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#2「刺客」【1】

 真昼だというのに寝室にはカーテンが引かれていた。

 金や銀の精緻な線画に彩られた黒い壁に、艶のある深紅のカーテン。贅沢で悪趣味な内装だった。元は人間の王族だったといわれている魔王の方がよほど質素な部屋で過ごし、世界のために尽くしている。

 フェイは目だけを動かして室内の様子を観察する。凶器として利用できそうなものの在処を確認するためだ。武器は持参しているのだから、新たに確保する必要はない。しかし生身の人間を相手にする暗殺稼業、順風満帆のように見えても何が起きるかわからない。不慮のアクシデントに備え、再起の策をあらかじめ確保しておくことが、かつて挫折を味わったフェイの癖になっていた。備えあれば憂いなし。救いの主を生み出すつもりで失敗作を産み落とし、己の不運を呪ったところで、異常者扱いされるのは自分の方なのだ──

「……どうかしたか?」

「素敵な部屋ね。あなたによく似合う……」

 部屋の主の問いにフェイは作り笑いで答えた。

 この悪趣味な内装が彼の意向であることはフェイの目にも明らかだった。十八年前にエルフの国を追放されたフェイは、魔族の国で魔王軍に暗殺者として仕えながら、娼婦に身をやつして人間社会に出入りしていた。娼婦として人間の男に接していると、人間社会の底辺に溜まった汚物を一人で処理するような、暗澹とした気分になった。物珍しさも手伝ってフェイは人気の娼婦になったが、出会ったその日のうちにフェイと結婚すると言い出す者は後を絶たず、それも騎士や貴族といった社会的地位の高い者ばかり。エルフ族には元々は結婚という制度はなかった。エルフの娼婦との結婚にこだわる人間の男たちを見て、こんな未熟な種の社会制度を真似たからエルフは衰退したのだとフェイは納得したものだった。しかしどれほど人間が愚かであったとしても、頼まれもしないのにこのような悪趣味な内装の寝室を作り、救世主に献上するような間抜けさは持ち合わせていないだろう。

 そう、救世主。フェイは寝室の主である勇者レイを見た。

 ベッドの上で身を起こしたレイは半裸で丸腰だった。身につけているものは下半身を覆う黒いズボンのみ。それもベルトに手をかけて、脱ごうとしているところだった。しかしその顔は意外にも知的で冷淡だった。黒い髪が碧眼の淡さと肌の白さを際立てているから、そのような印象を受けるのだろうか。彼の本職は学者であり、聖剣の守護者の家系に生まれ、聖剣の使い手に選ばれたために、勇者に祭り上げられたという。それでも彼の細身の体躯にはしっかりと筋肉がついており、日々の鍛錬の成果が如実に現れていた。

 視線を胴から顔に戻すと、レイと目が合った。フェイは自分がレイに見とれていたことに気が付いてかすかに戸惑った。しかし人間の手による芸術品に視線を奪われることはこれまでに何度もあったから、それと同じなのだろう、そう考えて自分を納得させた。レイは目を細め、ニヤリと笑った。

「しかし意外だな。聖教会にもエルフがいたとは」

「エルフの時代は終わったわ。これからは人間の社会に溶け込んでいかなければ」

「そう簡単にいくのか? エルフと人間は崇める神が異なると聞くが」

「エルフの神は死んだ。死んだ神に祈るなんて、そんな無駄なことはしないわ」

 フェイは作り笑いを崩さずに一歩、また一歩とベッドに向かって歩く。

「……止まれ」

 レイが冷ややかに命じた。フェイは即座に足を止めた。

「脱げ。服を全部だ」

「ここで脱ぐの……?」

「そうだ。何度も言わせるな。その法衣は司祭のものだ。ということは聖教会に入って十年は経つはずだ。服を脱ぎながら聞かせてくれ。異教の神を崇めるおまえがいかにして聖教会で成り上がったのかを……。あぁ、服を脱ぎ終わるまで俺から目を逸らすなよ。ずいぶんと着古した服だ、ということは着替えの際に手元を見る必要などないだろう」

「……わかったわ」

 フェイは心からの笑顔で答えた。

 この男は単なる野蛮人ではない。見た目よりずっと知性がある。この男の冷ややかな顔が苦痛と絶望に歪むさまを眺めることができるのなら、どれほど気分がいいだろう。失敗作を産んで良かった。エルフの国を追われて良かった。魔王軍に入って良かった。刺客に任命されて良かった。殺し甲斐のある相手にこうして巡り会えて、本当に、本当に良かった──

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