076-水着狩り。水着狩り その2
「え」
悲鳴すら上げる暇はない―――素早く四肢を絡めとられたクリムメイスは、ばくん! と触手を吐き出した宝箱に上半身を咥えられてしまった。
……一拍遅れて悲鳴と抗議の声を上げながら暴れたが、一向に解放される気配はない。
「わあ! ミミックだ! 今回もいるんだなあ~へえ~、いつもよりはミミックっぽいじゃん!」
「ん~っ! んん~っ!」
なんとかミミックから逃れようとするクリムメイスを傍目にウィンが感心したように感想を述べる。
いや、今回もいるんだなあ、ではないが? 助けて欲しいのだが? クリムメイスは自分が尻を突き出す屈辱的なポーズを取っていることにも気付かずに、まだ若干の余裕がある可愛らしい悲鳴を上げながらもがく。
ダメージが入ってないのだから、焦る必要はないという判断だ。
「いや今回もいるんだな、じゃなくて助けてやりなさいよ。私は助けないけど……。……くすくす、すっごい情けない恰好してて笑える」
「ンムォオオオオオオーーーッ!」
しかし、その余裕はハイドラの笑い声と指摘によって崩されることとなった……そうだ、今自分はとてつもなく酷い体勢をしている!
ようやっと気付いたクリムメイスは拘束から逃れるべく、蛮族めいた悲鳴を上げながら先程の倍以上は暴れ、もがく……しかし一向に放される気配がない……! というか、なんだよ私は助けないけど、って! 我々は仲間のはずなのに! でもハイドラのそんなところが……! そしてダンゴと入れ替わった時のギャップが……!
クリムメイスは焦りながらも極めて冷静にハイドラの嘲笑に喜びを覚える。
残念ながらクリムメイスはアホだった。
「なるほどなるほど、クリムメイスのSTRを以てしても逃れられませんのね……ふむふむ。さあ、もういいですわよ、放してあげなさいな」
「ヌオアアアーーーッ!」
しかしハイドラの嘲笑に喜びを覚えたとはいえ、現状が好ましくないのは変わらず。
いよいよもってクリムメイスが泣き出す一歩手前まで来たところで、沈黙を貫いていたカナリアがポンポンと再び宝箱を叩く。
すると先程までクリムメイスを凄まじい力で拘束していた(しかしなぜかダメージはない)ミミックが不意に口を大きく開き、クリムメイスは絶叫しながら後ろに倒れ込んだ。
「なんっ……なに!? なんなのよ!? それは!?」
「ふふふ、これはわたくしのペット……『欲狩』ですわ! 欲深い相手を拘束してくれる賢い子なんですの!」
「ええっ!?」
尻餅をついたまま後ろに下がり、ウィンの腰にしがみ付いたクリムメイスがカナリアの隣でゆらゆらと触手を揺らすミミックを指差し、それに対しカナリアは愛犬でも紹介するぐらいのノリでこのミミックこそが自らのペットなのであるとクリムメイスに紹介する。
なんだそれは! あんた最初からあたしを騙してたんだな! と、思わずクリムメイスが叫びそうになるが、それを遮るようにウィンが大声を上げた。
そうだよな、ウィン……! 流石にさっきのは酷かったよな……! お前からも言ってやってくれ! クリムメイスは抱き着いたウィンの顔を潤んだ目で見上げた……が、ウィンはクリムメイスに微塵も視線を落とす様子がない。
「先輩、ペットは飼わないから『拠点』のペット関連の要素は考慮しなくて良いって言ってたのにペット飼ってんの!?」
「そこは気にしちゃダメですわよ」
そして彼女の口から放たれたのはクリムメイスをペットである欲狩の餌食にしたことではなく、ペットとの仲が深まることはないだろうと評されたあの『拠点』を買う際に、そこはペットを飼わなければノーデメリット、と言ったくせして既にペットを所持していたことへの驚きの声だった。
そっちかよ! いや、そっちもだけど……! クリムメイスはウィンが微塵も自分を案じていない事実を知り、ひとり悲しみを抱える……。
「かわいそ~、騙し討ちで触手に捕まって、あーんな無様な姿仲間の前で晒しちゃってえ、でも誰も心配してくれなくて……お姉ちゃん泣いちゃう~、ねえ~?」
「は、はぁ~? 泣かないが~? 平気なんだがあ~~~?」
いや、ひとりではなかった……ハイドラがその悲しみに気付き、寄り添い、弄り始める。
その完全に自分を舐め腐り切ったハイドラの表情にクリムメイスは確かなストレスを覚えつつ、いつの日かハイドラをわからせてやると誓い、自らの薄っぺらなプライドを守るべくウィンの脚から離れて腕を組んだ。
「へえ~? ほんとに? 頭撫でてあげよっかぁ?」
しかし、そんなクリムメイスへとハイドラは無情な追撃を仕掛け始め、逸らした顔の先に回り込み、おちょくるように頬や顎をくすぐってくる。
こ、このメスガキ……! い、いやダメだ、負けるわけには……負けるわけにはいかない……! こういう奴はこちらが弱みを見せれば延々調子付くタイプだ、毅然とした態度で対応せねば―――!
「ぐすん……ハイドラがいじめるよぉ……カナリア~!」
「あらあら、よしよし。かわいそうに……」
「うう……」
―――まあ無理だったが。
クリムメイスはハイドラが一度も強く出たことがない相手であるカナリアへと助けを求めることにし、その手を広げながらトテトテと幼児のような歩みでカナリアへと近寄っていく。
……この『連盟』の中で恐らく年齢が一番上だろうと思われるのがクリムメイスなのだが、そんな彼女が幼児のような動きと声で、恐らくは年下であろうカナリアに甘える姿にウィンとハイドラは無言で引き、そして思う。
こういう風にはなりたくないな、と。
「ふふふ、随分と大きな赤ちゃんですわねえ」
そんな、ある意味で欲狩に捕まっている時よりも無様な姿を晒しているクリムメイスを抱き留め、頭を優しく撫でるカナリア。
……ああ、良き哉、良き哉……クリムメイスは自分を慰めてくれるカナリアに確かなる母性を感じ、此処こそが魂の還る場所なのだと気付いた。
「ところでクリムメイスさん。わたくし、このペットを以前の探索で見つけたのですけれど」
「あっ、ごめん慰めてくれてありがとうもう大丈夫だから放して……は、放して……!」
しかし事態は急転する。
先程まで優しくクリムメイスの頭を撫でていたカナリアが唐突に彼女の首に手を回して急に無表情となり、なぜかこのペットの入手経歴を口にし始めたのだ。
それをクリムメイスは本能的に危険だと感じ、すぐさま彼女の腕の中から逃れようとするが、カナリアの絶対零度の瞳に怯んでしまい普段通りのSTRが発揮できない……まさかカナリア、眼力だけで『雪嵐』と同じ力を……!?
勝手に戦慄するクリムメイスだが当然違う、彼女の罪悪感が全力を出すことを邪魔しているだけだ。
「あなたが目先の欲に囚われて、わたくしの誘いを断ってなければ今日引っ掛かることもなかったと、そうは思いませんこと? ねえ、クリムメイス」
「うええ……だって気になったんだもん……許してよぉ……」
数日前にウィンとダンゴをストーキングすることを優先してカナリアの誘いを蹴ったことを不意に責められ、自分が悪かった時に大概泣いてなんとかしてきたクリムメイスは即座に目尻に涙を溜めてそれで物事を解決することにした。
麗しい乙女の涙は全ての物事を容易く解決する……そう、これは相手の油断を誘うための涙なのである。
決して自分を見るカナリアの目が怖すぎて泣きそうなわけではない。
決してない、クリムメイスの対災害プロトコル最上位が泣き落としなだけである。
「……ふう。まあ……いいですわ。わたくしはあなたを許します」
「カナリア……!」
そして、クリムメイスの思い通り、カナリアはそんなクリムメイスを見て観念したように言い、しょうがない、といった様子で絡めていた腕を解く。
許しを得た……! クリムメイスはそのことを心の底から喜び、そして、もう二度と彼女よりも他の少女を優先しないことを誓う……いや、二度とは無理だな……出来る限りだな……クリムメイスは誓った直後に誓いを破棄する。
クリムメイスは出来ない約束は決してしないタイプの人種だった。
「ですが、欲狩が許すかしら!」
そんな彼女の魂胆が見え透いたのだろう、カナリアが近くの欲狩を蹴り飛ばすとそれは綺麗にクリムメイスの上半身へと飛び掛かり、クリムメイスは再び欲狩によって無様な姿で拘束されることとなる。
「カナリアあああああッ! ギャアアアアアッ!」
カナリアは結局自分を微塵も許してない、そう気付いたクリムメイスが麗しき乙女要素を全て捨てたような魂の絶叫上げる。
それを聞いて流石に少々やりすぎたかとカナリアは少しばかり思ったが、そもそもとして自分を振ったクリムメイスが悪いのだから仕方がない、と自分に言い聞かせて腕を組んでうんうんと頷く。
どうやらカナリアは他人に嫉妬するということが殆どないため、どうにもそれの扱いが苦手らしい。
「……あの二人、仲良いわよね、ほんとに」
「だね~、ウィンたちも負けないように仲良くしようねっ! ぎゅーっ!」
「あーはいはい……」
それを遠巻きに見ていたハイドラは若干呆れた様子を見せ、ウィンはウィンでそのハイドラの言葉が寂しいアピールだと気付いたので思いっきり彼女に抱き着く。
実際、知り合ってから間もないのに喧嘩できるほど仲が良くなっているカナリアとクリムメイスの関係性が(そこはかとなく)羨ましかったハイドラは、面倒くさそうにしながらも甘んじて受け入れ……ふと疑問が浮かぶ。
「……で? カナリアさんは私たちになにを見せたかったわけ? まさかペットじゃないんでしょう?」
そう、カナリアが自分達をここに集めた理由がまだ分からないのだ。
彼女がクリムメイスの公開処刑のためだけに全員を集めた……という可能性は、無いとは言い切れないが、限りなく低いと思える。
いろいろと悪行が目立つカナリアではあるが、彼女は間違っても人を痛めつけて喜ぶタイプの人種ではない……息をすると人が死ぬだけであって。
人を死なせるために息をしているアリシア・ブレイブハートとは違うのだ。
「ええ、それはもちろん!」
そんなハイドラの言葉を聞いたからか、クリムメイスが欲狩に貪られて無様に足掻く姿を酷く嗜虐的な笑みを浮かべながら見ていたカナリアが、パッと一瞬で普段通りの人懐っこい笑顔に戻り、ぱん、と手を合わせて頷く。
……彼女は間違っても人を痛めつけて喜ぶタイプの人種ではない……きっとそのはずである。
そのはずであるが、一瞬カナリアが見せた嗜虐的な笑みを脳に焼き付けたハイドラは、静かに今後も彼女の機嫌を損ねるような真似は控え、それでいて過度に気に入られることもしないようにしようと誓った。
どうにも彼女は自分の中で親睦を深めたいと判断した相手の扱いが致命的に下手らしいので……。
「はあはあ……あ、あたしをこんな目に遭わせておいて大したこと無かったら怒るからね……」
「クリムメイスさんは自業自得だけどねー」
「ここまでされる謂れはないわよぉ!」
カナリアが本題に戻ることに決めたおかげか、欲狩の拘束から解放されたクリムメイスが乱れた息を整えながらじろりとカナリアを睨み、それに対し横からウィンが口を挟む。
どちらの言うことも正しい……確かに自業自得ではあるが、ここまでされる謂れはないのも確かだ。




