決着
もはや最終話です。短すぎたかもしれませんね……。
僕の魔法で、僕らを襲っていた瓦礫やらなんやらの大半が、粉々になった。
すぐさまドーザが突っ込んでいった。幸い、魔王は混乱していて、動きが止まっていた。
ドーザが敵との距離を半分ほど詰めたところで、ようやく魔王は動き始めた。
あのうっとうしい壁が、ドーザの行く手を阻んだ。しかしドーザはそのまま突っ込んでいった。
「はぁぁ!」
ドーザは気合とともに斧を振りおろし、壁がへこんだ。壁を破壊できなかったことに舌打ちし、もう一度斧を振りかぶった。
僕は敵の攻撃が来ないので、ドーザに加勢することにした。
ドーザの二発目の攻撃で壁に穴があいたが、少しばかり小さすぎた。すると穴から、椅子の足が飛んできた。どうやら相手に攻撃する余裕を与えてしまったらしい。
ドーザはぎりぎり椅子をかわした。その間に、僕は呪文を唱えた。
「code:0544c・炎の海を、我が手より解き放ち、敵を飲み込め」
穴に向かって放たれた呪文は、飛んでこようとしていた敵の攻撃を燃やし、ドーザに壁を破壊する余裕を与えた。
振り下ろされた斧によって壁が崩され、すぐに僕たちは魔王に飛びかかった。
しかしすぐに無数の攻撃が僕たちを襲った。飛んでくる攻撃を避けながら、僕たちは何とか魔王との距離を詰めようとしたが、なかなか難しかった。さらに、
「code:7352c・破壊の意思よ、形を為せ」
魔王の放った呪文を、僕らはもろに受けてしまった。僕らは壁の残骸に突っ込み、武器をとり落してしまった。
倒れこんでいる僕たちめがけて、魔王の魔法が襲ってきた。
「まずいっ」
僕が叫んだが、はっきり言って防げそうにない状態だった。
しかし僕たちめがけて降ってきていた瓦礫は、僕らに直撃する直前で、見えない壁に阻まれて粉々になった。
後ろに目をやると、ミリアが守りの呪文を唱えてくれていた。
「うおしっ!」
ドーザがすぐに起き上がり、魔王めがけて走り出す。
しかし魔王は慌てることなく、再び呪文を唱えた。
「code:*7999e・生ける城よ、わが命に従え。床よ、隆起せよ、壁よ、組みかわれ、我を守る盾となれ」
「これは……、またあの呪文かっ」
僕は悪態をついて、走り出した。
しかしあと一歩のところで、新しくやってきた壁に阻まれてしまった。そのせいで僕とドーザは完全に分断される形になってしまった。
僕の攻撃では、この堅い壁を破壊できそうにないので、魔法でどうにかしたいのだが、ここにきて僕の魔力は底を尽きかけていた。ミリアもさっきの防御魔法で、大きな魔法は使えそうにないくらい消耗していた。
「どうしよう、ドーザ大丈夫かな」
僕は自分の剣を拾いながらつぶやいた。
「せめて小さな穴でも空けられれば、私たちも後方支援くらいはできるんだけど……」
僕は駄目押しで、低レベルな攻撃呪文を放ってみたが、壁が少し焦げただけで、いまいち効果はなかった。
僕らの注意が壁に向いていたそのとき、僕は背後にいやな気配を感じた。
振り返ると、扉が僕に向かって飛んできていた。
僕はかろうじて交わしたが、ほぼ同時に、ミリアが瓦礫にやられているのに気がついた。
「しまった、油断した!」
僕は慌てて駆け寄ったが、ミリアは完全に気を失っていた。死んでいないことに安堵したものの、ミリアの脱落は戦力的にも大きな痛手だった。
僕はさらに襲ってくる瓦礫を何とか防ぎながら、頭を働かせた。
敵は壁の向こう、ドーザがどうなったのか分からないが、とにかく僕も向こうに行かないことには、僕もドーザも大変だ。あまり時間をかけるわけにもいかないので、何か起死回生の一手がほしい。
僕が必死に考えているうちに、壁に異変が生じた。
急に表面にびっしりついていた目玉が、ぼとぼとと落ち始め、大きく二・三回揺れた後、倒れこんできた。僕は全力で壁から離れ、何とか生きながらえた。
幸い、ミリアも無事だったようなので、僕はとりあえず状況判断に努めることにした。
壁の向こうを見ると、まず倒れているドーザが視界に入った。魔王の魔法が僕たちを襲ったことを考えても、こうなっていたことは半ば予想していたが、ドーザがまだ戦っていることをどこか期待していたので、実際に見て、激しく動揺した。
「ドーザが……、ミリアもやられて……」
しかしよく見ると、魔王のほうも困惑しているようだった。
「魔力切れじゃと……、そんなはずは、しかし……」
よく考えると、壁が倒れたあたりから魔王の攻撃が途絶えていた。もしこれが本当に魔力切れによるものだとしたら、この上ない好機だ。
「魔力切れか?そうだとしたらもう逃がさないぞ」
僕は強気でしゃべった。本当は倒れそうなくらい意識がもうろうとしているのだけれど、それを悟られたら敵に付け込まれる。
「どうやらそのようじゃのぉ、魔力は城に蓄えたものを使っていたのじゃが……、やはり全て引き出すことはできないようじゃ。しかし、おまえさんも相当に疲れているのじゃないかぇ?わしの見立てでは勝機は五分五分だと思うのじゃが」
「そうだね、だけど絶対に負けられない。こんなところで死ぬ気はさらさらないからね」
「しかしここで戦えば、少なからず死ぬ可能性はあるぞい」
「……何を言いたい?」
「簡単なことじゃ、戦わなければよい。わしとてこんなところで死にたくはないからのぉ、ここはお互い、見逃すことにせんか?」
「……なぜだ?」
僕は相手が言いたいことが全く分からなかった。そもそも魔獣が人間を見逃そうなんて、聞いたことがない。それは魔王とて例外ではないし、どんな魔獣でも命をかけてでもヒトを倒そうとするのが普通だ。
「なぜ、か。ならば逆に聞こうか、なぜ、人間と魔物は争わねばならぬのじゃ。何百年も、お互い損なことばかりじゃないか。わしはこれ以上争いを続けたくないのじゃよ」
「魔王とは思えない考え方だな」
「いつ、魔王だといったかの。わしは正確にいえば魔王ではない。わしはヒトとして生まれた。しかしあるときわしは疑問に思ったのじゃ。なぜいつまでも争わねばならぬのかと。以来わしはヒトと魔獣の争いを終わらせる方法を考え続けた。しかし魔獣は本能から人を襲う。いくら研究を続けても、それを防ぐことはできなかった。しかし魔物の研究を続けるうちに、わしはあることに気がついたのじゃ。魔獣のほうを改善するのは不可能でも、逆ならできるのではないかと。つまり人間の絶滅による戦争の終結ならば、十分に実現可能ではないかと。もちろん、それはあまりにも酷な話。戦争の終結のためとはいえ、無条件に命をとられるなど、人間としても許されまい。じゃからわしは考えた。人間が魔獣になればよいのだと。わしの実験は成功した。そして今はこの通り。わしは魔王となって魔獣に慕われる存在になった」
そういって、目の前のやつは異様に長い爪を見せた。確かに人間ではありえない形、色合いだった。
「わしは喜んで研究の成果を人々に伝え、魔獣になることを勧めた。しかし……」
そこでやつは悔しそうな顔をした。
「しかし人々はこう言いおったのじゃ……『悪魔の研究だ』とな。わしは耳を疑った。戦争を終結させるためにわしが生涯をかけて研究したものを、生きる者すべての幸福のための研究を、こともあろうに人間どもは、悪魔の如き研究と罵ったのじゃ。わしはさまざまな境遇の人にこの研究を紹介した。しかし誰もよい顔をしなかった。そのときわしは悟ったのじゃ。ヒトは誰も戦争を終わらせたいなどと思っていなかったのじゃと」
僕は何も言い返せなくなっていた。事実僕だって魔獣になってまで戦争を終わらせたいとは、思えなかった。だって魔獣だよ?
「いずれにせよ、わしもお前も、今ここで争う必要はない。平和的解決が望めるなら、それが一番じゃろう?その二人も、すぐに治療すれば全く問題ないじゃろう。もしお主らがこのまま引き下がるというなら、わしも、わしの部下もお主たちには一切手出ししないことを約束しよう。どうじゃ?」
僕は予想していなかった展開に言葉が出てこなかった。そもそも魔獣の城で敵に和解を求められるとは思ってもいなかった。
どうだろう、確かにこのまま引き下がれば、三人とも確実に生きて帰れる。しかし今までの苦労はなんだったのだろうか。命をかけて戦って、結局倒せたのは下っ端だけでは、あまりにも報われないではないか。
しかし魔王も、根はいいやつなのかもしれない。戦争を終わらせようとして。でも感覚が普通じゃなかった。魔獣になってまで戦争を終わらせようという人は、そうそういないだろう。それがわからなかっただけだ。もしかしたらやつを倒すのは間違いなのかもしれない。
けど、そうしたら本当の悪っていったいなんだろうか。悪人には悪人なりの理由があるのだし、生まれた時から悪人である人など、まずいないだろう。それでも、ヒトは悪人を捕まえ、裁く。
じゃあ理由にかかわらず、悪人になったらそれは罪となるのだろうか。理由は関係ないのだろうか。
いや、でも情状酌量という言葉もあるくらいだし、やはり正当な理由があれば許されるのだろうか。しかしこれは本当に正当な理由なのだろうか。
戦争を終わらせようとしたところは問題ない。研究をするのも悪くない。でも、悪魔の城を建てて、すでにこの城に住む魔獣が人を襲ったこともあるし、やはりそれは罪だ。どんなにひどい目にあわされたからって、関係ない人を襲っていいはずがない。やっぱり彼は悪なのだろうか……。
しかし彼はただ戦争を終わらせようとしているだけだ。何も悪気はないのかもしれない。
僕が答えを出しあぐねていると、わずかにドーザが動いた。
「ドーザ!」
僕が駆けよるのを、魔王は特に止めもせずに見ていた。どこからどう見てもドーザはもう戦えそうにないから、問題ないと思ったのだろう。
「クルー(僕の名前はクルーだよ。覚えてる?)……、深く考えるな。おめぇは深く考えすぎていっつも深刻になるんだから。余計なことは考えんじゃねぇ」
ドーザは息も絶え絶えなのに、何とかそれだけ言うと、意識を失った。
「ドーザ……」
深く考えるな、か。いつもドーザは楽観的だったけど、僕は逆に考えすぎなのかもしれない。いくら考えても答えが出ないのなら、時には自分の直感を信じてみるのもいいのかもしれない。
僕は一つ深呼吸して、今まで僕の答えをじっと待っていた魔王モドキに伝えた。
「僕は戦う。僕はサプレサーだ。魔獣を倒すチャンスを不意にするなんて、ありえないっ!」
僕は言うや否や、敵に突っ込んだ。
敵もこうなることを半ば予想していたのか、いろいろな呪文で応戦してくる。しかしさっきまでのポルターガイストのような攻撃はない。
戦いはそう長くは続かなかった。
僕は魔法の詠唱の合間を縫って、自分の剣を突き出した。
それは間違いなく、マントを身に付けた老人の腹に、真っ直ぐ突き刺さっていた。
魔物の吹きあげるどこかくすんだ色の血とは違う、正真正銘、人間の血。真っ赤な血が老人の服を染めていった。
僕は震えていた。
魔獣を殺すのとは違う。人を殺した感覚が、僕の体を震わせた。
震える僕を見て、老人は掠れた声でつぶやいた。
「ああ、そうか。そう、じゃった、か。わしが、違った、だけ……か。大切、なのは、ヒト。イノチは、平等じゃ、なかった、のか。わしだけ、平等、だと、おもって、おった、の、か」
言い終わると、老人は血を吐いてこと切れた。
本当は、早いところドーザとミリアを連れて脱出しなければいけなかったのだけれども、僕はその場を動くことができなかった。
命は皆平等だ。口でそういうことは簡単だけれども、僕たちは本当にそう思っているのだろうか。僕たちは魔獣と戦っているけれども、それは本当にただ守るためなのだろうか。
僕が殺した魔獣とも人間ともつかない「彼」は、一つの打開策を示した。永遠に続くと思われた戦争を終わらす、現状では唯一の方法を。しかし僕も含め、僕たちは誰一人受け入れられなかった。戦争を終わらせたい。ずっと強く願っていても、その方法に食らいつくことはなかっただろう。全ては自分たちがこのままの姿でいたいという、ただ自分本位な理由によって、戦争を終わらせることはできなかった。
僕たちはどうあるべきなのだろう。
この時僕は、答えの出ない質問に、ひどく打ちのめされた感じだった。
……出直してきます。