075-水着狩り。水着狩り その1
愛憎の権化と呼ぶべき『連盟』、『黒三華』が結成されてから三日後……。
予告されたメンテナンスが終了し、新たなるイベント『立夏! 海に備えろ水着狩り』が開催されたオニキスアイズの世界にて。
ひとりの少女が目を閉じ、手を合わせて祈っていた。
「頼む……頼むどうかここだけは……! 頼む……!」
自分も知らない誰かへと懇願しつつ、少女は閉じていた目を開く。
すると、そこにあるのは静かな湖……水鳥の代わりに人間大サイズの巨大なアメンボが水面を走り、穏やかな風に草木が揺らされる平和な湖だ。
……いや、だった、というべきか。
少女が目を開いて二秒、そのアメンボ……湖虫へと無数の鋭い矢が殺到する。
それこそはダンゴが作り、ハイドラが用い、あの雪鹿を死に至らしめた銀聖剣シルバーセイントをより扱いやすく改良した武器であり、雪原攻略用武器としてハイラントにて大量に流通している武器でもある、名弓『シロガネ』によって放たれた絶死の一撃……!
弓の『一度発射するたびに耐久度が1削れる』という仕様を逆に利用し、その最大耐久度を4まで削ることによって僅か三度射れば『壊身攻撃』が利用可能となり、そこからはハイドラが見せたような『壊身攻撃』と『応急修理』による常時攻撃倍化コンボに繋げられ、更には耐久度が4になるまで火力に割り振られていることもあって、ハイラント付近の雑魚に限れば『当たれば相手が死ぬ』とまで言われる高火力を持っていることで有名な弓『シロガネ』による絶死の一撃……!
「当てたのは俺だあああ! 俺だあああ! 水着素材のドロップはあああ! 無いがなあああ!」
「くそおおおおおおおお! 次こそは出るといいなと言ってやりたいが次に殺すのは俺だあああ!」
「いや俺だ……負けられねえ……負けられねえんだ! 嫁と娘が水着を待ってんだ!」
続く咆哮、咆哮、咆哮。
それら全ては現在開催されている第二回イベント……『立夏! 海に備えろ水着狩り』によって、水や海に関連するモンスターからドロップするようになった『水着』の制作に必要な素材、あるいはレアドロップである『水着』そのものを目当てとして水辺に集まっているプレイヤー達の声だ。
……ちなみに余談だが『弓』や『大弓』という武器種は本来扱いが難しく敬遠されるものだったのに、今回のイベントでご覧の通りモンスターの取り合いとなった際に『走って近付いたんじゃ効率が悪い』ということで多くのプレイヤーが『弓』……特にステータスに関係なく高い火力を出せるプレイヤーメイド品『シロガネ』を手に取り、無駄にプレイヤー達の弓術がメキメキと成長していたりする。
そして、生産職以外は破損した武器をその場で修理することは出来ないため、長時間戦い続けるために同じプレイヤーが『シロガネ』を複数個購入していくなどザラであり、生産職の懐は膨らむばかりであった……生産職、春の到来である。
「……ここもダメだというのか……!」
このイベントが開催される前までは静かな憩いの場(ただし出現する湖虫は普通に殺しに掛かってくる挙句に外見が気持ち悪い)として、世界の風景を楽しむことを目的にオニキスアイズをプレイし続ける『観光勢』と呼ばれる者達の間でのみ広まっていたこの場所にも、こうして水着を求めるプレイヤー達が殺到している。
最後の希望であったこの場所も既に人がいることを理解したクリムメイスは悔しさのあまり木に拳を叩きつけた。
そう、クリムメイス……だけではなく、『クラシック・ブレイブス』の面々全員は『狩場探し』に苦労していた。
いや、これは最早『クラシック・ブレイブス』だけではない……このゲーム九割のプレイヤーがそうであった。
『報告、王都セントロンド近郊の海辺は人も少なく非常に快適。素材のドロップ率も非常に高い様に思える、以上』
そんな時、クリムメイスが所属するコミュニティのチャットサーバーに王都セントロンド近郊の狩場に関する報告が上がる。
どうやら非常に快適らしい……それはそうだろう、そもそもとして王都セントロンドに辿り着いたのは全プレイヤーの中でたったの25組だし、それになんといっても王都セントロンドの近くには海がある。
……そう、逆に言えば王都セントロンドに辿り着けない者共は海すら拝めない。
「くそっ……イバラキアンめ……羨ましいぞ……」
だからこそ、いまオニキスアイズのプレイヤー達は王都セントロンドに辿り着いた数少ない者達をイバラキアンと呼び、嫉妬の対象としていた。
ちなみにイバラキアンの者共はそうでない者をサイタマンと呼び、見下している。
クリムメイスも王都セントロンドに辿り着いた25組のプレイヤーのひとりであるし、実際にはイバラキアンなのだが……彼女が所属する『連盟』、『クラシック・ブレイブス』ではハイドラのみが第一回イベントに不参加のサイタマンであるため、同じく潜在的イバラキアンであるカナリアとウィンもハイラントからオル・ウェズアまでの範囲で狩場を探すことになっているのだ。
これでクリムメイスかカナリアかウィンのうち、一人だけがイバラキアンなのであればひとり寂しく王都セントロンド周辺へと稼ぎに向かったのだろうが……現実は逆だった。
「もうハイラント周辺は見終わった……どうすればいいんだ……」
はあ、とクリムメイスが大きく溜め息を吐く。
もうこれでハイラント周辺の水辺は回り切ってしまったし、オル・ウェズアの周辺は周知の通り豪雪が吹き荒れる雪原だ……無論、水辺などない。
……同じく本来であれば雪国であるはずの王都セントロンドが、なんらかの技術によって自国周辺の気候を操作して温暖にしているんだからお前たちもそうしろよ! と思わずクリムメイスは思ってしまったが、オル・ウェズアにとって『雪嵐』とは忌むべきものではなく自らを守る盾なのなのであり、同国における数少ない信仰対象なのだからそんなことをするわけはない。
「せめてダンジョンとかあればなあ……誰か見つけないかなあ……」
思わずぼやいてしまう……現状クリムメイスが回ったのは、どこも他のプレイヤーとマッチングするオープンエリアと呼ばれる場所だ。
故に狩場の取り合いが発生しているが……ダンジョンのような、クローズエリアと呼ばれるパーティーメンバー以外とは顔を合わせることがない場所であれば狩場の取り合いが発生することはない。
なので、水辺のクローズエリア……端的に言えば海辺の洞窟のような場所があればそこへ向かえば済む話なのだが……。
「くそっ……イバラキアンめ……! 卑怯だぞ……!」
……そう、端的に言えば今欲されているのは海辺の洞窟なのだ。
そして現在オニキスアイズにおいて海というのは王都セントロンドの近くにしかない……故に、サイタマンはこうして数少ない水辺の狩場を醜く取り合うしかないのだ。
クリムメイスは自分もイバラキアンであるということを忘れ、悔しさのあまりもう一度木を殴りつけた。
……悔しがられるたびに殴られる木の気持ちも考えて頂きたい。
「みんなもダメだったかな……ダメだろうなあ……」
とは口で言いながらも、クリムメイスは『連盟』のメッセージ機能を用いて『クラシック・ブレイブス』の面々へと確認のメッセージを飛ばしてみる。
クリムメイスは自分の知っている場所をとりあえず虱潰し的に見てきたが、クリムメイスが知っているということはそれなりに知っている人間がいる場所であり、結果はご覧のあり様だった。
しかし、ウィンとハイドラは適当にそこらを散歩していて、カナリアは確かめたいことがある、とか言って以前探索していた水場とやらに向かっている。
ウィンとハイドラは恐らくダメだろうが、カナリアに関してはワンチャンス誰も知らない謎のエリアを探索している可能性がある。
自分達が『拠点』を購入する際に使ったゴールドの大半は彼女がそのエリアの探索で見つけてきたものだし、そんな大量の換金アイテムや装備が転がっている場所の話は聞いたことが無いのだから。
『全然ダメだよー……、変な図書館? みたいなダンジョンは見つけたけど』
「えっなに未発見のダンジョン見つけてるのこの人」
どうかカナリアがなにかを見つけてますように、とクリムメイスが祈っている間にウィンから返事が返ってくる。
どうにも狩場は見つからないらしかった……が、代わりに謎のダンジョンを発見しているので十分には過ぎるのだが。
ちなみに言うまでもないが、彼女が発見したということは『叡智【妖精】のような妖精に関する称号を得ている』ことを条件に出現するエリアであり、ここを突破すると当然ながらウィンは更なる進化を遂げられる……それが望むものではなくとも。
とりあえずクリムメイスはウィンへと労いの言葉と、イベント終了後にでもみんなでそのダンジョンを探索しよう、と返す。
……一瞬クリムメイスは、その図書館が急に水没して水着関連の素材がドロップする可能性を考えたが……頭を振った。
流石にないだろう……ないない。
『どこもかしこもダメね。凍ってる湖なら見つけたから、湖底とかになにかあるかもしれないけど、どうせダメね』
「いや泳げないからって探索諦めないで?」
ウィンへの返事を出している間に続いて返ってきたのはハイドラのもの。
どうやら彼女はオル・ウェズアの周辺は多分なにもないというクリムメイスの忠告を聞いて態々反発し、オル・ウェズアの付近を探索していたらしい。
そして、それによって凍ってる湖などというなんともなにかがありそうなエリアに辿り着いたらしい……が、泳げないからだろうか、足元の氷を砕いてみたり等は試す気すらないようだった。
『水泳』と『潜水』のスキルを所持してなくとも、普通の人間と同じ程度の時間で溺死するだけで別に即死するわけではないのだが……そう思いつつも、イベントが終わったらみんなで確かめに行ってみよう、とだけ返しておく。
『以前探索したダンジョンで無事水着素材のドロップを確認しましたわ! よろしければ大鰐の棲家のボス部屋まで来てくださらない?』
「おっ! やるなぁ、カナリア……って、大鰐の棲家……?」
なんでイベント中にイベントに関係なさそうなイベント起きそうな場所をポンポン見つけてるんだろう、この子達は……と思っていると、最後にカナリアの返事が返ってくる。
どうにもクリムメイスの期待通りカナリアは狩場を……それも王都セントロンドに存在するものではないダンジョン内の狩場を発見したらしい。
これが本当であり、そこが誰でも使えるような狩場であればこれは大発見で、現在この世界を襲っている『水辺枯渇事件』も解決されるだろう。
まあ、ただ、まず間違いなく普通の場所にはないのだろうが……でなければ他の誰かが見つけているはずなのだし。
「しかし大鰐の棲家、大鰐の棲家か……んん?」
それはさておき、『大鰐の棲家』と『水辺』という言葉の組み合わせのなにかが引っ掛かり、それを思い出そうと頭を捻りながらもクリムメイスは大鰐の棲家へと足を運ぶことにした。
現在地である湖は目的地からそう遠くない場所に位置しているし、この辺りのモンスターはレベルも大分低い(とはいえクロムタスクの作るゲームなので囲まれると死ぬが)、少しぐらいは気を抜いても問題ないだろう……。
しかし、なんだろうこの引っ掛かりは……カナリアが態々『ボス部屋』と指定していること……に関連しているような気はする。
しかし、同じ『連盟』に所属している場合はダンジョンの内と外でもパーティーを組むことが可能であり、その際にパーティーメンバーの中の誰かがダンジョンのボスを既に撃破した場合は他のメンバーは倒す必要がない仕様上、他のモンスターが出現しないボス部屋が合流地点として使われるのは自然なことで、別段おかしくはないのだが……。
「ふう、私が最後? 待たせてごめん」
なにかが引っ掛かるクリムメイスが最初に、次に今回はソロでもヘヴィクロコダイル倒せた! などと言いつつ炎霧の剣を振り回して喜ぶウィンが、そして最後に言葉だけで謝りながら、大鰐の棲家のボス部屋ことグロウクロコダイルの部屋へとハイドラが入ってくる。
これで『クラシック・ブレイブス』の全員が揃う。
「ふふふ、ついに最後のひとりが揃いましたわね……では、クリムメイス。この宝箱を開けてみてくださるかしら」
「オーケー……!」
それを確認するとカナリアが部屋の中央に設置されたオブジェクトをポンポンと叩く……それはひとつの豪華な装飾がなされた宝箱だ。
これは一番近場に居たクリムメイスがカナリアの下へと辿り着いた際には既に存在しており、カナリアがなにかを言わずともクリムメイスはこの宝箱はグロウクロコダイルのドロップしたアイテムが入ってるものなのだと理解し、そして同時に自分の中で引っ掛かっていたことがなんだったのかを理解した。
実は誰もが忘れてるだけで水辺が存在しているダンジョンが存在したのだ、それもハイラントの付近に……。
そう『クラシック・ブレイブス』が現在揃っているこの場所……『大鰐の棲家』のボス部屋である。
『大鰐の棲家』のボスであるグロウクロコダイルは最初、この部屋の奥に存在している光輝く池の中から姿を現す……つまり、このボス部屋は今回のイベント対象である『水辺』に含まれている。
ならばこそ、この宝箱の中には恐らく水着を作るのに必要な素材……あるいは、もしかすれば水着そのものが入っているのかもしれない……! それを開ける役目を自分へと譲ってくれるカナリアに対しクリムメイスは感謝しつつ、勢いよく宝箱を開ける。
瞬間、宝箱の中から夥しい数の触手が飛び出した。




