聖女のSは幸せのS!
無事に朝チュンを迎えて、二人してツヤツヤで起きた翌朝。
「おはよう、アルベルト」
「ユリア、……おはよう」
昨日までとは違う、アルベルトの素直に愛情を表すような、はにかんだ笑みが可愛らしい。
「ふふっ、可愛い」
「……男に可愛いはないだろう。お前に言うならともかく」
「あら、互いに可愛いと思いあっている方が、夫婦は長続きするものよ?」
ちゅ、と頬に口付ければ、アルベルトは照れて頬を染める。実際、アルベルトはとってもおとなしく可愛くなっていた。
昨夜はファーストキスもセカンドキスも私に奪われ、「展開が早すぎる」と泣き出さんばかりだったが、無事に早々に敗北宣言をしてくれた。まぁこれは仕方ないだろう。決してアルベルトがチョロインなわけではない。
現代日本で知識だけは無尽蔵に蓄えてきた私の素敵なアレコレに翻弄されれば、完全に可愛いワンちゃんにもなるというものだ。
「私みたいな最高の女のモノになれるなんて、アルベルトは最高な幸せ者ね」
「へ?うわっ」
朝のベッドで気を抜いていたアルベルトを壁ドンならぬ床ドン状態で見下ろし、彫りの深い顔に手を添えて覗き込んだ。
「これからずっと、私だけを愛し、大事にしてちょうだいね?私の可愛い皇帝クン」
「あぁ、もち」
私の独占欲を表す言葉に、嬉しそうに蕩けた瞳が肯定を返すのも待たず、私は厚い唇を奪う。重ねた唇からは、甘い恋の味がした。
***
「うひゃあ〜とうとう戴冠式がきちゃった〜」
「その気の抜けた話し方をやめろ」
「だって本当にドン引きしてるんだもん」
私たちは今、皇城のテラスで、鼓膜が破れそうな爆音の歓声の中で優雅に手を振っている。顔には2人とも完璧な微笑を浮かべているが、根が小心者の私は内心ビビりまくっていた。
「いや本当に私で良いの?」
「今更か?こんなに帝都の民が狂喜して歓迎して集まっているのに?」
「……本当になんでこんなに集まってんのよ」
「そりゃお前が妃になる歴史的瞬間を見届けるためだろう」
「えぇ……」
帝国民たちが押し寄せて、ウゴウゴと蠢いている鮨詰めの大広場を見下ろしながら、私は引き攣りそうな笑顔を必死に美しいバランスに保っていた。本当に何でこんなに集まってんのよ。これ、誰か一人でも倒れたら、ドミノ倒しに地獄の大事故が起こるわよ?この世界はみんな足腰が強いから平気なの?……やめよう妙なフラグを立てるのは。式の前に魔力ぶっ放してヘロヘロで冠を戴くのは勘弁だわ。神様、どうか人々にご加護を。
「ねぇ、本当に今更だけど、大丈夫なの?」
「何が?」
テラスから室内に入り、戴冠式の準備のため一時的にふたりきりになったタイミングで、私はもう一度アルベルトに声をかけた。
「私、隣の国の平民よ?アリなの?」
「アリだ。お前は天が俺を帝位につけるために遣わせた天女なんだからな」
「天女じゃなくて聖女だけど」
最近あっちこっちで「天女様」と拝まれて落ち着かないのよねぇと思いながら訂正すれば、アルベルトは片方だけ口角をあげて、以前よく見た意地の悪そうな顔で笑った。
「民草の間では天女ってことになってんだよ。天女を妻とするなんてさすがは新皇帝陛下って言われてるんだから、今更お前に逃げられたら俺の方が困る。天女に嫌われたなんて天意がないと思われてしまうからな」
お調子者の私が調子に乗っている間に、気づけば外堀が埋まっていて、私が正気にかえっ……いや、冷静な客観性を取り戻した時には、もう結婚しないとどうにもならなくなっていた。まったく、どこのどいつか知らないが、手際が良いモノである。
「んー、そうねぇ。でも、悪さして神殿送りになった女よ?大丈夫なの?髪はまだ肩につかない短さなんだけど」
「未遂だろ?ならば問題はない」
そう言い切った後で、アルベルトはものすごく嫌そうに顔を歪め、忌々しそうに舌打ちした。
「……強姦未遂……他の男に夜這い……くそ、言うな思い出させるな!嫉妬に狂いそうだ!」
「……んふっ、あははははっ」
本気で怒り出したアルベルトに私は気が抜けて笑い出した。
「それこそ、未遂なんだからいいでしょ?」
しょっちゅう過去を思い出しては嫉妬ばかりしている男に、私はニヤニヤしながら体を寄せた。コーリー様のお顔は本当に私の理想そのものだったけれど、アルベルトは中身がとっても私好みだ。なんて単純で扱いやすくて可愛いんだろうか。これまで女に騙されなかったのが奇跡である。ハニートラップどころじゃなく不安定だったこの国の情勢に感謝だ。
「もぉ〜忘れちゃったの?……私のハジメテを奪ったのは、アルベルトでしょ?♡」
逞しい肩に手を置いて、爪先立ちで伸び上がって耳元で囁く。そして、私の意図を察して顔を寄せてくれたアルベルトの耳孔にふぅ、と甘い吐息を吹きかけ、耳朶を甘噛みした。
「ぐうっ」
言葉かと思ったら吐息を吹き込まれて力が抜けたらしい。一瞬ふらりとした体を、きゅっと抱きしめてあげる。
「今はお利口さんにカッコイイ皇帝陛下をしてね?……そうしたら、ご褒美に、あとで可愛がってあげるからね♡」
「ぐぅ……」
甘い声で囁けば、アルベルトはグーグーと妙な声で鳴いて悶えた。
「お前、本当にタチが悪いな……今日は朝まで宴会で、二人の時間は取れないと分かっているのに……」
「あらぁ、この佳き日に一体どんなコトを期待していたの?」
「うるさい!うるさいうるさい!いじめっ子め!」
「いじめられてキュンキュンきてる皇帝陛下に言われたくないわ?」
それにあなた、ちょっと上から言われるのが好きなくせに。
これまで上位者としてしか生きてこなかったから、そういうのが刺激的みたいでね。困った困った。困らないけど。
「癖になっちゃったのねぇ。……変態を作り出しちゃったかしら?」
「人聞きの悪いことを言うな!」
「事実じゃなぁい?」
いちゃついている皇帝夫妻を遠巻きに見守っている馴染み顔の騎士くんが、こちらに声をかけるタイミングを見計らっているのを横目に、私は可愛い私の皇帝に口付けた。
「いつもの可愛いアナタも好きだけど、でも、今日はとってもカッコよくて素敵よ?……お仕事が終わったら、たっぷり甘やかしてあげるわ」
甘く囁く私に、アルベルトは頬を染めて唸る。恥ずかしいのだろう。仕返しのようにぎゅうぎゅうに抱きしめてきた。ドレスが皺にならないか、侍女がヒヤヒヤしているだろうな。
「可愛い私の皇帝くん?朝までお仕事頑張れるわね?」
「……くっ、ははっ!もちろんだよ。我が最愛の聖女様」
赤らめた顔に弾けるような笑顔を浮かべて、私だけを見つめてくれる皇子様、改めて皇帝様。
こんな可愛い私だけのワンちゃんが手に入るなんて、思ってもみなかったわ。
聖女になんかされて、私の幸せ家族計画をどうしようかと思ったけど。
「ふふっ、問題なかったわ。神様ありがとう!」
聖女のSは最高に幸せ、のSだったのね♡




