092-闇の男 その1
カナリアの持ち帰った卵が孵化してから数時間後。
しんと静まり返った拠点では、ハイドラのために新たな武器を作っているダンゴと、それに必要な素材を集めるのを手伝うために残ったクリムメイスが(『クラシック・ブレイブス』にしては珍しい)穏やかな時間を過ごしていた。
「よし、出来た」
「お、完成した?」
そんな、心地よさすら覚える静寂の中でダンゴが軽く息を吐けば、部屋の隅で体を丸めるように座ってSNSを眺めていたらしいクリムメイスが立ち上がり、二つの新たな武器が並ぶ作業台を覗き込む。
「ええ、お陰様で。今回もありがとうございました」
二つの新たな武器を興味深そう手に取るクリムメイスへとダンゴは簡素な礼と共に心の底からの笑顔を送る。
なんせ、日付が変わる前にカナリアとウィンがログアウトしてしまったにも関わらず、夜中と呼ぶか早朝と呼ぶか悩ましい時間帯を迎える前に武器が完成したのは、偏に素材の収集を手伝ってくれたクリムメイスが居たお陰なのだから。
「気にしないでよ、あたしもどうせ暇だし。カナリアとかウィンみたいに良い子の時間に寝る性分でもないし……それに、この後が一番のお楽しみだしね」
「あはは……、そんな面白いものでもないと思うけどなあ……」
「いや面白いよ? 人が作った武器がモンスターに有効打与えるとこ見るの。完全に映画の世界の話だもん」
手に取った武器を作業台の上に戻しつつ今度はクリムメイスがダンゴに笑顔を向け、期待に満ちた眼差しを向けられたダンゴは頬を掻きながら新しい武器たちをインベントリへとしまっていく。
……武器は確かに完成したが、これらが思い通りに動くかは当然分からない。
だからダンゴはこれから新しい武器の実地でのテストをする必要があるのだが、クリムメイスはどうにもその実地テストを見るのがお気に入りらしい。
「有効打、与えられるといいんだけどなあ……前の二つは失敗だったし」
「あれは……まあ」
散歩待ちの犬めいた目を向けてくるクリムメイスから目を逸らしつつ、ダンゴが思い出すのは『操魔の設備』を手に入れた後、最初に作り出した『ギア・アームド【ミストテイカー】』に続いて作り出された二種の武器のことだ。
第一号であるミストテイカーが非常に完成度が高い武器となったので、それに倣って作り出された槍型武器の二号と、曲刀型武器の三号だったが、どちらもテストの段階で微妙と言わざるを得ない結果に終わってしまい、使用者であるハイドラに存在が知られることもなく名前すら与えられずに分解されてしまった。
「でもほら、今回は新しく火薬も使ってるんだしさ」
「まあ、そうですね。……その分、えらく使い辛い感じになっちゃったから、まず僕がテスト出来るかが心配なんだけど」
先の二種の武器がボツとなった理由―――ミストテイカーに倣いすぎたがために、別段使う意義をテスト段階で既に見いだせなかったこと―――を踏まえ、同武器とまるで違う毛色になるよう作った結果、今回の武器はややピーキーに過ぎる性能となってしまい、それを試すことすら出来ないかもしれない自分の戦闘スキルの低さを思い出しながら肩を落とすダンゴを見て、クリムメイスは思わず苦笑いを浮かべた。
そう、当然ながら新しい武器の実地テストにおいても彼の戦闘能力の低さは足を引っ張っており、それを盾役であるクリムメイスが補う形になっている。
……この子、あたしが居なかったらどうやって新武器のテストするつもりなんだろうな、と、クリムメイスは思わず考えつつも、先行するダンゴに続いてオル・ウェズアの一角へ向けて足を進める。
ふたりが向かう先は『飛行場』―――プレイヤーが到達さえしていれば、『魔学都 オル・ウェズア』や『王都セントロンド』等の他の街へと素早く移動することが可能な施設だ。
「イーリ、感謝の気持ちでいっぱいよ、お兄さん。王都まで連れて行ってくれてありがとう、イーリ達とっても助かったわ?」
「気にすることはないさ、連盟員の補助をするのは、長として当たり前のことだからな」
ダンゴ達がその施設へと辿り着くと、どうやら『王都セントロンド』から戻ってきたらしい飛行船が丁度着陸した所のようで、有機的な黒い装甲を持つ―――見るからに妖精が素材だ―――飛行船から三人のプレイヤーが降りてくる所だった。
その三人は少女二人に青年が一人……無骨な鎧に身を包む男の言葉を聞く限り、どうにも三人は同じ連盟に所属するプレイヤー達らしい。
「……うわ。リヴじゃない……なんて間の悪い……」
「え、リヴって、あの『フィードバック』の?」
そんな三人組のプレイヤーのうち、最も地味な外見をしている男を見て目を見開くクリムメイスに対し、ダンゴが小声で聞き返す。
―――大規模連盟『フィードバック』。
同連盟は現在このゲームにおいて最も大きいと目される連盟であり、そこの連盟長こそはクリムメイスが口にするプレイヤー……『リヴ』だ。
そして、その彼が最大手連盟の長という肩書に似合わず、目立ったスキルや装備を持っていないことでも有名だという話をSNS等を通して知っていたダンゴは、今そう遠くない所に立つ男がリヴだということ……ではなく、クリムメイスが別段特徴があるようには思えない彼を一目で『リヴ』だと認識できていることに驚く。
「え? うん。それ以外いないでしょ?」
「あー、はい……ごめんなさい、変なこと聞いて」
クリムメイスはダンゴの問いに対して素直に頷き返す……いやなんであんな地味な装備してる上に顔も出ていない人がこの距離から区別出来るんだよ、不自然過ぎるだろ、こういうところの詰めが甘いから他のメンバーから裏切ると思われてるんだろうなあ、この人。
……と、ダンゴは思いつつも、あまり突っつくと更にボロを出してきそうなので一旦クリムメイスのことは置いて、彼女に倣い目の前の三人組へと……正確には、リヴを除く残りの二人へと視線を戻すことにした。
「流石に、だんまりはどうかと思うのだけれど。ダメよ、フレイジィもちゃんとお礼を言わないと?」
片や、モルフォ蝶を思わせる黒に青のアクセントを入れたゴシックドレスに身を包んだ少女(イーリと言うらしい)。
「……イヤよ。私を助けてくれたのは銀騎士様だもの」
片や、黒いウエディングドレスに装甲を加えたようなバトル・ウエディング・ドレスとでも呼ぶべき装備(しかも何故か赤い鎖で雁字搦めにされている)に身を包んだ少女(フレイジィと言うらしい)。
「……フィードバックは、ああいうプレイヤーを仮想敵として燃えるタイプの人の集まりって聞いてましたけど……」
リヴの横に並ぶ、どう見ても一般的なプレイヤーではない、確実に頭角を現していないだけのカナリアやウィンのようなアレな類のプレイヤーだと一発で理解させる、異質な雰囲気を漂わせた装備を身に纏った二人組の少女を見て、思わずダンゴはクリムメイスに耳打ちする。
そう、『フィードバック』という連盟はエリアやボスモンスターよりも、カナリアやウィンのような『運営側が用意した、意図的にゲームバランスを崩す要素』を手にした存在―――『ゲームチェンジャー』と呼ばれている―――を攻略し、撃破することを目標とするプレイヤーが集まっていることでも有名だった。
なにもおかしなことはない。
『ゲームチェンジャー』は運営側が用意した〝必ず攻略が出来るように調整された敵〟とは違い、こちらに勝たせる気がないことも多々ある存在であり、超える壁が高ければ高いほど燃える人種というのは必ず存在するのだから。
「バケモンにはバケモンをぶつけることも時には有効、フィードバックはそう判断したんでしょ」
自分の言葉に対する答えにクリムメイスが、あたしがトップでも抱えられるゲームチェンジャーは持ち札として抱えとくわね、なんて付け加えながら肩を竦めたのを見て、ダンゴはそれも一理あるなと頷いた。
確かに、相手が平然と理不尽なスキルを行使するゲームチェンジャーなのであれば、自分や、または仲間もまた同じ存在であったほうが都合が良いだろう。
ただ―――。
「ハハ……、すまない。彼は少し忙しい身でね……」
「それじゃあ、私がお礼をする相手はいないわ。だって、この人は盾構えて突っ立ってただけだもの」
「確かに、そうだけれども。ダメよ、一応お礼は言っておかないと?」
「イヤよ。レディは本当の騎士様にしか心を許さないの、そしてこの男にその資格はないわ」
―――名前の通り世界を変えてしまうような力を持つ者が、そうではない者に御せる道理はあらず、事実イーリとフレイジィはリヴに対し敬意等は一切抱いてないようで、フレイジィはふん、とそっぽを向き、そんな彼女を宥めようとするイーリですら完全にリヴのことを舐め腐っている。
「……………………」
中学生程度であろう少女達から自分が目に見えて甘く見られていることを察したリヴが全身をプルプルと震わせながら黙り込む。
……どうやらイーリとフレイジィを王都セントロンドへと辿り着かせる際に彼があまり役立たず、この場に居ない『銀騎士様』とやらが大立ち回りをしたのは本当らしく、ぐうの音も出ないようだ。
「流石に、言い過ぎなのだけれど。でもお兄さんもお兄さんよね? 女の子にここまで好き勝手言われてだんまりなんて、ちょっとどうかと思うわ?」
「………………」
「もしかして、なのだけれど。そういうのが好きなのかしら? だとしたらちょっと信じられないわね?」
「…………」
「ヘンタイさん、なのね。申し訳ないのだけれど、とっても気持ち悪いわ?」
「くゥっ……!」
……が、それを踏まえてもフレイジィの態度は失礼極まりないし、イーリの言葉も攻撃的に過ぎる。
しかし、それをリヴが真っ向から受け、地面に膝を付きながらも一切言い返すことがないのは……まあ、そういうことなのだろう。
世の中、趣味嗜好は人それぞれなのだから横から口は挟むまい。
ダンゴは情けない大人の姿を目に焼き付けながら真顔でそう考える。
「……いやあ、いいの見つけたなあアイツ……」
一方でクリムメイスは自分の前に跪いたリヴに対し容赦なく罵りの言葉を吐き続けるイーリと、ゴミでも見る目で見下ろし続けているフレイジィを見て、思わず隣のダンゴすら聞き拾えないような小声で呟く。
正常な性癖を持った人間からすれば年端もいかない少女に罵られるのはとても屈辱的なことだろうが、クリムメイスを含む一部の特殊な人間達においてはご褒美でしかないのだ。
「情けない、のだけれど。その立派な鎧もきっと泣いているわ?」
「しょうがないでしょ。どうせ中身は前髪すかすかの顔面平均未満なキモいオッサンだもの。……もう行きましょ」
無限に罵倒をし続ける全自動大人煽りメスガキマシーンと化したイーリの手を引き、フレイジィがダンゴとクリムメイスの方へと歩いてくる。
夜中とはいえ、公共の場で人を罵るなり見下すなりするパワーメスガキムーヴを決め込んだそのふたりに対し、ダンゴは絡まれないようなるべく視線を合わせないように目を背け、クリムメイスは逆にあわよくば自分にも突っかかってこないかと執拗に目を送る……が、一目見ただけではクリムメイスがそんなことを望んでいるとは当然分からないふたりは、自分達をじっと見つめるクリムメイスを不思議そうな目で見つつも去っていく……。
「……おいおい。とんでもねえモン、スカウトしちまったぜ。これは……」
そして、そんなフレイジィとイーリの背中を見ながら、先程まで黙り込んでいたリヴが突如としてゆらりと立ち上がり、天を仰いだ。




