087-秒殺!
前回登場しました『蠱毒の首輪』と、『反毒の指輪』を同時に使用した際の挙動について、ご質問を何件か頂いたので、前回の後書きに追記させていただきました。
お暇な折にご一読ください。
「ほ!? どうしてわたくしがそんな扱いを!? なにも悪いことしてませんのに!?」
「えっ!? いや、あんた! それは流石に嘘でしょ!? 悪いことしかしてないでしょ! セントロンド吹っ飛ばして100万人以上殺したの忘れたわけ!?」
「わたくしはルールに従ってポイントの入る存在を効率的に殺しただけですわよ!? どうしてそれが悪行扱いに!?」
が、カナリアとしてはウィンのそのツッコミは心外そのものであり、目を剥いて驚くクリムメイスの肩を掴んで揺さぶり始める。
……まあ、確かに言ってることは間違ってない……カナリアは撃破することで1ポイント得ることが出来る『人間』という種族を効率的に100万ほど殺害したに過ぎないし、これできっと死んだのがゴブリンとかコボルト等の異種族ならばここまで騒がれることも無いだろう。
だが、カナリアが殺したのは人間であり、カナリアは残念ながら一応人間に分類され、人間社会において同族殺しは最も忌むべきことなのだ。
「うん! 平行線だね、この話! もうやめてダンジョン行こう!」
なにも悪いことしてないですわ! なにも悪いことしてないですわ! と言い続けるカナリアと、いや嘘やん嘘やんと言い続けるクリムメイス。
所詮は珪素生命体と炭素生命体だ……折り合いがどうしてもつかない所はあっても仕方がないのである。
なので、この話は不毛だからここでやめることにして、とりあえず自分達が挑んだことのないダンジョンに行ってみようとウィンが提案する。
「……あっ! 思い出しましたわ! ウィン、あなた! 優勝者コメントでテロリストがどうとか言ってましたわね! もしやあれわたくしのことでしたの!?」
「え!? 気付いてなかっひゃあーっ!」
「このおっ! あなたのせいで、わたくしの人生めちゃくちゃですわ! 責任をお取りになってくださるかしら!」
そんなウィンの顔を見て、カナリアは彼女が第一回イベントのラストに口走っていた言葉を思い出すと同時に、ようやっとそれが自分のことを指し示していた言葉だったのだと気付いて眉を吊り上げながらウィンの頬を左右に引っ張り始める。
「まったく! デタラメばかり言うお口はこうですわよ!」
STR0の腕力でウィンの頬をぐいぐいと引っ張るカナリアは、ぷんぷん! なんて擬音の似合いそうな雰囲気でそう口にするが―――。
「デタラメ……? 真実じゃ……?」
「これが言論統制……?」
「テロリストのうえに独裁者だった……?」
―――当然ながら、周囲のプレイヤー達はひそひそと耳打ちし合い、カナリアからの報復を恐れずに真実を言葉にしていた数少ない口のひとつが、むぎゅうっ、と引っ張られて一文字の形状になっている様に恐怖を覚える。
「もうっ! 皆様も皆様ですわよ! 人の言葉だけじゃなくて、ちゃんと事実を目で確かめて、その上で人のことは評価するべきですわっ! ダメですわよ、耳から入ってくる情報ばっかり信じては!」
再び周囲がざわざわと騒がしくなっていることに気付いたカナリアが、ウィンの頬から指を放し腰に手を当て周囲のプレイヤーに向けて言う。
……まあ、確かに言ってることは間違ってはないのだが―――。
「セントロンド爆破するのはテロじゃね……? テロ……だよな……?」
「間違いなくテロじゃね……?」
「つまり普通にテロリストだよな……?」
―――当然ながら、カナリアは至って普通にテロリストなので、周囲のプレイヤーからの認識が変わることは無かった。
「あの人、よくもハイラントこんなにしといてあんなこと言えるよね」
「ホントにね」
もお、困っちゃいますわ! なんて言いながら唇を尖らせるカナリアを見て、平和なハイラントの姿しか知らない周囲のプレイヤーたちとは違い、敵国に火の海にされた敗戦国状態のハイラントにその身を置いているハイドラとクリムメイスが死んだ目で呟く。
だが仕方がないだろう……なんせ、カナリアはテロリスト扱いを受けて困っちゃうで済ませる程度にはマイペースなのだ。
そりゃあ、ハイラントもセントロンドも滅びる。
「まったく、この鬱憤はゲート先の生命で晴らさせて頂きますわね!」
「うぅ……ごめんね、ゲート先の生命さん達……どうかウィンを恨まないで……」
とにもかくにも。
いくらテロリスト扱いが心外なものであり、多少なりとも傷付いたとはいえ、それを理由にこの場にいるプレイヤー達を傷付けてはテロリストレベルが上昇するだけであるし、そもそもとして傷付けられない。
ならば代わりにゲートの先で待ち受けるモンスター達に死んで貰うべくダンジョンに入るしかない……いやそれはどうなのだろう。
ともかく、ストレス発散方法として真っ先に生物の殺害が出てくる恐るべきカナリアを先頭に『クラシック・ブレイブス』の面々は『湖底城』でもなく、『王立ウェズア地下学院』でもないダンジョンへと続くゲートの前へと立つ。
そのダンジョンの名前は『擬褥の島』。
「……………………読めないんだけど」
「ギ……シトネ……? ジョク……いや、これは……わたくしも無理ですわね……」
『蛇殻次の呪眼』も相当であったが、それを遥かに超える勢いで読めない……思わずクリムメイスとカナリアが苦笑いを浮かべる。
「擬褥の島じゃない? たぶん」
「私もそう思うわね」
しかし、長年クロムタスクのゲームをプレイしてきた……というよりも、義務教育をクロムタスクで終えてきているウィンはさらりと正解っぽい読み方を出し、ハイドラが秒で首を縦に振る。
実際どうなのかは分からないが、ウィンとハイドラがそうだそうだと言うので『クラシック・ブレイブス』の中ではこのダンジョンは『擬褥の島』と呼ぶことに決める……決めたはいいが、まるで意味が分からないのは言うまでもない。
しかし、ダンジョンの名前の意味などはどうでもよいので考えるのもそこそこに、四人は黒い濃霧の中へと進んでいく……すると、そこに広がっていたのは青い空、白い砂浜、透き通る海―――その全てが揃った美しい海岸だった。
「わあ! 海だーっ!」
王都セントロンドに辿り着かなければ拝めないと思っていた美しい景色を前に、思わずウィンが声を上げて喜び、他の三人もウィン程ではないにしろ感嘆の息を吐く。
その姿はまさしくサイタマン……海を知らぬ者達そのもの。
「お嬢ちゃんら! どうやら此処に来るのは初めてのようだな!」
そんな、海すらない世界で生きてきたことが簡単に察せられる哀れな『クラシック・ブレイブス』の面々へと、ひとりの男が声を掛けてくる。
ノースリーブの上着から浅黒い肌を覗かせたその男は、鍛え上げられた上腕二頭筋がいかにも海の男といった感じの男だった。
「……なに、ナンパ? 急に馴れ馴れしくない? 殺す?」
「……いや、殺す? はおかしいっしょ……普通にNPCとかじゃん?」
そんな男を見てハイドラとウィンはひそひそと耳打ちし合う。
だが、残念ながらNPCではなくて普通にプレイヤーだったその男は、少女ふたりに訝しむような目で見られながら聞き取れない声の大きさでなにかを言われていることに動悸を乱しつつも、己の使命を果たすために、真っ白な歯が眩しい口を再び開いた。
「此処には海からああいう謎の恐竜が押し寄せて来てな! 一匹倒すごとに25ポイント入手することが出来るぜ! 一種のボーナスステージだな! 更に、一定時間毎に出現するデカい恐竜を倒すことが出来れば戦いに参加していた連盟全てに5000ポイント入るぞ!」
そう、この男はエリアに入った途端に急に説明してくる謎のNPCに成り切るという、謎のロールプレイに命を懸ける男であった。
「まッ! 気楽に戦ってくれて構わないぜ! それじゃッ、俺はこれで……ぎゃあああああっ!」
テロリストよりはマシとはいえ、かなり理解しがたいロールプレイに身を興じる男を怪しいものを見る目つきで『クラシック・ブレイブス』の面々が無言で見る中……男は背後から襲い掛かってきた獣脚類のようなモンスターに背中を食い破られて即死し、それを見た四人は無言で構えて戦闘に備える。
「思いっきり恐竜ね!?」
謎の男を惨殺し、次の獲物はお前だとばかりに吠えるモンスターを導鐘の大槌で殴り飛ばしつつ、クリムメイスはそのモンスターの造形に驚きの声を上げた。
逞しく発達した後脚、大きな顎のある頭部を腰よりも低く下げた極端な前傾姿勢、その体長とほぼ同じにもなる長くて鋭い尻尾……本来であれば短いはずの前脚が人間の腕のように長く伸び、指も5本揃っていることを除けば、それらは完全にティラノサウルスを筆頭とする獣脚類の特徴と一致している。
まあ、確かに恐竜もモンスターといえばモンスターであるのだが、剣と魔法のRPGの世界に持ち込まれると妙な違和感がある(迷い子ほど怪物らしければ別だが)……そういう感想を抱くクリムメイスの前で、殴り飛ばされた恐竜型のモンスター……『ベビー・リッヒ』はか細い鳴き声だけひとつ残して絶命してしまった。
「しかも弱い!」
たった一撃で死に至ったベビー・リッヒを見てウィンも驚きの声を上げる。
だが、普通に考えれば恐竜とて人間と同じ生物なのだから、自分の背丈ほどの鈍器で思いっきり殴り飛ばされたら死に至ってもおかしくはない……ドラゴンでも相手にしてるなら別なのだが。
「あの……プレイヤー? NPC? がボーナスステージって言ってたんだし、そういうことなんでしょ。それに、ほら」
湖底城のリビングアーマーのように基礎スペックが高いわけでもなく、啓蒙の海の至花のように攻撃性能が高いわけでもなさそうな……順当に順当な雑魚モンスターといった感じのベビー・リッヒの死体を、クリムメイスとウィンが微妙な顔で見ていると、ハイドラが波打ち際を指差す。
「来いーッ! まだ来ーいッ! 俺はまだやれるぞーッ!」
「ウオオーッ! 死ねーッ! トカゲ共ーッ! 嫁の水着の為によォーッ!」
「マグロばっか食ってるから雑魚なんだよーッ! シャケ食えシャケ!」
そこには海の中から次々と現れ続けるベビー・リッヒと、それに対して海水塗れになりながらも雄叫びを上げて応戦し続ける男達の姿があった。
見れば分かる……彼らはイベント一日目にて狩場の奪い合いという戦争を経験し、理性を捨てて蛮性を振るい戦うことを覚えてしまった水着狩りの蛮族……サイタマンの悲しき末路だ。
「潮干狩りですわ!」
そんな男達の悲しい姿を見てカナリアは、ぱん、と手を合わせて目を輝かせた。
いや全然違う! ……と、ツッコミを入れようとしたウィンだったが、ベビー・リッヒを撃破した後にドロップ品は無いかと海中に手を突っ込んで探す男達の姿は……まさに、その痩せた土地故、国内における畜産業が盛んではなかった古代日本において、失われがちな生物由来の栄養素を補い続けた伝説の漁業……『潮干狩り』をする漁師たちに酷似していることに気付き、その口を止める。
「懐かしいのお……儂も、戦後の貧しい時はああして潮干狩りをして……飢えた子供たちを養ったもギャアアアアアッ!!」
再び急に現れた謎の老人顔のプレイヤーがしみじみといった様子で呟き、直後に蛮族共の魔の手を逃れたベビー・リッヒに飛び掛かられて食い殺される。
残念ながらこの場において行われているのは潮干狩りではなく、蛮族と恐竜による青い海を真っ赤に染める異種族間戦争であり、飢えているのは子供は子供でも恐竜たちの子供のほうである。
ノスタルジックを感じる枯れた老いぼれが生き残れる道理はなかった。
「……うん! あと2万、頑張って稼ぎますわよ!」
老人を惨殺したベビー・リッヒの首をノーリアクションで刎ね飛ばしつつ、カナリアが血に染まった肉削ぎ鋸を振り上げ、残る『クラシック・ブレイブス』の面々も、おーっ! と腕を突き上げる。
そう、その可憐な姿に惑わされてはいけない。
彼女たちもまた、海を知らぬサイタマンであり、水着狩りの蛮族でもあるのだから……いや、正確には水着のためではなく『火薬の設備』のために戦っているのだが、まあ、狩る対象が同じで、蛮族は蛮族なのだから別に違いはないだろう。
尚、この後ベビー・リッヒ達の親にあたる『イフザ・リッヒ』なるボスモンスターが出現。
イフザ・リッヒは、カナリアの『夕獣の解放』からの『ラストリゾート』からの『八咫撃ち』という即死コンボを持ち前の機動力で一度回避するものの、空中で身動きが取れない所をウィンの『妖肢化』によって触手と化した『炎霧の剣』によって殴り飛ばされ転倒し、そのまま起き上がる間もなく『ラストリゾート』によって乱打可能となった『八咫撃ち』を死ぬまで撃ち込まれ秒殺されたのだが、別に語るべきことでもないので割愛する。
「やっぱりマグロ食ってるようなのはダメだな……」
そんなイフザ・リッヒの無残な負け様を目の当たりにした運営側の人間、田村が静かな管制室の中央でポツリと呟く。
全くもってマグロに非はなく、マグロを食ってようが食ってなかろうがイフザ・リッヒがカナリアに秒殺されるのは変わらないのだが、そこはマグロのせいにしておかないと自分が生み出した作品が秒で殺されては納得できないのが田村という男だった。
「あの、田村主任。カナリア、リッヒの卵回収してますけどヤバくないですか」
やはりマグロよりも栄養素の高いイワシを主食にすべきだったか……などと意味不明なことをぶつぶつと繰り返す田村の横で、開発スタッフのひとりがイフザ・リッヒがドロップした巨大な卵を抱き上げて喜んでいるカナリアを指差す。
「どうせマグロ食ってるようなのが産まれるだけだから平気だろ!」
「いやマグロ食って育つかどうかは彼女次第なんじゃ……」
その卵こそは孵化すれば所有者の心強いパートナーとなる『相棒』が誕生する卵であり、これによってカナリアは『ペット飼わなければいいのですわ!』などと言っていたクセして二つ目のペット枠を手に入れることになる……しかも、どちらかといえば召喚獣的要素が強かった欲狩と違い真っ当なペット枠を。
「ほら休憩時間終わり! 次のイベントの最終調整だ最終調整! 今回のイベントはもうお終いだよ! 一日二日でオングイシエとツナーバぶっ殺されて島解放させられちゃったんだから!!」
その上、そのペット枠的存在である『相棒』の性質を考えると、それをカナリアのようななにを考えてるのか分からないタイプのプレイヤーが手にするのは非常に危険な事態であったのだが……田村はアー! アー! 聞こえない! 聞こえない! カナリアはアンダーコントロール! カナリアはアンダーコントロール! と叫びながらそそくさと自らのデスクへ戻ってしまう。
「……なあ、『相棒』ってさ、飼い主が取った行動に対するアンサーを搭載されたAIが自動的に用意して、進化とかするヤツだよな? ゲームバランス度外視で」
「……田村主任も流石にヤバいと思って、『コントロール不能な環境を客に提供するのはどうなんだ?』って神崎さんに文句付けたアレだろ?」
「……そうだよ、その挙句『コントロールできるものばかりなんて現実的ではない』、『もう一つの現実を作り、商品として提供するならば、アンコントローラブルな存在こそVRゲームに最も必要だ』、『理不尽な方が現実味があるだろう?』とか言われて実装されちゃったアレだよ」
自分のデスクに戻った後に、俺は悪くない、神崎さんが良いって言ったから良いんだ、この商品はアンダーコントロールじゃなくていいからいいんだ、と、頭を抱えてうわ言のように呟く田村の姿を見て、他のスタッフは小声でカナリアが入手した卵から産まれる存在について話す。
「……大丈夫かなあ……」
「……ちゃんとマグロあげて大切に育ててくれよな……」
「……ダメだぞカナリアちゃん、拾った動物に変なもの食べさせて遊んじゃ……」
ただでさえ問題児な『相棒』という存在。
その上それを入手したのが、上の人間がフレーバー的に欲しいと言うから実装したものの、プレイヤー皆様の穏やかなゲームライフを邪魔したくないから出来れば触って欲しくないと思っているもの全てに手垢を付けていく少女こと、カナリアだ。
「田村主任と神崎さんが備わり最強に見えるわね」
「ふふ、私たちは頭がおかしくなってここで死ぬのよ、うふふ……」
つまりは、今までは考えられ得る最悪のシナリオを突き進んでくれたアンダーコントロール災害だったカナリアが、ここよりは本当の意味で予測不能なアンコントローラブル災害と化してしまうのだ。
そう理解し、ついには机に伏せてすんすんと鼻を鳴らし始めた中年の男を見て、スタッフ達は虚ろな目でカナリアを映すモニターを見るほか無かった……。




