097-孤独な殺人鬼と水着 その2
「な、なんですか? 私、なにかおかしなことを言いましたか?」
「おかしすぎてアタシなんか心停止したわよ! はー、アンタ鏡とか見たことないの?」
「……嫌いですから、あまり」
呆れるように言うジゴボルトの言葉に対し、アリシア・ブレイブハートは不服そうに唇を尖らせ、顔を逸らして呟く。
……だって鏡に映るのは、日本人らしからぬ色素の薄い茶髪に、見るからに不健康そうな白い肌、そしてなにより自分にこんなものを遺伝させておいて、自分はとっととあの世に去った母に良く似た顔だ。
アリシア・ブレイブハートはどうしても鏡は好んで見たいとは思えなかった。
「……そういうところ。そういうとこですね。そういうのが。本当に、本当にもう」
「だから、なんなんですか、それ……」
そんなアリシア・ブレイブハートへと白い目を向けつつ、シーラは深く溜め息を吐いた……そしてジゴボルトも―――ただこの場でひとりだけ、アリシア・ブレイブハートだけはふたりの溜め息の意味が分からずに不機嫌そうに眉をひそめる。
……VRMMOにおける美少女の扱い、というものは難しい……なにせ、いくらでも顔を作りかえられるのがこの世界だ。
世の中には美少女の顔をして美少女っぽい声出して人を騙すオッサン、美少女の顔して美少女の声出して自分は男だ兄なんだと喚く妹(兄)、美少女の顔して普通にオッサンの声で喋り『我が名はアリス、覇道を往く者よ』等と言い出すオッサン、そんなものが確かに存在しているのだ。
または、そこまで酷くなくても別に現実じゃ並程度の女性プレイヤーが美少女・美女と化したものだってわんさかと。
だからこそ、アリシア・ブレイブハートもまたそういう人種なのだろう―――というのは大体のプレイヤーの考えであるし、別にそれは騒ぎ立てることでもなんでもない。
リアルですら整形するのだから、VRでリアルより遥かに美しい顔になることを騒ぐ理由などない……が、アリシア・ブレイブハートという少女を深く知った人間は、彼女だけは違う、そうではないと、理解してしまうのだ。
「アリシアさんって、誰かに可愛いとか言われたことないんですか」
「ありませんね」
「即答!? あんた、普段どんな人間に囲まれて生活してるワケ!?」
シーラの呟きに対し、速攻で切り返したアリシア・ブレイブハートを見てジゴボルトが名前の通り落雷にでも撃たれたようなオーバーリアクションで驚くが、そうは言われても彼女は実際リアルにおいて『可愛い』などと言われたことは一度もなかったのだから仕方がない。
「まァ、いいわ。それじゃあアンタ、考えてみなさいよ。例えば好きな男の子が居たとするでしょ? で、その子が自分の選んだ水着着てくれるンの、どう? 燃えるでしょ!?」
「…………? いえ、特には……」
「……あぁ、やっぱり。本当に殺すことしか頭にないんですね。くふふッ、アリシアさんのそういうところ。あたしは好きですよ?」
ジゴボルト的には百点満点の例を出したらしいが、アリシア・ブレイブハートとしては別に好きな相手が水着を着ようと着まいと気にはならないし、着せたいとも別には思わないので、そう正直に答えたのだが、それをジゴボルトはダメなものでも見たように肩を竦めて、ンモゥ! 重症! と叫ぶし、シーラに至ってはなにが琴線に触れたのだろうか、怪しい目つきで舌なめずりまでしながら自分を見ている。
「ともかく! 世の中の男共はそういう風に出来てんの! んで! この『連盟』に来てるような奴らはアリシアんの水着姿の為ならば火の中水の中! どこにだって向かおうって連中ばっかなのよ!」
「はあ……そうですか……」
「……なるほど、いや、確かに。アリシアさんが連盟員からもらった水着を着る……ということがジゴボルトさんの言う意識改革……? に繋がる、というのはわかりましたけど。ごめんなさい、やっぱりこの着せ替え大会の意味は分かりかねますね」
ほら、次これ着てこれ! と新しい水着を渡され、とりあえず、これが終わらなければ解放されないことを既に察しているアリシア・ブレイブハートが渡された水着を死んだ目で受け取り素直に装備する中、シーラは首を傾げて最初に質問したことをジゴボルトにもう一度聞く。
……とはいえ、彼女が最初に『意味不明だ』と言った時とはそのニュアンスが違うようで、一度目の際は興味なさげであったが、今はむしろ興味があり、純粋にこの『着せ替え大会』が開かれてる意味を知りたいといった様子だ。
「……んまあ、なんていうかねえ。男ってやっぱりバカっていうか、そういうバカなところがカワイイっていうか……想像よりも頑張っちゃってるっていうかあ……」
そんなシーラの雰囲気を感じ取ったからだろうか、新しい水着をシーラから受け取りながらジゴボルトは彼女の疑問に答えようとするが、どことなく歯切れが悪い。
「単純にね、定期的にこうやって消化しとかないと全部見るのは無理そうな勢いで集まってるのよ、水着」
そしてぽつり、と零し―――そのジゴボルトの言葉にアリシア・ブレイブハートは思わず耳を疑う……えっ? なにしてるの? 今までレベリングもなんもロクにしてなかった人達なのに、なんで急にそんなにやる気を出して私の水着を……?
そう、アリシア・ブレイブハートには自らの連盟員たちのことがまるで理解が出来なかったのだ。
「いや! まあ、確かに適当なの選んでもアリシアんは似合いそうだから、それでみんな満足するかもだけど……一応! 火付け役となった身としては……みんながそんなに頑張ってるなら、きちんと選んであげたいじゃない! 全部見た上で! ゲームん中とはいえ、血反吐吐きながら水着集めてんだからさ!」
とは言いつつも、このデザインは合わない、と言い切って手に持った水着をアリシア・ブレイブハートに着せることなくシーラに突き返すジゴボルト。
……どうやらその言葉の通り『きちんと選びたい』ようで、一度も試着されることすら無く本人の手元に返却される水着もあるようだ……だとすると、もしかすれば、この場に持ち込まれることすらなかった水着もあるのかもしれない。
そして、それでもアリシア・ブレイブハートがうんざりするほどの数は用意されている……というのは、つまり、それだけ魂の籠った水着が多くジゴボルトの手へと渡っている、ということなのだろう。
「……なんで、こんなもののために……」
そう気付いたアリシア・ブレイブハートが自らの身体を見下ろした。
病的なまでに白い、不健康そうな肌。
抱けば折れそうな四肢。
歳を考えれば未発達にも程がある身体。
どれも彼女の思い描く『魅力的な女性像』とはかけ離れており―――そういうのはきっと、カナリアのような少女のことを呼ぶのだとアリシア・ブレイブハートは思う。
だから最初は、存外男というものは女の肌であればなんでも性的興奮を覚えるのだな、ぐらいにしか思っておらず大した興味もなかったのだが……そこまで全力で取り組んでいるのだと知ると、なんだかアリシア・ブレイブハートは相手の好意を無下にしている気分になってきた。
「自分の価値は自分が決める分だけとは限らない、ということじゃないですか。アリシアさん」
不思議そうに自分の身体を見下ろすアリシア・ブレイブハートを見て、シーラが呟く―――なんだかその表情は楽し気で……恐らく、彼女もアリシア・ブレイブハートと同じだったのだろう。
最初はジゴボルトが持ち込んだ無数の水着を見て、エロの力は凄いですね、ぐらいにしか思っておらず、然程興味も無かったのだろう。
だが今は、動機こそ不純とはいえ、それでも精一杯の努力をしているのならばそれを正しく評価してやるのも悪くない……と感じているのだ。
「ヤダ、アンタ……良い事言うじゃないシーラちゃん! 名言っぽいわよ!」
「……いえ、知りませんけど。全然、知りませんけど。まったく、知りませんけどね」
柄にもない事を言ってしまったのが今更恥ずかしくなったのか、シーラは自分をここぞとばかりに持ち上げてくるジゴボルトから目を逸らしつつ赤面する。
「……そうなのかな」
アリシア・ブレイブハートは思わず、誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
……いま、ようやく彼女は理解したのだ、自分はこの『連盟』の人間からはっきりと、ある感情を向けられているのだと。
それは、自分が現実では向けられたことのない感情のひとつ……もう片割れでもあり、第一回イベントで散々味わうことの出来た〝悪意〟とは違って暖かな感情であり……どうすればいいのだろう?
アリシア・ブレイブハートはその感情―――〝好意〟への対処に困り果てる。
〝悪意〟には〝悪意〟で返せば問題なかったし、〝悪意〟なんてものは放っておいても自分の内から次々沸いてきた。
けれども……。
「まあ! なんて真面目っぽく言っても、結局男共はアリシアんの水着姿が見たいだけなんだけどさ! アハハ!」
「……はあ。ちょっと、ジゴボルトさん最悪ですよ。なんだかいい話っぽくなっていたのに。知らないですけど」
とはいえ、結局のところ連盟員達はアリシア・ブレイブハートが思ったように、存外女の肌であればなんでも性的興奮を覚えることには違いないし、シーラが思ったように、エロの力が凄いことには違いないので、ジゴボルトは手を叩いて大きく笑い、シーラはそんなジゴボルトをジトっとした目で睨みながらも……やはり楽しそうだ。
「……分かりました。望んだ形にはなってないとはいえ、私が作った『連盟』です。頑張ってくれているのは本当のようですし、こんな身体で良ければ好きにしてください。それが褒美でいいのでしょう?」
……だったら、とりあえず自分も楽しむことにしておこう。
こんな、肌を大きく露出するような姿を……自分でなく、他人に選んでもらうだなんて、現実では絶対に体験できないことなのだし。
そろそろ〝殺し〟なんていう原始的な遊びだけじゃなく、こういった文明的な遊びも覚えた方がこれから先楽しくなりそうなのは間違いないのだから―――。
「……アリシアん、絶対、ぜーったい、男共にそういう台詞言っちゃダメよ」
「……本当に気を付けてくださいね、無自覚かもしれませんけど、本当に」
「……?」
―――そう思っての発言だったのだが、ジゴボルトとシーラは喜ぶどころか、険しい表情で自分を見るばかりだ。
……なにか間違ったのだろうか……? アリシア・ブレイブハートが小首を傾げるばかりであり、そんなアリシア・ブレイブハートの様子を見てジゴボルトとシーラが頭を抱えたのは言うまでもない。