096-孤独な殺人鬼と水着 その1
「……………………」
「うぅん、これよりはさっきの水着のがいいかしら……ヤッ、でもこれも……アアン! こっちのも良いわねえ~! やっぱり素材が良いと……映えるわ! 映えるわよん! アリシアん!」
「……………………そうですか」
……この人、殺したい。
無表情で目の前の男……男? の言葉に頷きながらアリシア・ブレイブハートは静かにそう思った。
カナリアが怪獣育成に励む最中、ハイラントに存在する最大級の『拠点』に居を構えた大規模連盟―――『グランド・ダリア・ガーデン』では、連盟長アリシア・ブレイブハートの着せ替え大会が繰り広げられていた(しかも水着の)。
というのも、この男が言いふらした『アリシアんはアンタらの集めた水着で一番気に入ったのを着るらしいわよ! だからアタシんとこに持って来なさい!』という全く根拠のない言葉を、彼女の連盟員達は鵜呑みにしており、各地で集めた水着素材を用いた水着やレアドロップの水着などを彼に献上しているらしく。
アリシア・ブレイブハートは今(本人の意思に関係なく)次々と彼の手元に集まってきた水着を着せられているのだった。
……とはいえ、なにも大人数の目の前で水着を次々と着せられるインモラルな大会が広げられているわけではない。
この場に居るのは(自称)『グランド・ダリア・ガーデン』ファッション部リーダー『ジゴボルト』と、『グランド・ダリア・ガーデン』ファッション部サブリーダー(ジゴボルト命名)『シーラ』のみだ。
「ねえ! ねえ!! シーラちゃんもそう思うでしょう!」
「……そうなんじゃないですか。知りませんけど。というか、帰っていいですか。あたし、アリシアさんの武器とか防具作らないといけないんですけど。あと他の生産職の子の育成もしないといけないし。そもそもなんなんですか。この着せ替え大会、意味不明なんですけど」
ちなみに同席させられているシーラは別段アリシアの着せ替え大会にはまるで興味がないようで、椅子に逆座りして背もたれに顎を乗せている……椅子の構造的な問題で大股開きで座る彼女の下着は惜しげもなく晒されているのだが、彼女は一切気にする様子がない。
一応男性もいるのに……とアリシア・ブレイブハートはちらりとジゴボルトへ目をやるが、ジゴボルトも一切気にしてないようだし、そもそもとしてそんなこと言ったら自分こそ彼に下着同然の布地しかない衣装を次々と着せられているのだから人のことは言えなかった。
「んもう! やっぱりダメダメこの『連盟』ダメ! みんな強さばっかりで美意識が足りないわ! 強者には『美』こそ最も必要なのに!」
「はあ。美、ですか。相手が死ねば全部同じじゃないですか。知らないですけど」
いったい自分はなにをされてるんだろう、とは思いつつも……ジゴボルトの機嫌を損ねると面倒くさいことになるのはアリシア・ブレイブハートこそが最も良く知っている。
なので、頷きこそしなかったが、気だるげに頬杖を突きながら吐き捨てるように言ったシーラの言葉に対し、まったくその通りだとアリシア・ブレイブハートが同意したのは言うまでもない。
「ダメよ! ただでさえアリシアんが店売りのダッサーい装備でイベント2位取ったもんだから、この『連盟』には頭から爪先までダサダサポイント一億点な男子ばっかり集まってるんだから! 意識改革! 意識改革が必要なのよん!」
しかし、そんなシーラの言葉に対しジゴボルトがびしりとアリシア・ブレイブハートを指差して吠える。
そう……アリシア・ブレイブハートというプレイヤーは、単独かつCBT組ですらないのに第一回イベントで2位を取ってしまった(1位のカナリアに関しては満場一致で意味不明なので無視することにする)。
それだけでも十分に目を引く異常さなのに、そこに加えて本人が美少女であり……なによりも、彼女が装備していたものはハイラントのNPCが普通に販売しているような『ただの装備』だったのだ。
故に、この『グランド・ダリア・ガーデン』にはアリシア・ブレイブハートを強く信奉するプレイヤーが後を絶たない。
レアドロップのユニーク装備も、生産職によるハイクオリティ品も(こちらはそもそもイベント時には存在する可能性すら考えられて無かったが)、なにも無くとも『店売りの装備でさえ最強になる可能性がある』……そう考えた者達が集ってしまっているのだ。
「だから、頭の私から見た目に気を使えと?」
「ちょっと違うケド。ま、大体そゆこと♪」
次の水着を取り出しながらジゴボルトが満足そうに頷き、アリシア・ブレイブハートは深く溜め息を吐いた。
……最早知ったことではない、この『連盟』がどうであるかなど……。
そもそもとして、アリシア・ブレイブハートは自分が立ち上げたこの『連盟』こと『グランド・ダリア・ガーデン』が嫌いだった……いや、望む形にならなかったというのが正しいか。
本人としてはクリムメイスのような実力者が集い、互いに切磋琢磨する関係となることを願い作り上げた―――実際、何人かは多少期待のできる人材だ―――が、集まるのは有象無象ばかり……多くが自分への憧れだけを抱き、ろくな努力も、ろくな運も、ろくな実力も持ち合わせていないのだ。
そして、こうやって意味を感じられない水着の着せ替え大会なぞに付き合わされ、腕を磨く時間すら奪われているのだから……こんなものならば無い方がマシというものだった。
「いやいや、おかしくないですか。意識改革とアリシアさんの着せ替えっこしてるのは関係ないじゃないですか」
はあ、と再び大きな溜め息をアリシア・ブレイブハートが吐いたところで、むしろ本業のアリシアさんの装備作成の手止まっちゃってますし、とシーラが続けながらジゴボルトの行動は矛盾していると指摘する。
現状、アリシア・ブレイブハートの装備はこのシーラという少女―――生産職であり、この『連盟』に入る際に『アリシアさんが一番私の武器で人殺してくれそうですから』だなんて物騒な言葉を放ってきた少女―――が作ることになっているのだが……御覧の通り、彼女は今ジゴボルトと共にアリシア・ブレイブハートの水着姿の鑑賞を強いられている。
これのせいでシーラによる専用装備の制作が遅れれば、アリシア・ブレイブハートが普段使っている店売りの適当な装備で活動する期間は当然ながら伸び、まずはトップが良質な装備に身を包み、他の連盟員達に『いつまでも店売りじゃあ恥ずかしい』という意識を植え付けるのは同じだけ遅れるのは間違いない。
「まさか、私に水着で戦えと言うのではないでしょうね? ジゴボルト」
「あら、よく分かったわね! アリシアんはこの『連盟』の中じゃカミサマ扱い! そんなアンタが魅力的な水着姿で戦えば男共の士気はグングン上昇~っ! ってンなわけないでしょ! このバカチン!」
ではまさか、専用の装備が完成するまでジゴボルトが選んだ水着で……? という可能性に、不意に気付いたアリシア・ブレイブハートの言葉に対し、ジゴボルトはノリノリでツッコミを入れながら否定する。
……正直予想が外れて良かった、とアリシアは思った。
これで本当にそのつもりだったのならば、今からこの場に自分かジゴボルトどちらかの死体が出来上がっていたことだろう……流石のアリシア・ブレイブハートでも水着で戦うのは避けたい。
そう、出来上がるのはアリシア・ブレイブハートかジゴボルトのどちらかの死体だ。
なにせ、アリシア・ブレイブハートの目の前に立つこの男……その全身を黒い鎧で隠したオネエ言葉の謎の巨漢ことジゴボルトは、厄介なことに相当な実力者だ。
事実、彼がこの『連盟』へと『美しくないものは全て焼き払うわァン!』などと言いながら殴り込みに来た際、アリシア・ブレイブハートは普段そうしているように一対一で刃を交えたのだが―――辛勝であり、正直、勝ったのは若干のレベル差と多くの運によるところが大きかった。
だからこそ、不満がいくらあろうともアリシア・ブレイブハートも、その戦いを横で見ていたシーラも、この奇妙な男にはあまり強く出れない。
「だけど完全に間違い、ってワケでもないわね。意識改革に対して、アリシアんの水着姿が全く無関係ってワケじゃないわ。……ほら『水着』素材とか、レアドロップの『水着』そのものとか、集めるの、結構難しいじゃない」
「あぁ、そう聞きますね。ハイラントにダンジョンが出来たから多少はマシになったらしいですけど。それでも大変だと。いや知らないですけど」
「……だからそれを集めさせること自体が、そもそも彼らの意識を変えるきっかけになると?」
「ピンポーン♪」
また新しい水着をシーラの手から受け取りつつ、ジゴボルトは頷く。
……まあ、確かに一理ある。
収集したいアイテムに対して自らの力量が不足しているとなれば、もちろんのこと自らを高めなければならない。
つまりは様々なダンジョンを攻略したり、この『グランド・ダリア・ガーデン』に所属している生産職のプレイヤー(シーラは自らがアリシア・ブレイブハート専属を宣言しているので、それ以外)の手を借りることになる。
そうしていれば確かに、自然と店売りの装備からは卒業し、ジゴボルトの言う『見るに堪える格好』となる可能性は高まる。
ただ……ふとアリシア・ブレイブハートが気になったのは。
「……そんなに上手く事が運ぶとは思えません。そもそも、彼らは自分のためにすら動けなかった人達です。あのような人達が私なんかの為に……しかも、本当に着るかどうかも分からない水着如きを手に入れるために動けるとは思えません」
そもそもとして、それはアリシア・ブレイブハートが着る水着を彼らが必死になって献上しようとする……ということが前提で成り立っている点だ。
アリシア・ブレイブハートとしては、そんなことの為に頑張れるのであれば、あんなにもなにも持たない脆弱な存在になることはない……そうとしか思えなかった。
「え? それ本気で言ってるんですか?」
だが、その言葉は即座に否定され、思わずアリシア・ブレイブハートは目を丸くした。
否定されたこともそうだが―――なにより、きっぱりと言い放ったアリシア・ブレイブハートに対し、異を唱えたのがジゴボルトではなくシーラだったのだ。
先程までの気だるげな様子はどうしたのか、信じられない! とでも言いたげな様子で目を大きく開き、まじまじとアリシア・ブレイブハートを眺めて、はあ、だとか、ふぅん、だとか呟いている。
アリシア・ブレイブハートは、そんな自分をなめ回すようなシーラの視線がむず痒くて思わず身じろぎした。
……余計、いまは水着で殆ど肌を露出しているし。