007-新たなる強敵!その3
「皆様~! パーティーを組みますわよ~!」
カナリアが大手を振って満面の笑みを浮かべながら村へと戻ってくる―――その背後には、怒り心頭といった様子のゴアデスグリズリー。
間違いなく一目散に逃げねば命を失いかねない状況だが、大手を振って戻ってきたカナリアに気を取られた村人たちはゴアデスグリズリーへの反応が遅れ、その拳で頭を撃ち抜かれるなり、首をへし折られるなり、食いちぎられるなりされて即死していく。
「やっぱり一般村民では消耗が激しいですわね……! はやく倒さなくては人命が尽きますわ!」
食い散らかされ、蹂躙される村民を見て確かな焦燥を覚えつつカナリアはゴアデスグリズリーへとダスクボウを放つ。
……普通に考えれば村までゴアデスグリズリーが来てしまった時点で焦る段階はとっくに過ぎていると思うのだが。
カナリアは、まさしく殺人的にマイペースな少女であった。
「やめろーっ! やめてくれー!」
「うわぁ~っ! 親父ィ~!」
「いやあああっ! 助けてぇ! おかあさーん!」
そんなマイペースな少女が生み出したのがこの地獄絵図である。
ゴアデスグリズリーの手で老若男女問わず全員殺されていく。
あんまりにもあんまりだ。
「よし! あと3割ですわ! 皆様もう少し耐えてくださいましね~!」
そしてこの悲鳴の雨あられを一切気にもしないカナリアは的確に村人を虐殺し続けるゴアデスグリズリーの頭部へとダスクボウを撃ち込んでいく……なんと凄まじい胆力だろう。
「『マジックアロー』!」
あともう少しでこの悪魔を撃破できる―――そうカナリアが確信した瞬間。
様々なNPCの死体が散乱する凄惨な戦場へと可愛らしい少女の声が響き、それと共にゴアデスグリズリーへと青白い魔力の矢が撃ち込まれた。
「まあ! ナルア! 助けに来てくれましたのね!」
その攻撃の主は、常日頃から『やがてはアークウィザードになる』と声高々に宣言し続ける幼い魔法使いの少女……ナルアだ。
思わぬ協力者の出現にカナリアは目を輝かせ、即座に自らの立ち位置をナルアよりも後ろに下げる……そう、カナリアは魔法使いであろうとなんであろうと自分以外のパーティーメンバーは全員肉壁にする気なのだ。
「よくも……よくもみんなを! 絶対に許しませんよ! 『マジックランス』!」
怒りに震える声でナルアが『マジックアロー』の上位魔術である『マジックランス』を詠唱する。
それはマジックアローの何倍もの大きさを持つ魔力の槍であり、ゴアデスグリズリーの肩部を一撃で抉り取ってみせた。
……だが、そんな攻撃を食らってもゴアデスグリズリーは怯みこそすれ倒れない。
むしろ、その痛みを力に変えているようであり、明確な攻撃対象としてナルアを選び、食い千切っていた幼い少女の骸を放り捨て咆哮と共にナルアへと一直線に駆け始める。
「あっ」
本来なら、その突撃を受け止めるべき壁役がパーティープレイであれば魔法使いには居るはずなのだが、その壁役がやれそうなカナリアはナルアの後ろに立っているし、なんならナルアこそが壁役だ。
よって、凄まじい速度で目前まで迫ったゴアデスグリズリーの両腕にナルアは簡単に掴み上げられてしまう。
「いぎッ……あ……! 離し……て……!」
万力の様な力で締め上げられながらもナルアはもがいて拘束から抜け出そうとするものの、それは叶わず―――。
「やッ、やだ―――ングーーーッ!!」
―――その頭部がゴアデスグリズリーの口の中へと収められてしまう。
もはや死ぬまで数秒あるかといったところであろう。
「ナイスですわナルア! あなたの死は無駄にしませんわよ!」
だが、その数秒がカナリアの勝機を生む。
ゴアデスグリズリーがナルアに夢中になっていた間に側面へと回ったカナリアはゴアデスグリズリーの頭部へ向かってボルトを放った。
恐らくこれがゴアデスグリズリーを屠る最後の一撃となるであろう―――。
「あ」
―――なればよかったのだが、残念ながら少々手違いがあったようで……最後の一撃となる予定であったボルトは、ダスクボウの発射音に反応しカナリアの方を向いたゴアデスグリズリーの咥えているナルアの背中に直撃し、見事背後から彼女の心臓を一撃で貫いてしまう。
「……幼い少女を盾にするとは!! 卑劣ですわよ!!」
幼い少女どころか、数多の人間の命を盾にしていたカナリアがなにかを言っている。
その叫びと共に、頭部を失ったナルアの死体がゴアデスグリズリーの口からごとりと音を立てて落ちたが……はたしてナルアを殺害したのはゴアデスグリズリーであろうか、それともカナリアであろうか。
少なくとも頭がもがれる前の彼女の心臓を射抜いたのはカナリアであるのだが。
「ですが! これで終わりですわね!」
気を取り直しダスクボウを構えなおすカナリア。
ゴアデスグリズリーのHPは積み重ねられたダスクボウのダメージと、ナルアの2度の魔法攻撃によって削りに削られ、最早無いに等しい。
正真正銘今度こそ、この攻撃が最後の一撃となるであろう。
「あの世で懺悔なさい! ゴアデスグリズリーッ!」
今すぐこの世で懺悔したほうがいい少女の一撃が放たれる。
それはゴアデスグリズリーの喉を直撃し、残った僅かなHPバーを削り切る……ゴアデスグリズリーは弱々しい悲鳴と共に倒れこみ、沈黙―――生命活動を停止したのだ。
「……ついにやりましたわ! 我々の勝利ですわよ! 皆々様!」
いえい! なんて言いながらピースサインを作るカナリア。
……皆々様はみな皆殺しにされてしまったのだが、彼女は気付いていないのであろうか?
死屍累々の中に勝利と平和のサインを浮かべているあたり、気付いていないのだろう……。
『称号獲得:微かな翼、魔術師殺し、騎士殺し、群れ殺し、狩猟者、生存者』
すっかり静かになってしまった村の中で一人喜んでいるカナリアの耳へとシステムボイスが響く。
とりあえずカナリアはステータスを展開して獲得した称号などを確認することにした。
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微かな翼
:己を知らぬ魔法使い、ナルアを殺害したものに与えられる称号。だが、これは不完全だ。
:特に理由もなく、己を知らないナルアを殺害する。
:『翼……それは古い時代に、北の海より現れたという。完全な翼を求めるなら北を目指すがいい』
魔術師殺し
:高名な魔術師を容易く屠ったものに与えられる称号。
:スキルを用いずに高いINTを誇る魔法使いを殺害する。
:スキル『ネゲイト』を習得する。
騎士殺し
:多くの騎士を死に追いやったものに与えられる称号。
:数多くの騎士の死に関与する。
:与えるノックバックを少々強力にする。
群れ殺し
:軍勢をたった一人で壊滅させたものに与えられる称号。
:無数の敵の群れを一人で死に追いやる。
:自分達よりも敵の数が多い場合、一人につき被ダメージが1%軽減され、与ダメージを1%上昇する。最大15%。
狩猟者
:クロスボウのみを用いて猛獣を狩ったものに与えられる称号。
:強力な獣型のモンスターをクロスボウのみで撃破する。
:クロスボウによる与ダメージが50%加算され、相手が獣型である場合は更に50%加算される。
生存者
:戦場を唯一生き抜いたものに与えられる称号。
:100人以上の死者が出た戦いで、自分のみが生存する。
:被クリティカルの確率が50%低下する。
ネゲイト
:直前に使用されたスキルを打ち消すことが可能なスキル。
:打ち消すには相手が使用したMPと同等のMPが必要。
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「えっ、100人も死にましたの?」
様々な称号とスキルが手に入ったのを確認したカナリアの口から出た感想は、称号やスキルの効果よりも『生存者』の称号取得条件として載っている『100人以上の死者が出た』という一文への驚愕だった。
それもそうであろう、常人であれば100人もの死者が自らの戦いの犠牲として出たとなれば多少は心に痛みを覚えるものだ―――。
「つまり戦利品がまだまだあるわけですのね!? はやく集めなくては!」
―――が、残念ながらカナリアは一切痛みを覚えていない。
むしろ100人も死んだので、たくさんのアイテムが手に入りそうだと大喜びである。
いったい、どういう神経をしているのだろうか―――。
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陽食い
基本攻撃力:120
STR補正:D
DEX補正:D
INT補正:-
DEV補正:-
耐久度:300
:生者に対し10%のダメージボーナス
ダスクボウ
基本攻撃力:80
ボルト:ノーマルボルト
基本攻撃力:20
STR補正:-
DEX補正:-
INT補正:-
DEV補正:-
耐久度:300
:生者に対し20%のダメージボーナス
黄昏の防具(頭・胴体・腕・腰・足)
基本防御力:20
耐久度:300
:生者からの被ダメージが20%上昇
シュテレーの指輪
:各地の封じられた扉を開くことが出来る。
:この装備は呪われている。
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「装備の情報なんて見れたんですのねえ」
―――ついに空けることに成功した宿屋の一室にて、聖竜騎士団の血によってマーブル柄となったベッドに腰をかけたカナリアは、今まで見ていなかった自身の装備の詳細な情報を眺めながら独り言ちる。
どうやら今まで使っていた直剣『陽食い』とクロスボウ『ダスクボウ』は命ある者への与ダメージにボーナスが乗り、逆に装備していた『黄昏』シリーズの防具は全て、命ある者からの被ダメージを上昇させるデメリット効果を持っているようだ。
「頭、胴体、腕、腰、足の五か所で……100%上昇……? ようは2倍じゃありませんの! ゴミですわねコレ!?」
そして知る……ゴアデスグリズリーがワンパン製造機であった理由を。
いくら序盤の敵といえど、もとから高いゴアデスグリズリーの攻撃力を倍掛けをすれば凶悪な攻撃性能を誇って当然であった。
「死してなお、わたくしを苦しめるとは……許せませんわ……レプス!」
恨めしそうに黄昏装備の効果を睨みつつカナリアは呟く。
……実際、レプスが死んだばっかりにカナリアはゴアデスグリズリーに苦戦を強いられたし、ゴアデスグリズリーに苦戦を強いられたが故に聖竜騎士団の方々と村人の皆様とナルアはゴアデスグリズリーに殺されるはめになったので、確かにカナリアはレプスに死してなお苦しめられていると言えるだろう。
まあ、レプスを殺したのはカナリアであるし、殺した相手の防具を我が物顔で装備していたのもカナリアなので因果応報なのだが。
「こんな装備やめてやりますわ! そこらの適当な騎士の鎧のがマシですわよ絶対!」
言い終わるが早いか、カナリアは『黄昏』防具を脱ぎ去り、代わりに聖竜騎士団の死体から大量に手に入った『聖竜騎士』防具を装備する。
「……見た目はかなり重そうですけれど、特に支障はなさそうですわね」
鎧の役割を果たしているか疑問になるほど布面積が多かった(そして役割を果たしていなかった)『黄昏』防具とは違い、『聖竜騎士』防具は立派な板金鎧である。
なので、もしかすれば動きに支障が出るかと考えたカナリアは軽く体を動かしてみるが、特に異常はない。
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聖竜騎士の防具(頭・胴体・腕・腰・足)
基本防御力:44
耐久度:500
:DEXに-5の補正。
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とはいえ、なにもデメリットがないわけではないだろうと考えたカナリアは装備の詳細を閲覧……そしてこの装備にDEX低下のデメリットがあることを知る。
が、現状カナリアはHP以外に一切ステータスを振っていない謎のビルドなので特に問題は無かった。
「……いやでもこれは流石に……」
しかし、カナリアはペタペタと自分の腕や胸を触りながら苦笑する。
どこをどう触ってもゴツゴツとした鎧の感触が返ってくるし、それ即ちこの鎧がお洒落度ゼロの真面目な鎧であることの証明であり、カナリアは早めに違う防具を手に入れることを決意した。
どうも彼女は外聞は気にしないのに外見は気にするらしい。
変わった生命体である。
「まあ仕方ないですわよね。ゴミを着るよりマシですもの……お次はこの大弓ですわね!」
さり気無く『黄昏』防具を手酷くディスりながら、ベッドに広げている戦利品のうちのひとつである大弓を手に取る。
その大弓はゴアデスグリズリーの死体から得られたもので、特徴的な彼の二対目の腕をそのまま大弓に仕立てたような外観がなんとも悍ましく、カナリアにぴったりである。
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殺爪弓
基本攻撃力:220
矢:木の大矢
基本攻撃力:30
STR補正:A
DEX補正:D
INT補正:-
DEV補正:-
耐久度:250
:HPの残量が5%以下の時に+150%のダメージボーナス。
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「あら、良さげですわね!」
そして、この悍ましい外見の大弓は見た目ならず性能までもがカナリアと相性が良かった。
通常では達成することの難しい残HP5%以下という条件は『夕闇への供物』でHPをMPへと変換できるカナリアが使う上ではさほど問題にならず。
対応するステータスが高ければ高いほど威力が上昇する『ステータス補正』でSTRが高めに設定されているのも良い。
まず初手で『夕闇の障壁』で障壁を張り、その後一度回復を挟んだ後にHPをありったけSTRを増加させるスキル……『獣性の解放』に注いでSTRを限界まで上昇させつつHPを減らし、この大弓で攻撃をする……そんなプランがカナリアの脳内で構築されていく。
「他は雑多な剣や杖だけですわね……、って杖? 杖……あぁ、ナルアのですわね」
意外なところで手に入った強力な装備に満足しつつ、他の戦利品に目を通していくとナルアが装備していたローブと三角帽、そして美しい宝石が先端にはめ込まれた杖がカナリアの目に付いたが、カナリアは軽く詳細に目を通してINTに振っていない自分には不要なものだと判断して、インベントリの中へと収納していく。
頭が取れた挙句に下着姿で放り出されているナルアのなんと不憫なことか。
「けれど……驚きましたわねえ~、まさかこの宿の亭主がナルアの御父上だったなんて」
とりあえず所持品の整理を終えたカナリアは、ふとカナリアは目を閉じて思い出す。
全てを終えて宿に帰った後に発生したイベントを……。
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