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第7話 聖女との出会い

「騎士の皆さんおはようございます! ネグロさんとイェシルさんはいらっしゃいますか?」


扉の開く音と共に飛び込んできたのはそんなはつらつとした声。聞こえてきたのは一階にある、騎士団の者なら誰でも使えるようにと用意されている食堂でイェシルと朝食をとっていた時だ。


鹿肉で作ったベーコンとパンは焼き立てで、香ばしいかおりが室内に漂っている。パンに切り落としたベーコンを丸のまま乗せてかぶりつこうとしたイェシルが口を大きく開いて動作を止めた。


「おっ、アカネ! 今日も手伝いに来てくれたのか?」


薄紅色の髪を肩まで伸ばした女性が顔をのぞかせると、イェシルが笑みを浮かべて手を振る。


「はい。まだ出来ることは少ないですが……少しでも皆さんの力になりたくて」


「マジメだなぁ、ありがとさん。とはいえ団長は数日くらい遠征に行くって言ってたし、手伝ってもらうことといってもなあ……」


「難しいですかね。なら無理にとは言いませんけれど……あれ?」


目覚めるにあたり変わった髪の色は国の中でも珍しいのだろう。イェシルの隣に座る私を見て、彼女は目を丸くした。小さく息を呑む音が室内に広がる。

彼女の戸惑いを和らげるべく、努めてやわらかな笑みを口元に浮かべた。


「あなたは……、……ええと、初めてお会いしますよね。新しい騎士の方ですか?」


「いえ、記憶を失ったところをこの騎士団の方に見つけていただき保護をしていただいたんです」


「そう、だったのですね。お食事中にすみません。私はアカネと言います」


スカートの裾をつまんで一礼をする姿はどこかぎこちない。テーブルの上で私の皿からサラダを啄んでいたバラッドがくちばしを開く。


《彼女はデフォルトネーム、アカネ=スギサキ。このゲームの主人公であり先日召喚された聖女になります》


(…………!彼女が……)


改めて彼女を見れば、私やイェシルとさほど変わらない年ごろだろうか。若葉のような薄翠の瞳は不思議な引力を感じさせる。


「ご丁寧にありがとうございます。俺はヴァイスと言います」


「ヴァイスさん! そのお名前は聞いたことがあります。ネグロさんが憧れている方ですよね」


「憧れというか忠誠というか……傾倒が一番近いか?」


訳知り顔で片眉を下げるイェシルは、ところでとアカネへ尋ねる。


「騎士団としての手伝いじゃないし、あんまりちゃんとした謝礼はだせないけどさ。今日はこの後ヴァイスにイーダルードの街を案内するところだったんだ。良かったら一緒に来てくれよ」


「本当ですか? はい。是非ご一緒させてください!」


両の手で胸元に握りこぶしを作り、意気込んだ返事がアカネから返ってくる。


ゲームの主人公である女性と同行する……昨晩のバラッドの「攻略不可になりかねないので」という言葉が頭をぐるぐると回るが、弟と部下相手でないのなら大丈夫だろう。

それに、彼女の人となりを知ることは今後のためになるはずだ。





大きな教会がシンボルのイーダルードの街は、法学の研究者も多く滞在している。近隣に森が多いこともあってか、薬草やポーションを買うのに事欠かない立地でもある。

喧伝の声は少ないが、看板の随所に効能や絵を差しこみ、視覚的なにぎやかさが活気につながっていた。


「日用品はこっちで、服はあの辺の店がおすすめかな。洗剤はちょっと高いけど質が安定してるのが向こうにある」


「まずはお洋服を見ますか?今着ている服はボロボロすぎますものね……」


アカネが視線を上から下まで動かす。それには私もそうだねと笑うしかできなかった。


ローブを上から羽織っているとはいえ、さすがに騎士団の他の備品を拝借するのは気が引けてしまっていた。体は軽く濡れた布で拭いたとはいえ、街中を歩くには清潔感が欠けている。


「んじゃまずは服だな。この辺が普段使いの服だけど、布の素材と値段がたまに合わないって団長はぼやくんだよなあ」


「布と値段が?」


「ああ。良い布を使ってるのにこれまで買い叩かれたらしくいやに安いのとか、逆に微妙な素材を使ってるのに見栄えだけしてよくそこそこ高いのとかあるらしい」


なるほど。頷きながら値札と服を順に見ていく。これまでの食糧店や薬の店でおおよその今の物価は把握できた。

こじんまりとした店にある、シンプルな上下そろいの服を手に取った。


「ならこれを。値段としては高くないし、素材にストレンジャの生糸が使われている。法術で保護をかけて手入れをすれば長持ちするだろう」


「えっ!?!?」


私の言葉に誰よりも大きな声をあげたのが服屋の店主だ。椅子に座ったまま飛び上がりそうなほどに肩を跳ねさせた。


「こ、この服そんな価値があるんですかい!?マルグレリンのやつ言ってくれりゃ……!」


「素材の知識がないと分からないものだからね。その人も自分で織ったわけでないならきっと知らなかったのだろう」


大慌てで値段をつけ替える店主と私たちのやりとりを見て、店の前を素通りしていた人たちも関心が出たようにこちらへと視線を向けてくる。……あまり目立ってはまずいが、最後にひとつ。


「ちなみにだけど、ストレンジャが使われてるのはこれとこれとこれだね。そっちは普通の服だから、適正価格をつけるように」


「き、気をつける……ところで兄ちゃん、その服の値段もちょい変えて平気か? 勉強代分はさっぴくからよ」


自分の金ならともかく、イェシルに金子を借りる身としては是とも否とも言い難い。

視線を斜め後ろに向けると明茶色の髪をした青年は「もちろんさ!」と胸元を音がするくらいに叩いた。




金銭の支払いを終えて大通りへと戻りながら、アカネが目を輝かせて顔を覗き込む。


「さっきの目利き、すごかったです!ヴァイスさんは何をされている方なんですか?」


アカネの質問に店の軒先を見ていた視線が一度外れる。さてどう答えるかと悩んだところで、イェシルが一声早く返事をした。


「それが分からないんだよな……何せ記憶がないみたいで」


「えっ、そうだったんですか!?すみません、そうとは知らず……」


「謝る必要はないよ。今の名前もイェシルに付けてもらったもので、流れで一晩あそこにお世話になることになっていてね。これからどうするか悩んでいたんだ」


目的としてはバグを探すことだが手掛かりが何もない状態で動きようもなく。何より、以前とは違い後ろ盾のない身だ。生計を立てるツテも手に入れないといけない。


思ったよりも厄介だと内心首を捻っていれば、アカネの瞳が一瞬細まった。


「……あの。もしこれは出来たらの相談なのですが」

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