088-金糸雀とガンパウダー その1
「まさかこんなに早く手に入るなんてなあ……」
相変わらず炎が物を焦がす音と悲鳴に包まれたハイラントの道を歩きながら、ひとりの少女……の肉体を操作する少年……のはずであるプレイヤー、ダンゴは自らの拠点に追加された新たな設備こと『火薬の設備』で作成できるアイテムや仕掛け等を見ながら思わずといった様子で呟く。
「最後のイフザ・リッヒが弱くて助かりましたわね、オングイシエやツナーバ程の敵であれば、相性次第では負けていたでしょうし」
弱いと断言したイフザ・リッヒがドロップした巨大な卵を抱き抱えながらカナリアが言い、それは確かに、とダンゴは思う。
画面越しに見ているだけだったが、秒殺したイフザ・リッヒとの戦いを除けば、怪獣シリーズ(?)との戦いは、どの戦いでも一手間違えれば一人ずつ順に片付けられて全滅してもおかしくはなかった。
「特に、うちの妹が遠距離攻撃できないのは大きかったかも……」
「まあ、そもそも生産職で戦えてる時点でおかしい……らしいですけれども。ウィンが言うには」
カナリアがダンゴを―――というよりも、その肉体を用いて前線に立っていた少女ことハイドラを思い出しながら言う。
実際その通りであった。
まず大前提として、ろくな戦闘用スキルも手に入らなければ、生産系スキルの質を上げるためにDEX以外に振ることが許されない生産職は本来戦えない存在だ。
「あはは、確かに。これでもかってぐらい動きますよね……」
だのに、全体的に見ても高いレベルで纏まっている『クラシック・ブレイブス』の他のメンバーへと、ピーキー極まりない装備を自らのプレイヤースキルで無理矢理ぶん回して食らいついて行くハイドラの動きを思い出し、ダンゴは思わず苦笑した。
自分と妹、双子だというのになぜこうも違うのか……そこが違うのならば、見た目も違ってくれればいいのに、なんて呟きつつ。
「でも、あんなに動けるクセして弓は使えないって言うんです。だから『シロガネ』もいらないって」
しかし、人間離れした動きを見せるハイドラであっても万能ではない。
彼女が遠距離攻撃が欲しいと言いつつもステータスに関係なく火力を出せ、また、現状唯一生産職が火力を出せる武器として広まっている名弓こと『シロガネ』を手に取らなかったのは、決してそれがダンゴ作の装備ではないからではなく単純に本人が弓を扱えないかららしい。
「へえ、意外ですわね。てっきりわたくしは別の理由で握ってないものだと……」
「え? 別の理由?」
それを勿論『シロガネ』はダンゴ作ではないが故に装備してないのだと、勝手にそう思い込んでいたカナリアは思わず口を滑らせ、直後に口を噤む……が、もう遅い。
ダンゴはきょとんとした表情で小首を傾げている。
「そっ、それより! 『火薬の設備』ではなにが作れますの? わたくし、ちょっとした事情でまとまった量の火薬が欲しいのですけれど!」
「ああ、ええとですね……」
仕方がないのでカナリアは無理矢理話を変えることにした。
幸いダンゴは少々不思議そうにはしながらも追及はして来ず、カナリアの問いに答えるべく『火薬の設備』の性能が表示されたウィンドウをカナリアへと見せる。
■□■□■
火薬の設備
【生成可能アイテム】
・火薬袋(弱)
炎属性に反応して爆発する。使用者及びパーティーメンバーに衝撃は影響するが、ダメージはない。
・火薬袋(強)
炎属性に反応して爆発する。高威力。
【取付可能仕掛け】
・仕掛け【点火】
消費MP:5
小さな火を発生させ、同装備の『火薬』に着火する。
・仕掛け【誘爆】
これを与えられた装備は、強い衝撃や炎属性に反応して爆発する。
・仕掛け【起爆】(弱)
同装備による『仕掛け【点火】』によってのみ爆発する。使用者及びパーティーメンバーに衝撃は影響するが、ダメージはない。
・仕掛け【起爆】(強)
同装備による『仕掛け【点火】』によってのみ爆発する。高威力。
・仕掛け【爆霧】(弱)
必要設備:操魔の設備
消費耐久度:10
炎属性に反応して爆発する粉塵を噴出する仕掛け。使用者及びパーティーメンバーに衝撃は影響するが、ダメージはない。
・仕掛け【爆霧】(強)
必要設備:操魔の設備
消費耐久度:10
炎属性に反応して爆発する粉塵を噴出する仕掛け。高威力。
■□■□■
「うーん、いかにも火薬って感じの火薬ですわね……」
「えっと、カナリアさんは強と弱どっちの火薬が欲しいんですか? え、っていうか、まとまった量の火薬をなにに使うんですか……?」
自分の見せたウィンドウをまじまじと見つめながらも、まるで内容を把握してなさそうな言葉を漏らすカナリアへと、ダンゴが恐る恐る問う。
そう、カナリアが先程『ちょっとした事情でまとまった量の火薬が欲しい』等と不穏極まりないことを口にしていたことに気付いたのだ。
「別に大したことには使いませんけれども……とりあえず火薬袋の強を頂きたいですわね」
「……分かりました。拠点に帰ったら作りますね」
しかし、カナリアは適当にはぐらかして答える素振りを見せない。
恐らく(少なくともカナリアとしては)本当に人に言うほどのことではないのか、またはカナリアですら人に言えないことだと判断する程酷い使い方をしようとしているのだろう。
どちらにせよ、死人は出るのだろうな、とか、というかそもそも、大したことに使わないのに火薬を欲しがる人間はいないだろう……とか思いつつも、どうせ断る気もないのに何に使うかを知って嫌な気分になるのも馬鹿らしいので、ダンゴはこれ以上追及することを諦めて『火薬袋(強)』の作成を笑顔で引き受けた。
「あら、素材とか集めなくても良いんですの?」
すれば、今度は逆に人として諦めてはいけないことを諦めてしまったダンゴへと目を丸くしたカナリアが問う。
別のゲームの話ではあるが、カナリアは妹である海月よりプレイヤーメイドのアイテムを作るのにはまとまった数の素材が必要であり、それを集めることがまず大変だと聞いていた。
だから、まさか特になにを集めるでもなく『火薬袋(強)』を作ってくれることになるとは思わず、小首を傾げることになったのだろう。
「いやあ、使うアイテム、今まで使い道が全く無くて腐ってたヤツなので……」
そんなカナリアへと、なんでそんなところは妙に常識的なんだ、という感想を抱きつつ、ダンゴは頬を掻きながら再び苦笑を返す。
そう、『火薬の設備』で用いる素材は、今の今まで用途が一切分からずにスペースを圧迫し続けるだけのゴミに等しいなにかであり、わざわざ集めてきてもらう程のものではなかったのだ。
というか……。
「むしろ数を減らしたいぐらいなんですけど、他になにか欲しいものとかありませんか?」
「まあ、とりあえずは火薬付きのボルトと大矢ですわよね」
吐き出す機会があるならば可能な限り吐き出したい―――そう告げたダンゴへと、カナリアは装備している大矢とボルト……初期装備である『木の大矢』と、『ノーマルボルト』を外して手渡そうとした。
ちなみに、オニキスアイズにおいて、弓で用いる矢、大弓で用いる大矢、クロスボウで用いるボルトなどは消耗品ではなく装備品となっており、使うだけ本数が減ったり、それをいちいち補充したりする必要はない。
なので、これらの装備を素材にして強化すれば以後ずっと火薬を仕込まれた大矢やボルトを使うことが出来る。
「ああ、大丈夫ですよ、それぐらいなら僕でも作れますから。それはそのまま使ってください」
だからこそ、これを元に改造してくれと言わんばかりに自らが使用していた装備を差し出したカナリアだったが、ダンゴはその装備を受け取らずに頭を振る。
そう、カナリアが今日まで使っていた大矢とボルトは初期装備のそれであり、その程度はダンゴですら作ることが出来るのだ。
……そう、カナリアが渡そうとしてきた、今日まで使っていた装備は初期装備のそれだった。
「え、っていうか、カナリアさん……なんでまだ『木の大矢』と『ノーマルボルト』を使ってるんですか?」
てっきり、あれほどの高威力を叩き出しているのだから当然使う大矢やボルトもドロップ産の強力なものを使っているのだろうと考えていたダンゴは、不意に疑問に感じ、そして同時に思う。
半分初期装備なのに殺爪弓もダスクボウもあんな高威力を叩き出していたのか、と……。
「……? だって、手に入らないんですもの」
一方、カナリアは不思議そうに小首を傾げる。
彼女からすれば『まだ』もなにも、『木の大矢』と『ノーマルボルト』以外の大矢やボルトを見たことがないし、手に入れる方法もさっぱり見当が付かない。
なお、手に入らないのは当然である。
彼女はプレイヤーのダンジョン踏破状況に比例して品揃えを増やしていき、その中に矢、大矢、ボルト等も含んでいる商人を(『障壁の展開』欲しさに)出会って5秒で射殺しているのだから。
「普通に店売りして……いや、なんでもないです」
「……?」
不思議そうに小首を傾げるカナリアを見て、お前は何を言っているんだ、手に入らないはずがない、買えばいいだけ……そう思ったダンゴはツッコミを入れようとして、やめる……この街の状況を見れば彼女が手に入れられない理由は簡単に察せられた。
一瞬、店主がまだ生きている自分が購入して手渡そうかとも思ったが、店主を射殺したことによるデメリットを多少は感じて貰わなければカナリアがNPCの命の重さに気付くことはないだろうと判断して、それもやめる。
まあ手渡さずとも、そもそもあの店主が矢、大矢、ボルトを販売することをカナリアが知る機会はないし、それを知ったとてNPCに命の重さなど感じる性分ではないのだが。
「さて! 到着しました! ここです!」
これ以上この話題を続けるのはやめよう……そうダンゴが判断すると同時、ふたりは目的地へと到着。
そこは『キャットまたたび』なる謎の連盟……かつてはハイラントの広場で集まっていた生産職のグループの一部が所属している連盟の拠点だ。
ダンゴがそうであるように、そのグループの中には他の連盟へと所属した者も多いが、かつての繋がりが消えることはあらず、今でもこうしてこの場所に集まっては情報交換をしている。
そして今日ダンゴは新たに入手した『火薬の設備』の情報の共有と、それを用いた新たな武器に関するアイディアを得るためこの場所に足を運び、その際にウィンとクリムメイスがある理由から王立ウェズア地下学院で狩りをしているのもあって、ひとりで暇そうにしていたカナリアを誘ったのだが……。
「本当にわたくしがお邪魔してもいいんですの?」
「……まあ、多分大丈夫です!」
……カナリアは、完璧に戦闘職であり一切生産系の知識のない自分も同席していいものかと小首を傾げる。
確かに、あの場に戦闘職の人間が居たところは一度も見たことはないが別に出入りを禁じているわけでもないし、構いはしないだろうと考えたダンゴがサムズアップを返しながら木製のドアを開け放つ。
「こんにちは!」
「ハイドラちゃん!」
「ハイドラちゃん!」
「コンニチワー! コンニチワー!」
「ハイドラちゃん!!」
瞬間、無駄に右目に傷がある厳つい男や、DEX以外振ってないはずなのに無駄に筋肉ムキムキな男や、北欧神話に出てきて雷神用ハンマーとか作ってそうなドワーフ風の男やら、個性的過ぎる男共が一斉に席を立ってハイドラ―――ダンゴを身振り手振りしながら出迎えた。
―――うわあ、これは。
少々気味が悪いと言わざるを得ない男達の様子を、ダンゴの背後から目にしたカナリアは思わず苦笑いを浮かべ、なにか事件が起きるのもそう遠くないだろうと確信する。
「今日、ちょっと友達を連れてきちゃったんだけど……いいかな?」
「ええっ!? ハイドラちゃんが、お友達を!?」
「いいよいいようんうん全然いい! 全然いいよ!」
「ハイドラちゃんのお友達なら、俺達のお友達でもあるからね!」
「いやあ、嬉しいなあ! おじさんハイドラちゃんのお友達見れて!」
自分の後ろでカナリアがドン引きしていることになど気付かないダンゴが、やや遠慮がちな笑みを浮かべながら(非常に可愛らしく)小首を傾げると、男達が一斉に首を縦にブンブンと振って『お友達』の来訪を歓迎する。
だって、このハイドラちゃんのお友達だぜ!? 俺達みたいな男達を一切気持ち悪がらずに接してくれて、天使みたいな笑顔が可愛くて、巨乳の挙句に僕っ娘のハイドラちゃんのお友達だぜ―――!?
「だってさ、カナリアさん」
「良かったですわ。皆様優しい方で……ごきげんよう!」
―――いったいどんな可愛い子が来るんだろうなあ! なんて、小躍りしかねないテンションへと秒で到達した男達だったが、ダンゴの後ろから姿を現してにこやかに微笑むカナリアの姿を見て秒で凍り付く。
「終わり、か。悪くない人生だった」
「ヘヘッ、死ぬ前にハイドラちゃん見れたなら文句はねえぜ」
「悪いな、お袋、親父。親不孝でさ」
「おじさん、ハイドラちゃんの友達になら喜んで殺されるよ……」
そして一斉に席について天を仰ぐ。
終わった、俺達の人生……王都セントロンドを爆破し、100万ものNPCを殺害し、近頃では恐竜を秒殺した恐るべきテロリストことカナリアが来訪しちまったよ……。
「いっぺんマジでぶっ殺してあげたほうがいいのかしら」
「だ、ダメ……本当にテロリストにされちゃいますよ、それだと」
「たかが四人ぐらい殺してもテロリストじゃなくて殺人犯になるだけですわ」
「……大丈夫だよ、みんな! カナリアさんは理由が無ければ人は殺さないから!」
男達の露骨すぎる態度を見てカナリアが真顔で殺害を選択肢のひとつに入れるが、ダンゴがその手を掴んで引き留める。
そういう理由で殺しを続ける人間が最終的にテロリストになるのではないか? と、そう思いながら……。
「じょ、冗談ですよぉ、ヘヘヘッ……なあ! お前ら!」
「そうそうそう、ごめんね、あんまり面白いこと言えなくて……」
「おじさんたち、女の子ルーキーだから許して欲しいなあ……」
どうやら理由が無ければ人は殺さないらしいカナリアに、自分達を殺す理由をわざわざ与えてしまったことに気付いた男達がペコペコと頭を下げて謝る。
……まあ、一見すれば悪いのは客に対しろくでもない対応を返した男達なのだが、そんな対応を秒で返される程の悪行に身を染めている方にも問題があるのは言うまでもない。
「はあ、まあ、いいですけれども……。……ところで、そちらの方は一体……?」
ウィンのせいで(まったくもってウィンのせいではない)自分が世間一般からおかしな目を(まったくもっておかしくはない)向けられていると知っているつもりのカナリアは、溜め息と共に男達とカナリア達の騒ぎをじっと見ていた全身鎧のプレイヤーへと視線をやる。
STRに全く比例していないであろう筋肉を見せびらかすような恰好をしている男達とは違い、一切肌を露出させないそのプレイヤーはこの場において異質極まりなかった。
「ああ、あの人はメッさん。『ホロビ』っていう名前の、プレイヤーだよ」
「生産職としての腕はここの集まりじゃ一番だし、めっちゃ良い人」
「一回も喋ったことないけどね」
自分のことを見ているカナリアに対し、そのプレイヤー―――メッさんことホロビは腕を組んだまま軽い会釈を返し、カナリアもそうする中、生産職の男達がこのホロビというプレイヤーについて自分達が知っていることを挙げていく。
それを流し気味に聞きながら、一切喋らないのにアイディアを交換する場に出ているのはどうなんだろう、とカナリアは思うが、ダンゴも含めて誰も気にしている様子がないので部外者であるカナリアも気にしないことにした。




