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089-金糸雀とガンパウダー その2

「それでね、今日は『火薬の設備』の情報を持ってきたんだ」

「はあっ!? もう取ったのか!? すげえな、ハイドラちゃんのとこ……ええっと『クラシック・ブレイブス』だっけ」

「うん、みんな強くってさ」


 とりあえず挨拶も終わったので、ダンゴは道中作成していた『火薬の設備』の情報をまとめたウィンドウをテーブルに広げながら、今日この場を訪れた理由を口にした。

 カナリアはさり気無くダンゴが広げたウインドウに目を通してみるが、現状『クラシック・ブレイブス』以外が所持している可能性は低いであろう『操魔の設備』に関する情報はきっちりと抜き取られており、存外しっかりしているのだなと感心してしまった。

 仲が良い相手とはいえ、隠すべきところはきちんと隠しているようだ。


「いやいや、ハイドラちゃんも凄いじゃん! ベビー・リッヒ相手に無双してさ!」

「生産職とは思えない動きだったよなあ!」

「……あ、あはは……そういえば、そうだったね……」


 一方、生産職でありながらカナリア達に食らいつく驚異的なプレイングスキルを持ちながらも『仲間が強いだけ』だなんて、謙虚に過ぎる感想を口にした(してしまった)自分をここぞとばかりにヨイショする男達から、露骨に目を逸らしながらダンゴが頬を掻く。

 ベビー・リッヒとイフザ・リッヒが現れるあの海辺は、かなり人の目があった場所だったのでダンゴ……ハイドラが戦う姿もばっちり複数人が目にしており、その情報は当然ながら此処にも流れて来ていたらしい。

 まあ、特に深く追求される様子もないし適当に流して誤魔化そう。

 そうダンゴが決めた時―――。


「あ、あの……『キャットまたたび』って、ここで合ってます……か……?」


 ―――不意に扉が開き、ひとりの少女が顔を覗かせた。

 さらりと腰辺りまで流れる美しい黒髪と、少々気弱そうな目つきと泣きぼくろが特徴的な少女だ。


「あ、ああ。合ってるけど……君は?」


 唐突な見知らぬ少女の乱入……! 顔だけは良い女テロリストだけでも緊張するのに謎のニューフェイス……!

 一気に口籠る男達だったが、唯一なんとか声を絞り出せた無意味に片目が潰れている男が首を縦に振る。

 それを見て少女は一瞬安心したような顔を見せるが、直後に自分のことを聞かれていることに気付き、その全身を扉から潜り込ませると腰を90度近く折って頭を深く下げた。


「わ、私、マコトです。ブレンダさんから聞いているとは思うのですが……」


 その大人しそうな性格に似つかわしくない凹凸の激しい蠱惑的な体を縮こまらせながら、小刻みにマコトという少女は何度も頭を下げている。

 どうやら、彼女もカナリアと同じく初めてこの場を訪れたらしい……開幕、一回全員殺すか? 等と言い出したカナリアとは違ってえらく緊張しているのがいい証拠だろう。

 そして、このガチガチに体を強張らせる彼女はどうやらブレンダという人物によって既に紹介されていたらしい……のだが、おかしなことに男達は目を丸くして互いの顔を見合わせ始めた。


「……ブレンダ……さん……? 知ってる……?」

「……俺、知らないけど……女の子、かな……? ……女の子の知り合い、または、女の子の知り合いがいそうな知り合いがおるやつ……おりゅ?」

「おりゃん」

「おりゃん」


 おりゃん、おりゃん、と口々に言いながら首を横に振る男達……その様子を見てマコトの顔が徐々に青ざめ、目に見えて狼狽し始めた。

 どうにも彼女は人とコミュニケーションを取るのが苦手のようであり、そんな彼女にとって―――。


 金髪に黄昏色と青色のメッシュを入れた高レベルの不良っぽいカナリア(実際はテロリストなので不良じゃすまない)。

 やや吊り目がちの苛烈そうな顔つきに露出度の高い服を身にまとった女子カースト上位っぽいハイドラ(実際はダンゴなので女子ですらない)。

 筋肉ムキムキマッチョマンの四人の男共(外見だけで中身はマコトと同じぐらい弱い)。

 一言も喋らない全身鎧のプレイヤーことホロビ(このプレイヤーは本当に謎だ)。


 ―――といった七名が集っているこの場は、呼吸すら難しい場所らしい。


 知り合いによる紹介がある、という前提条件があって初めてなんとか息が出来ていたのに、それが目の前で急に無くなったものだから、見ているのが可愛そうなぐらいに息が乱れ始め、ついには涙まで浮かべてしまう。


「ごッ、ごめんな、さ……わ、私っ、な、ッ……勘違い……してた、みたい……で……」

「……いや、待て、待て待て待て。そういや俺、昨日だか一昨日……知らない女の子に……ここの場所聞かれたような……! もしかして、あれがブレンダちゃんとやらか!? 黒髪の、めっちゃ胸がまな板の!」


 ガタガタと震えながら謝り始めたマコトに対し、男の中の一人……ドワーフのような見た目の男が胸元で手を直下に動かす失礼極まりないジェスチャーを見せる。

 めっちゃ胸がまな板なんて言葉で個人の特定は無理でしょうと、思わずカナリアは思って無言で額に手をやったが、一方でマコトは希望を見出したように笑顔で何度も頷く。

 カナリアは驚愕をせざるを得なかった……一体ブレンダという少女はどれだけ貧乳なのだ、と。


「おいお前、なんでそんな大切なこと忘れてんだよ! 事前に話しとけよ! いろいろ準備があるだろ!」


 うわー、あれがそうかー、うわー……、などと繰り返しているドワーフ風の男に対し、片目が無意味に潰れている男が非難の声を上げる。

 ちなみに準備、というのは心の準備である……知らない女の子と言葉を交わすのは、彼らのような男達にとってめちゃくちゃハードルが高いのだ。


「だって俺ここの場所聞かれただけで誰が来るとか聞いてなかったし……」

「えっなにそれは」


 しかし、今回の一件においてその男に罪は無かった。

 悪いのは、場所を聞いただけだというのに『紹介しておいた』みたいな口振りでマコトにこの場所を教えたブレンダである。


「……………………本当に、適当な人」


 そのことを察したマコトがぼそりと呟く―――そこには凄まじい怨嗟が籠っており、下手をすれば包丁で腹を掻っ捌きそうな威圧感すらある。

 隣でマコトのその呟きを聞いたカナリアとダンゴは無言で顔を見合わせると、ダンゴはこの子怒らせるとヤバいタイプですね、という意味の籠った視線を飛ばし、カナリアはお宅の妹さんに似てますわね、という意味の籠った視線を返す。


「ま、まあ! いいじゃないか、いいよね! みんな! 別にここ会員制とかでもないんだしさ!」


 とにもかくにも、このままでは隣のマコトがブレンダとやらを殺しに行きかねないと思ったダンゴが、素早くマコトの背後に回りその肩を掴む。

 すると、急に体を触られたマコトはびくりと跳ね上がり、先程までの人間で妖刀の切れ味を確かめそうな雰囲気を霧散させ、再びガチガチに固まってしまった。


「……おう! ハイドラちゃんの言う通りだ! ごめんな! 変な空気にしちまって、マコトちゃん!」


 ねっ、ねっ、と半ば圧に近い笑みを浮かべるダンゴに対し、男達の中の一人が頷きを返す。

 ……そう、テロリストですらこの場にいるのがいい証拠であるように、このグループは基本的に来るものを拒まないのだ。


「それで、マコトちゃんはどうしてここに?」


 とはいえ、見知らぬ少女が訪れた理由すら気にしないわけではないので、ドワーフ風の男が、下手をすれば自分達以上に人と関わり合うのが苦手そうな彼女がこの場へと足を運んだ理由を問う。


「あ、ああ。ええと。その……私の所属している連盟……『松竹梅を見る会』なんですけど……つい先程、『火薬の設備』を手に入れたので……情報の提供を……それと引き換えに、なにか情報が得られたらなと……」

「「「あっ」」」


 それに対し、おずおずとマコトは答えたが―――瞬間、彼女を除く全員が短い声を漏らして固まってしまった。


「えっ? えっ……?」

「わりぃ、ちょっとばかし遅かったな……その情報はもう、そこのハイドラちゃんが提供しちまった……」

「な、なんかごめん……」


 急に凍り付いた空気にマコトが驚き周囲をきょろきょろと見回す中、男達は思わず頭を抱えた。

 まさにタッチの差、という奴だ……マコトが交換材料として持ち込んだ情報は直前にダンゴとカナリアが持ち込んでしまっている。


「そ、そんな……」


 そもそもとして、この集まりに参加するのに別に情報を持ち込む必要はない(事実ホロビなど一言も喋らない)のだが、そのことを理解していないらしいマコトは絶望的な表情で肩を落としてしまう。


「そ、そういやあさ! 『松竹梅を見る会』といえばさ! あのリーダーのマツさん! あの人が使ってる『刀』! プレイヤーメイドって噂だけど、マコトちゃんが作ったりしてんのかな!?」


 再び今にも泣き出しそうな表情を浮かべたマコトを見て、このままでは釣られて自分達まで泣いてしまうと察した男が少々大袈裟な身振り手振りをしつつ声を上げる……と、周囲の男達は、俺も気になる、俺も気になる、と口々に言い出す―――実際、気を使って言っているだけではない。

 『松竹梅を見る会』のリーダーことマツが用いる奇妙な武器『刀』は、そのものどころか同種の武器すら発見されておらず、暫定的に生産職が作ったプレイヤーメイドの一品とされているが、それにしては威力が出すぎていることで―――更に言えば製造時期が間違いなく『武器組み立て』の正しい仕様が広まる前の第一回イベント以前であることでも―――有名だ。

 だからこそ、もしもあの刀をこのマコトという少女が作ったのであれば、そこから得られる情報は『火薬の設備』の情報等よりよっぽど価値があるかもしれないのだ。


「え……? まあ、はい……確かに私が打ちました……」


 なんてことは間違いなく分かっていないであろうマコトが、きょとんとした表情であっけらかんと告げる。

 すれば、気になるー、気になるー、と繰り返していた男達が徐々に静かになるのは当然だろう。

 なんせ、目の前の臆病で人見知りな少女は、自分達とは比べ物にならない名匠であるかもしれないのだから。


「ええっ、ほんとに!? 絶対ドロップ品だと思ってたよ! ねえ、あのさ! どうやってあんな火力を出してるんですかっ!?」

「わ、わ……えと、あの、そっ……ち、ちか……ぃ……です……」


 あっさりとしたマコトのカミングアウトによって完璧な沈黙が訪れるより……若干早く、目を輝かせたダンゴに迫られて、当然ながらマコトは後ずさりをしながら怯えたように手を振った。


「ちょっとハイドラ、怖がらせてはダメですわよ」

「ご、ごめん。でも、第一回イベントでマツさんが出してたダメージを見ると、間違いないんだよ! あの刀には間違いなく『補正値』があるんだ!」

「お、おぉ……テンションめっちゃ高いですわね……」


 そんなダンゴをカナリアは軽く注意するが、今度はカナリアへと興奮した様子で迫りながらダンゴは、マコトが打ったらしい『刀』には『補正値』が存在しているとしか思えない、と言う。

 それを聞いて次にざわめきだすのは周囲の男達だ。


「そんなバカな……存在するのか!? 補正値が存在するプレイヤーメイド品など……!」

「ほ、本当ならとんでもねえことだぜ、これは……!」

「どうなんだい!? マコトちゃん、教えてくれっ!」

「は、はいっ! あ、ありますよ……? 補正値……STRがDで、DEXがCからBぐらいは……」


 がたがたっと席を立ち上がって自分へと視線を向け始めた、ダンゴの言葉によって気弱なこの少女がただの名匠ではなく……神話に名を残せるレベルの名匠である可能性に気付いた男達に対し、マコトが恐る恐るといった様子で告げる。

 すれば、男達はなんということだ……なんということだ……と繰り返しながら静かに席に着き、マコトが口にした驚愕の事実に戸惑う。


「すっ、凄い……本当に補正値が……! ね、ねえ! どうやったのっ!? 良ければ教えてっ……!」

「ど、どう……と言われましても……『刀鍛冶』というスキルを使えば、普通に……え、えっ? あの、もしかして、詳しくお教えしたほうが……?」

「「「「「是非ッ!」」」」」


 なにか自分が特別なことをしていたらしい、と、ようやく気付いたマコトが小さな声で確かめると、男達とダンゴが声を揃えて頷き、ずっと無言で座っているホロビまで首をガクガクと縦に振っている。

 一方、生産職のノリにいまひとつ乗り切れないらしいカナリアは、そんなホロビの姿を見て本当にあの人はなんで此処にいるのだろう……と、ぼんやりと考えていた。


「そ、それじゃあ、話せることだけですけれど、話させて頂きますね……?」


 カナリアのことはさておき、そんな生産職たちの反応から自分の持つ情報に価値があるのだと確信したマコトは、ぽつりぽつりと喋り始める―――。


 ある称号によって入手できるスキル、『刀鍛冶』……その力は、生成できるものが『刀』のみに絞られた『武器組み立て』と呼んで差し支えない。

 だが、生成できる対象が限定されているだけはあり、使用者のDEXと、消費した素材、武器の完成度によって生み出された『刀』は僅かなSTR補正と高いDEX補正を得る。

 そして、このスキルを入手するには、自分の手によって生み出された『刀』に分類される武器でスキル等を用いずに与ダメージが累計10万を突破しなければならない。


 ―――そうマコトが語り終えた時、場は完全に沈黙に包まれていた。


「スキル無しで累計10万……」

「無理とは言わないが、キツ過ぎるだろ……」

「大規模連盟に所属してる生産職なら話は別だろうが……うぅん……」


 というのも、条件が著しく困難なのだ。

 補正値が乗らない武器というものはそれだけ火力が出ない……カナリアのような超常的STRを一時的とは言え得られるプレイヤーが振るったとしても100程度のダメージが出れば良いほうであり、それはゲーム始め立てのプレイヤーが初期武器で適当なモンスターを殴った際に出る数字と大体同じである。

 だからこそ、現状プレイヤーメイド品の武器は『壊身攻撃』や『修理後倍化』でダメージを倍掛けしているし、ハイドラは『反毒の指輪』の効果でそれを更に倍掛けして、ようやっと『クラシック・ブレイブス』の面々の通常攻撃に食い付いているのだ。


「むしろ、それ良く達成できたな……マコトちゃんは……」


 とにかく、プレイヤーメイド品は小細工無しでは100程度のダメージを出すのが精々であり、それで10万ものダメージを稼ぐには、膨大な時間をひたすら掛けるか、武器の使用者が自分には制限されてないことを利用して大人数に自らの武器を配る等するしかないように思える。

 そして、後者はこの少女に出来るとは思えないし、そもそもとしてそれをしていれば『刀』を持つのがマツだけというのはおかしな話となるし、なにより、使用者のステータスに関わらず100程度のダメージしか出ない武器を使いたがるプレイヤーは存在しない……同じ連盟内の仲間であれば話は別だろうが。


「……え?」


 だからこそ、男達の中の一人は『スキル等を用いずに与ダメージが累計10万』という条件をマコトが達成―――しかも第一回イベントよりも前に―――したことに驚き、若干不思議そうな目でマコトを見たのだが、マコトは男がなにを気にしているのか分からない、といった様子で一瞬ぽかんと口を開け。


「あ、アハハ! わ、私は……その、運が、良くて……」


 そのまま、少々おかしな笑い声を上げるとともに左手で右袖を引っ張って下げる。

 すると、指先しか出ない程度には長い袖の装備を着用していることもあり、マコトの右手は完全に袖の中に隠れてしまった。


「いい狩場とか見つけたんだろうなあ……羨ましいねえ!」


 そんなマコトの仕草に気付かなかった男の中の一人が声を上げ、周りも大きく頷く。

 恐らくマコトは、こちらの攻撃に対するダメージを軽減するどころか増幅させて受けてしまう弱点(ツナーバのそれのような)を持つモンスターが多数沸くポイントを見つけたのだろう……そう判断して。


「そ、それより! 『火薬の設備』を使った武器のアイディアが欲しいんです! わ、私、刀以外の武器なんて思いつかないから……」


 どうにも、自分が『スキル等を用いずに与ダメージが累計10万』という条件を満たした背景について語りたくないらしく、やや強引に話題を変えるマコトだがそれに異論を唱える者はいない。

 なんせ、彼女の出現によって少々脱線してしまったが、そもそもそちらが本題だったのだし。

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「……………………本当に、適当な人」  そのことを察したマコトがぼそりと呟く―――そこには凄まじい怨嗟が籠っており、下手をすれば包丁で腹を掻っ捌きそうな威圧感すらある。  隣でマコトのその呟き…
「……ブレンダ……さん……? 知ってる……?」 「……俺、知らないけど……女の子、かな……? ……女の子の知り合い、または、女の子の知り合いがいそうな知り合いがおるやつ……おりゅ?」 「おりゃん…
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