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第35話 黒百合の勧誘


 ネグロがあらかじめ先駆けを出していたからか、黒百合商会の本部へと足を踏み入れてすぐにこちらへ駆け寄り、恭しい一礼をしてくる影があった。

 糸のように瞳を細めて焦茶の髪を一括りにしている男は、色のついた薄硝子を円状に加工した装飾(メガネ)をつけている。


「これはこれは、騎士団長様御自らいらっしゃるとは珍しい。新規装備のご契約でしょうか?」


「いいや。先日の契約書の写しをユーリスから預かったのと……主には付き添いだ」


「はじめまして。聖女の名代として依頼されていた書類の件でお話をさせていただきたく」


 黒曜石のようなネグロの視線を追いかけるように、男がこちらを見る。胸元に手を当てて一礼をすれば、にこやかな笑みを浮かべたまま男は私の両手を取った。


「う、わ」

「!」

「これはこれは!その風貌、もしや聖女様の元で働かれているという白聖人様でハ!?お会いできて光栄です」


 勢いよく引かれれば重心は不安定になるものだ。たたらを踏んで引き寄せられるように前に出る。

 書類とバラッドを入れていたカバンを振り落とさなかったことだけは自分を褒めたい。『びい゛っ!?』と奇妙な音が聞こえた気がするから減点はあるかもしれないが。


「ワタクシはこの黒百合商会の幹部であり総合卸責任者のマルグレリンと申しまス。あなたの話は街のあちこちから聴いておりますヨ。こちらに召喚されて間もない聖女様を救うべくして現れた女神の御使!容姿端麗、才色兼備なあなたには既に街中のファンも多いとか」


「はぁ……」


 いきなり甘言の雨を降り注いでくるな、この御仁……。

 あれよあれよとこちらの腰を抱き、奥の席へと誘導してくる。あちらのペースに持ち込んでこようとするやり口、やはり第三者の同席を頼んで正解だった。──当のネグロも後ろで顔をしかめて鯉口を切りそうになっているあたり、油断は何一つできないが。




 席へと案内され、飲み物を置かれる。互いに口をつけることはせずに本題へと入っていく。


「聖女様の信任も厚い優秀な方だとこちらでも聞き及んでおりますヨ。それで?本日はどのようなご用件でしょうか」


「まずは御礼を。先日は当相談所に貴商会らが多くの依頼をお寄せくださったそうで。聖女も今を生きる人々の悩みを識る契機になったと喜んでおります」


「……!いえいえ、聖女様の更なる名声に一役買えたというのならば、私たちとしても望外の喜びでス!」


 名声。そう、そこが問題だ。今回寄せられていた依頼はいずれも、これまで寄せられていた依頼たちと同じかそれ以上に報酬である名声値が下がっていた。

 おそらくは彼らがその大元にいるのだろう。こちらの話出しに一瞬机を指で叩いていた。まさかこちらが礼から入るとは予想していなかったのだろうか?


「ええ。……とは言え聖女といくら言われようと彼女も一人の人であり、その身には限りがあります。先日書面でもお伝えしたとおり、こちらの依頼については申し訳ございませんがお断りをさせていただければと思いまして」


 カバンから書面を取り出して机へと載せる。彼はそれを一瞥すらせずに、すでに糸のように細い瞳をますます細めた。


「ええ、ええ。ワタクシ共とて無理を申するつもりは御座いません。ですが此度の依頼において、あくまでワタクシ共の立場は仲介であり、依頼不可との報告を受けた方々の心象までは保証できませんガ……」


「そちらは心配無用です」


 慇懃な物言いをわざと途中で遮る。生憎そちらの腹はもう読めているのだから。


「こちらに置かせていただいた百三件の依頼についてはすでに依頼主の方々に直接ご連絡して、ありがたいことに依頼撤回のご理解を頂いております。黒百合商会の顧客なだけあり、皆寛容な方々で悼みいるばかりです」


 胸元に手を当てて微笑んでやれば、マルグレリンの口の端が一瞬歪んだ。


「依頼主の皆さまにはお話をしたとはいえ、こちらだけでやり取りを済ませたとあらば不誠実ですから。こうしてご報告に伺わせて頂いた次第です」


「それはそれは……。なるほど、聖女様の信任も厚いとはこちらでも聞き及んでおりましたが、まさかここまでとは……」



 けれども向こうも歴戦の商人。手を鳴らした次の瞬間には先ほど通りのにこやかな笑みへと戻る。


「ご誠実な対応ありがとうございまス。いやそれにしても貴方は噂に違わぬ優秀さだ!……それだけに惜しいですね。貴方のような方が一教会の末席に坐すに留まっているとは」


「……厳密には、聖女と教会は完全に同一ではありませんよ」


 やんわりとその言葉を否定するが、首を横に振った男は高らかに声を上げた。


「貴方様ほどご聡明な方でしたらお気づきでしょう。教会の按分は弱者の守護と治癒であり、富の定義と分配については私たちこそが専門。

 聖女様は国においてあらゆる領域に権利を与えられてはいます……が、互いに互いの領分で力を尽くすことこそが、ひいてはこの皇国のためになると、聖人様は思いませんカ!?」


「聖人ではありませんが……。つまり、こう仰りたいのでしょうか。商いに関することについての不干渉を貴殿らは望むと」



 聖女の名声をあげることを拒み、裏工作をしている意図も読めた。聖女の名声が高まり誰しもが彼女に縋るようになれば、商益の機会損失になると考えているのだろう。

 とはいえ、それは巡り巡ればアカネの死と国の崩壊につながる。そればかりは食い止めねばならないと思っていれば、再び密談をするようにマルグレリンの顔が寄せられる。


「ええ。そしてもう一つ。国の発展において最も重要なのは富であり、その為にこの黒百合商会は存在しているのでス!そこに求められるのは判断力と機転力、そして聡明さ。そう、貴方のような人材でス!」


「はぁ…………、」


 こちらを賞賛してくる男の意図が読めず首を傾げていれば、「無垢な方ですね」と呟かれた。


「率直に申しましょう。貴方の才は聖女の救済ではなく商会での富の発展でこそ輝くものだ!既にここにくる前にも多くの商人たちにその慧眼で助言をなさったとお話を伺っていまス。報酬に糸目はつけません、ぜひその力、この黒百合商会で活かしてみては?」


「は??」


 地を這うような返答は私からではなく、その後ろから聞こえてきた。……うん、やはり連れてきたのが他でもないネグロだったのは失敗だったかもしれない。

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