085-VS輝海軟体怪獣ツナーバ
「じゃあ、うんっ! 今回は頑張っちゃおうかな!」
「わざわざ毒らせてくれたお礼。きちんとしてあげなきゃね?」
戦況は芳しくなく、クリムメイスでも戦線維持は難しい―――となれば、どうするか? というと、『クラシック・ブレイブス』において答えは単純……死ぬ前に殺すことにするだけだ。
ということで、得物を構えたのはハイドラとウィン。
なにせ、ふたりとも通常時より攻撃力が増し、ハイドラは『毒』状態なので火力が常時倍となり、ウィンも天候が『炎霧』のため右腕の触手による攻撃力が1.2倍となっている。
「では、わたくしはウィンを!」
「こっちはハイドラね! 了解!」
カナリアはウィンの前に、クリムメイスはハイドラの前に……それぞれ、今回の攻撃役となったふたりの前に壁として出ながら桟橋の際へと移動する。
本体は少々離れた場所に頭を出しているので遠距離攻撃しか通らないが、両側に浮かんでいる黒い霧を噴出し続ける触手であれば、なんとか近接武器でも攻撃が届く。
「よぉし、触手勝負じゃん! 負けないよーっ!」
触手勝負という謎の単語を口にしながら、先制攻撃とばかりにウィンが右腕を振るう。
黒い霧を噴出するツナーバの触手とは対照的に、白い蒸気を放ちながら伸びていくウィンの触手は手近にあったツナーバの触手を1本軽く切り飛ばす―――が、相変わらずダメージは小さい。
「まったく、とんだ体力オバケですわね!」
体力オバケの権化のようなカナリアが眉を顰めながら、ウィンによって先端を切り飛ばされた触手へと追い打ちとばかりに殺爪弓を射る……こちらもまた、少しばかりのダメージを与えた。
「文句言ったってHP減らしてくれるわけじゃないし、削り切るしかない……でしょっ!」
カナリアの言葉に対し苦笑を漏らしながらクリムメイスは足元を払うようにして振るわれた触手を怨喰の大盾で受け止める。
タコといえば蟹の天敵であるが、この場においては蟹の装甲をタコは超えられなかったらしい。
「そういうこと、よっ! 『ポイズンミスト』、からの『ブレイクエッジ』!」
クリムメイスががっちりと受け止めたツナーバの触手をハイドラのミストテイカーによる、『ポイズンミスト』によって耐久度を減らされた上での『壊身攻撃』が襲う。
いつも通り4倍の威力を有するその攻撃は勿論触手を刎ね飛ばし、そのHPを……これでも少ししか削れない。
「ヤケに固いし、なにかギミックでもあるのかな……」
「とりあえずそろそろ時間!」
その異様に減らないツナーバのHPから、なんらかのギミックがあるのではないかと疑うウィンだったが、その言葉に対して返ってきたのはクリムメイスによる時間切れを知らせる声だった。
現状、3秒毎に4%ものHPを削られている関係上、カナリアのHPを維持するのであれば15秒毎にクリムメイスの『大回復』で回復するほかあらず、当然ながら15秒毎に回復する、というのは非常に忙しい……今回は一撃加えられただけマシといえる。
「私はHPに余裕あるし、攻撃の手数増やしたいからここにいる! とっとと回復させて来て!」
しかし、15秒毎に律義に回復しなければならないのは割合ダメージによる影響が凄まじく大きいカナリアのみで、むしろ、ハイドラなどは元からHPが低いこともあり50秒過ぎてから回復してもお釣りが出るぐらいである。
「……分かった! ヘマしないでよね!」
というわけで、今回は回復を見送ったハイドラにクリムメイスは一瞬不安を覚えるが、ハイドラが良く動けることはこれまでの戦いで分かっているので、彼女を信じてカナリアの元へと駆け出す。
それに対しハイドラは首だけで振り向いて短く頷き返すと、目の前の触手へと再び目をやり、再びミストテイカーを構える。
「あと130秒も耐えたくはないのですけれど……っ!」
「ちょっち厳しそうだね……っと!」
ハイドラが軽快なステップで振り下ろされる触手を回避する中、カナリアといえば、叩き潰すように振るわれた触手を甘んじてノーダメージで受け止めていた。
「『大回復』! ……相変わらず無茶苦茶だわ、その防御性能……」
カナリアがその肉体で攻撃を受け止め、そこをウィンが自らの触手で反撃するという、そのふたりのファイトスタイル……というより、カナリアの奇妙過ぎるファイトスタイルを見てクリムメイスは苦笑を漏らしつつ、とんぼ返りでハイドラの元へと向かう。
……どうもこの一戦において彼女が休める瞬間はないらしい。
「さて、4本刎ねましたけれど……」
クリムメイスがハイドラの元へと戻るのを確認したカナリアが呟く通り、『クラシック・ブレイブス』の面々はとりあえず両サイドに出現していた4本の触手全ての先端を刎ね飛ばした。
なんらかの動きがあるとすればここだろう……という、4人の想像は見事的中し、ツナーバが水底から響くような妖精特有の咆哮を上げて顔面をぱっくりと二つに割いたと思えば、中から橙色の巨大な水晶が姿を現し、そして切断された4本の触手を再生し始める。
その巨大な水晶がじゅうじゅうと肉が焼けるような音を立てながら煙を発しているのを見るに、どうにもツナーバは自らの身体を癒すことが出来るものの、それに際し膨大な熱を発するようだ。
そして、それを冷却するためにはあの水晶を外気に晒す必要があるらしい。
「どう見ても弱点! 『クリスタルランス』!」
「ですわね! 『八咫撃ち』!」
であれば、それは間違いなく弱点であり、そこに命中した攻撃が与えるダメージは通常の何倍にもなるのは明確。
ここまで分かりやすい弱点も珍しい……なんて思いながらウィンとカナリアは互いに得意な遠距離攻撃を使用する(クリムメイスはMPを温存するために様子を見るに留めた)。
すると『八咫撃ち』は今までとは比べ物にならない明確なダメージをツナーバへと与えるが、ウィンの『クリスタルランス』はあまり芳しくない量のダメージしか与えられない。
「ここでも魔法耐性~……っ! なら、いいよっ! とっどけーっ!」
与ダメージから弱点部位ですら魔法ダメージへの高い耐性を持つと察したウィンは、このチャンスを逃すものかと桟橋の先端へと移動し、思いっきりその右腕の触手を振るう。
すると、思いが通じ―――というよりは、『学院長、オルフィオナ』のことを考えると、そういう特殊イベントなのだろう。
触手と化した右腕は通常では絶対に届かない距離にあるツナーバの弱点部分へと吸い込まれるようにして伸びていき、その水晶をがっちりと掴む。
「ウソ! マジ!? やったじゃ……わわっ!?」
まさか本当に届くと思っていなかったウィンは驚き、喜び、そして慌てだす。
水晶部分を捕えたのはいいが、水晶部分を捕える触手が赤熱しているものだからツナーバが痛みと苦しみに悶え、暴れ出したのだ。
「ちょっとちょっと! 無茶するわねほんと!」
「水中に引きずり込まれたら助けらんないからね! 頑張りなさいよ!」
今にも水中に引きずり込まれそうになるウィンの体を駆け寄ったクリムメイスとハイドラが抱きかかえるようにして捕まえる……とはいえ、相手は怪獣である。
3人がかりとはいえSTRに振っているのはクリムメイスのみで、他のふたりはSTR0。
当然、状況はあまり変わらなかった。
「ウィン! 『妖体化』ですわ! 人のまま怪獣に勝つのは不可能! 人を捨て去るしかありませんの!」
「あ! そっか! STR上がるもんね! 『妖体化』ァ! ポワァアアアアーッ!」
そんな中で弱点部分を殺爪弓で攻撃し続けていたカナリアだったが、このままではウィンが引き摺り込まれると判断して指示を飛ばし、それに応えたウィンは先程まで散々殺していたウェズア学派の偉大なる叡智の権化たる高次存在こと『至花』と同じ姿と化す。
近頃はその外見……というより、使った後にコミュニケーションを取るのが難しくて煩わしいという理由で使うのを渋られていた『妖体化』だったが、もはやそんなことを言っている場合ではない。
そして『妖体化』し、INTをSTRに換算したウィンは振り回されていた先程とは違い、しっかりとその足を地に付け、ぐいぐいとツナーバの巨体を手繰り寄せ始める。
「凄い! 凄い……けれど! どんどん人間じゃなくなってる! 変わっちゃったわね! ウィン!」
「いいじゃない! いらないわよ、人間らしさなんて! それで勝てるっていうんならさ!」
まさかの怪獣の一本釣り―――それを目の当たりにしてクリムメイスは悲鳴にも近い声を上げ、ハイドラは友の変異……進化……それへの恐怖を目の前の勝利で塗り潰して現実逃避することにした。
もう行くところまで行ってくれ、としか思えない。
「ウィン! なんとか引き寄せてくださいまし! そうすればクリムメイスとハイドラも攻撃に加われますわ!」
「ポッワァア!」
一方で現状に一切の疑問を抱いていないカナリアが常識的に考えて無茶極まりないことを言いだし、ウィンは力強く頷く。
……これは釣れてしまうのか、あの巨大なタコが……! ハイドラとクリムメイスは思わず息を呑み、ウィンによる手掴み怪獣フィッシングの結果が出るのを待つ―――。
「……まあっ! 黙って釣られるわけがないかっ!」
―――というわけにはいかない。
割とゆったりとした攻撃ペースをしていたツナーバだったが、流石に釣り上げられそうになれば落ち着いてもいられないのだろう。
まだ治りかけの触手をバタバタと暴れさせて抵抗し始め、クリムメイスは自分達の背後から無作為に襲い来る触手の対応に追われることになった。
「ちょっと、ひとりじゃ無理! カナリア、お願いっ!」
「わかりましたわ!」
それは決して精度が高い攻撃とはいえないが、とにかくサイズと数がある。
自分ひとりではいずれ態勢を崩されると感じたクリムメイスはカナリアに手助けを求め、カナリアは弱点部分への射撃を中断してクリムメイスの横で触手の迎撃に回る。
「ポッ……ワァアアアーッッッ!」
どうにも暴れ始めたのは最後の抵抗だったらしく、カナリアが触手の迎撃に回って間もなく、ウィンが悍ましい雄叫びと共にツナーバを見事に釣り上げ、桟橋の先端へと……ハイドラの得物が届く範囲へと手繰り寄せた。
「殺す前にひとつだけ言わせてもらうけどさ」
と、ここで自らの目の前へと引っ張り出されたツナーバの弱点部分である水晶を、すうっと指差してハイドラがなにかを言い始める。
その背中を守るクリムメイスとカナリアはいいからとっとと殺せ! とでも言いたげな非難の意味が籠った視線を思わずその背中に投げかけるが、完全に止めを刺す前に物申すモードへと突入したハイドラは気付かない。
「あんたッ! 怪獣のクセして戦い方がセコいのよッ! 『ブレイクエッジ』ッ!!」
そして、なんともご尤もな物申しと共に振り下ろされるミストテイカー。
膨大なHPを有しながらも、遠距離に陣取り毒を吹きかけて後は適当に触手で叩く……確かに、その巨体を活かした上で有効な戦法を取っているのかもしれないが……まったくもってハイドラの言う通りで、間違っても怪獣の名を冠する生命体がやっていい戦法ではないのは確かだ。
ともかく、その膨大なHPこそはツナーバの最大の武器であったらしく。
ハイドラの『壊身攻撃』はツナーバのHPを大きく減らし、死の間際まで追い詰めるが―――死には至らせられなかった。
「くっ……『応急修理』!」
止めを刺せなかったことに気付いたハイドラは真っ二つに折れたミストテイカーを直しながら切り上げるが、一発は貰ってやったんだから、これ以上は貰ってやらんと言わんばかりの勢いでツナーバが身を引き、その切っ先から逃れてしまう。
「ポッワァアッ!」
だが、それでもただ一つの存在からツナーバは逃れることが出来なかった。
そう、それこそはウェズア学派の偉大なる叡智の権化たる高次存在……『至花』こと、ウィンだ。
桟橋の先端から大きく跳び、その右腕を振るって離れ行くツナーバの弱点部位へと掴みかかり―――。
「ポワァルルルーーーッッッ!」
「やめろーっ! ウィーン! そんなことしちゃいけない!」
―――そして、弱点部位である水晶へと『脳吸い』を放った。
思わず絶叫するのはクリムメイス……『学院長、オルフィオナ』を『脳吸い』で倒して『妖体化』を、『至花』を『脳吸い』で倒して『妖肢化』を……ウィンは『脳吸い』でなにかを倒すたびに人間から離れていく。
だから、それを止めるべく叫んだが……それでウィンが止まるわけはなかった。
異形化した舌が深々と水晶に突き刺さり、ジュルジュルとその中身を吸い上げていく……。
徐々に減っていき、間もなく全損するツナーバのHP。
響く絶叫、段々と動きが鈍くなる触手、沈みだす巨体。
そこに未だ蛭のようにしがみ付く異形。
「ウィン、どうして……」
ツナーバと共に海中に没した異形、ウィンの姿をクリムメイスは水面に探すが……橙色に輝き続ける水は不透明であり、その中に沈んでいく仲間の姿は捉えられない。
「それがあの子の選んだ道ならば、わたくし達は納得してあげるしかありませんわ」
「カナリア……」
優しい声をクリムメイスへと掛けるカナリアだが、彼女は後輩を失った悲しみを飲み込むように歯を食い縛っていた。
本当は、一番悲しいのは最も親しかった彼女のはずなのに……。
クリムメイスは静かに目を伏せた、友の死を悼むため……。
ちなみに管制室の田村は発狂して地面を転がり回った……なんで負けねえんだよ! 負けてくれよ!! 一回ぐらい負けてくれてもいいだろうがよもぉおおおおお! 人の心を持たぬモンスター共がぁあああああ!
「『応急修理』、からの『クリアミスト』。で、『修理』っと。……開けていい? 報酬」
「いやあんた、ちょっとは悲しんでやりなさいよ。……あたしは水着貰ったし、カナリアがいいなら別にいいよ?」
「わたくしはもうちょっと喪に服しますので、どうぞお開け頂いて……ヨヨヨ……」
……だなんて。
謎の茶番をする二人組をジト目で見つつ、全員に効果が掛かるように『仕掛け【治霧】』を使用したハイドラが一応確認を取った後、ウィンが捨て身の『脳吸い』で撃破したツナーバが残した宝箱を開け放つ……。




