出す!俺に出来ることならなんでもする!コイツは俺の乳兄弟で、大事なやつなんだ」
「へぇ〜」
「なんだその態度は!」
イケメンの必死さがおかしくて思わず半笑いで相槌を打ってしまったら、イケメンにブチ切れられた。まぁ大切な人が死にかけてるのに半笑いされたらムカつくよね。でもしょうがないでしょ、あなたの台詞が面白くて笑っちゃったんだもの。
「別にぃ。他の護衛がやられたら、すぐに諦めたのかなぁって、そんなに一生懸命にならなかったんだろうなぁって、そう思っただけですよ?」
「っ、なッ!?」
「ま、人によって態度を変えるなんて、普通のことですけどねぇ〜」
絶句して顔色を無くしているイケメンを横目に、私は目の前の怪我人を魔力を込めて視診し、傷の深さを魔法で探る。うーん、本当に深い。肝臓も脾臓もやられている。これは死ぬのも時間の問題だ。
「さてと。どうしよっかなぁ。あなた方、秘密は守れるタイプ?」
「あ、ああ!どんな秘密も守る!」
よし、言質はとった。
「じゃあ、約束してくださいね?……これから見ることは、誰にも言わないと」
「……っ、ぁ、なんだこれは!?」
「誓約魔法ですよ」
「な、勝手に何をするんだ!!」
勝手に魔法をかけられて御立腹のようだが、笑止千万。あなたが言ったんですよ、忘れたの?
「なんでもするって言ったでしょ?」
「ぅ、ああ。そうだった、すまない。だから、助けてくれ」
「はーい、おっけ〜」
素直に肩を落としたイケメンを鼻で笑い、私は気楽に了承した。他言しないと誓約してもらえればこっちのもんである。
私は真っ白な顔色になってしまっている怪我人に、ふわりと両手を翳した。
「聖なる光の……」
「ごふっ、……ヒュー」
「あら」
聖女らしくきちんとした呪文を唱えようとしたが、手の下で男の呼吸が引き攣り始める。こりゃ完成する前に死んでしまうな、と私は方針を変えた。
「あー、めんどくさい!聖なる光よありがとう!お陰様で、この人は元気に治ります!」
「はぁ!?なんだそのめちゃくちゃな文句は!」
案の定イケメンがまたキレたが、私も堂々と胸を張ってビシッと地面の男を指差した。
「呪文なんてなんだっていいのよ!ほら見なさい!」
「……え?」
「ほら!成功したでしょ?」
「え!?馬鹿な!!?」
驚愕したイケメンが目を見開いて重傷者だった男を見下ろす。周りの軽傷者達も愕然とした顔で私を見ていた。ふふん、だから言ったでしょう?
「祈る心が本物で、祈る力が強ければ、長ったらしい文句を連ねなくてもちゃんと祈りは届くの」
自信満々に胸を張るが、周りはしんと静まり返ったままだ。
「な、なおった、のか?」
恐る恐ると言うように、イケメンが地面で安らかな寝息を立てている男の頬に触れる。震える手でまるで宝物のように触れるから、つい腐女子脳が出てきてカップリング妄想しそうになった。いけないいけない、さすがに不謹慎だ。でもたぶんイケメンが攻めね。私の中で恋人を庇って傷を負うのは受けって決まってるから。そういう派閥なので異論は受け付けません。
「ほんとうに……もう大丈夫、なのか?」
「そうよ、治したもの」
「そんなバカな!」
あっさり言い切れば、イケメンは声を荒げて私を見た。混乱と興奮に、藍色の瞳が輝き、褐色の肌も赤らんでいる。
「何よ!治してって言ってきたのはあなたでしょ?」
「だ、だが……まさか……こんな、あの怪我を、一人で……誰からの魔力提供も受けず、あんな簡単な呪文で、完治させられるなんて……そんな馬鹿な真似ができる聖女なんか、聞いたことが……」
「あ」
呆然と呟き続けるイケメンが説明してくれたおかげで分かった。分かってしまった。私が勘違いしていたことが。
「え、もしかして……応急処置だけして、王都まで持たせれば、良い感じだった?王都で治癒師にかかるつもりだった?」
こくり、とイケメンが頷く。周囲の男達も一緒に繰り返し首肯する。
まじか。やっちまった。
「あーしまったー!つい本気出しちゃった!」