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第3話 先生の奥様

「いらっしゃいませ。ようこそ、リリーベル念写館へ」


 その日の夕方近く、ドアベルがカランと鳴って、店に入ってきたのは、スラリとした背が高い男性。


「こんにちは、リリーベル。お邪魔するよ?」


 落ち着いた低めの声でそう遠慮がちに言ったのは、近所の治療院で治療師として働いているマリウス様だ。柔らかそうな金髪に薄茶色の瞳の、優しそうな美青年である。

 ローランドが時々怪我をしたり、私が体調を崩したりしたときによくお世話になっている治療院は、マリウス様と院長のエンリケ様のお二人で営んでいるのだけど、エンリケ様は70歳を過ぎていて、今は主にマリウス様が診療をしている。


「この時間に珍しいですね? マリウス様、奥へどうぞ」


 この家に往診にも来てくれたことのあるマリウス様は、頷いて奥の応接間へと入って行く。私もお茶を準備して、彼の後に続いた。

 マリウス様の前にお茶を置き、私も向かいに腰掛ける。彼は早速そのお茶に口をつけた。


「うん。いつも君のお茶は本当に美味しい」


「ふふっ、ありがとうございます。マリウス様、お疲れでは? 最近治療院がお忙しいのですか?」


「忙しいというか……エンリケ先生に代わって昼間の診療日を増やしたら、軽症の若い女性が増えてしまって」


「あら、まあ。それはそれは。おモテになるのも大変ですね」


 マリウス様は元侯爵家のご子息だったけど、いろいろと事情があって成人を機に侯爵家を出られたそうで、現在は平民の身分となっている

 所作や話し方が上品で、容姿も良いので、街の女性達には大人気だ。確か27歳になったのだったか? 未だ独身の為適齢期の女性達からすれば、魅力的な結婚相手だと思う。


「他の患者さんに迷惑をかけているのが心苦しくて。来月から新しい治療師に来て貰う予定だから、それまではなんとか躱すしかないけど、はっきり言って、そういう気の遣えない女性との付き合いなんて、考えたくもない」


 眉間にシワを寄せて珍しくキツい物言いをしたマリウス様に、ちょっと驚いて思わず目を瞠る。

 そんな私に気がついたマリウス様は、慌てたように言葉を続けた。


「ごめん。リリーベルは何も悪くないのに。つい愚痴をこぼしてしまった」


「いいえ、大丈夫ですよ。マリウス様がお仕事に真摯に取り組んでいらっしゃるのは、よく知っていますから」


 私は首を横に振って、微笑んで見せる。

 患者にとってマリウス様は、本当に信頼できる治療師だ。生まれが高位貴族なだけあって、魔力も多く、彼の「治癒」の「祝福」に助けられた街の住民は多い。


「ところで、新しい治療師の方がいらっしゃるんですか?」


 エンリケ様の診療をマリウス様が代わっているとおっしゃっていたけど……と、そう考えたタイミングで、マリウス様が口を開いた。


「ああ、エンリケ先生がそろそろ引退を考えていらして……これまで、日中の診療を先生が、週3回の夜間診療を僕が引き受けていたんだけどね。今は日中の診療を僕が半分受けているから、どうしても夜を減らすしかなくて。治療師協会に頼んで、女性の治療師に来てもらえることになったんだ」


 治療院は週に5日間開業している。

 日中は8時間、夜間は16時間勤務なので、週3日といえどマリウス様の負担は大きい。夜間は意外と怪我人が多いと聞くし、子供の急病もそれなりに来るという。今は、マリウス様が日中の診療に2日出る代わりに、夜間を週2回にしているという。


「まあ!それは良かったです。マリウス様も安心ですね」


「うん。彼女は8歳と6歳になるお子さんがいるから、昼間だけの勤務なんだけど、ご主人も家事や育児に協力的で日中の仕事なら問題なく出来るらしい。だから、来月から僕はまた週3回の夜間診療に戻れるんだ」


 そういうことなら、マリウス様の女性問題も落ち着くだろう。流石に夜間は、独身女性のその手の来院者は来ない。


「では女性達の件は、それまでの辛抱ですね。あの、エンリケ様はお変わりありませんか?」


「うん。先生はね……実は今日は、先生のことでお願いがあって」


 マリウス様はそこで言葉を切って、一つ息をつく。表情が翳り、どう言い出そうか逡巡しているようだった。

 私は、お茶を一口飲んで、彼の言葉を待つ。


「先生の奥様の具合が悪くて……年齢的なものもあって、体力も落ちているから、治癒も充分きかなくて。もう、長くはないらしい」


「まあ、テレーザ様が? エンリケ様はそれで引退を?」


 エンリケ様の奥様テレーザ様は、日中の先生の診療の時にお手伝いにいらしていた。姿勢がよくキビキビと動き回っているのに、患者にはとても優しく声をかけてくれて、安心して何でも話せるそんな方だった。王都に来た当初、両親を亡くしたばかりの私達にとって、とてもお世話になった恩のある方だ。ここ半年くらいお顔を見なくなっていたのだけど、まさか大病を患っていたなんて。


「ああ。奥様の側に出来るだけついていてあげたいと」


「そうなんですね。お優しい」


 エンリケ様と奥様は、治療院であまり多く言葉を交わす感じではなかったけれど、以心伝心というか言葉がなくてもお互いをわかっているような、そんなご夫婦だ。

 お二人にとって残り少ない時間を、寄り添って過ごしたいのだと思う。


「君に頼みというのは、奥様との想い出を先生に残してあげたくて……でも、それをあからさまにお二人には悟られたくないんだ。頼めるだろうか?」


 マリウス様も、お優しい。

 私は頷いて、マリウス様に答える。


「もちろんです、マリウス様。仕事でなくても、お二人にお会いしたいと思っていました。テレーザ様にはとてもお世話になりましたし。早速明日にでもお見舞いに訪ねてみようかと思います」





「久しぶりだね、リリーベル。マリウスから聞いたのかい?」


「あら、リリーベル、来てくれたの? 嬉しいわ」


 翌日、お花を持ってエンリケ様のお宅を訪ねると、記憶よりも少し老けてしまったエンリケ様と、すっかり痩せてしまったテレーザ様に迎えていただいた。

 思わず滲んだ涙を悟られないように、咄嗟に笑ってみせる。


「ご無沙汰しております。エンリケ様、テレーザ様。最近お顔を見なかったので、マリウス様にお尋ねしましたの。申し訳ありません、お見舞いが遅くなってしまって」


「いいのよ。そんなことより、ほら、ここに座って? 顔を見せてちょうだい」


 エンリケ様は枕やクッションを背もたれにして、テレーザ様の身体を起こしベッドに座らせている。

 私もそれを手伝いながら、ベッドの横に腰掛けた。


「しばらく見ないうちに、また綺麗になって。ローランドは元気にしてる?」


 私の頬に手を伸ばし、そっと触れてくれる指先が冷たくて、私はその指を覆うように上から手を重ねた。そして、その手をそっと握って、ベッドに下ろす。


「はい。士官学校を卒業した後、治安部隊に入隊しましたけど、最近怪我をすることもなくなって、治療院のお世話になることもなくなりました」


 そう、以前は時折治療院に訪れて、怪我を治してもらっていた。

 テレーザ様は目を細めて笑いながら続ける。


「それは良いことね。ローランドもすっかり一人前なのね。……貴女達が姉弟二人で、王都にやってきた頃を思い出すわね」


「テレーザ様やエンリケ様には、とてもお世話になりました。両親を亡くしたばかりで、お二人には本当にたくさん助けてもらって。お陰様で今、私達もなんとかやれています」


 6年前、王都に来たばかりの私は慣れない環境に体調を崩しがちで、治療院でよくお世話になった。それは、両親に先立たれ、弟を今後どうやって立派に育てていこうかと不安に思っていた時期でもあった。そんな私の気持ちに寄り添ってくれて、力を貸してくれたのがテレーザ様だった。

 優しく、時には叱咤激励して、私達を成長させてくれた。


「いいえ、リリーベルもローランドも二人でよく頑張ったわ,ところで、リリーベル? ローランドはもう心配いらないわ。貴女にいい人は見つかった?」


「いい人? あの、私もういい歳した行き遅れですし、その、結婚はちょっと考えられなくて……」


「あらあら……そんなことないわ。貴女はまだまだ若いし、とっても素敵な女性よ。あなたをお嫁さんにしたい方はたくさんいるんじゃないかしら?」


 テレーザ様はそう言うけれど、興味本位で声を掛けられたりお誘いされたりすることはあっても、恋人はおろか結婚を考えられる方なんていなかった。


「そうでしょうか? 昔、婚約者にはあっさり婚約を無かったことにされましたけど。テレーザ様とエンリケ様は素敵なご夫婦ですよね。どんな風に結婚することになったのですか?」


 お二人を見ていると、仲の良かった両親を思い出す。今の私からすれば、もとは他人同士だった二人が、どうやって家族になっていったのかとても興味がある。


「まあ、聞いてくれるの?」


 嬉しそうに華やかに笑ったテレーザ様が綺麗だ。


「おいおい、リリーベル、話半分に聞いておくれよ?」


 エンリケ様も恥ずかしそうにしながらも、満更ではない様子。


「ぜひ、伺いたいです」


 私は頷いて、テレーザ様の話に耳を傾けた。





 ◇


 そんなにね、特別なことは何もないの。恋に落ちてお付き合いを始めることなんて、はたから見れば、なんてことない日常の一つよ。

 でもね、二人にとっては、奇跡みたいな特別な出来事なの。


 私とエンリケの出会いは、具合の悪い祖母を連れて治療院に訪れたとき。

 まだ16の頃だったかしら? 祖母が腰を悪くして、治療院へ一緒に付き添って行ったのよ。そこで祖母を担当してくれたのは、まだ見習いの治療師だけれど、すごく優しくて、あっという間に祖母の腰も治してくれたの。それがエンリケだった。

 それまで私の周りには、なんていうか粗野でちょっと乱暴な子供っぽい男の子しかいなかったから、私すっかり彼のことが好きになってしまって。


 だってね、優しくて、スマートで、治療もあっという間なんて、すごいじゃない?


 それからね、もう押しに押して。

 もちろん、お仕事の邪魔になるようなことはしなかったわ。だって、患者さんに迷惑をかけるわけにいかないもの。

 だから、ちょっと早目の彼の朝の出勤時にね、もうありとあらゆる方法でアタックしたの。


 お手紙でしょ、お弁当の差し入れもやったわね。後は刺繍したハンカチをプレゼントしたり。


「いやあ、最初はね、若い女の子の罹るハシカみたいなもんだと思っていたんだ。私はこの通りパッとしない見た目だし、「治癒」の「祝福」は持っていても、そう魔力は多くなかったしね」


 でもエンリケ、貴方はとても効率の良い魔力の使い方をしていたし、たくさん勉強もして薬学にも精通してたわ。それに患者さんにとても優しくて、皆から信頼されていたわ。そして、そのためにすごく努力していた!


 リリーベル。私の「祝福」はね、「真贋」なの。

 本物と偽物を見分ける力。物だけじゃなくて、人のことや言葉も、意識すればわかってしまう。

 だから、私はエンリケのことちゃんとわかっていたのに、彼ったら、いつまでものらりくらりと。

 だから、聞いてみたのよ私。


「私のこと好きじゃありませんか?」って。


「あれには困ったよ。彼女の「祝福」を知っていたわけではないけれど、まだ未成年の女の子だよ? それにとてもかわいくて、真面目だし、料理だって上手だった。あんなにまっすぐに好意を示されて、好きにならないはずがない。でも、真剣に聞かれたからこそ、まだまだ半人前の私には彼女を幸せにする自信がなくて。ここで私の気持ちを伝えていいのか、とても悩んだよ」


 そうね。彼の答えはね、


「嫌いじゃない。でも、まだ答えられない」


 だったの。

 その言葉に嘘はなかった。

 子供扱いされていると思ったし、好きだとは言ってもらえなかった。これだけ頑張ったけど、恋人にしてもらえるほどの気持ちはないんだって。

 もう、諦めなきゃいけないのかなって。


 そんな時、私を偶然見初めてくれた商人の方から、見合い話が来たの。

 宝石を扱う商人だったから、私の「祝福」も役に立てる。

 だから、その見合いに行くことにしたわ。潮時だなって。


「今まで、しつこく好きだって言って押しかけてごめんなさい。もう終わりにします。お見合いをするので、もうこんなふうにここに来たりはしません」


 エンリケは黙って聞いていた。何も言ってくれなくて。

 本当に私じゃ駄目だったんだって……


「何も言えなかったんだよ。あの時私は、君からの別れの言葉に驚くほど打ちのめされて、咄嗟に言葉を紡ぐことさえ出来なかった。勝手なことに、君は私をずっと追いかけて来てくれる、なんて傲慢にも思っていたから、君を失くしてしまうことに狼狽えて、とても仕事どころではなくて……師にね、さっさと謝って捕まえてこい!と治療院を追い出された」


 ふふっ。そうだったのね。

 私が家に着くなり、すごい勢いでエンリケが訪ねてきて、朝の出勤前の家族の前で頭を下げたの。


「すみません。テレーザさんが好きです!まだ一人前の治療師ではありませんが、どうしても私は彼女と結婚したい。どうかお願いです。お嬢さんを私に下さい!」


 もう、朝から修羅場よ。

 酷いわよね。私に申し込むんじゃなくて、いきなり家族の前でそれってある?

 私は結局後から彼の気持ちを聞かされたのよ?


「必死だったんだよ。ここで認めてもらえなければ、君は他の男に取られてしまうと思って」


 そんな訳で見合い話は無かったことにしてもらって、あっという間に婚約が整って、私の成人と同時に、無事にこの人と結婚したの。


 婚約中もね、結婚してからも、もちろんいろいろあったわよ。当然、腹が立つことも。

 でもね、いつだってエンリケは言ってくれるの。


「愛してるよ。どんな君でも大好きだ」


 って。

 ずるいわよね? そんなふうに言われたら、もう、全部どうでも良くなっちゃうの。


 私、ずっと幸せだったわ。この人と夫婦でいられて幸せだったの。

 だからこそ、今申し訳なくて。

 こんなに幸せにしてもらったのに、病を患って、エンリケを残して逝かなければならないことが、本当に申し訳なくて……


「テレーザ、いいんだよ。君を看取るのが私で良かった。昔、君には辛い思いをさせたからね。せめて今償わせてもらおうかな? それに、君を天国で待たせてしまうことになるけど、大丈夫。そう長いことじゃない。今こうやって君とたくさん想い出を作って、それを思いおこしながら、また会える日を待てばいいんだよ?」


 ああ、泣かないで、リリーベル。

 貴女が哀しむことはないわ。こんなに幸せだった私達が、またいつか天国で再会できることを祈っていてちょうだい。

 そして、私はね、ううん多分貴女達姉弟のご両親も、いつかリリーベルとローランドが大切な伴侶に巡り会えて、幸せな結婚が出来るといいわね、と思っているのよ?


「私にそんな方が、見つかるでしょうか?

 ローランドはいつか伴侶を連れてくると思う。それは嬉しいし楽しみなんです。

 でも、私は、まだ知らないんです。狂おしいほど誰かを求める感情も、自分だけを見ていて欲しいと願う欲求も、私は知らないし、知るのが怖い」


 そうね。貴女の恋はまだやって来ていないのね。

 ご両親を亡くしたあと、必死でローランドを育て、生きてきた貴女には、多分余裕もなかったんでしょう。


 でもね、その時がきたら、貴女もきっと恋を知ることになると思うわ。


 そして恋は、いろんな感情を全部呑み込んで、やがて穏やかに相手を大切に想い合う愛情に変わるの。それがきっと今の私達。


 夫婦の在り方は、人それぞれよ。

 でもね、リリーベル。貴女のように愛情深い人間は、きっと素敵な伴侶と一緒に温かい家族を増やすことが出来るわ。ローランドだけじゃなく、もっとね、たくさんの家族が出来るの。


「ありがとうございます、テレーザ様。私、今日のお話、忘れません。いつかテレーザ様に私の恋のお話が出来ると良いな、と思います。エンリケ様、テレーザ様、長居してすみません。お疲れですよね。そろそろお暇します」


 ええ、またねリリーベル。

 部屋から出ていくリリーベルを見送って、私は横になる。


「疲れたかい?」


 少し……でも嬉しかったわ。

 私はエンリケの手をそっと握る。


 ねえエンリケ、マリウスはリリーベルに恋を教えてあげられるかしら?


「どうだろうね。あいつの生い立ちも複雑だからなあ。リリーベルを想いながらも失うことを恐れている。

 リリーベルには意識もされていないだろうし、何一つ手にも入れてないのにね。怖くて手が伸ばせないんだ。

 リリーベルはいつまでも一人じゃないことに、マリウスが気が付いたときは遅いかもしれないけど、私のように間に合ってほしいと思っているよ」



 ◇



 それからしばらく経ったある日、テレーザ様の葬儀は、しめやかに執り行われた。曇り空で肌寒い日だった。

 エンリケ様は弔問客と静かに言葉を交わし、たくさんの弔花と共にその棺は埋葬された。


 最後までエンリケ様と葬儀に立ち合ったローランドと私は、マリウス様からエンリケ様に包みが手渡されるのをじっと見守っていた。

 そっと開かれた包みから出てきたのは、念写した3枚の写真。


 診療所で言葉を交わす数年前のお二人

 病床でお二人の馴れ初めを語るとき、嬉しそうに華やかに微笑んだテレーザ様

 そして、またいつか会える日を願って見つめ合うお二人


「マリウス、リリーベル、ありがとう」


 そう言って涙をこぼしたエンリケ様の肩を抱いて、マリウス様が家へと送って行った。


 私達も並んで家路へと歩き出す。


「ローランド、私ね、テレーザ様に夫婦のことをたくさん教えていただいたの。今まで自分が結婚するなんて考えてもみなかったけど、いつか家族になりたいと思える人が現れたら、結婚してもいいのかな?」


 両親を亡くしてからこれまで、家族は弟だけだった。でも、ローランドは他に家族を持つことを許してくれるかしら?

 そう思って、隣を歩く彼を見上げる。


「いいと思うよ。だって姉さんが恋人を作ろうが、嫁に行こうが、俺達はこの世でたった二人きりの姉弟だ。その絆は絶対に切れないからね」


 優しく微笑みながら、ローランドは言う。

 そうね。たとえ何があっても、私達は家族だ。


「うん。ローランドもいい人が出来たら紹介してね?」


「身近にいるのが姉さんだからなあ……そういえばマリウスさんって、さっきのヤツ姉さんに仕事で依頼したの?」


 変わった話題に、私も続く。


「私からも送りたかったから、お代はお断りしたんだけど、結局押し切られちゃった」


「うん。それがいいと思う。マリウスさんが、きっとエンリケ先生に贈りたかったと思うから」


「そうね」


 そう。元はといえばマリウス様からの依頼だった。エンリケ様の弟子として、ご夫婦の大切な想い出を贈りたかったのだと思う。私は、そこにちょっとだけ関わらせてもらっただけ。

 曇り空から、いよいよ雨が降り出した。

 傘を広げたローランドが、濡れないようにそっと私の肩を、引き寄せてくれる。


「姉さん、もしずっと俺達が二人でいることになったとしても、それはそれで幸せな人生になると思うよ。たぶんね」


 前を向いたままそう言ったローランドに、私は目を伏せることで、同意を伝える。


 降り出した雨は、テレーザ様を悼むような静かで優しい雨だった。

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