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#1「声なき断末魔」【1】

 アーサリアは森で生まれた。当時のエルフは人間よりも精霊に近い存在で、森に住まう動植物や虫、そして世界に充ちる精霊と共に暮らしていた。森にエルフ族の家はなかった。夜になれば、カーテンのようにこの世に寄り添う夢幻郷アヴァロンに移る。アーサリアは最後のハイエルフだった。彼女が生まれ落ちてから今日に至るまで、長命種のハイエルフが誕生することはなく、ランスロットとの間に授かった二人の娘はいずれも両親より早く年老いて既にこの世を去っている。今、エルフの女王アーサリアの目に映るのは、青白い氷の宮殿と、その向こうに広がる極寒の大地。エルフの暮らしていた森は死に絶え、アヴァロンはこの世から離れた。夢幻郷は死者の国となり、その入り口は閉ざされて久しい。森での暮らしは遠い昔の夢の中の出来事のようにおぼろげだ。記憶はとっくにすり切れて、本当にあったことなのか、今となっては定かではない。それでも時折、かつて暮らした森の何気ない情景が鮮やかによみがえり、もう戻ることはない、喪失に強いはずのハイエルフの心にかすかな痛みが走る。

「……ご安心ください、アーサリア様。この世界はわたくしが救いますわ。人間の選んだ勇者などの好きにはさせません」

 アプサラはきっぱりと言い切った。傲慢とも受け取れるほどの自信に満ちた口調だった。

 エルフ同士の交配で生まれた人間の娘アプサラは、もうすぐ十九歳になる。彼女は両親の顔を知らない。それというのもアプサラの親はエルフの実の兄妹で、ハイエルフを産むために近親交配をおこなったのだった。しかし生まれてきたのは人間だった。アプサラの両親は、元気な産声を上げる娘を失敗作と罵ったが、実際に国を追われたのは彼らの方だった。残されたアプサラはエルフの手で育てられたものの、彼女は腫れ物扱いで、エルフ同士の諍いの原因になることもしばしばだった。それでも彼女はまっすぐ育った。細身の体躯と癖のない髪、短く切りそろえた前髪がその印象を際立てる。エルフの手による丈の短い白ドレスもよく似合う。聖剣の『影』の使い手となった彼女は、氷の国に燦然と輝く太陽のようだとアーサリアは思った。

 アーサリアの傍らで水晶球を冷ややかに見ながらアプサラは再び口を開く。

「この男の名はなんといいますの?」

 不遜な口調だった。しかしアーサリアは気にしなかった。エルフの女王に媚びへつらうような者に世界を救えるものか。この世界はエルフ族を滅ぼそうとしているというのに。

「名はレイ。そなたの持つ『影』の剣の本体の使い手だ」

「こんな汚らわしい生き物がこの世に存在するなんて……、やはり神はおりませんのね」

 水晶球に映るレイに侮蔑の視線を向けながらアプサラは小声で吐き捨てた。アーサリアの口元は緩んだが、やはり、アプサラの口にしたその言葉にかすかな引っかかりを覚えた。しかしそれを問いただす機会が訪れることはなかった。窓の向こうに目をやると、青い空を覆い尽くさんばかりの黒い翼の群れが見えた。彼らがいったい何者なのか、アーサリアは一目で理解した。天使の軍勢。すなわち魔王軍の精鋭だった。

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