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さて。
前世でこの世界を作っていたはずの俺の知識はチートと言ってもよかったはずが、世界のバグの前では全く役に立たなかった。
「あっっっ、待っ!」
ものすごく重要なポイントの前を素通りする一行を、俺は必死に呼び止めた。
「おい見ろ!魔狼の群れだぞ!待ってろオリバー!腹を破られた恨み、ここで晴らしてやるからな!」
「え!?いや、別にそんな……殿下ぁ!!」
アルベルト様は興奮しながら馬を駆っていて、俺の言葉はスルーだ。俺を襲った魔狼とは別の奴らだろうに、アルベルト様に見つかってしまうと可哀想に。ユリア様の加護で常に元気満タンのアルベルト様は、体力が有り余っているのだ。
「あーっはっはっはっはっは!!」
「……あーあ、また無駄に怪我しやがって……面倒くさい。で?アンタもなんか面倒なこと言い出すわけ?」
「ゆゆゆゆりあさまっ!」
面倒くさそうに振り返ってくれたユリア様に俺は必死に言い募った。この脳筋一行でまともに会話ができるのはこの人だけだったりするのだ。辛い。
「そこの洞窟の中に国宝の帝国始祖の剣が、聖剣が埋まってるという噂があるのです!ぜひとも見に行かねば!」
「そんなの無駄でしょチャッチャと行きましょうよ」
やる気ゼロのユリア様に俺は必死で食い下がる。これは帝位継承の必須アイテムなのだ。
「ですが!手に入れば帝位の正統性を訴えられますし!行きましょうよ!」
「なによ、帝位を継ぐには聖剣がいるってこと?」
ふぁあ、とあくび混じりに確認して、ユリア様はチラリと前方で走り回っているアルベルト様たちを見やった。
「仕方ないわねぇ……じゃあ作ったげるわよ、ハイドーゾ」
「へ???」
何が?と思った瞬間、前方から大興奮の歓声が聞こえてきた。おそるおそる目をやれば。
「はぁ!?アルベルト様の剣が、金色に光ってる!?」
アルベルト様がいつも振り回している年季の入った無骨な剣が、光り輝く無骨な剣になっていた。
「パッと見でわかりやすい方がいいかと思って、光らせといたわ」
「そんな馬鹿な!?剣に聖性を付与したんですか!?そんなことあり!?」
あっさりと凄いことを宣う聖女様に、俺は半泣きで頭を抱えた。そんな無茶が許されるのならば、聖剣の粗製濫造が可能ではないか。
「私なんか聖方面と光方面はなんでも出来る気がするのよねぇ」
「気がするってか出来てますね!?えぇえええ!?」
「ってことで帝都に行きましょ、アルベルトは聖剣持ってるから正統性あり寄りのアリよ」
「そんな馬鹿なぁあああ!?」
飴を舐めながら呑気に言い切るユリア様を前に、俺は情けなく絶叫した。
「早い早い早い!いろいろ展開が早い!!頭が追いつかないですぅッ」
俺はいつも泣き叫びながら、頭を抱えてあちらこちらを走り回っていた。
いろいろとシナリオからずれまくっているからもう訳が分からない!
なんとか円満解決に向けて動きたいのに軌道修正が!!!!!
軌道修正が間に合わな……ガハッ!
「あーー!軟弱騎士がまた死にかけてる!?ちょっともうー!」
口には出さずパニックになりながら駆け巡っていたら、なんらかの衝撃を背中に受けて気が遠くなった。いや、なりかけた。
「この大馬鹿モンがぁ!」
気が遠くなったかと思えば一気にシャキッと回復した俺は、恐る恐る振り返る。すると案の定、そこには般若の形相をしたユリア様がいた。
「うぅ、面目ありません……」
地面には俺のものと思しき血が飛び散っている。背中はスースーするから、多分破れているのだろう。俺はまた死にかけたらしい。アルベルト様に文句を言えない。
「もう許さん!アンタ後ろに引っ込んでてよ!!」
「うっ、申し訳ありません天才聖女様……」
「アンタ騎士のくせに弱すぎ!そんなに弱いくせに、なんのためにここに居るわけ!?」
そりゃ俺、乳兄弟で裏切らないってだけが売りの、途中で死ぬモブだし。製作者達の中で緩く作られたキャラ設定の中の一文で死ぬ予定の、ナレ死すらしないモブだし。
「お、おれは……頭脳派なので……」
「絞り出すように苦しい言い訳する暇があったらさっさと引っ込めこのヘッポコグズ!」
「うぅううう、本当にひたすら面目ない……」
実際俺はマジで邪魔にしかならなかったので、結局早々に戦線離脱した。
仕方ないとは思う。元々ゲーム開始前に死ぬモブだしね。
まぁ、あのユリア様のルール違反みたいなチートがあればね!
俺の知識なんかなくても、シナリオをぶっ飛ばした展開にしても、なんとかなるかもしれない。
っていうか、なんとかなるんだろうなぁ……ちょっと寂しい。
「……俺、何しようかな……」
存在意義を見失ってしまった俺は、置いて行かれた宿屋でぽつんと膝を抱えて考え込んでいた。ぼんやり窓の外を見れば、なんらかの爆発音と金色の閃光が見える。あぁ、あの人たちがまた派手に何かやらかしているらしい。
ん?待って?
なんか家が吹き飛んだ気配がするんだけど……?
うわ、今度は牛?馬?が吹き飛ん……あ、光に包まれて降り立った。金色の光に包まれた牛馬……の上を激しい白色光の爆撃……?
え、大丈夫だろうか……無差別攻撃をしかける悪役みたいになってない……?
冷や汗をダラダラと流していたが、天啓が降りた。
「……あ、そうだ」
俺に出来ること、思いついたぞ。
持てる知識をもとに、なんとかあの破茶滅茶な聖女様がこの続編の世界で崇め奉られて、良い感じにアルベルト様と御成婚されるよう取り計らおう!
……じゃないと魔物扱いされそうだしな、あの人。というか、あの人達。腕ちぎれても即治癒は怖いって。
「おっし、そうと決まったら頑張ろ!まずは民衆の煽動からだな!」
あ、皆さん!
こんな歴史的名場面に立ち会えるなんて、なんて幸運な方達でしょうか!
ここから凄いものが見れますよ!
ほら、もっと高いところに登って、見てくださいな。
あの丘の向こう、ド派手な戦闘が起きているところですよ。
これは歴史が変わる瞬間ですよ!
……アレはなにか?
アレ、ってのは、……あぁ、はい。凄い速度で兵隊の軍団を薙ぎ倒しながら進んでいくあの馬の集団ですね?怖い?うんうん気持ちは分かります。でも怖くない!怖くないですよぉ!
アレは……じゃない、あの方々はですね、何を隠そう実は……アァッ違います違います!闇の魔物じゃありませんよ!
あぁ、えぇ、たしかに皇帝陛下の直属部隊の皆々様がお空に吹き飛んでますけれど、……あの、大丈夫ですってばっ!
あの謎の広範囲攻撃は魔物の仕業じゃなくてね!なんとっ、我らが英雄アルベルト様が勇ましく進軍しているのですよ!アルベルト様です!ほらあの、第一皇子で皇太子の!あ、知ってる?よかったぁ!
いや、あの光の爆発はヤバイもんじゃないです!天がアルベルト様の味方である証ですよ!だってアレ、聖なるお力なんですよ!信じられますか皆様!
いやいや嘘じゃないですって!だってほら!光で吹き飛ばされた皆さんも地面に落ちてくる時には足から元気にちゃんと着地してるでしょう?
ほらほら、敵のはずの兵隊さんたちが、なんで俺ってば無傷なんだろう?って、不思議そうにしてるじゃないですか。
あれはね、伝説の大聖女様のようなお力をお持ちの天才聖女様の仕業なんです!なんと、あの一帯を光魔法で吹き飛ばすのと同時に、あの辺一体まるごと治癒しているからなんですよ!びっくりでしょう?そんなことができるのはもう天の御使い!天女様なのかもしれませんねぇ!
あそこ行ったら皆さんの肩こり腰痛も治りますよ!
あ、ごめんなさいごめんなさい!冗談です!いや、やめときましょう?薄毛を治したい?気持ちはわかりますけどね!?
やめときましょ?万が一運悪く光魔法の範囲外になっちゃって、うっかり死ぬといけませんから。
王都の皆さん、大丈夫ですか?
王城では騒ぎが起きていますが、皆さんには怪我はございませんか?
あぁそりゃよかった。
王都の中は素通りでしたもんね。
皆さん何ともないですか。
あぁ、何が起きてるのかサッパリですか、そうですよね、正直私もサッパリですよ。
なんでこうなったんでしょうねぇ。
……え?さっき通り過ぎて行ったあの人たちですか?
大丈夫です大丈夫です、不死の魔物じゃないですよ!
魔王がこの国を支配しにきたんじゃないかって……そんな、まさか、いやいや。ねぇ?
何回刺されても撃たれても立ち上がる化け物って……そりゃあ、あの、そう、天から遣わされた天才聖女が隣にいますからね!どんな傷も治しちゃうし、どんな呪いも跳ね除けてしまうんですよ!だから瀕死の傷でも復活しちゃうんですよ!
ほらほら、ちょっとだけ近づきましょう?
そうしたら治癒魔法のおこぼれが飛んできて、皆さんもついでに傷や病気が治っちゃいますから!
ほら、聖女様が向こうを通り過ぎたら、……あら不思議!
薄毛も回復、膝の痛みもとれて、慢性肩こりも消えたでしょう?
これはもう本当にすごい!
神の恩恵ですよ!!
聖なる慈悲です!決して魔物に魂を売ったとかそんな話じゃないんですよ!!
はいはい……いや、それは恐怖ではなく畏怖です!畏怖を感じるのは仕方ないです!だってこんな凄まじい景色を見たら、超常の存在を信じざるを得ないでしょう?
うんうん、そうそう。アルベルト様が、天から使わされた聖女様を得られた!すなわち天女を得た皇太子!帝位につくしかない!
そして、天の認めた二人!ってこれはもう結ばれるしかない!
これはもう天の思し召しですよねぇッ!!
「我ながら必死すぎる……」
今日も今日とて俺は、昼は城下で民衆の洗脳……じゃなくて思考誘導に励んでいた。騎士の格好をしたり、占い師の格好をしたり、学者の格好をしたり。いろんな場所でいろんな姿で、噂を流したり教え諭したり真実のお告げをしたりする怪しい男だ。親には見せられない。
そして夜はせっせと『天が遣わした超規格外天才聖女様と我らが太陽のごとく輝く皇太子殿下のラブロマンス』を創作していた。民衆が興奮して楽しめそうな小説や歌にして、積極的に王都で流布している。前世が創作者でよかった。こういうのは得意なのだ。
あ。もちろん、そのまま広めると怯えられそうなので、多少ネタを小盛りにして、である。普通と逆だ。仕方ない。マジで怖い人たちなのでね。
「はぁー、なんとか簒奪前に土壌を整えたい。……間に合うかな」
筆を止めて疲れた顔で三日月を見上げる。
「さっき王城まで辿り着いてたからなぁ……向こうも抗戦するだろうけど、長くても一週間くらいでケリがついちゃいそうだよなぁ。……俺の力だけじゃ間に合わない気がしてきた……アルベルト様とユリア様のカリスマ性に期待しよ……」
一刻後には皇帝が倒されたという報告がくるとは知らず、俺は呑気にも『聖女と皇太子のラブロマンス第十二部』を執筆していたのだった。
なお即位後、ラブロマンスシリーズは爆発的に売れた。




