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第38話 事情と条件


 目の前で自分のためではなく私のために激昂してくれるアカネ。本当に心の優しい子だ。そのことを心底ありがたく思うと同時に、いくらかの申し訳なさも抱いていた。何故なら。


(…………なあ、バラッド)


《はい、なんでしょうか》


(このままアカネに私の事情を全て話した場合、どうなると思う?)


《まず間違いなくあなたがヴァイス皇太子殿下であることに興奮し会話が中断した末にネグロルートが完全に消滅します。また、ネグロにそのことを隠しきれず最終的に存在するはずのない皇帝簒奪ルートが発生して物語が完全破壊される可能性があります》


(そうかぁ……)



 真実を詳らかにしない理由としてあまりに彼女に失礼すぎるが、この理由で国が滅んだらあまりに虚しすぎる。情けなさすぎる葛藤をよそに、アカネは言葉を続ける。


「ヴァイスさんは、自分がゲームの中の存在だなんて言われて言われて悔しくないんですか?運命が誰かに握られているものだなんて……」


 激情で瞳を潤ませる彼女は、本質的にはとても優しい子なのだろう。改めてそれを垣間見れて口元に笑みが浮かぶ。


「それってつまり、プレイヤーが過激派固定厨だったときに心情も何もかも無視をしてカプを確定させられるわけですよ!?妄想ならともかくリアルでなんて悲しいじゃないですか!」


「ごめん何言ってるか分からないな……」


 けど分からない方が幸せな気がする。はっとしたアカネが顔を逸らしてるし。


「それに……俺だって十分君に残酷なことをしている。君が望まぬ可能性を無視して世界を救わせようとしている。──選択次第では君が死ぬ可能性があることも、円満な終わりのためには君が誰かと結ばれる必要があることも理解しているのに、だ」


「……っ!」


「俺とこの世界が君に敷いているのはそういう道だ。救済だけならまだいい、君の未来や運命すら枠にはめ込もうとしている」


 その自分がアカネを差し置いて運命に怒りを抱く権利はない。眠る前と違って今は私自身の命が脅かされているわけでもないのに。



「……私、この世界に来ることになって最初はすごい戸惑ったんです。ゲームは遊んでましたけど、恋愛ゲームとして楽しんでたかと言われると、ちょっと違ってて」


「……そうだったんだね」


 沈黙ののち、アカネが口を開く。けれどもそれは喉から絞り出すような悲痛なものではなく、もっと穏やかで。


「でも、ゲームの中に出てくる人たちのことはすごい好きでしたから、彼らや新しいキャラクターたちに出会えるならいいかって思ってました」


「うん」


「だって……推したちの顔が良すぎるんですよ!! 完全に観賞用というか萌えを妄想して拝むのがちょうどいい距離感というか!!」


「……うん?」


「推しのいる世界を守りたいので聖女としては頑張るつもり満々なんですがそれはそれとしてキャラクター同士のやり取りは壁になりたいんですよ! 最近だと完全に死角からポールさんとイェシルさんの関係性が刺さってますしいえあの二人はゲーム本編でも絡みがありましたけど!」


「落ち着いてほしい」

 本当に落ち着いてほしい。

 机に置いていたお茶を彼女の方へ寄せれば一気に飲み干された。薄緑の瞳は強い意志でこちらを見つめる。



「……この世界に召喚された以上、私はちゃんとグレイシウス皇国を救いたいと思ってます。どの道をいくかは、たしかにまだ悩んでますけど……いざとなれば友情ルートだってあるんですよ、このゲーム!」


 こちらを安心させるように握りこぶしを作り、晴れやかな笑みを浮かべる。その姿はどこか母を思い出させる。


「だからヴァイスさんがそんな顔をしないでいいんですよ。私は私のやりたいことをちゃんと大事にしますから」


「……うん、ありがとう」


「だから個人的にはヴァイスさんとネグロ様の関係性が気になるんですけどこの世界がゲームって知っててバラッドが副音声解説NPCなんだったら裏事情とか分かるんですかひょっとして魂の生まれ変わりとか精霊だったりするんでしょうか!?」


「落ち着いて?」


 その姿を見て、先ほど想起した女性の別の側面がよぎる。そういえば母も物語が好きだったが、熱が入った時の力の込め様は似ているな……。褒め言葉になるか分からないので丸ごとお茶と共に飲み込むことにする。


「はぁ……すみません。この数日間だけでネグロ様の執着と巨大感情の矢印がここまで向いてるのをみてるとそうでないとおかしいというか、解釈違いで狂いそうになって……。ヴァイスさんが自覚してるかはさておき無関係だとは思えないんです」


 解釈違いで、狂う。


「……バラッド、これは話した方がよくないかい?」

『ピ、』


 聖女が発狂して死んだとなったら笑い事にならない。提案をこぼして返ってきたのは無機質な副音声でなく、鳥らしい鳴き声だ。視線を下へと向ければ、まんまるとした青い鳥が勢いよく体ごとあさっての方角を向く。


「バラッド」

《……0%と限りなく0%は違います。ネグロ騎士団長ルートがまだ完全に立ち消えたわけではありません》


 肯定も否定もし難いな……。

 人の心というのは目まぐるしく変わるものなのは事実だ。その一方で、様子を見るに彼女がネグロへ抱く感情が恋へと発展するのは既に壁が高い気がする。


 アカネ、と名を呼べば聖女の役割を与えられた女性は背筋を正す。


「はい、なんでしょうか。ヴァイスさん!」


「君は私とネグロ殿の関係性を好んでいるようだけれど、そう言ったものを取り払ったネグロ殿のことはどう思ってるんだい?」


 極力刺激しないように問いかける。

 何故だか分からないが、ここで不必要に感情を正にしても負にしても露わにしたら話が脱線しそうだと直感したので。


「ネグロ様……攻略対象としてですよね? 好きキャラではありますけど単体推しじゃなくてヴァイス皇太子様との関係性萌えって言いますか。クール従者未亡人属性は一途であってほしいと言いますか!」


「そっかぁ……」

『……ピィ』


 曖昧な相槌を打ちながら、目線はテーブルに落ちた。

 ぺしょりと机に潰れたように崩れるバラッド。その仕草は愛らしくも哀愁を漂わせている。


 罪悪感はあるし、バラッドの考えも分かる。だが、ここで彼女に半端な隠し事をしたくはなかった。世界を救うためには、彼女の協力が必要なのだから。


「すまないね、バラッド。……アカネ、改めて私の事情を説明しよう。ただ、その前に一つだけ約束をしてほしい」


「約束?はい、私に出来ることなら!」


 首を傾げた女性に、やわらかく笑みを浮かべる。そう、これだけはなんとしても約束をしてほしかったから。


「うん。流石にないとは思うのだけれど、私の話を聞いてからも……皇帝簒奪ルートだけは止めてほしい」

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