070-家を探すテロリスト
「おー、先輩。まだ居るじゃ~ん」
「あら、ウィンにダンゴ。あなた達こそまだログアウトしてませんでしたのね」
人の形を取り戻したウィンとダンゴが『ギルドハウス』へと戻ると、なにかのカタログをクリムメイスと仲良く肩を並べて眺めていたカナリアが笑顔で出迎えた。
……あれだけ散々お使いクエストで駆けずり回らされたのだから当然だが、カナリアの『探索』のほうが先に終わっていたらしい。
「おかえりっ! 成果どうだった?」
「それがすっごいんです! もう、ほんと! ねえ、ウィン!」
「ふふふ~、まあまあ落ち着きたまえ、ダンくん……」
仲間の帰還を笑顔で出迎える可愛らしい少女の顔をして、ウィンとダンゴが第六騎士製造所に入って出てこなくなるまで延々彼女たちをつけ回して観察し続けていたストーカーこと、クリムメイスが何気なく今回の成果を聞くと、ダンゴが酷く興奮した様子でわあわあと身振り手振りをし始め、逆に自信満々といった様子で謎のキャラクターを作り始めたウィンがそれを手で軽く制する。
「なんとぉーっ……いえいっ! INTで補正が乗る武器、手に入れましたーっ! やったねぃっ!」
人の形に戻りこそしたが、それは戦いが終わった後に自害しただけであり別段『無限』にあそこから敗北した……、というわけではなかったウィンはインベントリから一振りの直剣を取り出して天高く掲げた。
それは『無限』が使っていた剣を小さくコンパクトにまとめたようなデザインをしている。
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炎霧の剣
基本攻撃力:80
炎攻撃力:180
STR補正:-
DEX補正:-
INT補正:C
DEV補正:-
耐久度:150
:MPと耐久度を消費することで一定時間蒸気を噴出し、炎攻撃力を+50する。
:譲渡・売却不可
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「しかもぉ~スチーム機能付き!」
ウィンの言葉に応えるように、その剣……炎霧の剣は『無限』が纏っていたような白い蒸気を放ち始め、その刃は熱によってほんのりと赤く染まる。
中々に派手なその武器の様子にカナリアやクリムメイスは当然のこと、偶然居合わせた他のプレイヤー達も、おぉお~と歓声を上げる。
繰り返すようだが、ここは公共の場である。『クラシック・ブレイブス』の面々は一切人の目を気にしていないが。
「しかも! これだけではありません……なんとぉーっ! 『天術の導書』から2枚もスキルノートを得られましたっ! ウィンちゃんてば凄いじゃーんっ!」
ぶいっ! と、勝利のサインか、それとも入手した数を告げるジェスチャーか、あるいは両方か……ピースをチョキチョキと蟹のように動かしつつ突き出して自画自賛をするウィン。
そんな彼女が入手したスキルノートには『天候操作:炎霧』と『天候適応』というスキルが記されていた。
『天候操作:炎霧』は『無限』を撃破することで入手でき、『天候操作:雪嵐』と同じく場の天候を『天候:炎霧』へと変更する魔術であり、『天候:炎霧』は高熱に耐性を持たない存在に対し、一定間隔でダメージを与え続け、尚且つ炎属性の攻撃力を20%上昇させつつ逆に氷属性の攻撃力は40%低下させるという、ウィンが最初に『天術の導書』を取ろうと考えた際に思い浮かべたような天候そのもの。
もうひとつのスキルである『天候適応』は『二種以上の天候操作を習得する』ことで入手でき、一般的に『パッシブスキル』と呼ばれる……基本的に任意で発動させずとも効果を発揮するスキルが『称号』という形を取って与えられることが多いこのゲームでは珍しいスキルで、自身が扱える天候と同じ環境であればある程度まで影響は受けない、というもの。
シンプルに考えれば『雪嵐』の攻撃力低下や『炎霧』のスリップダメージは無効化するが、『炎霧』の炎属性の攻撃力と氷属性の攻撃力に関する増減は無効化しない……といった感じだろうか。
「ほぉ~、いろいろ頑張って取ってきたんですわね!」
「……いやいや、街中でお使いクエストしてただけなのに、どこでなにをどうしたらそうなったのよ……」
自分で自分を褒めておきながら、いやあ、それほどでもぉ~! と言い始めたテンション最高潮のウィンを見てカナリアは、ぱん、と手を叩いて微笑み、一方でクリムメイスはないないと手を振って苦笑いを浮かべた。
……確かに、どう考えても普通であればオル・ウェズアの街中を歩いてお使いクエストをしていて強力そうな武器と、天候を操作する術は身に付かない……が、そのクリムメイスの発言には少々問題があり、それを耳聡く聞き逃さなかったカナリアが急にクリムメイスの肩に顎を乗せ、首に手を回す。
「やだぁ、ちょっと急にどうしたのよ? カナリア」
それを信愛から来る行為だと勘違いしたらしいクリムメイスが嬉しそうに口角を上げ、周囲の男共もすわ百合展開か!? と席を立ち上がる―――。
「……ねえ、クリムメイス。あなた、どうしてふたりが『街中でお使いクエストをしていただけ』と言い切れますの? まるで傍で見ていたような口振りではなくて?」
「は―――ッ!?」
―――しかし、カナリアは口だけが笑みの形となった、恐ろしい表情かつ、絶対零度の冷め切った声でクリムメイスの失言を指摘。
それを聞いてクリムメイスはようやく自らのミスに気付き、なんとか言い訳をしようとするが、あの、だとか、えと、だとか言葉にならない声しか出てこない。
そして、ついでに周囲の男共はクリムメイスに巻き込まれる前に静かに着席した。
……こっちに飛び火しちゃかなわねえ、悪いな嬢ちゃん。
「そ、そそそ、そりゃあ、もちろん、ダンゴが一緒だし? ダンゴは戦えないじゃない、だもん街から出るわけが~……」
が、ここでなんとかクリムメイスは完璧に思える言い訳を捻り出せた。
そう、ウィンの隣にはダンゴがいる……そして、ダンゴは致命的に戦闘が下手なプレイヤーなのだと、クリムメイスは今日一日ウィンとダンゴのデートを追い回していて知ることが出来た。
つまり、これを言い訳に使えば―――あっ……。
「ふぅん、ダンゴとなんて、出会って数分も経ってないはずなのに、ダンゴが戦えないってよく知ってますわねえ」
「あ、ああ……ああ~っ! ね、ねえねえ! 聞いてよ聞いて! カナリアの戦果も凄かったのよ!? いっぱい換金アイテムとか、ハイラントのプレイヤーが高値で買い取る上質な装備とか持ち帰ってきてさ! 『拠点』買えちゃうぐらいお金貯まっちゃったのよ!」
もうなにを言ってもダメそうだった……完全にカナリアは自分がふたりをストーキングしていたと分かっている。
クリムメイスは言い訳をするのは無理だと考え、無理矢理話題を変えることで追及から逃れることにした。
そのSTRで回された腕を容易く振り解くと、凄まじい勢いでウィンとダンゴの元へと転がり込みウィンを盾にしつつ、ねっ? ねっ? と顔中脂汗塗れにしながらカナリアへと『勘弁してくれ』という目を向けた。
「ふんっ。別にいいですけど……。小さめのものでしたら確かに買えなくはありませんわね」
「ええーっ! カナリアさんも凄いですね! いやあ、やっぱふたりとも第一回イベントで1位取るだけあるよなあ……」
顎を手に乗せて唇を尖らせるカナリアの言葉に、うんうん、と頷くダンゴは完璧にクリムメイスの術中にハマったようだ。
明らかにクリムメイスが不穏な気配を見せているのにも関わらず、それに気付く様子がない。
「それよりぃ、第一回イベントで4位だったクリムメイスさんは今日どうだったのかなあ~?」
一方でウィンは、自分の背に隠れるクリムメイスをジトっとした目で睨みつつ、わざとらしく聞いてみることにした。
「えっ、えっ? あっ、あたしっ? ま、まあね? あたしも4位だしね? かるーくスキル2つぐらい取ってきましたけど? うん、王都セントロンドの周辺でねもちろんね?」
「へえ~、どんなスキルぅ~? ウィンちゃん、ちょっち詳しく知りたいんですけどぉ?」
急に話題を振られ、クリムメイスは思わず視線を逸らす……今日習得したスキルは詳しく教えろ、と言われて教えられるようなスキルではない。
今日クリムメイスが手に入れた2つの称号と2つのスキルは、『潜む者』と『覗き魔』という……どちらも同一の対象を一定時間以上一方的に視認することで手に入る称号と、『姿隠し』と『サプライズアタック』というスキルだ。
ひとつ目は一度使用すると視認されるまで敵対者に対し自身の発するあらゆる音が聞こえなくなるスキルで、ふたつ目はこちらを視認していない敵対者の姿を5秒以上視界に捉えた場合に使用可能な、次に与えるダメージを倍化するスキルとなっており……。
「そ、それはあ~! こ、今度のお楽しみよもちろん~……ここじゃあ人の目もあるからね!? あんまり大っぴらにはね! 今後のことを考えるとね! だから、ほら! 一緒に拠点選びましょう! いろんなところあるんだから!」
……こんなものを見せればただの動かぬ証拠になってしまうので、目に見えて怪しんでいる声色と表情で迫るウィンに対し、クリムメイスはこうなればダンゴを盾に逃げるしかないっ! と、ダンゴの手を引いて再び席に戻り……先程までは隣り合ってベタベタしていたクセに、しっかりカナリアの対面側に回り、そして自分の隣にちゃっかりダンゴを置いてガードを固める。
争いを知らぬ純粋無垢な少女の顔した少年を盾にするなんとも卑怯な女がそこにはいた。
「まあ、別にウィンは先輩がいいって言うならいいけどね~、程々にしときなよ~?」
「な、なに? なによ程々って? あはは、全然分かんないわよ、あはは……」
ニヤニヤとした表情のままカナリアの隣に腰を落ち着けたウィンから視線を逸らしつつ、クリムメイスは顔を手で仰ぎつつ思う。
ヤバい……カナリアってあんな喋り方してるもんだから天然で抜けてると思ってたのに、滅茶苦茶勘が鋭いしかなり嫉妬? 深い……? ウィンもウィンで明朗快活っぽい顔して中々にSっ気が! ……と。
どうにもこの『クラシック・ブレイブス』に所属している女性陣はどいつもこいつも性格に少々の問題があるようだった……クリムメイスを含め。
「拠点かあ。……確か、所属してるプレイヤー専用の工房とかあるんですよね! 組合のおじさんから聞きました!」
そんな『クラシック・ブレイブス』の中で唯一、かなりまともよりの性格をしており、ついでに言えばそもそも唯一女性陣ではない存在であるダンゴは、うわあ、専用の工房! いいなあ! なんて声を上げながら頬に手を当てて、ほう、と熱っぽい息を吐いた。
ちなみに『組合』というのは、強すぎる環境の逆風に苦しんだ生産職のプレイヤーたちが身を寄せ合って誕生した組織である。
別段ひとつの『連盟』とかではなく、ただ単純にゲーム内で集まっては情報交換をしたり、互いの手持ちの素材を交換しあったりしており、ダンゴもここに所属……とまでは行かないが、暇があれば顔を見せていた。
そして無論本人にその気が無くとも男ばかりのその場において姫扱いを受けていたのは言うまでもない……男なのに。
「ええ、そのようですわ。そして、どうやら『拠点』によって少々違いがあるようで……」
鍛冶サーの姫の言葉に頷きつつ、カナリアは先程までクリムメイスと肩を寄せ合って見ていたカタログをテーブルの中央に広げなおし、いくつかの拠点を次々と指差しながらウィンとダンゴへ説明をする。
ひとつ、当然だが『拠点』の広さによって入れるプレイヤーの総数は違う。
増築などによって人数制限を増やしたりなどは出来ないため、これから自分達が作る『連盟』をどれぐらいの規模まで広げるかを考え、慎重に選ぶ必要があるだろう。
ふたつ、『拠点』には所属するプレイヤーに様々な効果を齎す『魔晶』と呼ばれる特別な水晶が最初から設置されている。
これは『拠点』によって、その成長傾向と成長させるのに必要なアイテムが違い、出来るならば自分達にあった成長傾向の『魔晶』を選ぶのが良いだろう。
近接型が多いならば物理攻撃上昇の効果を持つ『魔晶』を選ぶとか、魔術師が多いならばMPの自動回復効果を与える『魔晶』を選ぶとか。
みっつ、ダンゴがそう言ったように『拠点』には専用の『工房』が存在するが、その拡張性は『拠点』によってそれぞれ違う。
『工房』をよく利用するならば拡張性が高い『工房』を備えた拠点を選ぶべきだが、そういう拠点は『工房』に大きくスペースを回すため、大人数を入れるには向かない……または、単純に施設全体が大型化するため値が張る。
よっつ、旅の中でモンスターと心を分かち合う可能性がある……または、どこからか呼び寄せる術を手に入れる可能性が。
そんな時に、彼らと絆を深めるために使えるスペースはあった方が良いに越したことはない。
ただ、勿論それは『工房』と同じくスペースを取るため……以下省略。
「……以上、4点を考え、そして尚且つ安めの物件を探す必要があるのですわ」
「……安めの、ってついちゃうの、なんかリアルでやだね……」
『拠点』に関する説明を終えたカナリアの言葉に対し、ウィンは思わず苦笑を返したが……実際、様々な換金アイテムと装備によって大金が手に入ったとはいえ、値が張る『拠点』はそれを更に上回る凄まじい額をしているし、なにより場所が『王都セントロンド』だったりする。
現状、ハイドラ及びダンゴは『王都セントロンド』まで辿り着いていないし、その道中の情報すらロクに出回ってないので、更に稼いでセントロンドにある大型の『拠点』を購入する……というのは現実的ではないだろう。
それよりは、手頃な値段で『クラシック・ブレイブス』にピッタリな穴場的『拠点』をとっとと確保したほうがいい……と、カナリアとクリムメイスはそこまでは話し合っていた。
「拡張性が高い『工房』だと、そうじゃない工房となにが違うんでしょう……?」
「んー、なんか知らないけど、セットできる『設備』? ってのが増えるらしいわよ?」
「設備……? ダンくん、それって!」
「これだよね!?」
ダンゴの疑問に対し、返ってきたクリムメイスの答えを聞いてウィンとダンゴは目を合わせて笑みを浮かべ、そしてダンゴはテーブルの上にごとりと謎の立方体をインベントリから取り出して置く。
それは、見たところ機械のようだが……いくつかの部品がどくんどくんと脈打っており、素材として『妖精』が用いられていることを静かに物語っていた。
「うわ、なにこれ? どこで拾ってきたのよ、こんなの……」
「『操魔の設備』です! さっき、ウィンが倒した『無限』っていう敵がドロップしたんですけど……なんか説明文的には、使うと武器とか防具にゴーレムを仕込める……みたいな? 僕もよく分からないんですけど、シンプルに機械仕掛けの武器が作れるようになるって思ってます」
「いや急に異世界転生モノみたいな設定出してきますわね」
なんとも不気味な『設備』を再びインベントリに仕舞いなおしながらダンゴが嬉々として語る。
機械仕掛けの武器……カナリア達はいまいちイメージが掴めないが、ダンゴといえば雪鹿&雪嵐の王虎戦で大活躍だった銀聖剣シルバーセイントを作り出した名匠である。
使わせてみればなにか凄いことが起きるかもしれない。
「なら、とりあえず『工房』の拡張性は高いところが良さそうですわね……Aとか選んでおけばいいのかしら?」
「セントロンドの『拠点』だと『広さ』がSってなってるのがちょこちょこあるから、Sが最高ランクだと思うけど……見た感じ無さそうよねぇ」
他にも『魔晶』なる謎の存在とか、急にアピールされ始めた『モンスターテイム要素』を後押しするらしい愛おしきペットとのスペースだとか、あまり数を増やす気はないので『広さ』は気にしないにしても、2点ほど吟味した方がいいポイントはある。
……が、現状それがどう働くのかいまいち要領が掴めないので、とりあえず明確にダンゴにとってメリットとなりそうな『工房』の拡張性の高さと値段だけを見ながら四人はカタログを捲る―――。
「あら! この物件、お値段も格安で『工房』の拡張性がSですわよ! ここでよろしいのではなくて?」
―――しばらくして、カナリアが良さげな物件を見つけたらしく、嬉々とした声を上げつつ自らの捲るカタログの一片を指す。
途中から四人でひとつのカタログを見てたんじゃ効率が悪い、とのことで各々で自分の分を用意してぱらぱらと見ていた他の三人は、どれどれとカナリアがテーブルの中央に置いたカタログに視線を落とす。
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・悪夢の地下実験施設
【広さ】人数制限:D(8人まで)
【魔晶】成長傾向:出血・苦痛・即死
【工房】拡張性 :S(全ての設備に対応可能)
【備考】どんな存在にとっても あまり居心地は良くないようだ。
かつて、オル・ウェズアが帝国であった時代。極秘裏に行われた数々の人道を外れた実験があった。それは多くのものの夢や希望、身体や精神をずたずたに切り刻み、壊し尽くし、そして帝国の繁栄に繋げた。
ここは、その際に用いられていた実験施設の跡地である。染みついた薬品の匂いや怨嗟はなにをどうしても取れはせず、あまり居住に向いた空間とは言えないだろう。
しかし、その分備えられた設備は一級品である。悪夢を作りたければこれほどまでに最適な場所はない。
価格:1,500,000 G
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すると、そこには悪夢が掲載されていた……。




