071-我が家は悪夢……てか家? うわぁ
「ちょこっとだけ物騒なこと書いてありますけど、案外こういうところこそ、住めば都。なんですわよねえ~」
「…………」
「…………」
「…………」
いいもの見つけちゃった! とでも言いたげな様子で頬に手を当てるカナリアだが、当然ながら残る三人は硬直し、目を擦ってもう一度カナリアが開くページを見直した。
……か、変わってない! 幻でもなんでもないし、嘘じゃない! この連盟長……放棄されたヤバい実験施設に住もうとしてらっしゃる……!
『クラシック・ブレイブス』の面々は戦慄した。
『クラシック・ブレイブス』という名前が泣いているぞ、どこの世界に非人道的行為が散々行われていた実験施設跡に住む勇者たちがいるんだ。
古き良き勇者パーティーを名乗るなら森の中にひっそりと建つ隠れ家的『拠点』でも探したらどうなんだ。
樹齢一億年ぐらい行ってそうな超大型樹木の切り株をそのままくり抜いて家にしたような家を!
「ええ、あの……先輩、これマジ? なんか出血とか苦痛とか即死とか書いてあんじゃん……」
「出血と苦痛はよく分かりませんけれど……即死はいいですわよね! あまりゲームをやらないわたくしでも分かりますわ! こういうの、ロマンって言うんでしょう! わぁんたーんきるこんぼぉ? とか言うのでしたっけ」
つたない活舌で慣れない言葉を言いながら小首を傾げるカナリア。
その姿は大変可愛らしいし、確かにカードゲームにおいて『ワンターンキルコンボ』というものは(よほど成功率が高くない限りは)基本的にロマンとして親しまれているが、それはあくまでカードゲームにおける話……いや、RPGでも『ワンパン』はロマンとして捉えられることもあるが、前に連なってる『出血』と『苦痛』の字面のせいでロマンなど一切感じられない。
「薬臭いって書いてあるわよ、この『拠点』。嫌でしょ、歯医者みたいな臭いした家に住むの……」
「……まあ、それは~……わたくしはあの感じ、結構好きなのですけれども……」
続いてクリムメイスが家の臭いを気にし始めた。
それに対し、カナリアは少々バツが悪そうに視線を逸らすが……いや、正直なことを言えばクリムメイスは薬臭いだけならばまだいいのだ……いや良くないが、それはまだいいのだ、我慢できる。
問題はその薬の臭いですら隠しきれない人の生死に関わってそうな臭いが充満してそうなことである……染みついた怨嗟とか住居の説明で書かれないだろう普通。
「ええっと、ペット……? を手に入れた時に、あんまり喜ばないってのも書いてありますよ?」
「なら飼わなければ良いのですわ! だあ~いじょうぶですわよお~、そんな、放射能吐くトカゲや空飛ぶのろまなカメが飼えるわけではないのでしょうし!」
最後にダンゴが付け加える。
……放射能を吐くトカゲや、空飛ぶのろまなカメというのはよく分からなかったが、これに関してはカナリアの言い分も一理あるだろう。
しかし待って欲しい、この中に唯一既にモンスターを召喚できるようになり、既に飼っているプレイヤーがひとりだけいる。
そう、カナリア本人だ。
出会った時は『可愛いですわ!』なんて言ってきゃあきゃあ喜んでいたのに既にこの扱い……欲狩のなんとかわいそうなことか。
「……皆様、あまり乗り気ではなくて? わたくしとしてとても素晴らしい物件に思えたのですけれど……」
……流石に、この物件に対する三人の反応がいまいちだったのはカナリアでも分かったらしく、少々しょんぼりとした様子で眉を八の字にする。
いや、逆になぜこれが良いと思ったんだ? と三人は言いたくなったが……聞かずとも分かる。
恐らく彼女はここに記された情報のうち『【工房】拡張性:S』と『価格:1,500,000 G』しか見ていないのだ。
実際、それだけを見て探していたのだし、そこだけ見るならばこんなにも条件に合った物件は他にないだろう……というか安すぎる。
他の物件が本当に酷いゴミ溜めみたいな拠点でも『5,000,000 G』とかしているのに、なんだこの値段は……訳ありすぎるだろう。
更に言えば、場所がオル・ウェズアというのもいい……現状とても人が多いハイラントではなく、ダンゴが現状辿り着けていない王都セントロンドでもない。
そしてなにより、このオル・ウェズアという街はNPCすらロクな店を出してないので、やがて人が集まりやすいハイラントと、ありとあらゆる施設が高品質らしい王都セントロンドに人を取られて閑散とする未来が見えており。
なんだかんだで『クラシック・ブレイブス』のメンバーは、カナリアにウィン、クリムメイスにハイドラとダンゴという、そこそこ顔を知られているプレイヤーばかりなのだから人目が集まりにくい場所に『拠点』があったほうがのんびり出来ることは間違いない。
ただ、その設定だけがどうしても引っかかって仕方がない……仕方がないが―――。
「……まあ、確かに! 住めば都! そういうのもあるかもしんないっしょ!」
「ええ、そうですよ! それに僕はワガママ聞いてもらってる身ですし、異論無し、ですっ!」
「ちぇっ、1:3じゃどうしようもないわね。仕方ない、あたしも我慢してあげるわよ。仕方なく、だけどね」
―――まあ、もう、今更か! 自分達は『テロリスト、生産職、蛮族、高次元生命体』の狂気的メンバーで構成された『連盟』なのだから、その『拠点』が廃棄された実験施設でもなんら不思議はない。
というか、むしろお似合いと言わざるを得ない。
唯一気掛かりなのは、現在この場におらず、勉強に打ち込んでいるハイドラが気に入るかどうか分からない……という所だが、兄であるダンゴがなにも言ってないのだし、問題は無いのだろう。
なので、三人は首を縦に振ることにした。
「……! ありがとうございますわっ! ふふっ、みんなで素敵な拠点にしましょうね!」
否定気味だった三人が首を縦に振ってくれたことをカナリアは、ぱん、と手を合わせて喜び、そうと決まれば自分達の『拠点』へと向けて足を進めることにする―――購入するためにはその玄関まで向かう必要があるのだ。
確かに今から向かう先は廃棄された実験施設、しかも悪夢とか名前に付くぐらいには非道な実験が行われていたらしい場所……だが『クラシック・ブレイブス』の面々の足取りは軽い。
確かにヤバい場所らしいが、どんな場所だって、このメンバーと一緒ならきっと楽しい場所になるに違いない! そう全員が思っているから―――。
「あら、ちょっと暗いですわね……」
―――が、その考えは【悪夢の地下実験施設】を購入し、その扉を開け放った途端に打ち砕かれることになった。
真っ先に姿を現したのは地下へと続く灯りの一切ない真っ暗な階段……これだけで既に楽しい場所ではなさそうなのに、追い打ちをかけるかのように階段の奥から呻き声のような風の音が響いている。
……風の音……風の音だ、たぶん……いやもしかしたら非人道的実験の末に死んだ者たちの嘆きの声かも……。
ホラーが得意ではないウィンは当然のこと、ダンゴにクリムメイスまでもう帰りたくなってきたが、別の物件を選んだほうがいいかな? とわざわざ聞いてきたカナリアに対し、ううん、どこでもいいよ、一緒なら! と言った手前、三人は此処から逃げるわけにはいかなかった。
インベントリからランプを取り出して階段を下り始めたカナリアの後ろを『年功序列は大切じゃん? だから年長さんお先にどうぞ』『年齢なんて気にしなくていいわ、それよりダンゴあんた男なんだから先に行きなさいよ』『いや僕は男らしく後ろを守りますから、ウィンとクリムメイスさんは安心して先に下りてください』と譲り合いながら追っていく。
ちなみに結局先頭になったのはウィンとダンゴに背中を押されたクリムメイスだった。
「ええっと……ああ! 良かった、流石に照明はついてますのね」
大した段数は無かったはずなのにやたら長く感じられた階段を下り切ると、次は広い空間に出る。
どうやらここがリビングルームのよう……だが、相変わらず真っ暗だ。
しかし、階段と違い照明自体は設置されているらしく、入り口付近の壁にあったらしい部屋の電源をパチンとカナリアが入れると、ぱぱぱ、と何度か点滅した後に光が満ちて部屋の全容が見えてくる。
向かいのひび割れた壁には赤黒い人の手形のような汚れ。
部屋の中央には何に使ったのか考えたくもない、拘束ベルト付きの赤茶色に汚れた椅子。
ソファー代わりにでも使えというのだろうか、同じく拘束ベルト付きのストレッチャー。
「わあっ……」
「家具は持ち込まないとダメねこれ」
「椅子とベッドがあるだけマシですねアハハ」
なんてくつろげそうなリビングルームだろうか。
当然ながらウィンは瞬時に硬直し、クリムメイスは現実から目を逸らしつつ現実的な目線で物を言い、ダンゴは目の前のふたつのオブジェクトを椅子とベッドと言い張った。
一方でカナリアは中央の椅子やストレッチャーの使用感を軽く試してみた後に『確かにちょっと体に優しくないですわね』という感想を残した……いや、体に優しいわけがないだろう、それはいろいろ体に聞くために使われる設備なのだから。
……だが、まあ、ここはなんとかなるだろう……『拠点』自体が安かったおかげでゴールドはまだ余っているので、普通の家具を設置してやれば、ただのぼろいシェルターぐらいにはなるはずだ。
「ま! 『工房』が良ければいいんですよ、なんでも。それだけ欲しくて選んだんですから……」
これは家具選びが捗るぞ! ……そう考えることでしか平常心を保てない程度には、リビングルームの時点でこの世の終わりのような空気になっていたが、ダンゴはやたら綺麗な笑顔を浮かべてふらふらと右手側の部屋へと向かっていく。
……確かにそうだ、我々は住み心地の良い『拠点』を探したわけではない……安くて『工房』が良い感じの『拠点』を探したのだ……ウィンとクリムメイスはダンゴの言葉に頷き、カナリアは『最初にお楽しみを見ちゃうんですのね~』などと意味不明なことを言いながらダンゴの背を追い始める。
「わあ~! ここが僕専用の工房になるのかあ~! テンション上がるなあ~!」
どうにも居住可能な人数が8人に制限される、というのは相当狭い、ということと同義のようで。
いろいろと物音が響くのだろうから、リビングの近くにあるべきではないはずの『工房』は残念ながらすぐ隣らしい。
先に『工房』へと到達したダンゴがテーマパークにでも来たような声を上げ、続く三人もどれどれと彼の肩越しに『工房』を見る。
すると、そこには……。
まず目についたのは壁に掛けられたノコギリ、アイスピック、ペンチ、ハサミ、ハンマー。
そこから目を逸らせば、装着させられたら全然口が閉まらなくて歯とか舌とか弄り放題になりそうなマスクもずらり。
そして作業台の上には映画でしか見たことないような、広げれば残酷なお医者さんごっこが出来そうな革製の道具入れ。
「へえ~、これが拡張性『S』の工房なんですのねえ~」
「ここでなに作るんだろね」
「悪夢でしょ、そう書いてあったじゃない」
決して広いとは言えない部屋の中に所狭しと並んだ、なにに使うのかが真っ当に生きてれば一切理解できない道具類を眺めながらカナリアは感心したように呟き、ウィンとクリムメイスはひそひそと話し合った。
……そしてこの中で最も恐ろしい存在は、こんな悍ましい道具類が並んでいる部屋の中央でぐるぐると回りながら楽しそうにしているダンゴだ。
大丈夫だろうか、彼は……早速この悪夢の地下実験施設に潜む狂学者の霊的ななにかに憑りつかれたのではなかろうか。
「……では、逆側の部屋はなんなのかしら?」
リビングの右手側は『工房』の一部屋で終わりらしい……なので、続いては一旦引き返して向かいにある扉の先を見ることになる。
この『拠点』に一切の疑問も恐怖も抱いてないらしいカナリアはウキウキとした様子で次の部屋に向かい、ウィンとクリムメイスは最早なんの部屋があるか知りたくもない……とは思いつつも、後ろからペンチとノコギリを手に持ってカナリアに続こうとするダンゴが怖くて仕方がなかったのでさっさと歩く。
「へえ、これが『魔晶』……そして、それのための部屋ですのね」
実にマッド・サイエンスだった『工房』の反対側の部屋……そこは一言で表現すると邪教の祭壇だ。
部屋の奥には赤黒い不気味な色合いの脈打つ球体……噂の『魔晶』とやらが奇妙かつ悪魔的なデザインの台座の上に置いてあり、そこを中心として紫の炎を灯す燭台が夥しい数立ち並び、床にはいかにもな真っ赤な絨毯が敷かれている。
なんだろうね、この部屋は……悪魔でも呼び出す部屋なのかな? ウィンとクリムメイスは無言で疑問を抱き、先程までは狂ったテンションだったダンゴも部屋の異様な雰囲気に思わず正気に戻った。
「ふむふむ。なんだかモンスターの臓物類を与えると良く育つらしいですわ!」
部屋に入った瞬間にもう動けない三人とは違い、まったくこの雰囲気をモノともしていないカナリアは部屋の奥に設置された『魔晶』へと近付いて調べ、その結果表示されたウィンドウを残る三人の手元へと送ってくる。
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【悪夢の魔晶】
未使用ポイント:0
レベルアップに必要なポイント数:1
・成長に必要な素材……【臓物系】のみ
・出血 Lv 0 (次回レベルアップで習得:武器による攻撃時に一定確率で『状態異常:出血』を付与)
『状態異常:出血』……最大HPの10%に等しいダメージを受ける。
・苦痛 Lv 0 (次回レベルアップで習得:相手に苦痛を与えた場合に一定時間与ダメージを1.2倍)
『苦痛』……部位破壊を行う。状態異常を付与する。拘束する攻撃を命中させる。以上の三つが対象となる。
・即死 Lv 0 (次回レベルアップで習得:追加でMPを使用することにより、攻撃に『デス』を付与)
『デス』……耐性を持たない相手を35%の確率で即死させる。耐性を持つ相手は1%の確率で即死させる。
■□■□■
そこに記されていた情報を見るに、どうやらこの『悪夢の魔晶』とやらは―――。
「なんだか、わたくしたちにピッタリな効果ですわねっ!」
―――笑顔で告げるカナリアの言う通り、残念ながらこの場のメンバー全員に相性が良さそうだった。
『出血』はダスクボウを用いて遠距離から試行回数を稼げるカナリアと相性が良く、『苦痛』は『脳吸い』がまさに拘束攻撃であるウィンと相性が良く、『即死』は火力を伸ばすのに手間が掛かるため即死効果の恩恵が大きいハイドラと相性が良い。
「いやあ、良かったですわね! ここに決めて!」
「うん……」
「そうね……」
「僕は『工房』が良ければなんでもいいんだ……『工房』が良ければ……ハハ……」
というわけで、総括すれば『工房』は拡張性が『S』なので当然ダンゴの力が十全に発揮でき、『魔晶』はクリムメイスを除く戦闘メンバー全員と相性が良い効果ばかりを持っているので……なんだかんだで、ここに決めて全然良かった。
つまり、本当に自分達にお似合いなのである。
……そんな事実に思わずカナリア以外の『クラシック・ブレイブス』の面々が顔を曇らせたのは言うまでもないだろう。




