090-金糸雀とガンパウダー その3
……その後、たっぷり二時間ほど掛けて『火薬の設備』を用いた装備についての語り合いを終えたカナリアとダンゴは、軽やかな足取りでオル・ウェズア地下に存在する拠点に向かっていた。
「んー……っ、いやあ、今日は得るものが多かったなあ」
「うふふ、わたくしも思ってたよりずっと楽しかったですわ!」
「なら、良かったです! あっ、でもさ、カナリアさん」
白熱したブレインストーミングによって火照った体を夜風に撫でられ、心地よさそうに伸びをしながらダンゴは、ぱん、と手を合わせて笑みを浮かべるカナリアへと、ふと疑問に思ったことを尋ねてみることにした。
「首輪爆弾なんて何に使うの?」
それは、彼女が初っ端に考案した『指定したタイミングで爆発させられる首輪』という装備の使い道だ。
聞かないほうが良いかもしれないが、知っておかないとまずいかもしれないので、一応……。
「勿論クリムメイスに付けますのよ、そして裏切ったら殺しますわっ!」
「えっ……」
あの子に似合う帽子被せちゃおう! みたいなノリで連盟員に首と胸が吹き飛びかねない首輪を装着すると言い出すカナリアを見て、当然ながらダンゴは絶句した。
やはり聞かないほうが良かったかもしれない……。
「……なんて、冗談ですわよ! ほら、旅先で歩いて戻るのが面倒な時とかあるでしょう? ああいう時に簡単に死に戻れたら便利だと思いまして」
当然ながら全力でドン引きしたダンゴに対し、やぁですわねえ、なんて言いながらカナリアがパタパタと手を振る。
まあ、確かにエリアが広大になりがちであるVRゲームにおいて、移動が面倒となることは多々ある……が、だからといってVRゲームで自らの首から上を吹き飛ばしてまで手早く帰りたいとは普通思わないのではないだろうか、違うのだろうか。
「あはは……、僕には着けないでくださいね……」
とりあえず、間違っても自分は装着させられたくないのでダンゴは断りだけ入れておく。
最悪クリムメイスが犠牲になるのは仕方ないとしても、自分や妹がそんな残虐な道具で殺されるのは絶対に回避したい。
「着けませんわよ、だってあなたは……」
そんなダンゴに対し、あなたはもっと恐ろしい首輪を既にしてますし、と思わずカナリアは言いかけるが、この瞬間を現実世界のハイドラに見られていたら後々なにをされるか分かったものではないのでギリギリで踏み止まる。
「……わたくしのこと裏切ったりしないでしょうっ?」
「それは勿論! ちょっと嫌な言い方になりますけど、僕達になんのメリットもありませんから」
なんとか踏み止まったカナリアはそれっぽいこと言って誤魔化し……それに対しダンゴが笑顔で返した言葉は『メリットがあれば裏切る』と遠回しに言っているようなものだったが、ダンゴがそれを分かった上で『メリットがないから裏切らない』と口にしたのは、意外とリアリストな一面もある彼なりのカナリアへの強い信頼の現れなのだろう。
浮かべた人懐っこそうな笑みがその証だ……しかし、その笑みも長くは続かなかった。
「けれど。その……あいつも、カナリアさんも、ウィンもそうなんですけど……どうして皆クリムメイスさんが裏切るって考えてるんですか? 僕としては、そんな人には見えないというか、さっきも言いましたけど、それによるメリットが見えないというか……」
人懐っこさそうな笑みをやや曇らせながら、言い辛そうに頬を掻きつつダンゴが口にするのは、自分とクリムメイスを除く全メンバーが口々に言う……『クリムメイスは間違いなく裏切る』という言葉に対する疑問。
……確かに、クリムメイスの登場の仕方とパーティーへの強引な加わり方は怪しさ満点だった。
しかし、現状クリムメイスと他の『クラシック・ブレイブス』の面々は仲良くやっていると思うし、それに何より『クラシック・ブレイブス』は規模こそ小さいものの、高い実力を持つメンバーばかりが集まった良質な連盟で。
『頭数』という、この世で最も強力な武器となるものを持ってないのは痛いが、それ以外なら大体手にしている。
そんなところを裏切る理由は、理論的に考えてひとつもない。
……もっと大きく力の強い『連盟』に誘われでもすれば、人によっては裏切りも選択肢に入るかもしれないが、ダンゴはクリムメイスがそういう人物だとは思えなかった。
「まあ、そうですわね……ウィンはきっと登場の仕方があまりにも怪しかったから裏切ると思っているのでしょうし、ハイドラは……ちょっとなんでか分からないですけども……」
ダンゴの問いに答える前に大きくため息をつくカナリア。
……ちなみにハイドラが見ている可能性を考慮して言葉を濁したが、彼女がクリムメイスを裏切り者と言い続けている理由は大体察している。
ダンゴが気付いているかは不明だが……恐らく身に纏う雰囲気が彼が玉砕した上級生に似ているのだろう。
なにせ、片や、ダンゴを勝手に義妹にして萌える女、片や、ダンゴとウィンのデートをストーキングして萌える女……同等レベルの変態なのだ。
「わたくしとしては、あの子は絶対に裏切れないと思いますの」
「裏切れない……?」
「ええ、自分自身を」
まあ、そこは放っておくとして、とりあえずカナリアが近頃抱いているクリムメイスに対する評価を―――クリムメイスは自分自身を裏切ることができない、という評価を口にすると、ダンゴはその言葉を口の中で反芻した。
「……ほら、最初に出逢った時に言っていたでしょう、彼女。自分が立つのはトップ、それ以外はないって」
「あ、確かに」
「きっと、今の状況をあの子も楽しんではいてくれてるんでしょうけど、でも満足は出来ない……そう思いませんこと?」
「…………」
言われてみれば、度々クリムメイスは自らの力量に自信がある口振りと、それを見せつけたがるような行動・言動を取ることが多いとダンゴは気付く。
だとすれば確かに、彼女があくまで『カナリア一行の盾役』程度のポジションである現状に不満を抱いていてもおかしくはなく、更なる高みを目指すために自分達を裏切る可能性は極めて高い。
「これが現実なら、ある程度の折り合いも付くのでしょうけど……」
自分の言いたいことを大体理解したような表情を浮かべるダンゴに向けて、カナリアは少々寂しげな笑みを浮かべてみせた。
……クリムメイスが自分達を裏切る可能性は大いにある、とそう考えている彼女だが、なにも決してクリムメイスに裏切って欲しいわけではないのだ。
ただ、濃密な時間を(そう長くはないが)共に過ごす中で『現れ方からして怪しいし、裏切るだろう』という冗談が、的を射ていてしまっていたことに気付いてしまっただけで。
「……やっぱり、付けましょう。首輪爆弾!」
「ダンゴ?」
「そりゃあ、クリムメイスさんにだって譲れないものの一つや二つあるでしょうけど、それのためだからって簡単に蹴られていいほど軽くないですよっ、僕の気持ちはっ!」
珍しく表情を曇らせたカナリアを真っ直ぐ見据えるダンゴは、彼にしては珍しく目尻を吊り上げて口をへの字に曲げ、妹であるハイドラそっくりの表情を浮かべていた。
仲間よりも自分を優先する―――それがクリムメイスの下した判断なのであれば、その時はそれを尊重しようと考えたカナリアと違い、ダンゴは彼女の意思を無視してでも共に歩みたいと考えたらしい。
「……ふふっ、ダメじゃないですの。お兄ちゃんなのにワガママ言ったら」
「これがゲームじゃなきゃ、ある程度は折り合いつけますけどね!」
そんなダンゴの言葉に対し微笑みを返したカナリアへと、ダンゴは先程カナリアが口にした言葉と似たようなことを返してくる。
……確かに、あちらがゲームの中でぐらいは自分を譲れない、と言い出すのならば、こちらもお前のことは譲れない、と言い出してもおかしくはないだろう。
そうしたら、間違いなく言葉以外の手段で話し合うことにはなるだろうが……ゲームなのだから、それで構わない。
「そうですわね。……でも、全部わたくしの考え過ぎで、もしかしたら裏切らないかもしれませんし。そうだった時、流石にかわいそうですから……裏切ってから付けましょう」
「ですね。あまり酷いことして、それが原因で裏切られたら本末転倒ですし」
ならば、そうさな、本当に裏切ったらその時は首輪爆弾の出番かもしれない……そう結論付け、うふふ、あはは、とふたりは笑い合った。
一見して正反対に見える二人だが、存外、似たようなところもあるらしい―――。
「あっ! 先輩おかえりっ!」
―――そんな二人が『クリムメイスに似合う首輪爆弾のデザイン』についての相談という悍ましい話を楽しそうにしながら拠点へと帰り、早速クリムメイスに装着させる首輪爆弾を作ろうと工房に入ると、作業台の上に横になっているウィンが意地悪そうな笑みを浮かべて二人を出迎えた。
「ひゃあ! 嘘でしょ!」
そして、そんなウィンに馬乗りになって彼女の手首を抑えているクリムメイスも。
「クリムメイス? あなた、わたくしの可愛い後輩になにしてますの?」
「いやっ……! ち、ちが、これは……! わ、罠だッ! これは罠だッ! ウィンがあたしを陥れるために仕組んだ罠だッ!」
見るからにウィンを襲っているとしか思えないポジションを取っているクリムメイスへと、カナリアがにこりとも笑わずに冷たい声を浴びせ、なにやらウィンに陥れられたらしいクリムメイスはキャラを投げ捨てつつ顔を真っ赤にして叫ぶ。
「……あのお、よりによって僕の作業台を使うの止めてもらえますかね?」
「だ、だから……ちが……!」
そんなクリムメイスをダンゴが作業台の縁から顔を半分だけ出してじろりと上目遣いで睨み上げる……珍しく攻撃的な表情を浮かべたダンゴは、正に妹にそっくりであり―――というか、若干妹よりも圧が強く……もしかしなくても怒らせると一番ヤバいのはダンゴかも、と、クリムメイスは思わず息を呑んだ。
「ちがうもん! なんか、ウィンが、ドロップしたキャンディ、美味しそうに食べてるから! だから、欲しくて、ちょうだいって言ったら、いじわるされて……なんかこうなったんだもん!」
とりあえず、このままでは全て自分が悪いことになってしまう、そう判断したクリムメイスが馬乗りの姿勢のままウィンの顔を指差して叫び……そんな、この連盟の中における年上組とは思えない子供じみたクリムメイスの言動に、絶対零度の目で見ていたふたりも思わず溜め息を吐くしかなかったのは言うまでもない。
「いじわるしちゃったの? ウィン」
「んふふ~、記憶にございませんなあ~」
普段通りの穏やかな表情に戻ったダンゴの問いに対し、小首を傾げてニヤニヤとした表情でクリムメイスを見るウィン。
その様は完全にいじめっ子のそれであり、どうにも王立ウェズア地下学院で魔術をやたらめったら撃ってきてハイテンションらしい。
「で、これがそのキャンディとやらですの?」
「あ、うん」
なにやら昂ぶるとサディストな一面と触手が出てくるらしい少女こと、ウィンの手からカナリアが瓶をひとつひょいと取り上げた。
ラベルすらない上にやや赤茶色く汚れたその瓶の中には、青くて大きなキャンディがごろごろと詰まっており……。
「……確かに、あ〝めだま〟ですわね、これ」
……原料がなんなのかは分からないが、ドロップした場所のことや、丁度人差し指と親指で輪っかを作ったぐらいのサイズ感であることを考えると、その飴玉にはロクなものが使われてはいないのだけは確かであり、かつて脳漿を飲むことを拒絶した少女がこんなものを平然と口にしている事実にカナリアは深い悲しみを覚えた。
ああ、人は此処まで変わってしまうのか、と。
ちなみにウィンを此処まで変えてしまった人間は言わずもがなカナリアである。
「食べる? リンゴ味だよ」
「ふーん、ちょっと頂きますわね」
「あ、僕も」
悲しみを覚えつつ、ウィンがくれると言うのでカナリアは原材料がなんなのか大体予想出来てるクセして平気な顔してひとつ口に含み、なにも気付いてないらしいダンゴもカナリアからひとつ受け取って口に含む。
ころころと舌の上で転がしてみると、確かにリンゴ味だ。
……だからなんだ? という話なのだが、これはきっと特に理由のないアイテムなのだろう、嗜好品という奴に違いない。
「ず、ずるい! ウィン、あたしにもちょうだいよ!」
「え~? どうしよっかなあ~、クリムメイスさん、なんだかウィンたちに隠れてコソコソやってるしな~」
「し、してないし……」
あれだけ欲しがった自分には終ぞ寄越さなかったクセして、後から来た二人には秒で渡したウィンへと抗議の意味が多分に含まれた視線を向けるクリムメイスだったが、探るような視線をウィンが返してくると、明らかに何かしてそうな雰囲気で即座に目を逸らす。
そんなクリムメイスの様子を見たカナリアがなんとなくダンゴに視線をやると、ダンゴはゆるゆると首を横に振った……間違いなくなにかしていると思う、というジェスチャーだろう。
「それじゃあ、ウィンたちのこと裏切らないって約束してくれるなら……いいよ? あげても」
「するする約束する!」
「……嘘吐いたら、針千本だからね?」
「裏切らないもんいいよ、なんでも!」
秒で約束を反故にしそうな雰囲気でクリムメイスがぶんぶんと首を縦に振り、それを見たウィンがニヤリ、とまた嗜虐的な笑みを一瞬浮かべた後にカナリアへと視線をやった。
ひとつくれてやれ、ということだろう。




