093-闇の男 その2
「クックック……やっぱこんな夜更けにゲームなんかで遊んでるメスガキ共は堪らねえな……」
更に、肩を震わせながら宙を抱きしめ始め……、ダンゴは思わず、うわぁ、と小さく声を漏らしてしまう。
直後、間違いなく彼の耳にもそれが入ったと気付いて慌てて自分の口を手で塞ぐが、既に漏れてしまった声は当然消えず……リヴはぐるりと首を回してダンゴの方へと顔を向け、ダンゴはダンゴで救いを求めてクリムメイスへと目をやった。
「『フィードバック』はゲームチェンジャーを攻略することに喜びを感じるプレイヤーが集まった連盟よ。決して、ああいうメスガキを分からせたいと思っている残念な大人ばかりが集まった集団ではないわ。たまたま……たまたま! トップがそうなだけで!」
が、なにを焦っているのかは分からないが、クリムメイスはパタパタと手を振りながらダンゴへと謎の弁明をするばかりだった。
……別にダンゴはフィードバックがゲームチェンジャー攻略隊であろうが、メスガキわからせ隊であろうがそこはどうでもいいのだが―――そんなことを普通に聞こえる声量で言われたあの男がどう出るか分からない。思わずダンゴは顔を引きつらせる。
しかし、リヴは特に気にする様子はなく……くつくつと笑いながらふたりの横を通り過ぎていった。
……良かった、積極的に絡んでくるタイプのアクティブな変人じゃなくて……と、ダンゴは思わずそっと胸を撫で下ろす。
「お嬢さんもどうですか? いつだって我々は歓迎しますよ」
「きゃあ!」
が、直後にリヴが自分の肩に顎を乗せてくるという、悍ましい闇の仕草をしてきた為にダンゴは完全に女の子な悲鳴を上げてしまった。
「ちょっと! あんたなにしてんのよ!」
「なにって、ただの勧誘だよ。……こんな夜更けにまだゲームをしているような悪い子は、きっと俺達の助けになるからな」
そんなリヴの顔を払うように振るわれたクリムメイスの手をひらりと避けながら、リヴは兜の奥で再びくつくつと喉を鳴らして笑う。
先程まで年下の女の子に詰られて跪いていた男と同じとは思えない豹変ぶりを見せたリヴだが、幼い少女を幼女と呼び、イエスロリータノータッチを信条とするロリコンを光の紳士とするならば、その対極にある存在―――幼い少女をメスガキと呼び、デストロイメスガキゼムオールを信条とする闇の紳士、わからせおじさんとしてはむしろこちらが真の姿なのだろう。
「ぼ、僕は今の連盟から鞍替えするつもりはありませんっ!」
恐るべき闇の紳士の纏う暗黒闘気に怯み、クリムメイスの腕に抱き着きながらダンゴが叫び、抱き着かれたクリムメイスは無言かつ迅速に劣情を催した。
残念ながらこの場にダンゴの真の味方と呼べる人間は存在しないようだ。
「ククク……そうかい。でも、気が向いたり、抱き着く腕が恋しくなったら……こっちに来いよ。俺はいつでも待ってるぞ……フフフ……ハハハ……!」
悲鳴どころかリアクションまで美少女めいたダンゴと、そういうわけで傍から見れば中身が男であると判別することがほぼ不可能なダンゴに抱き着かれたクリムメイスへと目を一度だけ流し、リヴは高笑いだけを残してオル・ウェズアの闇の中へと消え去っていく。
「つ、通報したほうがいいんじゃないですか? あの人……絶対いつかなんかやりますよ……」
「まあ、確かにキモいに過ぎるけど、別に実害及ぼしてるわけじゃないのよね……アシダカグモみたいな存在って言えばいいかな……」
あまりにも恐ろしいリヴに当然ながら恐怖を覚えたダンゴは、とりあえずセクシャルハラスメントとかで適当に通報しよう(ダンゴとリヴは同性なのに)、と思わず考えたが―――クリムメイスに苦笑交じりに言われてダンゴは気付く。
確かに肩に顎を乗っけられはしたが、それだけだ……彼は別段通報されるような悪質なことをしているわけではない。
通報した方が良さそうな雰囲気だけは十分に纏ってはいるが、纏っているだけだ。
それは恐らく、光の紳士であった頃の僅かな名残なのだろう―――。
「……っていうか! もう、いい加減ツッコミますけど、知り合いなんですか!? あの人と!」
―――とか、そういうのは最早どうでもよくて。
闇の中に消えていったリヴの背中を指差しつつ、我慢ならずにダンゴはクリムメイスへとツッコミを入れてしまう。
なにせ、彼の口振りからして連盟に誘われたのは自分だけだったし、クリムメイスとリヴはどう考えても面識がありそうな雰囲気を漂わせていた……これで互いを知らないという方が無理だろう。
「知り合い、っていうか……前のゲームでは一緒のギルドだったっていうか……」
「えぇっ!?」
「いや、めっちゃキモいけど悪いヤツじゃないのよ。マジでキモいはキモいんだけどね……」
すると、クリムメイスは少々言い辛そうに視線を逸らしながら、かつて自分がリヴと同じギルドに所属していた等という衝撃的な事実を口にし始めた。
……が、そうと言われれば確かに、それならば先程からのクリムメイスのリヴに対する態度は納得がいく。
「っていうか、あいつら。もう王都セントロンドに人を渡せるようになったんだ。流石ね」
しかし、ではなぜ今回は一緒に行動していないのか、等―――ダンゴとしてはもう少々詳しく話を聞きたいところだったが、露骨にクリムメイスが話題を変えてきたので、それ以上の追及はせず代わりに王都セントロンドへの思いを馳せることにした。
「……王都、王都かあ」
極寒の地にあるにも関わらず、魔法によって無理矢理居住に適した環境を作り上げている王都セントロンド……そこは、生息しているモンスターの大半が妖精や、その影響を受けたものばかりだったハイラントやオル・ウェズアと違い、『龍』や、その影響を受けたモンスターが大部分を占めている。
となれば、必然的に入手できる素材もがらりと変わり、生産職であるダンゴは作れる装備の幅が再び広がるわけで……いろいろと期待に胸が膨らむのは仕方のない事だろう。
「辿り着くまでの道のり難しいって噂だけど、あいつらが超えられるならあたし達にだって超えられるはずよ。その内みんなで行きましょ?」
「そうですね! ……って言いたいところなんですけど、うちの妹、期末試験前はゲームできないからなあ……」
「あー……もうそんな季節かあ……」
ハイラント行きの飛行船に乗り込みつつ、苦笑するダンゴを見てクリムメイスは、もうそろそろ七月も終わりであり、ハイドラやダンゴのような学生はそろそろ夏休み前の最後の壁である期末試験に向けて勉学に励まなければならないことに気付く。
そうなると確かに、普段から予習復習を欠かさないことが簡単に察せられるダンゴはともかくとして、ハイドラのような性分の人間は根を詰めて教材と睨めっこをしなければならないだろうし、そうなれば必然と彼女のログイン時間も減る事だろう。
「それじゃあ、王都に行くのは夏休みに入ってからかな?」
「あはは……多分そうなりますね……。……あいつが夏期講習送りにならなければ……」
まあ、そうならば憂いもなにもなくなってから挑めばいいだろう―――そう考えたクリムメイスだったが、小さくダンゴの零した言葉に思わず不安を抱く……ハイドラは夏中ログインが出来ない可能性もある、と暗に言われたのだから。
ならば、ハイドラ抜きで向かうという考えは当然あるし、別に不可能ではない気もするが……そうしてしまうと、後でハイドラが拗ねそうなのは目に見えているだろう。
しかし、不貞腐れるハイドラを見れることを考えれば、むしろその選択肢もアリか……? 夜空を翔る飛行船の窓から星を眺める美少女の顔をしながら、クリムメイスは不機嫌そうに眉を顰めるハイドラに絡む未来の妄想に興じ、表情を一切変えずに情欲を覚える。
「でも、まだまだ行ってない街もあるのに、もう王都に行っちゃっていいんでしょうか?」
もしかせずとも、ハイドラのゲーム自粛期間に王都セントロンドに到達すれば時間的なアドバンテージに加えて不貞腐れるハイドラを見れるボーナスまで得られるのだから、とっとと王都に行ったほうがいいのではないか?
そんなことをクリムメイスが体の中で燻る情欲の熱を楽しみながら思う中、軽く眉をひそめたダンゴが呟き、まあ、確かに、と、クリムメイスは頷く。
カナリア達は一切興味を示さないが、ハイラントの周囲には『眠らない街 ギリナイオール』、『陽だまりの街 ブライバルト』、『竜都 リィン』という三つの街が存在しており、そこは難易度的に考えると間違いなくオル・ウェズアに到達する前に足を運ぶのが順路と思われる街だ。
それに一切訪れることなく王都へと向かっているのは……確かに、少々おかしな順路取りをしているかもしれない。
「でも、いいんじゃない? あたしは今更行かなくてもいいと思うわよ、別に。ブライバルトの『共信術』はDEVに高く振ってるプレイヤーが複数人いないとダメだし、ギリナイオールの『雷術』はカナリアとウィンの火力考えたら出番無いだろうし、リィンはドラゴン以外取り柄のない群馬みたいな街だしさ」
だが、だからといって『クラシック・ブレイブス』が王都セントロンドに向かうのはまだ早すぎるのかと言われれば、そんなことはない。
それは、そもそもとしてハイドラ/ダンゴ以外がファスト・トラベルで既に王都セントロンドへ向かえるという事実が証明しているし、そのハイドラ/ダンゴだって―――確かにギリナイオールで得られる『雷術』は遠距離に置ける選択肢に成り得るし、リィン近郊のドラゴンから得られる素材も生産職的には無価値とは言えないが、それでも―――下手に寄り道してもあまり戦力の増強は出来ないだろうし、行けるのであれば王都に行ってしまったほうがいいだろう。
「……そうなんですか? まあ、クリムメイスさんがそう言うならそうなのかな」
「ん……、案外あっさり納得してくれんのね」
群馬……? と呟き首を傾げ、(多少は疑問を抱くところもあるようだが)クリムメイスがそう言うなら、とダンゴは笑顔で頷き、基本的に自分の言葉はまず否定してくる『クラシック・ブレイブス』の他の面々とは違い、自分の言葉に素直に頷いたダンゴを見て随分と懐かれたものだとクリムメイスは思い、軽く目を見開いて少し驚いてみせる。
「……僕は、クリムメイスさんのこと信じてますからね」
「あ、うん。……そっか」
意外そうな表情を浮かべたクリムメイスの顔を一瞥だけしてダンゴは窓の外の夜空へと顔を向けてしまう。
どんな表情でダンゴが空を見上げているか、それは残念ながらクリムメイスの位置から分からないが……逆もまた然りであり。
ダンゴは寂しげな表情で俯くクリムメイスに気付くことは出来なかった。
 




