086-第二形態
「うわ、どっかで見たことある紙袋と……首輪?」
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蠱毒の首輪
:身に着けている『毒』に関連する装備の数に応じた効果を得る。
1種装備:『状態異常:毒』に及ぼされる効果は反転する。
3種装備:『状態異常:毒』に『解除されるまで3秒毎にHPとMPを除く全てのステータスを1ずつ減少させる』効果を付与する。
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……その紙袋―――『水着セット:ツナーバ』―――は大体どういうものか察しているので放っておくとして、もうひとつの報酬である首輪……中央にはめ込まれた三つのエメラルドが美しい革製の首輪は、なんともクセが強いが強力そうな装備だった。
「まあっ! わたくしの『呪殺の首飾り』と似たような装備ですわ!」
「的確な表現なんだけど、めちゃくちゃイヤねその表現……」
というのも、その首輪はカナリアが『呪い装備』を集める最大の理由にして、非常に強力な装備……『呪殺の首飾り』と同じような、特定条件の装備の数を揃えることによって効果が増えていく系統の装備だったのだ。
だからこそ、それは強いという意味を込めてカナリアは、ぱん、と手を叩いて微笑んだが、クリムメイスが至極真っ当な意見を返す。
「……強い、けど。ドロップ品……だし……んん……」
一方でハイドラは険しい表情で蠱毒の首輪を眺めていた。
普段であれば喜んで装備する彼女だったが、今回は可能な限りドロップ品には頼らずに、兄が自分の為に作ってくれた装備だけで戦うという……少々(いろいろな意味で)重すぎる縛りを自らに課して遊んでいる。
なので、こういった装備はなるべく遠慮したいのだが……現状自ら毒状態にならないと火力が出せないハイドラにとって、そのスリップダメージが反転し、回復効果となるのは有難いなんてものじゃない。
それに『毒装備』とやらを3種集めることが出来れば、3秒毎に自らのHPとMPを除くSTR、DEX、INT、DEVのステータスを1ずつ上昇させることが可能になる。
現状では意味が薄いが、どこかで強力なシナジーを生み出すのは目に見えている。
「うぅ……カナリア、いる?」
装備したい……したくて堪らない、が、これは兄が自らのために作った装備ではない……そんな葛藤に苦しみを感じたハイドラは、とりあえずカナリアに差し出してみることにした。
カナリアが身に着けることになっても強力だ……なんせ、弱点のひとつであった毒が効かなくなる……どころか毒で3秒ごとに500もHPを回復し続けるようになってしまうのだから。
「嬉しい申し出ですけれども、わたくしアクセサリ欄全部呪われてて外れませんの」
「あ、そう……」
だから、カナリアが欲しいと言えば迷わずあげられるし、カナリアの弱点をひとつ消した、という事実は、こんなにも自分にぴったりな装備を手放す理由としても十分……だったのだが、カナリアは呪われた装備を平気な顔して拾っては装備しているせいで、既にもう二度とアクセサリ欄を弄れなくなっており蠱毒の首輪を装備する余裕は無いらしい。
どんなプレイをしていたらそんなことになるのだろう。
「じゃあクリムメイス……」
「いやあたしは普通にいらないんだけど……」
だったら、その他の適当なやつ……と、思ったが、当然ながらクリムメイスは別段魅力を感じないので必要とせず、困ったような笑みを浮かべて首を横に振るだけだ。
そして、それはこの場に居ないウィンに関しても同じだろう。
「うぅ……」
「ええ!? そんなに装備したくないの!?」
結果、どうにも手元から離れていきそうにない蠱毒の首輪を見て、ハイドラが目尻に涙を溜め込んでしまう……いや、装備したくないわけではない、そう、装備したくないわけではないのが問題なのだ。
身に着ける全ては兄から貰ったものにしたい……『反毒の指輪』もドロップ品はドロップ品なのだが、これはダンゴがまだ別プレイヤーとして存在していた時、消える間際に貰った品物なので別……薬指に付けさせたし。
だが、この首輪は……余計、首輪というデザインが良くない、なんせ、ハイドラにとってダンゴが自分のモノであるように(当然ダンゴは自分がハイドラのモノだとは思っていない)、自分はダンゴのモノなのだ(当然ダンゴはハイドラが自分のモノだと思っていない)、だのに……これを付けたら、まるで自分が別の誰かのモノになってしまうようではないか(勿論そんなことはない)。
「……仕方ありませんわねえ、ハイドラ。ちょっと配信をお切りになって?」
「……え? う、うん……」
というわけで兄からの愛に身を包みたい闇が深い妹の部分と、普通に強力だから装備したいゲーマーの部分に間ばさみにされ、しおらしくなってしまったハイドラ。
それを見かねたカナリアが、とりあえずハイドラに兄への配信を切らせる―――いや、わざわざ配信を切らせてなにを……? クリムメイスは思わず息を呑む。
なんだかとても恐ろしいことが始まろうとしている気がする……!
「いいですこと? 今や、あなたの体はあなただけのものではありませんの。その体にはダンゴも入ってますのよ。ということは、その蠱毒の首輪をあなたが装備するということは、即ち、あなたがダンゴに首輪を付けるということと同義ですの」
「…………わ、たしが……お兄ちゃんに……首輪……を……?」
そしてカナリアの口から放たれた、諭すような優しい声色ながら悍ましい毒素を持つ言葉によって、ハイドラは瞬間的に息が荒くなり、酷く興奮した様子で蠱毒の首輪を見始めた。
「なんてヤバい助言しやがるんだあの連盟長」
その様子を遠巻きに見ていたクリムメイスが思わず頭を抱える。
……クリムメイスは深夜までプレイしていることが多く、同時にダンゴもハイドラが寝静まった後にログインすることが多いため、クリムメイスとダンゴはプレイする時間帯が良く被る。
なので、カナリアやウィンの知らぬ間にクリムメイスはダンゴと親睦を深め、その内にハイドラが歪んでる挙句に凄まじい独占欲を兄に対し抱えていることに気付いており、殊更頭が痛いのだ。
「……装備する。するわ。強いもの。装備しなきゃ。別におかしくないよね。えへ」
……すまないダンゴ、お前はもう終わったかもしれん……と、クリムメイスが急に配信を切られて不思議そうにしているであろうダンゴへと、心の中で頭を下げる中、なぜうっとりしてるのかは分からないが、非常にうっとりとした表情でゆっくりと蠱毒の首輪を装備し始めるハイドラ。
「……えへへ、似合ってるかな、お兄ちゃん。……お兄ちゃんには、似合ってるね……」
こうして、ハイドラはダンゴの首輪付きとなり、同時にダンゴはハイドラを首輪付きにしたことにさせられてしまった……なんと一方的で理不尽な相互奴隷契約だろう……。
……ちなみに前回オングイシエを倒した時と違って一切話題に上がらなかった水着は、後々ウィンの手に渡すことになった。
まあ、今回一番の功労者なのだし当然である。
別にこの場に居なくて意見を出せない相手に押し付けるわけではない。
決して違う。
「さて、それでは―――」
とにもかくにも、ドロップ品も確認し終えたのだし、帰りましょう。
そう、もう喪に服し終わったらしい(そしてダンゴとハイドラの危険な関係性を次のステージへと上げた張本人でもある)カナリアが告げようとした瞬間……弾けたような音と共に高い水飛沫が上がる。
「なっ、なに!? まだ終わりじゃないってわけ!?」
完全に油断しきっていたクリムメイスは悲鳴に近い上ずった声を上げながら導鐘の大槌を構えて振り返り、それに残るふたりも続く。
連戦……考えられなくはない展開だ。
ツナーバは確かに嫌らしい敵ではあったが、異常なスリップダメージを有する吐瀉物を撒き散らしたオングイシエに比べれば強いとは言い難かったのだから。
それに事実、高く上がった水飛沫が静まれば、そこには三本の赤熱する触手が揺らめいていた。
「なに、次はイカ? 勘弁してよね、嫌いなのよ触手のある生き物」
心底うんざりした様子でハイドラが吐き捨てるように言う。
……まあ、触手のある生き物が好きな少女など早々はいないだろう……自分に触手が生えていることに慣れてしまった少女ならば、若干一名ぐらいは居るのだが。
そう、例えばそれは……三人の目の前に姿を現した、三本の触手のように赤熱する触手を右手に有していて……続いて桟橋の端を掴んだような、関節が6つもある程異常に伸びた指のある左手があって、次に見えたそれのように、顔が花の如く開いて中に更なる無数の触手が見えている……。
「「「ウィン!?」」」
……思わず三人は、その自分に触手が生えていることに慣れてしまった少女の名前を叫んでしまう、なにせ、彼女たちの目の前に姿を現したのは『至花』だったのだ。
それこそが連戦する相手という可能性も無くはないが、ついさっき『至花』の姿になったウィンが沈んだばかりなのである……となれば、三人が一縷の望みを捨てられないのも仕方がないだろう―――。
《いやあー、ちょっち死ぬかと思ったあ……》
―――そして、その望みは叶うこととなり、ややエコーの掛かったウィンの声が三人の脳に直接飛び込んできた。
「うわあ!」
「頭の中に!」
「直接!」
そう、どういうわけか脳に直接声が飛び込んで来てしまった。
その奇妙な感覚に三人は思わず頭を押さえ、目の前の『至花』がウィンであったことを喜ぶことより先に、現状の理解をしようと試みる……無論無理だが。
《あ、そうそう! 聞いて聞いて! 凄くない!? 『妖体化』してても意思疎通できるようになったんだ!》
「凄いけどめちゃくちゃ気持ち悪いこれ……!」
嬉々として脳に直接語り掛けてくるウィンに対し、ハイドラが顔を青くしながら応える……さながら鼓膜の内側から声が響くような感触は決して心地の良いものではなかった。
……けれども、生きていた、ウィンが……それは本当に良かった。
三人は彼女が送ってくるテレパシーのようなものの気持ち悪さに少々戸惑いつつも、だけども、笑顔で……無事だった友の顔を見上げた。
「……いや、なんかデカくなってない?」
「軽く倍ぐらいの背丈に成長してますわね……成長期って凄いですわ……」
そう、見上げた……海中から戻ってきた友ことウィンは身長が3m弱まで巨大化していたのだ。
以前までは『妖体化』をしてもサイズ感は変わらなかったのだが……怪獣の脳を啜って巨大化する因子でも手に入れたのだろうか。
思わずクリムメイスは顔を引きつらせ、カナリアは生命の神秘を感じてうっとりとした表情を浮かべる。
《うん、なんかね。パワーアップしたみたい『妖体化』! 第二形態だってさ! 第二形態!》
第二形態。
ウィンの発する、人間には使われることのない単語を思わず三人は繰り返した。
確かに、言われてみれば以前よりも身体から伸びる触手の数が多く、ギリギリ人型を保っていたのが、今やもう人型に近い形状の怪物と表すのが正しいだろう。
《ふふーん、これでもっと役に立てるっしょ! じゃんじゃんウィンを頼ってね!》
ドンッと、サイズが二倍になっても一切存在しない胸を張りながらウィンが言う。
……いや、どういう時にどう頼ればいいんだろう?
頼もしいですわ~! なんて言いながら、ぱん、と手を叩いたカナリア以外の二人はそう思ってしまったが……とりあえず連盟長に倣って笑っておいた。
ウィンに関してはもう、笑っておけばなんとかなる、そう思うことにしたから……―――。
「みんなー! こっちこっち!」
―――次第にウィンも手が付けられなくなっている、そう感じ始めたクリムメイスとハイドラ、そして一切気にしていないカナリアを、(人間の体に戻るために死んだことで)一足先に地底湖……『啓蒙の海』からハイラントへと戻ったウィンが両手をブンブンと振って出迎える。
仲間に断頭されて死んだばかりだというのに随分とテンションが高めだが……なにかあったのだろうか? 三人は思わず顔を見合わせる。
「どうしましたの? そんなにはしゃいでしまって」
「街角に新しいダンジョンの入り口がまた出たんだよ! ウィンたちが行ったことがない所の!」
「へえ!」
ハイテンションなウィンが口にした問いへの答えにクリムメイスは目を輝かせる。
それもそのはずで『新たなダンジョンの入り口が出た』なんて言葉を聞いて心が躍らない者は、このゲーム内に存在しない。
「ねえ、ねえ! 時間まだ余裕あるし、行こうよ!」
「まあ、わたくしは構いませんけれども……」
行かないなんてありえない! とでも言いたげな表情のウィンに手を引かれながらカナリアは、ハイドラとクリムメイスに目をやる。
確かに休日故に集まった時間が早めだったことや、『至花』が狩りやすい相手だったこともあって、夜が更けるまでにはまだ時間がある……とはいえ、自分はともかくふたりはなにか用事があるかもしれない―――そう考えたカナリアだったが、幸いなことにどちらも首を横に振る様子はなく、ふたりとも特にこの後用事があったりするわけではないらしい。
となれば、善は急げだ。
消耗したアイテムなどを適当に補充だけして、一行はウィンを先頭にハイラントの一角へと向かう。
「新しいダンジョン、どうだった?」
「『湖底城』ならボスの蟹以外は結構いけるな、逆に『王立ウェズア地下学院』の道中は物理攻撃が通らねえから微妙だわ」
「あの名前が読めねえやつはオープンエリア型のダンジョン……っていうか島? みたいで、そこそこ賑わってるぜ」
するとダンジョンへの入り口―――全長3m程の明らかに有機的な岩らしき物体で、表面には黒い霧が張っている……恐らく妖精だろう―――が出現した件の一角には既に人だかりが出来ており、多くのプレイヤーが出現した三つのダンジョンに関する情報を交換し合っている。
そこには狩場を奪い合い互いを罵り合う醜い人間達の姿はあらず、他の生命体に比べ貧弱に過ぎる肉体を補うべく、情報を交換し、協力し、団結する……美しい人間達の姿があった。
「嗚呼……漸く、千年戦争が終わるのじゃな……」
そんなプレイヤー達の姿を見て、ひとりの老人顔のプレイヤーがほろりと涙を流しながら呟く……なんだよ千年戦争って、まだイベント二日目だろ……クリムメイスは心の中で静かにツッコミを入れた。
そう、まだイベントは二日目である。
……とはいえ、開始日が土曜だったこともあって長時間遊び続けているプレイヤーは多く、それがVRなのだから通常のゲームにおけるイベント二日目よりは重みはあるが、流石に千年と呼ぶには短すぎる。
「……んんっ!? 待て、あそこにいるのはもしかして……」
「……ま、間違いねえ……カナリアだ……」
「……終わりだ……この街も終わりだ……」
と、ここで不意にプレイヤーのひとりがカナリア達の……というか、カナリアの存在に気付いて声を震わせるが……仕方がない、街中で急に有名なテロリストの顔を見掛ければ怯えるのが正常な反応だ。
「すっかり有名人じゃない、カナリア」
「むぅ、なんだかテロリストみたいな扱い受けてて気に入りませんわね」
「いや普通にテロリスト扱いされてるんだってば」
ざわざわとにわかに騒がしくなる周囲のプレイヤー達を見て、ハイドラが冷やかすようにカナリアの脇腹を突くと、カナリアは周囲の反応が気に入らなかったらしく眉を顰め、当然ながらウィンは真顔でツッコミを入れた。
今回登場しました『蠱毒の首輪』と、普段からハイドラが使用しております『反毒の指輪』を同時に使用した際の挙動について、複数のご質問をいただきましたので追記させて頂きます。
装備『反毒の指輪』は装備者が『状態異常:毒』の場合に与ダメージを+100%する効果を持ち、これは装備『反毒の指輪』の効果であって、『状態異常:毒』に及ぼされる効果ではないため、装備『蠱毒の首輪』の1種装備時効果〝『状態異常:毒』に及ぼされる効果は反転する。〟の影響を受けません。




