078-水底で毒霧を切り裂いて
「炎霧の剣~! これのスチーム機能で……どうよ!」
「いや死ぬでしょ」
その装備の名は『炎霧の剣』。
……かつて存在した、一体で国ひとつを滅ぼせると言われた兵器、『騎士』。
彼らは人間の制御を離れ天へと昇ったが、もしもそれらが地上へと舞い戻った時、それを迎え撃つ存在として生み出されようとしていた六番目の『騎士』が存在した―――その名は【無限】。
この剣は【無限】が用いていた武器そのものであり、確かにMPと耐久度を消費することで一定時間蒸気を発せられる。
そして、蒸気が出るほど刀身が高熱ならば髪も乾くだろう……が、その蒸気は人を平気で殺せる熱を持っているはずであり、思わずハイドラはツッコミを入れた。
「それですわ! ウィン、あなた天才ではなくて!?」
「いや、それですわ! じゃないから、あんたバカぁ?」
一方でカナリアは、掲げられ、ジュオッと音を鳴らしながら人を殺せる蒸気を纏い始めた炎霧の剣を見てパチンッとフィンガースナップをかましつつ目を輝かせ……これには流石にハイドラも思わずカナリアへとツッコミを入れざるを得なかった。
これが欲狩に押し込められる前であれば心の中で思うだけで口にはしなかったのだろうが、どうにもあの一件を経て一種の歯止めが壊れたらしい。
「まあ、フレンドリーファイアの機能は切ってるし、少なくともダメージは入らないんだから試してみたらいいんじゃない? いやあたしはそのままのカナリアでもいいけどね」
「誰かさんの視線が気になるので乾いて欲しいですわねえ~」
「……べ、別に見てないし……」
口では理路整然としたことを言いつつも、いつの間にかカナリアの背後へと回って普段は髪に隠れていたカナリアの背中を観察していたクリムメイスへと、カナリアが首だけで振り返りながらジトっとした視線を返し……クリムメイスは即座に顔を逸らしながらも、やはりチラチラと横目でカナリアの背中を見ていた。
言うまでもない、クリムメイスは装備自体は思いっきり背中が開いているのに、髪でずっと隠されていたカナリアの背中が今まで気になって仕方がなかったのだ。
「それじゃあ、行くよ~」
そんなクリムメイスのことを肩で押しのけ、ちょっとドライヤー当てるぐらいの雰囲気でウィンがカナリアの髪へと炎霧の剣のスチームを当てながら刀身を添わせていく。
まさか【無限】も自らの力が宿った剣をこんな形で使われる日が来ようとは思ってもみなかっただろう。
しかし、兵器とは得てして平和な時に生活を豊かにするなにかへと姿を変えるものなのだから仕方がない。
「おおーっ! 乾きましたわ!」
「流石は六番目の『騎士』じゃん! 役立つーっ!」
「いや絶対不本意でしょ彼」
「くっ……絶対に許さんぞ六番目の『騎士』……」
そして見事に髪はサラサラに乾き、解いても身体に張り付かないそれをカナリアは嬉しそうに揺らし、ウィンは見事ドライヤーの役割を果たした炎霧の剣……を生み出した【無限】を褒め、ハイドラは自らの力が女の髪を乾かすために使われた【無限】に同情し、クリムメイスは貴重なカナリアのポニーテール姿を自分から奪い去った【無限】を憎んだ。
……今頃あの世の【無限】は自分はなんのために生まれたのか頭を悩ませていることだろう。
「さて! それでは狩りを始めましょうか!」
兎にも角にも、念願の水辺(というか水中)のダンジョンに辿り着いたし、ここに存在しているモンスターが水着を作成するのに必要な素材をドロップすることはカナリアが確認済み……となれば、次にやるのは至極単純な狩猟活動で。
野生の欲狩に捕まるのだけは回避するように、というカナリアの付け加えた言葉に、クリムメイスの醜態を先程見たばかり(あるいは晒したばかり)の三人は、はーい、と素直に頷き、それぞれ城の中へと散っていく―――。
「まったく、よくも、ああまでイイ性格の連中ばっか集まったもんよね」
―――馴染んでるのが癪だわ、なんて続けつつ、二階で狩りを行うことに決めた散っていった『クラシック・ブレイブス』の一人こと、ハイドラが独り言ちる。
イイ性格の連中というのは勿論『クラシック・ブレイブス』の他の面々……カナリア、ウィン、クリムメイスのことだ。
「……まあ、こんくらいのが気ぃ使わなくていいんだけど」
あれだけ本気で嫌がったにも関わらず、暗所に押し込んできた挙句にロクに謝りもしない彼女たちに思う所がないわけではないが、ハイドラとて自分の普段の言動がキツめであることは重々理解しており、そこを全く気にせずに絡んでくれることに関しては密かに感謝していた。
……というのも、ハイドラはオニキスアイズより前に遊んでいたオンラインゲームでは、その性格等が災いして一人を除いて仲が良いと呼べるプレイヤーもおらず、基本的にソロプレイだったのでつるむ相手がいるだけで新鮮で楽しいと感じるのだ(絶対に人前では口にしないが)。
「……独り言いってる場合じゃないか」
と、ここでひとつの影がハイドラの前へと姿を現し、ハイドラは決して他のメンバーの前ではしないであろう独白を止め、得物を構える。
彼女の前に現れた影……それは勿論このダンジョンの数少ないモンスターの一種であり、カナリアの手によって地獄絵図の材料とされた悲しき存在、騎士ことリビングアーマーである。
普通に独り言全てをダンゴに聞き拾われている関係上、それをダンゴ経由で聞くであろうクリムメイスによって後々面倒な絡み方をされることが確定したハイドラの前に立つリビングアーマーは、即死かノーダメしかない極端なゲームバランスで遊んでいるカナリアにとっては大した敵ではなかったが、その攻撃力の高さと機動力の高さはこのダンジョンのボスである湖底の騎士と同じく、多くのプレイヤーにとっては脅威となる。
特に、現状ウィンのように遠距離手段も持たず、クリムメイスの様にHPに振っているわけでもないハイドラにとっては。
「試し斬りしないとねっ!」
とはいえ、その程度のことで臆する少女ではないハイドラは、構えた得物を上段に持ち上げて駆け出す。
生産職であるために切れる持ち札が少ないこと、そもそもとして他のメンバーよりも戦闘する機会が少ないのでレベルが低いこと。
そのふたつをプレイヤースキルと兄が作った装備で埋めるハイドラが構えたその大剣……対雪鹿特化武器である銀聖剣シルバーセイントに続く新たな武器であり、今後はメインウェポンとなるであろう大剣―――ギア・アームド【ミストテイカー】―――は今日が初めての実戦となる。
ウィンとダンゴがオル・ウェズアを駆けずり回ったことによって手に入れた『操魔の設備』によって生み出されたそれは、シンプルで洗練されていた銀聖剣シルバーセイントとは違い、鍔の部分から2本のマフラーのようなパーツが伸びていたり、刀身に沿うように一本のパイプが伸びていたりと、剣と呼ぶには少々複雑すぎる形状をしている。
「まずは、普通にッ!」
駆け寄ってきたリビングアーマーの斬撃を後ろに下がることで攻撃範囲から逃れて回避し、直後、跳ねるように距離を詰めてまず一撃―――与えたダメージは30%弱ほど。
確殺に至るには4発の命中が必要であろうその火力は、銀聖剣シルバーセイントよりは高いとはいえ、やはり大剣という武器種であることを考えると低いと言わざるを得ない。
「DEXで補正が掛かるようになってくれればいいのになっ! っと」
反撃とばかりに突き出されたリビングアーマーの剣をサイドステップで回避し、お返しとばかりに自分も突きを繰り出しながらハイドラは呟く。
……そう、生産職が生み出す武器の火力がまるで伸びないと言われる所以は『補正値が存在しない』の一点に尽きる。
というのも、このオニキスアイズというゲームにおける武器の基本的な火力というものはそう大きくはない。
クリムメイスの持つ『導鐘の大槌』が、その見た目に反して基本攻撃力が180、雷攻撃力が105の合計285という他のゲームであれば決して高いようには見えない数値をしているのが良い例だろう。
しかし、その『導鐘の大槌』を振るうクリムメイスは『クラシック・ブレイブス』において、最も安定した火力を無条件かつ長時間繰り出せる存在である―――それは、『導鐘の大槌』は所持者のSTRで受ける補正が『A』、DEVで受ける補正が『B』であり、実際の攻撃力は基本攻撃力に関しては+250前後の数値が与えられ、雷攻撃力には+170前後の数値が与えられているからだ。
つまり、良い武器とは、良い補正を持っていることが最低の条件であると言える……なのに、生産職が生み出せる武器は現状補正の一切無いものしかない。
ハイラント周辺のダンジョンなどで手に出来る素材を用いて正しく装備を作ることによって『修理後倍化』、『壊身攻撃』、『修理カウンター』、『ピンチベック:攻撃』などの様々な特性を付与できることが判明し、それによって少なくともオル・ウェズアに到達するには十分な火力の武器が作れるようになったとはいえ、やはりそれでも補正が一切無いというのは問題であった。
「んっ!」
まあ、これで補正が十分に付けられたら強すぎるか、だなんて考えながら、あと2発の攻撃を丁寧に当てて目の前のリビングアーマーを処理しようと思っていたハイドラだったが、奥から新たな影―――2体目のリビングアーマーが近寄ってきていることに気付き、少々顔を顰めながらバックステップで一旦距離を取る。
「一体ぐらい素で倒しておきたかったけど、仕方ないか……『ポイズンミスト』!」
2体のリビングアーマーが歩調を合わせてにじり寄ってくるのを視界に捉えつつ、ハイドラは『操魔の設備』によってミストテイカーに与えられたふたつのスキルの内、耐久度を犠牲とする代わりにその刀身に備えられたパイプとマフラーから触れた相手を毒状態とする霧を噴霧するスキル『仕掛け【毒霧】』を使用し、周囲に緑色の濃霧を発生させた。
それは普通であれば相手を毒状態にするために使われるスキルなのだろうが、ハイドラの場合は自己の生命が150秒で終わる条件を課せられる代わりに、全ての物理的な与ダメージを2倍とする強力な自己バフを得られる。
「まず、一体ッ!」
ハイドラは毒霧の中へと躊躇なく入り込んできた、戦闘中だった個体を駆け寄りながらの薙ぎ払いで両断し、そのままの勢いで新たに出現した方のリビングアーマーへと接近する……が、それに対し、リビングアーマーは既に頭上に自らの得物を振り上げていた。
一撃で倒せるならばともかく、そうでないのであれば一撃加えた後にカウンター気味にその攻撃をハイドラは貰うことになるだろう。
そして、それはHPを一切伸ばしていないハイドラにとっては致死的なダメージとなる。
「『ブレイクエッジ』!」
だが、それをハイドラが分からないはずもなく、分かっていて向かうのは一撃で倒すことが出来ると知っているからだ。
続く二撃目を放つ前にミストテイカーにも与えられていた『壊身攻撃』を発動し、その火力を更に倍化―――すれば当然、倍の倍になった生産職らしからぬ攻撃力によって2体目のリビングアーマーは一撃で伏せられる。
「うん、悪くない。『応急修理』、からの『クリアミスト』っと」
真っ二つに折れた剣を一瞬で修復しつつ、続いて『操魔の設備』によってミストテイカーに与えられたふたつのスキルの内、『仕掛け【毒霧】』とは逆に触れた者の状態異常を解除する霧を噴霧するスキル『仕掛け【治霧】』を使用。
今度は周囲に白い濃霧を発生させてハイドラの毒を治癒し……再びミストテイカーは真っ二つに圧し折れた。
銀聖剣シルバーセイントもそうだが、どうにも折れたり直ったりと忙しい。
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ギア・アームド【ミストテイカー】
基本攻撃力:300
STR補正:-
DEX補正:-
INT補正:-
DEV補正:-
耐久度:15
『修理後倍化』:『破損』状態から修理された後、10秒間次に与えるダメージが倍となる。
『壊身攻撃』:耐久度が残り40%以下の時、次の攻撃で耐久度を全消費する代わりに与えるダメージが倍となる。
『ピンチベック:攻撃』:耐久度の最大値を90%減少させ、攻撃力を1.5倍とする。
『仕掛け【毒霧】』:耐久度を10消費し、触れた相手を毒にする霧を噴霧する。
『仕掛け【治霧】』:耐久度を全消費し、触れた相手の状態異常を回復する霧を噴霧する。
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「課題だった耐久度の調整もしやすくなったし、売れば流行りそうなのに……『修理』」
『仕掛け【毒霧】』の使用には最低でも耐久度が10は必要のため、ゆっくりと時間を掛ける代わりに耐久度を全回復させられる『修理』を使用し、その手から輝く光を放って武器を修復しつつハイドラはぼやくが……この武器、そう簡単に量産できるものではない。
なにせ、『仕掛け【毒霧】』と『仕掛け【治霧】』を付与するためには蛇殻次で出現する唯一のモンスターである蛇術師の素材を用いなければならず、その蛇殻次はハイドラの世界ではカナリア達と共に攻略した影響で消滅しており他のプレイヤーから提供して貰う他ないのだ。
一応『クラシック・ブレイブス』の面々の中で唯一クリムメイスだけは『蛇殻次の呪眼』を撃破していないため、ダンゴは今回クリムメイスに協力してもらい素材を集めたのだが、ただでさえモンスターの沸きが悪い蛇殻次でまとまった数の素材を集めるのは苦行以外の何物でもなく……実際、ダンゴとクリムメイスは二度とあそこで素材は集めないと天に誓っている。
それに、そもそもとして普通に使う分には『仕掛け【治霧】』はともかく間違いなく自分が真っ先に被害を受ける『仕掛け【毒霧】』は使いやすいものとは言い難い。
『反毒の指輪』を所持しているハイドラはメリットの方が大きいが、普通は毒状態になって150秒で死ぬのはデメリットでしかないからだ。
その上、先程のリビングアーマーも毒に掛からなかったように、このゲームにおいて毒に掛かるモンスターというのは中々いない。
まあ、全ての生命が150秒で終わる毒などそうそう通って良いものではないので当たり前なのだが。
「……で、これが水着を作るのに必要な素材ってワケ?」
ミストテイカーの修理を終えて背負いなおしたハイドラが、二体のリビングアーマーのうち片方がドロップした素材……どう見ても水着の素材には適さなそうな結晶『サマー・クォーツ』を拾い上げて眉をひそめる。
いったいこんなものをどう使って水着を作るというのだろうか。
「てか、そもそもウチの『連盟』で水着作るってなったら兄貴がデザインすんのよね」
まあ、そこを悩むのは兄貴の仕事だし、なんて考えつつ『サマー・クォーツ』をインベントリにしまったハイドラは今更なことに気付き、自分の身に着けた防具……『オートクチュール・シリーズ』を見下ろした。
ひたすら可愛くしろ、肩は出せ、スカートは短めに、そして最後にもう一度言う、思いっきり可愛くしろ……というふんわりとした自分の要望に上手く応える形でデザインしてあるし、オマケとばかりにHPを増量する効果まで付与されている。
初めての装備制作でこれならきっと、自分はともかく……カナリアやウィン、それにクリムメイスに対してもそれぞれ似合う水着を自分の兄は作ることが出来るのだろう。
作ることが出来てしまうし、作ってしまうのだろう。
自分ではない他の女に、似合う水着を。
「……………………」
不意にハイドラの目が大きく見開く。
もしもこの場に他のメンツが居たならば空気を読んで『自分達はドロップ品の水着を頑張って探すからいいよ作らないで』と秒で言っただろうが、残念ながら今は単独行動中であり、ダンゴはダンゴで画面の向こうで妹の言葉を聞いて自分が水着を4着も作る事実に気付いて慌てふためいていた。
どうにも『クラシック・ブレイブス』の夏は、鮮血の海が出来上がるかもしれないらしい。
「えへ、まあ、いいけどね」
必要になれば、必要なことをするまでだ……という恐ろしい結論に達したハイドラが新たな獲物を求めて歩き始めた。
その足の向かう先にあるのは、四人の女の子で楽しく海で遊ぶ未来か、それとも生き残るために互いの肉を切り裂き合う破滅の未来か……。




