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帝都に近づくにつれ、アルベルト様を支持する人間が集い始めてからは、度重なる暗殺に加えて、暗殺以外のイベントも頻発するようになった。
「どうかこちらをお納めください」
「おう、ありがたく頂こう。……この娘は?」
「我が娘でございます」
真っ先にアルベルト様の挙兵に馳せ参じた先見の明のある領主が、家宝だと言う魔宝石を献上しに来たのだが、その魔宝石を奉じているご息女が。
「ん?ぉお、いいム……魔宝石だな!」
たいそうな巨乳だったのだ。
「殿下ッ」
思わず膝で突くが、アルベルト様は上の空である。
「ほぉー、形も良いし、サイズも……なかなか……大層なム……魔法石だな!」
「ででででで殿下っ」
案の定アルベルト様はビッグなお胸に視線が釘付けである。気もそぞろに巨乳娘の手の中の魔宝石に手を伸ばし、そして、娘の手とアルベルト様の指先が触れた瞬間。
「あっあっあっあっ、殿下そんな簡単に女性に惑わされてはダメあーー!」
「うわっ!?」
ピカッとピンクの光が放たれ、アルベルト様の胸に飛び込む。飛び込む瞬間にピンクの光はハート型になっていて、フヤンッという効果音でもつきそうだった。ここが乙女ゲームの世界だと実感した。
「そんなぁああああ!そのおっぱいは贋物ですのにハニトラからの魅了の呪いァアアア!?」
俺がショックのあまり膝から崩れ落ちていると、確実にピンクのいかがわしい魔力を体内に吸入したはずのアルベルト様が、平然とした様子で首を傾げた。
「なんだ、攻撃魔法じゃなかったのか。俺に呪いは効かんぞ!なにせユリアが完全無欠の守護魔法をかけてくれているからなッ」
にこにこと自慢げに胸を張りながら、アルベルト様は男の娘なご息女さんを縛り上げていた。最近流行りの美容魔法の力を借りて作り上げていたらしいお胸は、アルベルト様の浄化魔法で影も形もない。可哀想にクレンジングされてしまったようだ。華奢で可愛い顔立ちの少年がグズグズと泣きながら床に転がっている。また一部の人々の性癖を刺激しそうだ。だがそんなことはどうでも良い。
「よかったぁー!!さすがユリア様!!」
俺は感涙に咽びながら、背後にいた天才聖女を振り返った。しかし。
「きもっ」
「え?」
心底不快だと言わんばかりのソプラノが聞こえる。顔を上げれば、ユリア様が俺を見下ろしながら、レモンをそのまま齧った時くらい思い切り顔を顰めていた。
「オリバー……アンタなんで女のおっぱいがホンモノかニセモノか分かるの?」
「うっ」
そりゃシナリオ弄ってたの俺だし……と思いながらも、そんなことを言えるはずもない。
「み、見れば分かりません?ホンモノのオッパイとはやっぱり艶と質感が違いますよ!」
苦し紛れに吐き出したのは、まるでオッパイ鑑定士のような台詞だった。案の定、俺の言葉にユリア様はますますドン引きした。
「え……普通にきもい」
「はっはっはっ!オリバーは女の胸には一家言あるタイプなんだな!今後はお前に鑑定を頼むとしよう」
「かんてい!?」
ユリア様の発言に被せるように陽気に笑ってくれたアルベルト様も、生ぬるい目で俺を見てくる。そんな目で見ないでください。
「オリバー、これから私の胸見たら一瞥一万ヤンの罰金ね」
「え、そんな……ひどい……」
項垂れる俺を無視して、ユリア様とアルベルト様は、縛り上げたキュルルンな瞳の男の娘を宙に浮かして仲良く連行して行った。
ちなみに、その後も普通に暗殺イベントは乱発された。
「あっっっ、殿下後ろ後ろ後ろにあーーーッ」
なにせアルベルト様のルートは、ニ作目で最難関と呼ばれていた。主人公と手に手を取り駆け出し、背中合わせに戦い抜き、数多の敵を切り伏せて、数多の罠を切り抜けて、やっとのことで王冠を手に入れる……そんな手に汗握るバトルゲームなのだ。乙女ゲームなのに恋愛要素は薄い。
「うぐァッ」
「ぎゃああああああ殿下ァアアア」
当たり前と言えば当たり前だが、常に一撃必殺を狙ってやってくる敵。当たれば確実に死ぬ攻撃しか飛んでこない。ゆえに警戒を怠ることはできず、油断が命取りなのだが。
「アルベルトさまぁあああッ!?」
アルベルト様は一日に何度も切られ刺され射られた。そのどれもが、一撃でも当たれば死ぬようなヤバい攻撃ばかりである。そのため攻撃を受けたら死亡とみなされ、アルベルト様ルートは即ゲームオーバーとなるように設定されていた……のだが。
「気安く切られんじゃないわよこの馬鹿!」
この場には、オキテ破りな天才聖女様がいるので、ゲームはオーバーせず、常に続行された。世界のバグだ。
「いいかげん私に安穏とした睡眠時間を寄越せこの間抜けッ!」
「うがっ」
ドカンと破裂するように聖魔法がぶつけられ、アルベルト様の裂けた背中が乱暴にくっつく。力任せにジッパーを閉めた時のようで、何度見ても少し不気味だ。などと考えていたら。
「ねぇそこのへっぽこ騎士!」
「ひゃっ!?は、はいっ」
ブチ切れたユリア様に吠えられて、俺は飛び上がって気をつけの姿勢をとった。
「オリバーあんた、鈍くないのにトロイのよ!」
「ううっ、面目ございません……」
確かに俺はイベントの発生条件も把握しているはずなのに、何故いつも後手に回ってしまうのか……。
「ヤバイって分かってんなら、アルベルトが殺られる前に自分で殺るか、それが出来ないならもっと的確にッ、この馬鹿でも分かるように教えるかしなさいよ!ギャーギャー騒ぐだけで何の役にも立ってないじゃないの!」
「うっ、すみません!」
俺は前世から、咄嗟の判断とかいうやつが死ぬほど苦手なのだ。テンパリ癖は転生しても治らないのか……。我ながら落ち込んでいると、般若の如き顔つきのユリア様からも鞭が飛ぶ。
「次にやったら問答無用で叩き出すからねッ!?」
既にアルベルト様を尻に敷いているユリア様は、現在この集団の最高権力者である。ユリア様が叩き出すと言ったら本当にやる。
俺はごくりと唾を飲み、身の引き締まる思いで宣言した。
「はいっ、次こそは必ず未然に防いでみせます……!」
まぁ、フラグだったが。




