THIRTYFIRST:めんどくさいイケメン
眼の前には和服の青年。
背中には錫杖を携え、腕には数珠。
頭上に浮かぶPN『楸』という文字。
見覚えのある、顔。
「やあマイシスター」
「許可なく視界に入るなよ。塵はちゃんと塵箱に入ってろ」
「ふっう♡ 効くねぇ」
「……柊、知り合い?」
『わう?』
「知らない」
「シンプルに嘘吐くじゃん」
「いや、まだワンチャン違う可能性がある。たまたまアバター作成で似ただけのシンプルな変態説が…」
「やだなあ兄の顔を忘れたかい?我が妹よ」
「人違いです」
「あんなに愛し合った仲じゃないか」
「記憶捏造するな【自主規制】が」
「めっちゃ言うじゃん」
『わうぅ…』
「ギルド抜けて良いですか?」
「ダメでーす。貴方は既に最強級戦力でーす」
「え?何?どういうことですか?」
「ほらほら恋くんが困惑してるよ」
「えー……自己紹介を頼む」
「あ、はい。《外教坊主★》の楸です。よろしくお願いします。LVは24です」
「私は《森人☆★★》の柊です。LVは50です。ここでは私が先輩ですね。では先輩命令です。死んでください」
「暴君じゃん」
「邪智暴虐じゃん」
「勝手にPNを”楸”にするな」
「ファミリーがファミリーネーム使って何が悪いんだ」
「まあまあ。PNは自由だし」
「それより、《外教坊主★》ってなんすか?」
「てか柊さん、《森人☆★★》ってなんすか?」
「もう一々聞いてたら疲れるぞ。無視だ無視」
「《外教坊主★》は、なんか最初は《僧侶☆》を選んでたんだけど、なんかレアイベント的なやつ引いて、これに進化した。
基本ヒーラーだけど、なんか御札的なので攻撃もできる。まあまあ強い。
万能と呼んでいいよ」
「で、なんでこの有害がここに?」
「はーむ……?」
「いや…普通に入団志望してきて、実力十分だったから…」
「これで久しぶりに一緒に居られるね♡」
「《爆裂拳》《二段撃》」
【PN 楸 をキルした】
【PKペナルティ発動】
\ピコン/
【称号:はじめての人殺し を獲得】
┣獲得条件:PKを行う
┗効果:対人戦ステータスUP(微)
【レベルアップ LV50 → LV51】
あ、案外経験値おいしいな。闘技場より良いかも。
さて、ケルベロスのとこに行くか。
「行こ。榎」
『……わ、わう』
◆◇◆◇
ケルベロスはNPCの話によると灼熱火山(平均レベル60〜)の、”炎狼洞窟”の奥、”地獄門”の前に居るという。
人数上限は20人。過去に信長、落雷に加え海外の精鋭も加わり、人類最強軍が向うも、敗北。
HP1割削れた程度だったという。怖すぎだろ。
レベル完全不明。取り敢えず現時点で勝てる相手ではない。
宵の街から平原を通って南西か。ちょっと遠いけどまあ平原はホームだし、平原馬との思い出もある良いところだ。
一々恋くんに頼るのはアレだし、たまには歩いてみよう。
平原久々だな…。平原子兎かわいいのう。
馬には近づかない。多分今なら食らっても余裕だろうけど近づかない。
まっすぐ平原を駆け抜ける。気持ちーな。
…うん?
視界の端に、プレイヤー。
と思ったら即攻撃を仕掛けてきた。
『わう!』
魔法を躱し、縮地して殴る。
即死。
【PN 恋人募集中 LV.33 をキルした】
【PKペナルティ増加】
あ、そうだった。私今PKプレイヤーだった。
くそぅ。なんで塵を処理しただけで指名手配に…
でも自首したら多分あいつストーキングしてくるよな。その度殺さなきゃいけないから一々自首してられない。
装備全ロストはキツすぎるから気をつけないと。
鉄花火だけは失えないな。なんかロストを防ぐアイテムとかありそうなものだけど。
ま、いざとなったらクマさんの洞穴とかリストさんのフィールドとかに逃げ込めるか。
経験値はそこそこ。けどレベルは上がらないな。
ま、かかってくるなら殺す感じでいいかな。
平原目立つし、気をつけよう。
◆◇◆◇
平原の終わり。
眼の前には看板がある。
読めないが、私の記憶の中の地図によれば、確かこの先灼熱火山、右に行くとあそびの森、左に行くとフェルムナール帝国だ。
読めないことを忘れていた。けどこの文字多分規則性あるな。解読できそう。
なんか榎が「あそびの森」とやらに反応している。
「どうしたの?」
『わう』
なんか大きな気配を感じるらしい。ただまあ今は先に火山かな。
スルトマウンテンね。まっすぐ……ん?
「お?PKプレイヤーだ」
前方に、男。
金髪青瞳、金の美しい装飾の施された鎧。
背中には青い槍。
PNは…ジェイド。
いかにも高レベルっぽい装備だな。逃げるか?
「柊さんね。なんだその狼」
「攻撃とかはしてこない感じですかね」
「しないしない。俺弱いし。逆に俺を殺さないでいただくと嬉しいかな」
「別に何もしてない人は殺しませんけど」
「よかった〜。脱走も一苦労なんだからここで死んだら最悪だったよ」
弱いという発言は信用しない方がいいかな。
「でも凄いよなこのゲーム。基本サーバーは地域毎で別なのに、全然違うとこに住んでるプレイヤーに遭遇することもある。しかもレベル上位100人や、世界に於いて重要な役職のプレイヤーなどはすべての地域でサーバーに関係なく会う事ができる。また、ユニーククエストなどはどのサーバーでイベントを踏んだか関係なく、イベントに参加できる」
「? それがどうかしたんですか?」
「要は、キミも巻き添えってことだよ」
『わう?』
【フェルムナール帝国皇帝、ジェイドと遭遇】
【巻き添えクエスト発生:第四回帝王城脱走事件】
「は?」
「「「陛下〜!またですか〜!」」」
遠くから何人もの兵士や執事のような格好をしたプレイヤーたちが叫ぶ。
「うっせー!ちょっと知り合いに会いに行くだけだろ〜!」
「貴方が死ねば貴方の所有物である帝国はドロップアイテムとして扱われて政権争奪戦が起こるんですよ!」
「しなねーよこんな最強装備付けさせられて!」
「貴方自身弱いんですから!何が起こるかわからないでしょう!」
「ほっとけ!」
何?どういう?
「柊さん。見ての通り俺は過保護な部下たちに追われている。そこで取り引きだ。俺をある男の元へ送り届けてくれれば俺の《宝物庫》から一つなんでもあげよう」
「嫌ですよ。話を聞く限り、貴方に何かあったら完全に私のせいじゃないですか。あと私そんなに高レベルプレイヤーじゃないですし」
「でも君、戦国の兵のギルドメンバーだろ?強くないわけない」
「え?なんで知ってるんですか?」
「だめ?」
「だめ」
『わうわう』
「…まあこうなるだろうと思ってたよ。ちょっと卑怯だけど、恨むなら過保護な部下たちを恨んでね」
? なにか嫌な予感がする。
「ポチポチポチッとな」
「何したんですか?」
「これなーんだ」
男の手元には、チャットの文面。
〚ジェイド:柊さん。場所は封印平原。おそらく灼熱火山に向かっている模様。俺のスキルで一度見たプレイヤーはいつでも場所を把握できるから、見失ったらいつでも俺に聞いてね☆〛
送り先 楸
は?
「クソですね」
「おおこわい。それで、答えは?」
「…」
【巻き添えクエスト:第四回帝王城脱走事件 の手伝い を受諾した】
首根っこを掴んで森の方向にぶん投げる。
「陛下ぁ!?」
同時に私もジャンプし、空中で《鉄》でソリを作り、爆裂で加速しながら平原を走る。
SPゴリゴリに減るが、この男に死なれるとクソ兄に居場所が知られる。
ハッタリな可能性はあるが、現に楸のユーザー番号を知っていたこと、戦国の兵のギルドメンバーであることが知られていることから、マジな可能性も拭いきれない。
ま、これでこいつが死んでも「私は脅されてました」が使えるからいいか。
空中でジェイドをキャッチし、そのまま森に突っ込む。
速攻抱きかかえたまま木に登り、誰も居ないことを確認。
「…ものすごい移動の仕方するね」
「あの人達のレベルは?」
「平均75。一番強いのは88」
「なるほど。」
前戦士君に勝てなかったし、舐めてかかるのは良くないな。
いくら森だと言っても勝てない場合は全然あるし。
あとこれ以上PKするとめんどくさくなる。PKペナルティ中は倉庫とか使用できないっぽいし。
「目的地は?」
「メクナ村。場所は聖教都市セインティアの東の森を抜けたところ」
「地味に遠いし…」
「察するに、君には森でバフがかかるっぽいから、ヌシの森を通ったほうが良さそうだね」
はぁ〜。めんどくさ。まあ特段急いでるわけじゃないし良いけど。
「報酬はくださいよ?」
「わかってるさ」
『わう!』




