008-大鰐の洞窟 その1
全てを終えて宿に帰った後に発生したイベント。
それは、ナルアが身に着けていた指輪に関する短い会話イベントであり、ナルアの死体から剥ぎ取った指輪をカナリアが装備していたところ、それを見つけた宿屋の亭主がカナリアに指輪を手に入れた方法を尋ねてくる、というものだ。
その質問に対しカナリアが『死んだナルアから譲り受けましたわ』と返すと、それを聞いた亭主は泣き崩れながらナルアは大切な一人娘であったことを告げ、形見としてその指輪を譲ってほしいと持ちかけてきた。
デザイン以外特にその指輪に魅力を感じなかったカナリアは素直に指輪を渡したのだが―――とりあえず、どうやら彼女の中では追剥して奪い取ることと譲り受けることは同義のようだ。
ナルアが宿屋の亭主の娘であったことや、カナリアが指輪を素直に亭主に渡したことよりも、そこが一番の驚きである。
「ナルア……惜しい人材を無くしましたわね。どうして死んでしまいましたの……」
まるで亡くなった戦友の名でも呼ぶかのように呟くカナリア。
ナルアが死んだのはお前が盾にしたからである、と、言える存在は残念ながら全員死んでしまったので誰もその問いには答えられなかった。
世の中は残酷だ。
「手に入ったスキルノートも正直わたくしでは持て余しますし……とりあえず売ってしまおうかしら」
秒の黙祷を終えたカナリアが眺めるのは今回の戦利品において、唯一のスキルノートであった『マジックランス』のスキルノートだ。
それは間違いなくナルアが使っていた高威力の魔術の槍を放つものだろうが、残念ながらINT0のカナリアにそれが使いこなせるかといえば、勿論使いこなせない。
だが、だからといって死を惜しんだ相手が残したものをとりあえずで売り払おうとするのはどうなのだろう……心が無いのだろうか。
「まあそこは後で考えるとして、まずは『大鰐の棲家』に挑みましょう! ダンジョンのひとつでもクリアすればわたくしも脱初心者と言えるでしょうし、そしたら他のプレイヤー様と遊んでみましょうかしらね~ふふ~」
自分を待ち受ける初めてのダンジョン、その先にある新たなる仲間との戦いに胸を躍らせながらカナリアは枕に頭を乗せ、時間帯を進め―――一瞬の間に朝がやってくる。
カナリアは窓から差し込む明るい朝日を見て、ゴアデスグリズリーと聖竜騎士団によって生み出されていた呪われた夜が終わりを告げたことを改めて実感し、スキップしながら一階へと降り、首を吊って死んでいる亭主の姿を見つけたのだった。
どうにもカナリアの周りでは流れるように命が無くなるようだ。
「えっ!? 死ぬんですのあなた!」
急に自らの命を絶った亭主の死体を見てカナリアは悲鳴を上げるでもなく、泣き出すでもなく、ただただ驚きの反応を見せる。
可愛らしい悲鳴のひとつすらないのでは、このイベントを作った開発者も苦笑いをするだろうし、亭主も無駄死にだ。
「じゃあ指輪は返してくださいまし! 勿体ないですわ!」
しかし、カナリアは人の死を無駄にしない少女である。一切弔う素振りを見せず死体を漁り、譲った指輪と亭主が持っていたアイテムと現金を根こそぎ収集する。
死体に財は必要ないのだ。
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血濡れた誓輪
:パーティーメンバーが死亡する度、一定時間与ダメージを+75%する(最大+200%)。
:この装備は呪われている。
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「あら? 効果が変わってますわね……あっ! なるほど! アイテムを強化するためのイベントでしたのね!」
人の死をただの強化イベントで済ませ宿屋の内に下着姿の父の死体を、宿屋の外に下着姿の娘の死体を作り上げてカナリアは宿屋を後にする。
少しは後ろ髪を引かれたりとか無いのだろうか? 無いのだろう。
カナリアは実に軽い足取りで目的地へと進んでいく……。
◇
目的地である『大鰐の棲家』へは、聖竜騎士団とゴアデスグリズリーの激闘を繰り広げた東の森を更に奥へと進む必要がある……となれば当然道中で幾度かモンスターとの戦闘になるわけだが、『黄昏』装備を脱ぎ捨てたカナリアが『夕闇の障壁』を展開してしまえば、この辺りに出没するモンスター程度では障壁を破壊することなど到底できなかった。
なので、カナリアは手に入れた大弓『殺爪弓』の試し撃ちをしながら森の中を進んでいった。
「おぉお~、これが……」
そうしてのんびりと歩みを進め、時間にして十五分程度だろうか。
カナリアが大弓という武器種は近距離で取り回しが効くものではなく、依然としてメインの武器はダスクボウであると理解するのと同じタイミングで『大鰐の棲家』へと辿り着いた。
そこはある一点を除き、山のふもとにある大穴に過ぎない。
だが、その一点……黒い太陽が描かれた扉によって入り口が塞がれているという一点によって、これが〝ダンジョン〟なのであると見たもの全てに理解させた。
「では早速……」
ともすれば逃げ帰りたくなるような威圧感を『大鰐の棲家』は入り口から放っていたが、プレッシャーを感じるような神経をしていないカナリアは躊躇いなく扉に手を当てる。
すると、描かれた黒い太陽が赤く燃え始め、唸り声のような大きな音を立てて扉が下がる。
その様子と、自らの身に着ける指輪のうちのひとつが赤く輝いているのを見てカナリアは、このダンジョンが本来であればレプスを引き連れなくては入れないダンジョンなのだと理解し、改めてレプスを殺害したことは正しい選択であったと確信してダンジョンの中を突き進んでいく。
「おぉお~! ワニですわ~!」
灯りなど気の利いたものは全くないが、足元や壁に群生するぼんやりとした光を放つ苔の存在によって、ある程度の明かりは確保されている洞窟の中を無警戒で突き進むカナリアへと一匹の鰐型モンスターが襲い掛かる。
その名はヘヴィクロコダイル。
2mはあるであろう巨体をサイズに見合わぬ俊敏さで動かす重戦車の如きモンスターである……が、必殺の顎による攻撃もカナリアの『夕闇の障壁』を割るには至らず、噛んでも噛んでも味のしないカナリアをあぐあぐと齧るばかりだ。
「可愛いですわね~」
少々間の抜けたヘヴィクロコダイルの様子を微笑ましそうに見ながらカナリアはダスクボウを構え、ヘヴィクロコダイルの口腔内へとボルトを笑顔で撃ち込む。
大人ですら丸呑みに出来そうなクロコダイルよりも余程恐ろしい、微笑みながら迷わずにクロスボウを放つことが出来る少女が此処にはいた。
「あら、皮ですわ。いい鞄になりそうですわね!」
口腔内に数発のボルトを撃ち込まれ、ごぽごぽと血を吐き出す無残な死体と化したヘヴィクロコダイルのドロップ品である皮も見てカナリアが、ぱん、と手を叩いて喜ぶ。
だが、残念ながらこの『オニキスアイズ』においてワニの皮はオシャレ用のアイテムではなく、武骨な鎧の素材である。
「……ゲームなのですし、狩りすぎて数が減りすぎることもないですわよね。よし! 乱獲していきましょう!」
しかし、そんなことをカナリアが知る由もなく。
たった今ここで、数多のヘヴィクロコダイルへと死刑宣告が下された。
はたして彼女は何匹のヘヴィクロコダイルを狩るつもりなのだろうか? 30匹……多くて50匹程度だろうか。
いいや、50匹はいかないだろう。
その前に飽きが来るはずだ。
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妄執
:なにかに憑りつかれたように狩り続ける者へ与えられる称号。
:短時間の間に同系統のモンスターを100匹以上撃破する。
:連続して同系統のモンスターを撃破した時、別系統のモンスターを攻撃するまでLUC値を上昇させる(最大50)。
生皮剥ぎ
:数多くの生命体から皮を剥いだ証となる称号。
:短時間の間にモンスターからのドロップにより『皮』系の素材を80枚以上入手する。
:入手した『皮』をドロップしたモンスターと別系統のモンスターを攻撃するまでLUC値を上昇させる(最大50)。
顎砕き
:多くの鰐を死に追いやったものに与えられる称号。
:数多くの鰐の死に関与する。
:物理的攻撃による被ダメージを5%低下させる。
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「とりあえず100匹で切り上げましょうか」
否、100匹である。
なぜそこまで殺したのだろうか……もはやカナリアのインベントリは鰐の生皮でパンパンに膨れ上がっている。
こんなにも大量の鰐の皮を彼女はなにに使うつもりなのだろうか。
食すのだろうか。
「ふふふ。いいものが作れたらあの子にもあげましょう」
否、素敵なアクセサリーを作って妹にもプレゼントする気なのだ。
仄かな母性を感じさせる、少々歳不相応な微笑みを浮かべながらカナリアはインベントリに満ちた鰐の生皮を眺めて呟く。
だが待ってほしい……いくらワニ革製のアクセサリーが富裕層向けであり、勇家が裕福な家庭だったとしても、女子中学生であるカナリアの妹……海月がワニ革で出来たアクセサリーを欲しがるだろうか?
いや、むしろカナリアはなぜ大喜びで鰐の皮を集めていたのだろうか。
女子高校生にとってもワニ革は十分に早すぎる代物ではないだろうか。
背伸びして大人ぶりたい年頃なのだろうか。
「さて! 思ったより時間を食ってしまいましたし、ささっとボスを撃破して今日は終わりにしておきましょう!」
カナリアは鰐の皮でパンパンに膨れ上がったインベントリを閉じ、洞窟の奥深くで発見した扉へと手を触れる。
その扉は入り口にあった大扉と似た意匠であり、ゲーム初心者のカナリアにさえ、この扉がボス部屋へと続く扉であることは察せた。
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