第2話 事件現場
「いらっしゃいませ。ようこそ、リリーベル念写館へ……って、ローランド?」
よく晴れた午後、カランとドアベルが鳴り、顔を上げた私の前に現れたのは、王都治安部隊の制服を着た弟のローランドと、もう一人。
明るい栗色の髪に碧眼を持つ、上品そうな綺麗に整った顔立ちの青年だ。背の丈はローランドと一緒くらい。同じ制服を着ているから、同僚?かしら?
内心で首を傾げていたら、ローランドが申し訳なさそうに口を開いた。
「姉さん、今大丈夫? 今日は仕事の依頼で来たんだけど」
「ええ、大丈夫だけど。仕事って軍の? 私に?」
治安部隊のローランドがわざわざ日中に店にやって来たのだから、私用であるはずはないのだけれど、こんなことは初めてで戸惑ってしまう。
「うん。コイツが……ああ、テオドール・ヴァルデックって言うんだけどさ」
さらっと紹介された傍らの青年の名に、思わず私は固まってしまう。ヴァルデック様といえば、古くからの伯爵家だ。彼はおそらく、そこの御子息の誰かだろう。伯爵家には、確か男子三名がいたのではなかったか? そんな方を今、コイツ呼びした?
「あの、失礼しました、ヴァルデック様。奥の応接間にどうぞ。ローランド、いくら同僚の方でも、コイツ呼びはないでしょう。ほら、お客様を奥にご案内して」
後半は小さな声でローランドに注意したけど、しっかり聞かれていたらしい。
「お気遣いなく、ご令姉様。では失礼します」
ヴァルデック様のクスクスと笑う声が聞こえて、ローランドに案内されて奥へと消えた二人に、私は溜息を一つ零すと、表の札を「本日は閉店しました」に変えて、ドアを施錠してから、応接間に向かったのだった。
今日は少し気温が高めなので、冷たいお茶をグラスに入れて応接間に向かう。
ソファーに腰掛けた二人の前にお茶を出し、礼をとる。
「お待たせしました、ヴァルデック様。私はローランドの姉で、リリーベル・ノルトハイムと申します。弟がいつもお世話になっております。私のことは、どうぞリリーベルと」
「気楽に話して下さい、リリーベル嬢。ローランドとは学生時代からの付き合いで、今は同じ部隊の同僚として勤務しています。どうぞテオドールとお呼びください。ローランドからいつもリリーベル嬢の話を聞いているので、初めてお会いする感じがしないんですよ?」
そう言って、視線を合わせたテオドール様の碧眼が緩く揺らいで見える。
あら? 今「祝福」を使っていらっしゃる? ふとそう思ったけれど、テオドール様の「祝福」が何であるかはわからないし、初対面の私が信用できないのもわかるから、まあ好きにしてくれたらいいと思うけど……
そう言えば、ローランドと学生時代からの付き合いだと言っていたわね。お友達なのかしら? ローランドがお友達を紹介してくれるのは、初めてじゃないかしら?
そんな風に考えていたら、テオドール様が驚いたように目を瞠った。
あれ?どうしたのかしら?
「あの? テオドール様?」
首を傾げた私に、テオドール様は慌てたように目を逸らす。
「いえ、失礼しました。その……」
「テオドール、もういいだろ? 姉さんも座って。さっさと本題に入ろうぜ」
言い淀んだテオドール様に、これまで黙って様子を見ていたローランドが、私に腰掛けるように言い、先を促す。
私が素直に彼らの向かいに腰掛けたのと同時に、テオドール様が口を開いた。
「ああ、失礼しました。今日こちらに伺ったのは、先日三番街で起こった馬車の事故についてなんです。ローランドから、リリーベル嬢が現場で事故を目撃したと聞きまして……」
なるほど!事故の目撃情報を集めているのね!
私は3日前に三番街で偶然見かけた事故について、記憶を辿る。
「ローランド、これって念写も必要? それとも、質問に答えるだけでいいのかしら?」
「仕事だって言っただろう? 姉さん、しっかり料金も請求してくれよ?」
「わかったわ! ちょっと待ってて」
ローランドの言葉を聞いて、私は席を立つ。物置部屋から、大き目の光沢紙の束を持って応接間に戻ってきた。
「それで、知りたいことは?」
再び腰を下ろした私は、テオドール様に端的に尋ねる。
「実は、我々の調査の結果、馬車の事故ではなく、引き起こされた事故、つまり事件ではないかと考えられまして。リリーベル嬢が、あの事故前後に目にしたことを念写してもらえれば、と。
今は、敢えて何をとは申し上げません。先入観が入っても正確さに欠けると思うので、記憶のままに事故直後から、リリーベル嬢が見たままをお願いしたい」
先入観で正確さに欠ける?
そっか。ローランドは私の「絶対記憶」のこと、テオドール様というか軍には知らせていないのね。何が何でも隠し通さなきゃ!て訳ではなかったんだけど、あまり公になるのも面倒だから、助かるわ。
「わかりました。確認ですけどそれなりの枚数になると思いますよ? お値段も張ると思いますけど?」
「問題ないです」
念写は1枚毎に料金が発生する。結構大き目のサイズなので、それなりに高額になってしまうのだが、あっさり問題ないと言い切ったテオドール様に、私は続けた。
「では、時系列に全体的に見えていたものを、おおよそ数秒程の間隔で念写していきます。その間の情報が必要でしたら、声を掛けて下さいね?」
「は?」
「え?」
テオドール様が思わず上げた声に、私は何か変な事を言っただろうか?と彼を見た。私達の間に、束の間の沈黙が流れる。
わかりにくかったかな?視点があちこち動いていたから、全体を把握できるものを取り出して、少しずつ間隔を開けて再現しようと思っているんだけど……
「姉さん、いいよ。始めてくれて」
ローランドが、私達の視線を遮るように手をヒラヒラと振って言った。
私は集中して、魔力を練り上げ、記憶を再現していく。
あの日、三番街で食堂をやっている友人を訪ねたその帰り、誰かの「危ない!」という声に振り返ったその時の瞬間から、目に写った場面を正確に念写していく。
うっすらと光を放って、光沢紙に写された写真。
テオドール様の息を呑むような声が聞こえたけど、集中を切らさず、次の場面へと続けていく。30枚ほど念写したところで、
「もう、充分だ。ありがとう」
と、テオドール様から声が掛った。
大き目の、そう……ランチョンマット位のサイズの念写を、記憶を再現しながら30枚もやると、流石に魔力を結構使う。
私の魔力はかなり多くて、多分生まれなかった妹から「祝福」と一緒に魔力も受け取ったのかも?と思っているのだけれど、ローランドの倍はあると思う。
それでもこれだけ立て続けに念写をすれば、一気に半分以上は消費したはずで、かなり疲れた。
「大丈夫、姉さん?」
ローランドが隣に来て、心配そうに私を覗う。
「すまない。無理をさせた」
テオドール様も申し訳なさそうに謝ってくれたけど、私は首を横に振った。
「大丈夫ですよ、仕事ですから。これでお役に立てますか? 何か手掛かりはありました?」
テオドール様は、何枚か手に取ってしばらく眺めていたけど、やがて大きく頷いてこちらを見た。
「ああ、予想以上に正確で、前後時間の写真との齟齬もない。ありがとう、素晴らしい」
こちらこそ、予想以上の高評価で安心したわ。取り敢えず良かったと、ほっと胸をなで下ろす。
テオドール様は念写した写真を全て持つと立ち上がり、私達を見下ろして言った。
「悪いが、俺はこれで失礼する。請求書は、明日にでもローランドに持たせてくれ。ローランド、今日はこのまま上がっていいぞ? 隊長には、リリーベル嬢が体調不良になったからと伝えておく。ここを紹介してくれて、助かった」
え?そんな感じでいいの?治安部隊。
スタスタと出入口に向けて歩き出したテオドール様に、ローランドも慌てることなく手を振った。
「そうか? じゃあ、隊長によろしく。また明日な?」
鍵を開けドアベルを鳴らして帰って行ったテオドール様の後を追い、店をしっかり閉店させてから、私達は居住スペースに戻ることにした。
「私、別に体調不良なわけじゃないけど……」
思わずこぼした一言は、ローランドに無かったことにされた。
◆
念写館から部隊詰所への帰り道、俺はノルトハイム姉弟のことについて考えていた。
俺が初めてローランド・ノルトハイムに出会ったのは4年前、王都の高位貴族の為の中等教育の学校を卒業し、士官学校に入学した頃だった。
優秀で素晴しく強いヤツがいると評判になった男、それがローランドだった。
黒髪に澄んだ蒼い瞳、冷たそうに見える美貌。平民と聞いていたが所作はキレイでガサツなところも見られない。聞けば最近まで子爵家の跡取り息子だったらしいが、両親を亡くし爵位を返上したという。
成る程、軍属して武功を立て、騎士爵を目指しているのか?
騎士爵は1代限りの爵位で領地も持たないが、貴族の一員ではある。貴族位を取り戻すために士官学校に入学したのか?と思っていた。
入学後しばらく経つと、なんとなく気の合う者同士で共にいることが多くなるが、どうしても貴族と平民は別になりがちだった。
だが、ローランドはその微妙な立場と、無愛想なせいで孤立していた。そして俺は、「祝福」のせいで、人と親密になるのを避けていた。
俺の「祝福」は、「読心」。
他人と目を合わせることで、考えていることや心に浮かんだことを読み取ってしまう。相手の魔力が少なければ、過去や深層心理まで読み取ってしまうこともあった。
俺は貴族の生まれだけあって、魔力量もそれなりに多い。意識せずとも目を合わせれば、その人物の考えや性格などがわかってしまい、立派で尊敬に値する人物がいる一方、性格が悪く醜悪な人物もいて、16歳にしては割と冷めた目で世間を眺めていたと思う。
そして、家族以外にこの「祝福」を知るものはほんの僅かだけれど、その者たちは皆、俺と視線を合わせたがらない。当然だ。自分の考えていることを、盗み見られているようなものだからな。
だから、自然と他人とは距離を置いてしまう。上辺だけは上手に取り繕えているとは思うのだが、深く付き合う気にはなれないでいた。
そんな俺達が、剣術や体術などの授業で、良くペアを組むようになり、その後もなんとなく共にいることが増えてきたのは、実力が近かったせいもあるのだけれど、ローランドの魔力が意外と多くて表層意識ぐらいしか読めないのと、その表層意識で見える考えが、彼の姉に連なることばかりで、それを読み取ることに罪悪感や不安を感じずに、気兼ねなく側にいられると知ったからだろう。
本当にローランドは極度のシスコンで、姉を崇拝していると言っていいと思う。
士官学校に入学したのも、姉を守りたいため。姉の騎士になりたいからで、爵位を得るためではなかった。なんだか残念なヤツ。
そう、俺は、ローランドに対して、気を遣うことなく自然体でいられるのだ。でも、その期間が長くなるにつれ、俺はローランドに俺のこと、「祝福」について知って欲しいと思うようになった。なんとなく、ローランドは俺を受け入れてくれそうな気がしたからだ。
それでも、俺は恐る恐る切り出す。彼に拒絶されるのを恐れる程度には、ローランドに親しみを感じていた。
「ねえ、ローランド。俺の「祝福」はさ、「読心」なんだ。目を合わせるとその人の考えていることがわかるっていう」
「へえ」
「あの、今まで黙って君の考えを読んだりしてた。ごめん」
「なんで謝るの? そういう「祝福」なんだろ? 別にいいんじゃない?」
「え?」
拍子抜けした俺は、思わずローランドを見つめてしまう。
俺を見ていたローランドとバッチリ視線が合ってしまった。
(何気にしてるんだ?コイツ。口に出すか出さないかだけで、考えていることは変わらないから、別にいいんじゃないか? むしろ言いたいことがそのまま伝わって、手間省けるし。ああ、姉さんの「祝福」もそれだったら、俺の尊敬やら感謝が全部伝わるのに)
「……うん。君が、シスコンだってことはよくわかっていたけどね。ハハ……」
うん。ローランドってそういうヤツだった。
「余計なお世話だ。まあ、でも、お前が知りたくなさそうなことを考えているときは、ちゃんと目を逸らしてやるよ」
そうだね。それでいいんだと思う。
ニヤリと口角を上げて俺を見たローランドに、もしかしたら、ローランドが俺から目を逸らして考えるときは、俺に興味を持ってくれて、俺についていろいろ考えているときなのかも? なんて、そう思うと少し嬉しい。
「ありがとう。ところで、君の「祝福」、聞いてもいい?」
「ああ。「瞬間移動」だ」
戸惑いなく言いきったローランドの「祝福」は、初めて聞くもので、とても珍しいのだろう。しかもすごく便利そうだ。
「それは、すごい!」
「だろ? 姉さんのところにもすぐに駆けつけられる」
いや、そういう意味じゃないけどね。本当にローランドの世界は、姉中心に回っている。
そんなローランドは、剣術や体術の腕が立ち過ぎて、戦闘時に「瞬間移動」を使うこともなく首席で士官学校を卒業し、念願の王都治安部隊に志願した。俺もそのまま彼に付いて同じ部署に配属となり、日々王都の治安を守るため、真面目に仕事に勤しんでいる。
そんなある日、三番街で起きた馬車の事故調査を命じられて、ローランドと捜査中のことだった。
いろいろ調べていたが……
貴族の乗る二頭立ての馬車で突然暴れ出し暴走した馬、馬車内の貴族は軽傷で、巻き込まれ一命を取り留めた平民の被害者。
狙いは誰だ? 目的は何だ? 事故というには明らかに不自然なのに、事件というにはハッキリとした決め手がなく、モヤモヤしながら、地道に情報収集をしていた。
「現場も混乱してたからなあ。目撃情報集めるのも苦労する。少なくとも直後の様子がはっきりすれば、いいんだけど」
遅めの昼食を取りながら、有効な目撃情報が集まらず思わず溢れた言葉に応えるように、今日一緒に聞き取り調査をしていたローランドが思い出したように呟く。
「そういえば……姉さんも現場を通りかかって驚いたって言ってたな?」
「なんだよ、ローランド。それなら、何か覚えていないか話を聞いておいてよ。怪しいヤツがいなかったか?とか」
「別に聞かなくても見せてもらえばいいんじゃないか?」
「は?」
ローランドの台詞に、意味が分からず間抜けな返しをしてしまった。
「姉さんの「祝福」は「念写」だ。街で念写館をやってる。現場を見てるから、知りたいなら念写してもらえばいい。あ、でもちゃんと仕事として依頼してくれよ?」
「なんだよ!早く言えよ、それ! で、高いの?」
「まあ、それなりに。結構魔力食うんだよ」
本来なら捜査協力として、無償で提供して欲しいところだけど、結構な魔力を使うと言うし、仕事にしているのなら対価を払うのは当然だ。
上司に掛け合って承認してもらえば良い。
「わかった、隊長に確認して、出掛けよう」
そうしてやってきた念写館で、初めてローランドの姉と対面した。
ドアを開けて建物に入ると、そこは落ち着いた色の家具で纏められた心地の良い空間だった。優しげで穏やかな声がローランドの名を呼ぶ。
黒髪に澄んだ蒼い瞳のローランドと同じ色なのに、その雰囲気は全く違う。小さい白い顔に大き目の瞳、バランスよく配置されたパーツは、美しいというより可愛らしい印象を受ける華奢な女性だ。首を傾げると、癖のない黒髪がサラサラと音をたてるように肩から落ちていく。
そして、視線を合わせて、挨拶をしたときの彼女の反応に、俺は思わず息を止めて目を瞠った。
(あら? 今「祝福」を使っていらっしゃる? でも、テオドール様の「祝福」が何であるかはわからないし、初対面の私が信用できないのもわかるから、まあ好きにしてくれたらいいと思うけど……
そう言えば、ローランドと学生時代からの付き合いだと言っていたわね。お友達なのかしら? ローランドがお友達を紹介してくれるのは、初めてじゃないかしら?)
なんていうか、いろいろ驚いた。
俺が「祝福」を使っているのに気がついた? 何かはわからないけど、好きにすれば良い? そして、ローランドのことか……
この姉弟は、まったく……似たもの姉弟だ。
だが、それだけじゃなかった。
彼女の「祝福」によって写し出されたものは、正確で、視界に写ったであろう全ての人物や建物、馬車や被害者の様子など、緻密に描かれていた。人の顔や、その表情まで。おそらく、これはただの「念写」ではない。かなりの魔力を消費するのも納得がいく。
俺は、写真とも呼べるそれを捲っていく。
暴れている馬。多くの人が道から避け、安全な場所を求めて逃げる中、揺れて暴走し傾く馬車の車輪に巻き込まれて倒れる人。手綱を引いて馬を落ち着かせようとする御者。なんとか落ち着いた馬と馬車に、巻き込まれた怪我人を助けようと集まる人とは別に、不自然に馬に近づきその背に手をやる人物。
これだ!
「もう、充分だ。ありがとう」
目的の人物である、中年の男が写っていたのは2枚。他は巻き込まれた怪我人の周囲に移っていったので、おそらくリリーベル嬢の視点はそちらに向いていたのだろう。
だが、男の横顔とやや右向きのこちらを向いた顔、服装や背恰好もわかるので、手配出来そうだった。
◆
「ただいま、姉さん。今日も美味しそう」
「おかえりなさい、ローランド。今日もお疲れ様」
いつもの夕食の時間。今日もローランドは無事に帰ってきた。
その姿を見るとホッとして、うっかり涙が零れそうになる時がある。
突然事故で亡くした両親を思い出して、私を一人残してローランドがいなくなってしまったら……と不安に駆られることがあるのだ。
それは自分でコントロール出来る感情ではなくて、いつも突然やってくる。
敏いローランドは、そんな私が少しでも安心していられるように、こうして近所の王都治安部隊に志願してくれたんだろうと思う。
「姉さん、大丈夫だよ? ほら、食べようよ」
ああ、また気付かれてしまったらしい。私は苦笑して、彼の向かいに座る。
「そうね、いつもありがとう、ローランド。今日はね、宿り木亭の新メニューを持ち帰り用に包んでもらったの。だから楽しちゃった」
「へえ。でもスープとサラダは、姉さんが作ったんだろ?」
今日のメインは、友人のお店で出す予定の試作品のお裾分けだ。サイドディッシュは自作だけど、これもローランドにはお見通しらしい。
それぞれのグラスにワインを入れて、今日も無事に終わった1日に感謝する。
「ええ、そうね。じゃあ、今日も乾杯」
「ん、乾杯。ああ、この間の馬車の事件なんだけどさ、お陰様で無事に解決したよ」
「そう、よかったわ。こちらも儲けさせてもらいました」
「犯人は、あの馬車の貴族に恨みだか妬みだかあって、馬に小さな矢を撃ちこんで、速効性の興奮剤を使って、街で暴走させた責任を取らすつもりだったらしいけどさ。姉さんが念写した写真に矢を回収する男が写ってたって、捕まえられたんだ」
「そんなことで、関係のない人を巻き込むなんて、酷いわね。誰かが亡くなっていたのかもしれないのに……」
事件の顛末を聞いて、悲しくなる。そんなことで誰かの生命が脅かされたなんて。
顔を伏せた私を、ローランドが覗き込んでくる。
「うん。だから、しっかり罰を受けてもらうよ。それに、姉さん、俺は大丈夫だからね?いざとなっても、「祝福」もあるし。俺は、ちゃんと姉さんのところに帰ってくるよ」
力強く言いきったローランドに、私の気持ちも少し持ち直す。
「ふふっ……でも、そろそろかわいいお嫁さんを連れてきてくれてもいいのよ?」
「俺より、姉さんが先だろ? 姉さんを絶対守ってくれて、一人にしない優しい男」
「う〜ん、難しいわね」
私はいい年した、行き遅れだからなあ。ローランドのクリア条件が厳しそうだし、そういう相手もいないけど。
ローランドは絶対モテると思うのに、浮いた話も噂も聞かないのよね。私は、ローランドと一緒に幸せになってくれるなら、誰でもいいんだけどな。
「まあ、それまではこうやって、二人でいればいいさ。あ、そうだ! 今度テオドールが、今回のお礼がてら遊びに来たいって言ってたけど、どうする?」
この間ローランドと一緒にお店に来た同僚の方ね? ローランドと親しいのかしら? もしかしてお友達を連れて来るなんて、初めてじゃないかしら?
「どうするもなにも、貴方のお友達でしょう? 伯爵家の方が満足出来るようなおもてなしは出来ませんけど、よろしければどうぞ?」
「うん、伝えとく」
ちょっと嬉しそうに答えたローランドが、かわいい。
ああ、きっと、彼もローランドを幸せにしてくれるお友達なのね。
私はすっかり気分も良くなって、ウキウキと夕食の時間を過ごしたのだった。
うん。今日も良い一日だった!