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079-対戦車犬とか検索してはいけない

「ハイドラちゃん、ごめん! マジ助かるぅ……」


 それからしばらくは単独で狩りをしていたハイドラだったが、ウィンから『一人で狩るのキツいから手伝って』というメッセージが届いたので、三層で狩りをしていた彼女と合流する。

 いくら炎霧の剣という使いやすい近接武器を得たからといって、決してウィンは近接戦が得意なキャラではない……『無限』のようなボス戦ならば集中して乗り切るが、数をこなすとなれば気乗りしないのは当然だった。


「別にいいよ。っていうか、遠距離攻撃持ちがいると私もやりやすいし」


 手伝って貰うことに負い目を感じているらしいウィンは手を合わせて謝るが、実際助かったのはハイドラも同じだ。

 確かにミストテイカーのスキルを総動員すればひとりでも戦えるが、一戦一戦に対して掛かる労力が大きいのはウィンと変わらないのだから。


「そう言ってくれると助かるじゃん。ほんとありがとね」

「だからいいってば。それよりとっとと次の獲物探しましょうよ、結構な数倒さないといけないんでしょ?」

「あ、うん。とりあえずは5万ポイントで入手できる『火薬の設備』が目標って感じで!」


 ハイドラの問いに対し、ウィンは手をパーの形に広げて見せた。

 とりあえず『クラシック・ブレイブス』の面々は運によるところが大きい『水着』関連は考えないことにし、ドロップ対象のモンスターを撃破した際に入るポイントで交換できるアイテム……その中でも最も重要そうな『火薬の設備』を交換することを目標として行動することになっていたが、それを達成するためにはリビングアーマーを500体ほど撃破する必要があるようだ。


「ひとり125体として、私たちは250体か……夜のうちに終わる? それ」


 自分達に課せられたノルマに対し、思わず疑問を抱いたハイドラが小首を傾げる。

 ダンジョン内の狩場を見つけたことで高効率なポイント収集が出来るとはいえ、そもそもそのノルマは一日で終わらせるようなものではない。

 そんなことはハイドラも分かっているはずだが、泳げない彼女がこのダンジョンに入るためには欲狩の中に入らなければならず……、それは死んでも避けたいので今晩で全ての決着を付けたい……というのが彼女の本音のようだ。


「まあ、明日も休みだし、理論上は出来ないこともないだろうけど……たぶんウィンは体力持たないかなあ。3時は超えられないと思うよ」

「ふぅん、子供ね?」


 子供ね、などと言うハイドラだが、そもそも彼女が今夜中に決着をつけたい理由こそ暗い場所は怖いから欲狩の中に入りたくない、という極めて子供っぽい理由なのだが……ウィンはいやあ、と照れたように後頭部を掻いてスルーすることにした。

 本当に子供なのはどちらなのだろうか。

 そして蛇足だがハイドラは24時を超えれるか分からない。

 本当に子供なのはどちらなのだろうか。


「にしても『火薬の設備』……火薬、火薬かあ……なにが作れるのかな?」

「銃とか作れそうな名前ね」


 まあ、まず今日では達成しないだろうな、とウィンは無言で判断し、5万ポイントで交換できる『設備』こと『火薬の設備』で生み出せるものについて思いを馳せ、ハイドラは真っ先に火薬といえば『銃』だろうと答えた。


「銃はめちゃくちゃ弱いだろうなあ……クロムタスクだし……」


 しかし、それを聞いてウィンはかつてプレイしたクロムタスクのゲームのひとつを思い出して苦笑する。

 なにせクロスボウよりも弓のが余程威力の出る世界観なのがクロムタスクのゲームだ……であるならば、銃は……。

 ……例えばこれがロボットアクションゲームとかなのであれば、銃がメイン武器なのだから火力も出るだろうが、現状このゲームはあくまで剣と魔法のRPG。

 恐らく銃が叩き出す攻撃力は良くてクロスボウ並、下手をすればクロスボウを下回ることだろう……クロムタスクはそういう調整をする会社である。


「そうなの? まあ、そもそもとして銃を作れる生産職のプレイヤーがどんだけいるよって話なんだけど」

「あぁ、それは確かに……」


 微妙そうな表情を浮かべたウィンの反応から銃への期待を一気に失ったらしいハイドラが肩を竦めながら言い、ウィンも首を縦に振って同意する。

 生産職ではないウィンは勿論のこと、早々に生産職としての仕事を兄に任せたハイドラも普段彼らがどうやって武器を生み出しているか分からないので一概に無理とは言い切れないが、現状、生産職のプレイヤーが武器として作り出しているのは剣や斧、弓などのシンプルな形状をしたものばかりで……それらと違い、銃は複雑な機構を有する武器なのだから、作り出すのも一苦労だろう。


「じゃあ、ほら。矢尻に火薬仕込んだ爆弾矢とか」

「うわ先輩好きそうだなあそれ」


 ならば、とハイドラが口にしたものは簡素ながら十分に火薬の強みを活かせる武器だった。

 ウィンは着弾すると同時に爆発する矢を殺爪弓につがえ、ニッコニコで射るカナリアの姿を秒でイメージし、間違いなくそれは実現すると確信した。

 イメージ的にノックバックが凄まじそうなので、カナリアの装備する防具『捕食者装備』や大弓という武器種とも相性がいい。

 また、ボルトにも転用できるならばカナリアの扱うダスクボウも等しく強化されることだろう。


「やっぱ、テロリストっつったら火薬だしね」

「あはは、確かに。あ、そうだ。テロリストって言えば、欲狩の中に爆弾詰め込んで自爆特攻とか……」


 肩を竦めたハイドラの言葉に同意し、そこから自爆テロを連想したウィンはなにも考えずにそれを口に出し……即座に後悔した。


「…………」

「…………」


 ウィンとハイドラの間に沈黙が訪れる―――だって間違いない……それは間違いなくやる……あの女なら、間違いなく。

 ウィンとハイドラは無言で決死特攻を強いられることが確定した欲狩達に同情する。

 ……かつて戦時下において爆弾を背負った犬を戦車に向けて放ったことがあるのが人間という種であり、残念ながらカナリアは恐らく人間に近しい何かである。

 ならば、ミミックに爆弾詰めて突撃させるなど平気でやるに違いない。


「ほんとにいいのかな、『火薬の設備』取っても」

「モラル的な話をしてるなら微妙なところね」


 どうやら『クラシック・ブレイブス』にとって『火薬』の時代の訪れは悲劇の訪れにしかならないらしい。

 ウィンは死んだ目で火薬を手にしたカナリアが残虐行為に走ることを察し、ハイドラは努めて真顔で気にしないことを決め込んだ。

 ……これはあくまでゲームだ、別に動物に爆弾詰め込んで突っ込ませても……罪ではない。


「っていうか、他はどんな感じなのよ。『設備』しかないってワケじゃないんでしょ?」

「うん。結構いろいろあるよ? まんま武器とか防具とかアクセサリとかもあるし、『刀剣の導書』ってのもあったかな。あとは消費アイテムとか、換金アイテムとか……」

「『導書』はともかく、他は『設備』より優先するほどじゃない、か」


 ウィンが並べた単語を反芻しつつ、ハイドラはぽつりと呟いた。

 武器、防具、アクセサリ……それらに関しては(クリムメイスはどうか知らないが)少なくともレアリティの高そうなドロップ品を使用しているカナリアやウィンが欲するとは思えず、消費アイテムや換金アイテムも言わずもがな。

 唯一希少そうなのは『導書』だが、その『導書』も『刀剣の導書』という、なんとも刀を使わない(あるいは使う気がない)人種には縁遠い代物だ。

 自分の目で確かめてみればもう少し興味を惹かれるものがあるかもしれないが、そうだとしても様々な可能性を広げそうな……特に、超遠距離における高誘導な爆破攻撃―――端的に言うと自走式炸裂ミミック―――が手に入りそうな『火薬の設備』よりも優先する理由はない。


「なんで至極真っ当な理由で所属してる『連盟』に貢献してるのに、こんな罪の意識感じなくちゃいけないのよ」

「うーん、ちょっちウィンちゃんには分からないかなー」


 自分達は罪なきミミック(気持ちは悪い生命体ではあるが)に火薬を突っ込んで走らせるために戦っていることに気付いたハイドラが頭を抱え、ウィンは笑みを顔に張り付けてとぼけたふりをする。

 なぜ罪の意識を感じるのか―――それが分からないわけはないが、分からないということにしておいた方が気が楽なのは確かだった。

 ウィンがそうするならば、自分もそうしても構わないだろう……ハイドラは未来のことを考えるのはやめ、今に集中することにする。


 ……そうして、それから一時間ほど。

 『クラシック・ブレイブス』の面々がリビングアーマー(と、時々欲狩)を撃破し続け、丁度1万ポイントほど稼いだあたりで事態が急変し、メンバーは一階の大広間に集まっていた。


「もしかして……枯れちゃった?」


 ウィンが困ったような笑みを浮かべる。


「枯れましたわね」

「枯れたわね」


 それに対しカナリアとクリムメイスが頷きを返し。


「なんで枯れるの……ちゃんと私のこと考えてる……?」


 ハイドラはハイライトを失った瞳で虚空を睨みながらブツブツとなにかを呟いている。

 ……そう、枯れた……一切のモンスターがダンジョン内に出現しなくなったのだ。

 1万ポイントに達したから枯れたのか、それとも単純に大量のリビングアーマーと僅かな欲狩を葬ったから枯れたのかは不明だが、とにかく、今日はこれ以上このダンジョンではポイントを稼げないらしい。


「枯れちゃったもんはしょうがないし、今日はボス行って終わっとく?」

「あ~……ボス……ボス……、そうですわねえ……」


 もうどうせポイント稼げないのであれば、最後にボスを倒して解散にしよう……と、ウィンが至極真っ当な提案をしたところ、カナリアが露骨に視線を逸らし始めた。

 ……どう見てもなにか後ろめたいことがある様子だ。


「なによ、今度はなんなの?」

「いえ。あの、喋るボスでしたし……あれでも復活したりするのかしら?」


 またなにかやっちゃったのか、とでも言いたげな目を自分へと向けてくるクリムメイスに対し、ぱたぱたと手を振りながらカナリアは小首を傾げてみせる。

 確かに、『王立ウェズア地下学院』の『学院長、オルフィオナ』や、このダンジョンのボスである『湖底の騎士』が復活する姿はなんとなく想像しにくい。

 『グロウクロコダイル』や『雪嵐の王虎』のような、いかにもボスといった感じのボスであれば、ダンジョンに入りなおした際に復活していても違和感はないが……。

 それに実際『蛇殻次の呪眼』のように一度ボスを撃破すると再突入が不可能になるダンジョンも存在しているのだから、再戦が出来ないボスが居てもおかしくはないだろう。


「なんだ、割と普通のこと気にしてたんだ。てっきりまたNPCを無駄に殺したのかと思った」

「ちょっと! 失礼ですわよ、ハイドラ! わたくしは無意味に人命を奪ったりしませんわ!」


 自分の言葉を聞いて、心底驚いた表情を浮かべるハイドラのなにが気に食わなかったのか分からないが、ぷんぷん! なんて擬音が似合いそうなポーズでどの口が言うのか分かったもんじゃないことをカナリアは口走る。

 それは嘘……とはこの場のカナリアを除く全員が思ったことだったが、そんなことを口にしても無駄なことぐらい全員分かっているので無言を貫いておく……変に刺激してNPCが死ぬことになっては気分が悪いし。

 ともかく、とりあえずはボスの顔を拝んでみよう、ボスがいなかったら、それはそれでしょうがないのであきらめよう……という方向で話は纏まり、一行は地下に存在するボス部屋へと続く大扉を開け放つ。


「どうして……どうして殺した……彼女に罪はないのに……ウッ、……ウウッ……ウウウ……」


 すると、その先にいたダンジョンのボスこと『湖底の騎士』は両手で顔を覆いながらなにかを嘆いていた。

 ……言ってる内容はよく分からないが、とりあえず最初にこのダンジョンに訪れたカナリアが彼の大切な女性を手に掛けた、という事実だけは理解できる。

 なので、全員はカナリアの顔を思わずガン見し、カナリアはあの、だとか、えと、だとか言いながら気まずそうに視線を泳がせ―――。


「だって指輪欲しかったんですもの……呪われてそうで……」


 ―――ついには金品目当てで殺人を犯したことを告白した。

 ウィン、ハイドラ、クリムメイスは目の前の『湖底の騎士』のように全員が両手で顔を覆う……ただし、その口から出るのは嘆きではなく溜め息だ。

 どうして……どうしてこうなんだろう、我々の連盟長は……なんですぐにNPC殺してしまうん? イベント全部こなせば最後には欲しがってるアイテムくれるかもしれないのにさ……。


「許せない、許せないよ……君が……オオオッ! オォオオオーーーーーーッン!!」


 なんて、我らが連盟長の殺人癖に頭痛を覚えている場合ではない。

 恋人かなにかをカナリアに殺されたことで、こちらを恨みに恨んでいる彼は間違いなく強敵だ。

 未だに、だって、だとか、欲しかったんですもの、とかぶつくさ言いながら唇を尖らせているカナリア以外の三人は『湖底の騎士』へと向き直り―――。


「グワアアアアア!?」


 ―――そして、直後『湖底の騎士』は床を突き破って出現した謎のモンスターに噛み砕かれ、死亡した。


「えっなに!? 急すぎじゃん!?」

「か、蟹……蟹? 蟹か? 蟹なのか?」


 あまりにも急すぎる展開にウィンは悲鳴のような声を上げ、クリムメイスはキャラを忘れて目の前のモンスターの正体を見極めようとする。

 六本の脚に赤い甲羅、鋭利な後脚四本に対し、鋏のようになっている前脚二本の特徴的なフォルムは蟹と察せられる……が、通常の蟹が人間で言う所の顔に当たる部分の真横からハサミが生えているのに対し、その蟹は顔を含む胴体だけが不自然に前に突き出ている形をしていた。

 体形だけ見るのであれば、蟹よりも蛙に近いだろう。


「アサヒガニじゃない、良い趣味してるわ」


 そんな奇妙な蟹型モンスターを見て何事でもないようにハイドラが呟き、他三人はハイドラの顔をガン見した。


「……なによ、モチーフになった生き物が分かっちゃ悪いっての?」

「や、ごめん……意外でさ……」


 その視線の意味を察したハイドラが不愉快そうに眉を顰め、ウィンは思わず手をぱたぱたと振って謝った。

 ……そう、なにも悪いことはない……決してハイドラが目の前の奇妙な蟹型モンスターのモチーフとなった、物凄く奇妙な形状をした蟹のことを知っていても、なにも罪ではない。


「……水族館とか好きそうですものね」

「……ほっといたらクラゲコーナーとかに一日中居そうよね」


 えへへ、と誤魔化すような笑いを浮かべたウィンの後ろで年上二人組がひそひそと言葉を交わすが……全くもって偏見であった。

 水族館は基本暗いコーナーが多いのでハイドラは絶対に入ることがないというのに。

 それに、アサヒガニを知っているのは単純に、不思議な動物を知っていたらカッコイイと感じて一時期軽くそういうものを調べ漁ってた時期があったからであり、別段水棲生物が好きなわけでもない。


「とかやってる場合じゃなーい! 急になにほんと!?」


 ボスを眼前にしているのに緊張感の一切無いメンバーを叱咤するようにウィンが腕を振り上げて叫んだ……確かに、こんなことをしている場合じゃない。

 ダンジョンのボスである『湖底の騎士』が自らの愛する人を殺したカナリアに恨みを抱いていると思ったら急に現れた巨大なアサヒガニ似のモンスターに食い殺されたのだから。

 ……いや、なんだこれは? 全員は目の前のモンスターへと向き直りながら現状が改めて意味不明であることを理解する。


【 湖 底 甲 殻 怪 獣  オ ン グ イ シ エ 】


 そして直後。

 そんな彼女たちの眼前に、これが現状の説明だと言わんばかりに巨大かつ古臭いフォントの白文字でそのモンスターの名前を表している雰囲気の漂う謎の文字列が出現し、巨大なアサヒガニ……オングイシエはゴポゴポという溺死する妖精のような不気味な咆哮を上げた。

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