091-金糸雀とガンパウダー その4
「にしても、結構早かったですわねぇ」
カナリアから手渡されたキャンディを口に含み、満足そうな笑顔を浮かべてウィンの上から降りたクリムメイスを見つつカナリアが言う。
自分とダンゴも長めの外出をしてはきたが、それでもハイラント近郊のダンジョンの奥底まで潜って戻ってくる必要があった二人が先に戻ってきているとは思わなかったのだ。
「『妖肢化』使ってると這脳が面白い様に死んでさ……もうインベントリパンッパンよ……脳漿でねえ!」
小首を傾げたカナリアに対し、キャンディを貰えてすっかり上機嫌なクリムメイスが言いながら自らのインベントリよりオレンジ色の液体がたっぷりと入った瓶をテーブルの上にひとつ置く……それは『這脳の脳漿』。
王立ウェズア地下学院に出現する這脳がドロップするMP回復用アイテム『新鮮な脳漿』が、一定時間経過……または、ダンジョン外へ持ちだされた際に変化する素材の一種。
そう……かつて、カナリアがウィンに飲むことを強要し続けた結果、ウィンを人間よりウェズア学派の偉大なる叡智の権化たる高次存在へと進化させた忌むべき液体であるそれを集めるため、今回ウィンとクリムメイスはふたりで王立ウェズア地下学院に潜っていたのだ。
では、なぜそんなものを集めていたのか―――?
「えへへ、これだけあれば魔晶のレベルのひとつやふたつ上がるかなあ」
「どうかしらね、上がってくれると嬉しいけど……」
―――答えは単純。
そのなにに使うのか一切分からない素材は【臓物系】の素材であり、『クラシック・ブレイブス』の拠点に設置されている『魔晶』こと【悪夢の魔晶】はそれだけを欲しているからだ。
通常であれば鮮度を失えば使い道がないゴミであるそれは、この『連盟』においてだけは貴重な栄養素として受け入れられていた。
というわけで。
とりあえずカナリアが欲しがっており、かつこの場で即座に作れる『火薬袋(強)』だけをいくつか作ると、面々は工房を後にして魔晶の設置してある邪教の祭壇めいた部屋へと向かい、ウィンとクリムメイスが搔き集めてきた『這脳の脳漿』をドバドバと魔晶へとぶっ掛け(てっきり亜空間に飲み込まれるものだと全員が思っていたが、そうでもないらしい)、床を脳漿でグチャグチャに汚し始めた。
「……冷静に考えたらさ、なにやってんだろ、あたし」
「ダメですよクリムメイスさん、考えたら負けです」
「そっか」
その作業の最中でクリムメイスが正気に戻り掛けるが、即座にダンゴがフォローする。
……そう、考えたら負けてしまう、今はただ無心で魔晶に脳漿を掛け続けるのだ……それが明日の自分のためになると信じて。
「あっ、そうそう、そうですわ! 少しだけでいいのですけれども、脳漿、取っておいてくださるかしら? ちょっとした事情で使いたいのですけれども……」
「え? これを……? まあ、いいけど……じゃあ、はいっ、丁度3ポイント獲得出来たところだし、残った5個あげる!」
「助かりますわ!」
と、ここで不意にカナリアが這脳の脳漿を『ちょっとした事情』で欲しがり、それを聞いたダンゴは思わず小首を傾げる。
……『ちょっとした事情』というその言葉は先程も聞いたが、どうしてここでまた出てくるんだ? 火薬と脳漿を欲しがる『事情』ってなんだ? それはどうやっても繋がらなくないか?
分からない、まるでなにも分からないが……嫌な予感だけはむくむくと膨れ上がり……、そこでダンゴはクリムメイスにアドバイスしたことを自ら実践することにし、考えるのをやめた。
「しっかし綺麗に3ポイントね、どこに振る?」
「『状態異常:出血』はツナーバみたいなボスに強いだろうけど、あくまで状態異常だから効かない敵もいそうだよね」
クリムメイスの問いに対し、まずウィンが口元に人差し指を当てながら答えた。
確かに、名前からして有機物相手にしか効果はないだろうし、耐性を持った相手は多そうではある……が、耐性持ちがいるとしても『出血』のレベルを上げて得られる、武器による攻撃時に一定確率で『状態異常:出血』を付与するという効果は、『状態異常:出血』が入った瞬間に相手に最大HPの10%ものダメージを与える強力な状態異常だということを考えると十分に上げる価値はある。
「誰にでも通りそう、という話ならば『苦痛』が一番良さそうですわね」
続くのはカナリア。
『苦痛』のレベルを上げれば、相手に苦痛を与えた場合に一定時間与ダメージを1.2倍するという効果を得ることが出来る。
そして、苦痛を与えたと判断されるのが、部位破壊、状態異常付与、拘束攻撃の命中であることを考えれば、どれも全て入らないということは早々無いはずなので一番安定しているとはいえる。
ただ、その分効果は与ダメージの上昇だけ、という間違っても弱くはないが派手さに欠けた地味なものだが。
「『即死』も雑多な相手と戦う時には役立ちそうですし、どうでしょう、いっそ全部ひとつずつ上げるのは」
そして最後に締めるのはダンゴだ。
まあ、確かにそれが一番丸いかもしれない。
とりあえず全て試してみて、良かったものを上げていけばいい。
幸い、この魔晶を育てるのに必要な素材は楽に集められるのだから。
「あたしはダンゴに賛成かな」
「わたくしもそれで構いませんわよ」
「ウィンも勿論!」
というわけで、全員がその結論に至り、カナリアが魔晶のステータス画面を操作して各レベルをひとつずつ上げていく。
■□■□■
【悪夢の魔晶】
未使用ポイント:0
レベルアップに必要なポイント数:2
・成長に必要な素材……【臓物系】のみ
・出血 Lv 1 (次回レベルアップで習得:『状態異常:出血』に『2分間の間、毎秒10ダメージを与える。このダメージでは死亡しない』効果を追加する)
:武器による攻撃時に一定確率で『状態異常:出血』を与える。
『状態異常:出血』……発症時、最大HPの10%を失う。
・苦痛 Lv 1(次回レベルアップで習得:苦痛を与えられた相手は三十秒間HP、MPを除くステータス全てが10%低下する)
:相手に苦痛を与えた場合に一定時間与ダメージを1.2倍する。
『苦痛』……部位破壊を行う。状態異常を付与する。拘束する攻撃を命中させる。以上の三つが対象となる。
・即死 Lv 1(次回レベルアップで習得:追加でMPを使用することにより、攻撃に『バニッシュ』を付与)
:追加でMPを使用することにより、攻撃に『デス』を付与する。
『デス』……耐性を持たない相手を35%の確率で即死させる。耐性を持つ相手は1%の確率で即死させる。
『バニッシュ』……使用者の現HPが対象の現HPを超えていた場合、使用者の現HP分の固定追加ダメージを与える。
■□■□■
「「「あっ」」」
その結果、カナリア以外の全員が思わず声を漏らして硬直する。
「これやべえですわね」
そしてカナリアも一番最後の『即死』がLv2にて習得する効果と自身の相性の良さに思わず真顔でやべえと口にしてしまう。
対象の現HPを超えていた場合、使用者の現HP分の追加ダメージを与える……ということは、カナリアが使用すれば実に25000程度の固定ダメージを与えることができる。
もちろん、無条件に、というわけではない……カナリアのHPが減っておらず、相手のHPがカナリア以下であることが絶対条件だ。
ツナーバを筆頭として、ボスモンスターはHPが高い傾向があるので、早々通ることはないだろう……ボスには。
ボスには。
「実質上の確定即死攻撃じゃん」
「終わったわ、HP5000あれば一撃受けれる時代終わったわ」
「即死をLv2に上げるのが正解だったかー、いやー、まいったなー」
そう、ボス以外には大体通るだろうし、ボスに対してもボスがカナリアの残HPを切った瞬間に即死となるので全く効果が無いわけではないというか、今でも最大で25000の固定ダメージが与えられ、まだカナリアのHPは伸ばせるのだから強力極まりない。
恐ろしいものが誕生し掛けている現実にカナリアを除く三人が頭を抱える。
いいのか、本当に? そんなことしても……世界が壊れてしまいそうなのだが。
「あら……?」
カナリアの膨大なHPによって世界に破滅が齎される可能性が現れ始めた頃、その腕の内に収まっていた、人の顔程もある巨大な卵―――カナリアによって秒殺されたイフザ・リッヒが『水着セット:イフザ・リッヒ』と共にドロップした卵、『相棒の卵:イフザ・リッヒ』に、ピシピシと音を立ててヒビが入り、やがてその中から一匹の新しい生命が顔を出した。
「急に孵りましたわねえ」
腕の中で誕生した新たな生命と真顔で睨めっこしながらカナリアが呟く。
生命の誕生というものは、いつだって急なものなのだ……生命に終焉を急に齎し続けてきた少女は、この時初めてそれを知り、卵から顔を出した生命―――ごつごつとした黒い肌の中に、くりくりとした大きい黄色い目を輝かせる『イフザ・リッヒ』の幼体である『ベビー・リッヒ』の更に幼体―――を興味深そうに見つめながら小首を傾げ……腕の中の小さな生命もまた、親と認識してしまったのであろうカナリアを倣って小首を同じように傾げる。
「か、可愛い……」
きゅるきゅると喉を鳴らしながらカナリアと見つめ合うベビー・リッヒの幼体を見てウィンが思わず声を漏らす。
いくら将来的には成人男性を食い散らかし、そしてカナリアに秒殺されたマグロ食ってる巨大な奴に成長する存在だとしても、小さい内は生物はなんだって可愛く見えるものだ。
「それじゃあ、わたくし、ちょっと餌を用意してきますわ! 変な所に行かないように見ててくださる?」
そんな可愛らしい生物の育成方法は(現実ならともかく、ゲームの中では)餌やり&餌やり&餌やりであり、それはこのゲームでも違いは無い。
ベビー・リッヒと見つめ合っているように見せかけて、彼女が誕生した瞬間に表示された『相棒の育成方法』なるTipsを読んでいたカナリアは、テーブルの上にまだベビー・リッヒが入ったままの卵を置き、ぱたぱたと先程まで自分達が居た工房の方へと駆けていく。
「えっ、なんで工房行ったのあの子」
「あっ、わっ! だめだめ、危ないよ!」
なんの迷いも無く工房へと駆けていったカナリアに思わずクリムメイスは驚き、その背を追おうとするが、同じく離れていく母の背を追うためにテーブルから果敢にも飛び降りようとして、すんでのところでウィンに抱き抱えられたベビー・リッヒに気を取られてその足を止めてしまう。
「……んん? 餌? 餌なんて、持ってるのかな……カナリアさん……」
「あー、確かに……?」
非力ながらも抵抗し、ウィンの腕の中から抜け出してカナリアを追おうとするベビー・リッヒを見ながらダンゴは小首を傾げる。
見るからに恐竜の幼体である彼女が食すようなものを、カナリアが普段から持ち歩いたりしているとは思えない。
そもそもとして、基本的に彼女のインベントリは自己回復用のポーションで満タンなのだから。
「っていうか、先輩、名前とかちゃんと考えたのかな……?」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら四肢をばたつかせるベビー・リッヒを見ながらウィンが眉を顰める。
……なにせ、カナリアはペット等飼わなければいいのですわ、とか言っておきながらペットを平気な顔して飼うような少女である……名前をきちんと用意しているとは到底思えない。
「あたしだったら弱肉強食丸って名付けるけど」
「待って急に信じられないぐらいダサい名前出さないでクリムメイスさん」
「僕だったらチビマメかな」
「ダンくんもダンくんで一年後には微塵もチビ要素もマメ要素なくなってそうな名前付けるのやめて」
とりあえず、クリムメイスとダンゴはロクな名前を考えてなかったらしい。
……まあ、かといって自分も別段なにかを考えていたわけではないのだが……付けるとしても『レックス』のような直球勝負のものしかウィンは思いつかなかった。
「お待たせしましたわ! 餌ですわよ~」
そんなこんなで結局クリムメイスが後を追う前にカナリアがトレイに謎の濁ったオレンジ色のペースト状の物質を乗せて工房から戻ってくる。
いや、それは、なに……? 三人が硬直する中、カナリアはテーブルの上に謎の不気味なペースト状の物質を乗せたトレイを置き、固まるウィンの腕からベビー・リッヒを取り上げるとトレイの前に置く。
明らかに口にするべきではない物体、人間があれを食えと押し付けられたら土下座してでも拒絶するであろう物体……だが、ベビー・リッヒにとって母は絶対らしく、やがてピチャピチャと音を鳴らしながらその物質を口にし始めた。
「ふふふ、いっぱい栄養を付けて、母親より強くなるんですのよ」
謎のペースト体を食し始めたベビー・リッヒを見てカナリアが満足そうな微笑みを見せる。
いっぱい栄養を付ける……、栄養が付くものなのだろうか、その謎のペースト体は……?
「あの、カナリアさん……それは……?」
まるで見当がつかない謎の物質を赤子に食わせているカナリアに、恐る恐るといった様子でダンゴが聞くと―――。
「ああ、『這脳の脳漿』に『火薬』をぶちまけたものですわよ。これが本当の火薬ご飯! ですわ!」
「なに食べさせてるのぉおおおおお!?」
―――信じられない回答が返ってきて、思わずウィンは絶叫する。
そもそも、その『かやく』は『かやく』でも『火薬』ではなく『加薬』だ。
「そんなの食べさせたら死ぬでしょ……」
劇物以外の何物でもないペースト体を順調に飲み込んでいくベビー・リッヒを止めようと動いたウィンの体を押さえつけ、まあまあ、と宥めようとする(無論効果はない)カナリアに対し、頭を抱えながらクリムメイスがため息交じりに言う。
一方、生命の保証がないものをまさか口にしているとは思っていないであろうベビー・リッヒは、自分の周りで騒ぐ人間達の姿を見て不思議そうに首を傾げるのだった。




