099-黙示録を前にして、クラシック・ブレイブス
本日は2話更新となっております。
まだ未読の方は前回も合わせてお楽しみください(といっても掲示板回なので読まずとも影響はほぼありませんが)。
『凍寒森林』―――それは王都セントロンドに向かう際、空を経由しない限り必ず通らなくてはならないエリア。
オル・ウェズア周辺の雪原に吹き荒れる『雪嵐』のような猛吹雪と、王都セントロンド近郊のような豊かな緑が併存している異質なエリアでもある。
その地には歪んだ環境によって異常な進化を遂げた多種多様なモンスターが存在し、侵入者へと容赦なく襲い掛かってくる。
中でも特に『蛮竜』と呼ばれるモンスターは、多くのプレイヤーにとって脅威となっており、未だオル・ウェズアから王都セントロンドへと陸地を経由して渡れた者は多くない……。
そして今『雪鹿』『雪嵐の王虎』に続く第二の壁こと『蛮竜』―――雪景色の中に紛れ込むような白い鱗を持つ飛竜―――は、乱立する針葉樹の隙間を縫うように駆け、侵入者へと迫っていた。
血のような真っ赤な瞳で捉える相手は、四人組の人間。
思わず蛮竜は口角を上げる……あれもまた今朝皆殺しにした人間たちと変わらず大した相手ではない、自分に狩られるだけの肉でしかない。
そう考え木々の間から素早く飛び掛かるが―――次の瞬間、何かに殴り飛ばされる。
……なにが起こった?
地面を転がるほどの力で横殴りにされながらも、蛮竜は素早く体勢を整えて攻撃を加えてきた相手へと素早く目をやる。
すると、そこに居たのは黒い巨躯だ。
逞しく発達した後脚、大きな顎のある頭部、獣脚類めいたそのシルエットには不似合いなほど長く伸びた腕、指が五本もある発達した手、なによりも頭部から尻尾の先まで続くサンゴのような背びれが特徴的な黒い、巨躯。
「あれが蛮竜ですわね!」
「どっちが蛮竜だろ……」
その巨躯が守るようにして立っている人間のうちの一人が蛮竜を指差しながら武器を構え、またもう一人の人間が呆れたように口にする。
しかし、当然ながら蛮竜は二人の言葉など気にもせず、ただ己に刻まれた思考ルーチンに従い、まずは目の前の巨躯を倒し、次にその後ろの人間達を片付けることにした。
蛮竜は再び素早く駆け突撃し、対する黒い巨躯も金属物が拉げるような歪んだ声で咆哮しながら蛮竜へと向かってくる―――肌を引き裂くような寒さに包まれた森で、ぶつかり合う二頭の怪物。
優位に立ったのは黒い巨躯だった。
その発達した腕で蛮竜の頭部を掴み、地面や周囲の木々に叩きつけつつ、その強靭な尾で殴り飛ばす……これには堪らず蛮竜も一度引き、吹雪と木々の中へと姿を消すしかなかった。
このエリアの主である蛮竜が肉弾戦主体である関係で、雪原に吹き荒れる雪嵐と違い凍寒森林を包み込む吹雪には攻撃力を下げるような特殊な効果は存在しない。
……が、それが齎す視界の悪さは同等以上であり、蛮竜のように僅かな熱源をも捉えるような特殊な目を持っていなければ離れている相手を目視することは不可能に近い。
それを蛮竜は当然ながら完璧に理解しており、故にこうして距離を離した。
あの巨躯は正面から殴り合って勝てる相手ではない……しかし、幸いにしてその体内の膨大な熱量故、奴はこの吹雪の向こう側に居ても丸見えなのだから油断した所を狙って一撃で仕留めればいい。
今までも数々の敵をそうして屠ってきたのだから―――。
まて、なにかがおかしい。
―――そう、蛮竜は非常に賢い……だからこそ疑問を抱いた。
なぜ、あれだけの熱量を持つ相手を先程襲い掛かる前に見つけられなかったのだろうか? と……。
そして、その答えを知るまでにはそう時間は掛からなかった。
青白い炎、尋常ではない炎属性と魔法属性を有する、最早光線に近いそれを身に浴びて知る……あの巨躯は最初、自分と同じように体外に発する熱量を隠していたのだと。
今更見えたのは、この炎を吐くために力を蓄えたからなのだと―――。
「やっぱり火薬食ってるようなのは強いわね」
―――自らの勝利を辺り一帯に知らしめるように猛々しく吠える黒い巨躯を見上げて少女……クリムメイスが真顔で呟く。
そう、蛮竜が対峙していた黒い巨躯はカナリアの相棒であるイフザ・タイドことローランだった。
もっとも、現状この世界において熱線を吐いて暴れまわる黒くてデカいイグアナなど彼女以外に存在しないので当然なのだが。
「先週まではあんなに可愛かったのに……」
「爆発的に成長しましたもんね……火薬食べてるだけあって……文字通りね……」
「…………」
可愛らしいチビ恐竜から、光線など一切吐かなかった恐竜中の恐竜であった母親とは違う、恐ろしい怪獣に立派に育ってしまったローラン……その威圧感に気圧されたのか、ダンゴが凍死必須レベルのギャグをかましてきたのでウィンは無言で聞かなかったことにした。
「よくできましたわ! ローラン! おーよしよし!」
周囲のメンツが完全に引き気味であることに当然の如く一切気付かないカナリアは、ローランの顎をワシャワシャと撫で、ローランは先程までの恐ろしい怪獣としての姿はどこへやら……大型犬めいて尻尾をブンブンと振りながらされるがままとなっている。
「まあ、うん。とりあえず楽に抜けられそうで安心したわ」
「……ほんとですよぉ。あんなのと戦えって言われたら、どうしようかと思いました……」
水着や、水着を作るためのアイテムを集めるはずのイベントで何故か怪獣を手に入れているカナリアを死んだ目で見るクリムメイスの言葉を聞いて、ダンゴが一応構えていたミストテイカーを背負いなおしつつほっと胸を撫でおろす。
本来であれば、こういった未踏破のエリアに足を踏み入れるならば妹であるハイドラがキャラクターを操作している時に来るべきであり、だからこそ、夏休みに突入してからダンゴ/ハイドラをセントロンドに渡そう―――『クラシック・ブレイブス』の中ではそういう方向で話がまとまっていたのだが、突如として発表された『第三回イベント』の告知を見てそうはいかなくなってしまった。
「まさか次のイベント参加の条件が『セントロンドに到達していること』とはねえ」
ちょっち厳しい人も多いんじゃないかな、とウィンが呟く。
ローランの放つ魔力熱線によって即死したため正確な実力の程は分からないが、この見通しの悪い吹雪の中から高速でヒット&アウェイを仕掛けてくる蛮竜は間違いなく厄介な敵だ。
まあ、だとしても、そもそもとして攻撃が通らないであろうカナリアや、ようやっとオル・ウェズア領から外れた為に火力が活きてくるウィン、(今日は居ないが)圧倒的プレイングスキルを誇るハイドラ、全体的に手堅くまとまり順当に強いクリムメイスの四人で構成される『クラシック・ブレイブス』が突破できない可能性が高いとは思えない。
……が、逆に言えば、ここまで揃っても突破できない可能性は僅かとはいえ確かにあるのだから、並のプレイヤーが突破するのは難しいだろう。
「その分報酬も強力ですから、仕方ないですよ。だって、【騎士】ですよ【騎士】!」
「【騎士】の力かあ……【無限】だってあんなに強かったんだから、本家の力が手に入ったら凄いだろうなあ……」
そんな過酷なエリアを超えなければ参加すら許されない第三回イベント―――『黙示録の試練』は、イベント開催と同時に実装される特殊ダンジョン『黙示録の塔』を用いて行われるイベントだ。
詳しい内容こそ伏せられているが、輝かしい成績を残したプレイヤーにはかつてオル・ウェズアが魔学都ではなく帝国だった時代に生み出したと言われる五体の【騎士】の力が与えられることが発表されていた。
「【勝利】、【戦争】、【飢餓】、【疫病】、【死】……うーん、どれがわたくし達に似合うのかしら……?」
なまじ、六番目の【騎士】こと【無限】と一戦交えただけに本家大元への期待が大きいらしく、ぼんやりと宙を見上げながら思いを馳せるダンゴとウィンと傍目に、カナリアは顎に手を当てて首を捻った。
「いや勝利以外は全てお似合いじゃない……」
そんなカナリアを見つつクリムメイスは、【戦争】の力を振るうカナリアも、【飢餓】の力を振るうカナリアも、【疫病】の力を振るうカナリアも、【死】の力を振るうカナリアも、どれも等しく完璧に想像できてしまって頭を抱えた。
それぞれの【騎士】がどんな力を有するのかは分からないし、手に入れた所でどうやって振るうのかも分からないが、もう名前の時点で全て似合ってしまっている。
つまり、カナリアこそ黙示録そのものなのかもしれない。
「でもまあ、一番似合うのは【戦争】だよね」
「ですね」
クリムメイスの呟きを聞いて、ウィンとダンゴは顔を見合わせながら頷いた。
確かに、【勝利】以外はどれも全て似合ってしまうカナリアだったが、どれか一つを選べと言われれば一番似合うのは【戦争】だろう……つい先日もオル・ウェズアで戦争してきたらしいし。
「ええと、じゃあクリムメイスは【勝利】でなければどれでも良くて、ウィンとダンゴは【戦争】が良い、と……まあ、それなら順当に【戦争】にしましょうか!」
そんな連盟員達の言葉を聞いて、ぱん、と手を合わせながらカナリアが微笑む。
そう、クリムメイス達は『カナリアに』似合う【騎士】を口にしたが……そもそもカナリアは『自分達に』似合う【騎士】はどれだろうか、と聞いていたのだ。
面々は一瞬しまった、とは思うが、まあ、別に些細なことなので気にしないことにする。
【戦争】しようが【飢餓】しようが【疫病】しようが【死】しようが、なにをしても最終的には夥しい数のNPCが死ぬだろうという結論に帰着するだけなのだから。
結果に至るまでのプロセスが多少違う程度の差しかない。
「……とりあえず、行きましょっか。もう蛮竜死んだし、特に語る事もなさそうだけど……」
とにかく、この道を真っ直ぐ進み、森を抜ければ第三回イベントに参加できてしまう。
そして、参加すればカナリアが【騎士】の力を手に入れるかもしれない。
それは倫理的に問題があるような気がするが……そんなことを気にしていては『クラシック・ブレイブス』の一員は勤まらない。
クリムメイスは遠くに薄っすらと見える、暗い雲の下で煌々と輝く王都を指差して苦笑いを浮かべ、ダンゴとウィンは真顔で目を死なせ、唯一カナリアだけが楽しそうに肉削ぎ鋸を振り上げる。
今、世界に試練が与えられようとしている……のかもしれない。