083-学校へ行こう!
本日は2話更新となっております。
まだ未読の方は前回も合わせてお楽しみください(といっても掲示板回なので読まずとも影響はほぼありませんが)。
『クラシック・ブレイブス』の面々がオングイシエを撃破した翌日……ハイラントの一角には人だかりができていた。
なんでも、未知のダンジョン……『湖底城』と呼ばれるダンジョンに続くゲートが突如として街中に出現したのだとかで。
それを聞いた『クラシック・ブレイブス』の面々はなにが起こっているかを大体察し、ならば、と……ある場所を訪れることにした。
「懐かしいねー、ここ」
「最初に来た時信じられないぐらい怖がってましたのに、今はもう平気そうですわね」
「あっ、あの頃は! まだVRゲーム初心者だったし!」
相も変わらず不気味なほど橙色に輝いている廊下を歩きながらウィンが呟き、それを聞き拾ったカナリアがさり気無く彼女の恥ずかしい過去を暴露したものだから、ウィンはばたばたと手を振って抗議をする。
「へえ、あの扉の奥はこんなことになってたのね……」
「………………くらくなくてよかったけどせまい……」
そして、そんな調子のカナリアとウィンに続くクリムメイスが周囲を見渡しながら感想を漏らし、ハイドラはクリムメイスの大盾に隠れるようにして左腕に抱き着く。
……そう『クラシック・ブレイブス』が今訪れているのは、かつてカナリアとウィンが二人で攻略し、その結果としてウィンが人間ではなくなってしまった場所であり、『湖底城』と同じく『シュテレーの指輪』が無ければ開ける事の出来ない扉の先にあるダンジョンこと『王立ウェズア地下学院』だ。
「いや、てか、めっちゃくっ付くわね!? あんたいいのそれで!?」
「………………うるさい、バカ」
そして残念ながら『王立ウェズア地下学院』は非常に道幅が狭い閉塞感の強いダンジョンであり、暗所ほどではないにしろ閉所も苦手とするからだろう、ハイドラは普段のつんけんした様子を完全に消し去り、及び腰になりながらクリムメイスの腕をぎゅっと抱きしめるだけの存在と化していた。
そんな彼女の姿を見てクリムメイスは、今日はハイドラが殺しに来てるな……などと真顔で考え、自らの心臓が興奮のあまり停止しないことを強く願う。
残念ながらクリムメイスはアホだった。
「いつぞやの誰かさんを思い出しますわねえ~、ウィン~」
「だ、だから掘り返さないでって言ってるじゃん! もお!」
完全にクリムメイスの装備品と化したハイドラを見てカナリアが楽しそうにウィンを煽り、ウィンはウィンで珍しく顔を羞恥に染めて頬を膨らませた。
だが確かに、このダンジョンに初めて来た頃は自らの力量の無さもあって、動く影全てに怯えていた。
けれど、いつからだろうか……あんなに感じていた怯えを感じなくなったのは……あっ、ウェズア学派の偉大なる叡智の権化たる高次存在になった時からじゃん。
ウィンは羞恥に頬を染めて頬を膨らませたまま、器用に自分がもうあの頃の純粋な人類なのではないことを再認識する。
「でも、大丈夫? このままで。……あたしは全然いいけど、これ戦える感じじゃないわよ?」
「大丈夫ですわ! どうせ道中の敵は大体物理攻撃無効なのでわたくしとハイドラの出番皆無ですし。それにここの敵って数ばかりで質は非常に悪いですから、コアラ1匹下げてても1万ぐらいは容易いですわよ」
「………………コアラがなにか知らないけど、バカにしてるのは分かるんだからね」
どう見ても、かつてオーストラリアに生息していた愛くるしい絶滅種こと、コアラになっているハイドラが恨めしそうな目でカナリアを睨みながら言う。
しかし、こういう時に頼るのが自分でもなくウィンでもなくクリムメイスなあたり、実際の所ハイドラが一番懐いているのはクリムメイスなのかもしれないな、と、カナリアはなんとなく思う。
「ここでなら魔術撃ち放題だしね! ふふーん、ウィン様の独壇場じゃん?」
本人が聞けば滅茶苦茶にキレそうなことをカナリアが考える一方、ウィンは無い胸を張りながら腰に手を当ててふんぞり返っていた。
撃ち放題とはいえ、そのためにはあれだけ嫌がっていた脳漿をそれなりに摂取しなくてはならないはずだが……既に、多くの人間の脳を啜り、様々な生物の肉を食い千切ってきた高次生命体ことウィンには脳漿を飲む程度問題にならないようだ。
「期待してますわよ! ウィン! よっ! 『クラシック・ブレイブス』最強の火力役!」
「なんかバカにされてる気がするけど別にいいしー! 素直に誉め言葉として受け取っちゃうもんね!」
パチパチパチ! と胡散臭い持ち上げ方をしながら手を叩くカナリア。
恐ろしいほど雑な持ち上げ方だったが、普段であればボス戦でさえ計画的に使わなくてはならない魔術が撃ち放題ということもあり、かなりのハイテンションとなっているウィンは気にも留めなかった―――。
「………………」
「そんなに膨れないでくださいまし、ウィン」
「膨れてないもん」
―――が、数分後。
そこには凄まじい膨れっ面となったウィンがエレベーターに乗っていた。
「まさかイベント対象外とはね……」
というのも、『王立ウェズア地下学院』に出現するモンスターでは一切ポイントが得られず、このダンジョンは今回のイベントの対象ではないのだということが判明したのだ。
そして今は、それならばとりあえずボスだけ片付けて別のダンジョンへ向かおうという話になり、最奥に待ち受けている『学院長、オルフィオナ』の元へと向かっている最中である。
「あの扉を超えるダンジョンですし……と思いましたけれど、よくよく考えたら一切水関係ありませんものね、ここ」
カナリアが苦笑を浮かべつつウィンの頭を撫でて宥めようとするが、一切効果はない。
……『クラシック・ブレイブス』の面々は、自分達が『湖底城』にてオングイシエを撃破した翌日、ハイラントに『湖底城』へと直行することが出来るゲートが出現したことから、『シュテレーの指輪』を使って入ることが出来るダンジョンではポイントを入手することが可能であり、尚且つそこに出現するボスを撃破するとハイラントにそのダンジョン直通のゲートが出現するのだと予想していたのだが……どうやら違うらしい。
「『湖底城』ではもうポイント入らないし……ウィンが見つけた『書庫』とか、ハイドラが見つけた凍った湖の下とか調べてみるしかないかな……」
膨れたウィンの頬をむにむにと人差し指で押しながらクリムメイスが困ったように呟く。
どうにも、ひとつのダンジョンで得られるポイントは限りがあるようで、雑魚敵からは1万ポイント、ボスからは2,500ポイントしか得られないらしく。
『クラシック・ブレイブス』の面々が早速ハイラントに出現したゲートを使って『湖底城』に入ろうとしたところ、当ダンジョンではこれ以上のポイントは入手できない……という注意書きが表示されてしまった。
なので予想に反してここでポイントが入らないのであれば『クラシック・ブレイブス』は、王都セントロンドへと辿り着くか、地獄そのものである狩場争いをするか、または新たなダンジョンを見つけるしかない……となれば、このイベントが始まった途端にウィンとハイドラが見つけたふたつのポイントが怪しいのは明白であり、そこを調べるのが理にかなっているだろう。
「………………『書庫』にしましょうよ別に理由はないけど」
年下の少女の頬をむにむにと押しながらも現実的な提案をするクリムメイスの言葉に対し、ハイドラは別に理由はないがウィンの発見した『書庫』へ向かおうと言う。
どう見ても理由はありそうだが、あんまり虐めてしまうとフグの如き膨れっ面を見せる人数が増えてしまうのでカナリアとクリムメイスは特にリアクションはしないことにした。
「あ、着いたみたいよ?」
「………………エレベーター下りてボス戦って、ちょっと変わってるわね」
だとかなんだとか、他愛もない話をしている内にエレベーターは最下層まで到着し、静かにそのドアが開いて。
盾役であるクリムメイスと、その腕にくっ付いているハイドラが真っ先に降りた。
「ええ、わたくしも一度目に来た時に―――あらっ!?」
……そう、最下層まで辿り着いてしまった。
ここは、本来であればエレベーターが降りている最中にオルフィオナのものらしき触手に襲撃され、エレベーターが空中分解を起こしてボス戦に突入するはずなのだが……。
どうにもオルフィオナは二度は戦うことが出来ない類のボスだったらしい。
「あっ! 奥に続く道があるよ!」
「なるほどね、ここからが本番ってこと」
予想外の展開を目の前にして、ウィンがこれでもかと膨らませていた頬を萎ませて部屋の奥を指差すと、ハイドラはエレベーターが辿り着いた先が広い空間であり、尚且つ暗くもないと分かるや否やクリムメイスの腕から秒で離れ、涼しい顔で何事もなかったかのように振る舞う。
「うわぁ! いきなり落ち着くわね!」
そのあまりにも早い変わり身に思わずクリムメイスは驚きの声を上げるが、ハイドラは少しばかり赤面しつつも無表情を貫き、その顔を見られないよう足早に進んでいく……意地でも先程までのことは無かったことにするらしい。
羞恥から歩みを早めるハイドラの前に(その顔が見たいからか、または自分が盾役だからか)出ようとするクリムメイスも当然ながら駆け足気味になり、カナリアとウィンも仕方がないのでふたりの後を急いで追う。
「おぉー……なかなか綺麗じゃないの」
「ええ、素敵な場所ですわ!」
そうして四人が辿り着いた場所は『海』だった。
砂のような細かい粒子が積もった道が奥に続き、大きく開けた左手側には小さな波を作る水が押し寄せては引く……、夕暮れ時の海のような場所。
クリムメイスとカナリアが美しい光景に思わず感嘆の息を吐く。
「まあ、いい景色っぽいけど……」
「上でのことを考えると、明らかにあの水発光してるよね……」
一方でハイドラとウィンは、橙色に輝く宝石のような景色よりも、その景色を生み出す〝水〟に注目していた。
そう……上の学院エリアもそうだが、この『王立ウェズア地下学院』というダンジョンは、所々に点在する『橙色の水晶』が同色の光を放つことで暖色系の明るさに満ちており……この『海』と呼ぶべきエリアも例外ではないだろう。
でなければ、地下なのにこれほど明るいわけがない。
ということは、この夕暮れ時のような美しい光景は、目の前に果てしないほど広がった奇妙な水が生み出しているものに過ぎず、そうだと一度気付いてしまえば不気味さすら感じられる。
余計、この水を研究していたらしい学院がああいったことになり、肥大化した脳が這いずり回り、学院長が醜い怪物になっていることを知っていれば……。
「……念のため近寄らないほうが良さそうですわね」
「綺麗な海はセントロンドまでお預けってワケか……」
年下組ふたりの言葉で目の前の光景への認識を改めさせられた年上組ふたりが、先程とは真逆の感嘆の息を吐きながら肩を落とす。
仲間のためイバラキアンであることを捨て、サイタマンとして生きることを決めた『クラシック・ブレイブス』の者達が『海』を拝むまではまだまだ時間が掛かるらしい。
「まあ、いいですわ! とりあえず敵を探しましょう! 上があの程度の難易度なのですし、大したことは無いと思いますけれど」
「物理攻撃が素直に通る相手だと、面倒じゃなくていいんだけど」
とりあえず、目の前の海はろくでもない存在だろうと結論付け、四人は狩るべき対象を探すことにし―――そして、『それ』は間もなく見つけることが出来た。
『それ』は、異様に伸びた指と、ヌメついた黒い肌を持ち、無数の触手を髪代わりに伸ばし、時折、欠伸でもするかのようにその顔面を花のように割いて中から無数の赤くぬめつく触手を蠢かせている……人のような形状をした怪物。
カナリア、ハイドラ、クリムメイスの三人は『それ』を見つけた瞬間、凄まじい速度で振り返り、最後尾を歩くウィンへと視線をやった。
「ちょっ……言いたいことは分かるけど! こっち見んなし!」
向けられた視線の意味を瞬時に理解したウィンがばたばたと手を振る。
というのも、『それ』は『妖体化』を使用した彼女と全く同じ姿をしたモンスターだったのだ……つまり、彼らもまたウィンと同じくウェズア学派の偉大なる叡智の権化たる高次存在であり、その名を『至花』という。
「っていうか、また妖精? ほんと魔法使い嫌われてるね」
「うぅ……いつもより冬の時代が長いや……」
そして至花が『妖体化』を使用したウィンと同じ存在ということは、自動的に今回もウィンの魔術は通りが悪いことになり、また雑魚敵からして妖精なのではボスも同じだろうことが察せられる。
……まあ、そもそもとして現状物語の中心にある『オル・ウェズア』自体が妖精と縁の深い国なのだから仕方がない。
まだ見ぬ『王都セントロンド』に辿り着ければ……ウィンは未来に思いを馳せ、不遇寄りの現状を受け入れることにした。
「さて、それでは少し失礼させていただきますわね……破ァ!」
魔術による魔法ダメージに全てを捧げ、対策されやすい代わりに高火力を得ているために対策されると辛いことになるウィンを傍目に、なんかHPを上げているだけなのに対策され辛い物理ダメージで魔術師めいた超火力を発揮する謎の存在ことカナリアが殺爪弓を引き絞り、放つ。
『夕獣の解放』を使用していないせいで、STRに1も振っていなければHPも全快という殺爪弓の強みを一切活かせないただの一矢であるそれだが、【称号:簒奪者】と『呪い装備5種』を達成している呪殺の首飾りの効果によって、与ダメージが+35%もされていれば当然ながら多少DEXに振った程度の下手な弓使いの一矢を遥かに超えるダメージを叩き出し―――見事一撃で至花を殺害した。
「なんだ、雑魚ですわね」
「いっつも思うんだけど、カナリアがこんだけ火力出せるんだから魔法使い対策する意味ないわよね」
「いや大弓でこんなダメージ出る先輩がおかしいだけだから」
即死した至花を見て少々落胆したようにカナリアが呟き、なんだか不条理なものを見たような気がしてクリムメイスは呟くが、即座にウィンが真顔でツッコミを入れる。
全くもってそうであった。
本来、クロムタスクが作るゲームにおいて、大弓とはその凄まじいノックバックを活かし敵を落下死させるためだけのもので、通常の弓よりも火力の出ない不遇武器だったはずなのだ。
……いや、今回も恐らく不遇武器であろう……なんかカナリアは火力を出せているが、たぶん、きっと。
「普通に撃つだけで死ぬなら敵も柔らかいんでしょ。楽そうで助かったわ」
最高瞬間火力は高いといえど、その高い火力を出すのに手間が掛かるハイドラがぐっと背筋を伸ばして体を解しながら言う。
まあ、確かに言う通りで、カナリアが大弓らしからぬ火力をしているとはいえ、それで即死する相手側にも問題はある。
「使ってるから分かるんだけど……攻撃させたら多分面倒くさいから、そこだけ気を付けてね」
この程度の強さならば、『湖底城』と同じように全員別行動で狩りをすることになりそうだと気付いたウィンが簡単に注意を飛ばす。
初撃で死に至ったので細かいところは不明だが、普段『妖体化』した後のウィンの暴れっぷりを思い出せば、一度調子付くと面倒なタイプの敵なのだろうと簡単に察せられる。
三人は静かに頷き、至花を狩り始め……たった30分程で目標だった一万ポイントを達成した。
リビングアーマーと違い、動きが遅く、反応も鈍く、固いわけでもない……典型的な魔法使いタイプのステータスをしている至花は火力偏重傾倒にある『クラシック・ブレイブス』と相性が良く、非常に狩りやすかったのだ。
それは良い、それは良かった。だが―――。
「あ、あははー……なんか、こうなっちゃった……」
―――ただ一つ問題があるとすれば、30分ぶりに再会したウィンの右腕が赤熱を帯びた三本の触手に変形していることだ。




