決戦・逃亡
「また転移魔法みたいよ」
ミリアがつぶやいたのとほぼ同時に、魔法陣の光は霧散し、再び魔王が現れた。
「待たせたのぉ、今度は本気で相手してやるぞぉ」
相変わらずやる気の感じられない声音で、挑発ともとれる言葉を投げかけてきたが、見た感じではさっきとあまり変わった感じはない。しかしここまで自信満々な発言をしているのだから、きっと何か奥の手があるに違いない。僕は慎重に敵の様子をかがっていた。のだが、そんなことは一切考えずに突っ込んでいく影が一つ。
「うおぉぉぉ!」
ドーザが速攻で切りかかっていった。魔王はいきなり突っ込んでくるドーザに慌てて飛び退り、かなり早口で呪文を唱えた。
「code:*7999e・生ける城よ、わが命に従え。床よ、隆起せよ、壁よ、組みかわれ、我を守る盾となれ」
ドーザの斧が、あと一歩で魔王の首を狩るというところで、敵の呪文が完成した。床が突然盛り上がり、ドーザを弾き飛ばした。
さらに壁が動き始め、あちこちに目玉を落っことしながら僕らと魔王の間に立ちふさがった。
「うぇ、なんだこの気持ち悪い呪文は」
僕が若干青ざめながらつぶやくと、ミリアも、
「こんな気持ち悪い呪文見たことないわ、いったい何なのよ、これは」
ちなみに僕たち、特にミリアはかなり魔術を学んでいるので、たいていの呪文は知っている。それでも見たことがないとは、よっぽど特殊な呪文か、新しく開発された呪文かのどちらかであるとしか思えない。呪文の開発というのは、かなりの天才が何年もかけて作り上げるもので、そうそうできるものではない。いったいこの呪文は何なのだろう。
そんなことを僕が考えているうちに、敵が新たな呪文の詠唱に入ったのが聞こえてきた。
「code:*7997e・生ける城よ、わが命に従え。全ての物は、敵を切り裂く剣となれ」
今度もまた知らない呪文だったが、内容から考えるにさっき放った呪文とセットになっている呪文なのだろう。今度は絨毯やら、壁の残骸やら、僕たちの周りのありとあらゆるものが動き始めた。呪文の内容からもこれから何が起こるか想像にたやすかったので、僕らは身構えた。
直後、四方八方から、いろいろなものが飛んできて、僕らを襲った。
ミリアが即座に防御魔法を展開して、透明なシールドを張ったが、これは魔力の消費が激しすぎる。消えてなくなるのは時間の問題だった。
「やばいっ、逃げるぞ!」
珍しくドーザが逃げる姿勢を見せたので、僕たちはわき目も振らずに逃げた。防御魔法をくぐり抜けた物が、いくつも僕たちにあたったが、そんなの気にしていられない。扉を蹴破り、隠し通路に飛び込んだ。すぐさまミリアが扉を修復して、塞いだが、瓦礫やらなんやらがすごい勢いでぶつかってくるので、すぐに崩壊しそうだった。
「勢いでここに来ちゃったけど、どうする?」
僕は壁が崩れたせいで完全にふさがっている通路を見て二人に聞いた。
そう言っている間にも、僕たちを守っている扉は悲鳴を上げている。
「どうしようもなさそうね、もしかしてチェックメイトかもしれないわ」
「さすがにやばくねぇか、それ」
珍しくドーザも弱気になっていた。
どうしたらいいのだろう。正直言ってあんな反則じみた魔法に勝てるとは思えない。考えれば考えるほど、僕たちが死ぬイメージしか思い浮かばない。
そもそも新米パーティで魔王に挑んだのがいけなかったのだろうか、或いはどこか呑気に構えすぎていたのだろうか。
怖かった。
死というものは考えれば考えるほど恐ろしい。自分という存在がなくなる。自分が今まで積み重ねてきたものがすべてなくなってしまう。
この時の僕の思考は恐怖にとらわれていた。ほかの二人もそうだろう、今まで多少危険な目にあったことはあったが、ここまで死と隣り合わせになったことは、今まで一度もなかった。
もちろん、モンスターに殺されることもあるかもしれない。そういうことは、討伐する者になろうと決めた時から、覚悟しているつもりだった。でも、本当にピンチになって、初めて分かった。
僕の覚悟は所詮口先だけのものだったのだと。
知らず涙がこぼれた。
なぜかはわからない。けれども悲しかった。自分の覚悟の弱さに。そして自分の命に。
僕たちの周りの空気が極限まで冷え込んだとき、僕たちを守っていたドアがはじけ飛んだ。
「わっ!」
一番近くにいた僕は、とっさに剣で体を守った。さっきまで戦うことをあきらめていた割に、ちゃっかり防御しているところは、やはり生存本能とでも言うべきか、向かってくる無数の凶器の中でも、特に危なそうなのを、何とかはじく。
僕は半ば自棄になっていた。
傷が少しずつ増えていく。が、そんなものは気にする余裕がなかった。瓦礫の破片をはじき、向かってきた絨毯を数十メートル先へ吹き飛ばした。
飛んできたシャンデリアを、魔法で打ち砕いた。
ボロボロの壁画が飛んできたときには、剣でばらばらにしてやった。
何も考えず、無数の凶器と、勝ち目のない戦いを、いつまでも続けた。
そう、いつまでも。
ふと僕は思った。なぜ僕は勝ち目のない戦いを、苦しみしかない戦いを続けるのだろう。
戦いが続けば続くほど、僕は苦しい。なのに、なぜ僕はいつまでも戦い続けるのだろう。
疑念は膨らむばかりなのに、それでも僕は剣を止めない。止められない。
「それはな……」
不意に後ろから声がした。僕が止め損ねた瓦礫を粉砕しながら、ドーザが言った。
「俺たちは戦い続ける宿命にあるからだよ。討伐する者としてな。勝ち目がなくったって、終りがなくったって、負けなければそれでいいじゃねぇか。負けなけりゃ、俺達は生きてられんだからよ」
いつから僕が思っていることを口に出していたのかはわからない。或いはしゃべらなくても僕の考えていることはドーザにわかってしまったのか、彼も辛いはずなのに、それでも戦えと、戦い続けろと言っている。
「ドーザの言う通りだよな。どの道僕らに勝ち目はなかったんだもんな」
討伐する者の宿命、勝ち目のない戦い。無限に顕われる敵に勝てるはずなどないのに、それでも人は戦ってきた。ただ、負けないために。
僕の心は決まった。
自棄になっていて、うまく対処できていなかった物も、少しずつ防げるようになってきた。
「そうよね……、あきらめちゃダメよね……」
ミリアがつぶやいた。彼女もまた、僕と同じように絶望していたのだろう。さっきまで感じられなくなっていた彼女の生気が、再び感じられるようになった。
深く考えていないようなドーザが、一番いい結論を出していたのかもしれない。いや、深く考えなかったからこその結論なのだろうか。
とにかく、僕たちは絶体絶命の状態にありながらも、元気を取り戻した。
「とにかく、逃げられるだけ逃げましょう」
「逃げるったって、どうしようか、この状況」
「とにかく守れ」
ドーザは完全に僕に託しやがった。少しはまともな方法を考えてほしいものだよ。
僕は疲れてきた体に鞭をうち、守り続けていた。が、やはり状況が状況だけにそう長くは持たなかった。汗が目に入って、思わず目を閉じてしまった、その隙に、目の前にでっかい瓦礫が迫っていた。
「しまっ!」
とっさに腕で防いだものの、僕は大きく後ろに飛ばされてしまった。ドーザが僕をよけて、器用に瓦礫だけ粉砕したが、僕は勢いを殺せず、ミリアに激突。さらに受け止めた時の衝撃で腕が使い物にならなくなってしまった。
「うっ、ごめんミリア」
ミリアもかなり痛そうだったが、何とか大丈夫そうだった。
無数に飛んでくる凶器を、今度はドーザが一人で防いでいた。僕は何とか起き上がれたが、もはや剣を握れそうにもない。ドーザは、反応速度が速いからか、或いは図体がでかいからなのか僕よりもとりこぼす数は少ないが、それでも結構な数が後ろに飛んできた。ミリアの魔力はほとんど尽きているはずなので、僕がどうにかするしかないのだが、なにせ、魔法というのは規模が大きいものばかりで、こんな狭いところで使ったら、間違いなくドーザをボロボロにしてしまう。
そうやって考えているうちにも、僕とミリアの体に傷が増えていった。
そろそろ意識がもうろうとしてきたころに、ようやく打開策を思いついた。
「code:0544c・炎の海を、我が手より解き放ち、敵を飲み込め」
呪文を唱えると、僕はドーザの向こうに魔法を発動させた。
爆発によって壁が崩壊し、ひとまず凶器の侵入が食い止められた。
崩れた瓦礫が襲ってくるのではないかと心配したが、その様子を見せなかったので、多分魔王がいる部屋のものしか操れないのだろうと勝手に納得して、ひとまず休むことにした。
僕が休んでいる間に、ドーザが残りの凶器を叩き潰してくれた。
「ふう、助かった」
「まだ助かったわけじゃないわよ」
「でもこれでまだしばらくは持つんじゃない」
「まあ、そうね」
隠し通路は僕たちによってあちこち破壊され、明かりもほとんどなくなっていた。しかし僕たちは、もう暗く落ち込んだりしていない。僕たちはこれからの作戦を話し合うことにした。
「で、なんかいい案はねぇのか」
早速ドーザは僕たちに聞いた。
少しは自分で考える努力をしてほしいものだ。
「うーん、どうしようもないよなぁ」
そう言いながらもやっぱり僕も丸投げ。
「そうね……」
ミリアも考え込んでしまった。
しばらく沈黙が続いたあと、僕が苦し紛れの案を出した。
「それならさ、ミリアが魔力回復するのを待って、そしたらミリアがドーザにシールド張って、僕がミリアを守っている間にドーザが敵に特攻するというのはどうだろう?」
「お前腕痛めているのにどうすんだよ」
「今のうちに回復魔法を使っておけば、何とかなるんじゃないかな」
「まあ、それしかないかもね、やれるだけやりましょう」
「仕方ねぇな、それしかなさそうだ」
二人の同意を得たところで、僕は腕の回復に専念することにした。
「ところでミリアはどのくらいで回復しそうなんだ」
ドーザの質問に、ミリアは少し考えたあと、
「もうけっこう回復してるんだけど、ドーザが魔王のところにたどり着くまでシールド維持しなきゃならないなら、あと三十分くらいは休まなきゃいけないかもしれないわね……」
「三十分か……、それまで待ってくれりゃあいいんだけどよぉ、見たところ後十五分くらいしかもたないんじゃねぇか?」
ドーザの言うとおり、瓦礫の山がこの十分くらいでけっこう崩されつつあった。というか魔王が別の魔法を使えば、あっという間に取り除ける気がするのは気のせいだろうか。何というか、魔王の頭が悪すぎる気がしてならない。
「それならあえて崩される少し前に飛び出すのはどうだろう。不意打ちなら少しは早くに向こうまで行けるんじゃないか」
「そうね……、それならぎりぎりいけそうね。強い呪文を打てば、少しは道が開けるかもしれないわね」
「それなら僕が一発できるだけ強いのをうつから、タイミング見てミリアはシールド張って、それでいこう」
それから二十分くらいたつと、瓦礫の山も崩される寸前の状態になった。
「思ったより長くもったね。準備はいい?」
「いいよ」
「もちろん、いいぜ」
「code:9011a・見えざる道を与えよ。code:9113b・鍵を開けよ、制限を解け。code:2721e・風の流れは激しく、眼下の敵を切り裂き給え」
なんと次話で完結しそうです。明日何とか更新するので、どうぞよろしくお願いします。