068-無限お使いクエスト その2
「いやいや、いいよ。なんだかんだ楽しかったしね……それより、どうしてウィンだけ受けられたんだろう?」
小首を傾げるダンゴが気にするなと言うので、お言葉に甘えて気にしないことにしつつ……ウィンも自分だけがクエストを受けられ、ダンゴが受けられなかった理由を考えてみた。
まず最初に思い浮かぶのは自分は戦闘職であり、ダンゴは生産職である……ということだが、生産職であることを理由に受けられるクエストが増えるならばともかく、受けられないクエストが出てくるようでは生産職への冷遇が過ぎるので違うと考えられる。
ならば、次に違うのは……。
「……なんでだろ? 女の子しか受けられないとか……?」
「それなら僕も受けられるはずじゃないか。僕だって女の子だよ?」
「えっ……。あ、うん……そうだね……」
自分は女性でダンゴは男性、男女で受けられるクエストが違う……なんてものは普通にありそうだからこれかな、と思ってウィンは口にしたが、ダンゴがちょっと困ったような表情でとんでもないことを返してくるものだから、ウィンは一瞬硬直してしまう。
そう……そうね……『僕だって(キャラクター上は)女の子だよ?』ね……ついに自らの性を受け入れたのかと……。
「うーん、あとはもう胸の大きさぐらいしか違いないかなあ……」
「えっ……そんなので発生条件変わる……?」
「恵まれない者にクロムタスクが優しさを見せたのかもしれないじゃん」
となれば、もう疲れたウィンの脳では自分とダンゴの胸のサイズぐらいしか違いが思いつかなかった。
片や絶壁、片や秀峰……なまじ背丈や体格は同じ程度なので胸囲の差が凄まじい。
これならば自分だけにレアなクエストが舞い降りても許されるだろう……うんうんとウィンは頷きながら思うが、そもそもとしてウィンぐらいの歳頃なのに秀峰が誕生してしまうのは、それ即ちダンゴ……もとい、ハイドラがウィンと同じく恵まれない者だからではないだろうか。
そう『クラシック・ブレイブス』は実に4/5が恵まれないものだった……現実なんてそんなものである。
「僕はいらないんだけどなあ……これ……やたら目を引くし、存在感凄いし……」
「……まあ、ダンくんはそうかもね……」
妹の欲望によって生み出された偽りの秀峰へと遠慮がちに視線を落としながらダンゴは溜め息を吐く。
どれだけ自分は現実では男なのだと言い聞かせても、その胸が視界に入るだけで自分が今は少女の身体をしているのだという事実を突きつけられてしまうし、現在このゲームの住人にはクリムメイスのようなアレな方が多めということもあり視線も気になる。
……その偽りの秀峰が生まれた背景には、幼少期に男の子だと勘違いされたことがそこそこあったハイドラの心の奥底に『兄よりも女らしくならねば、自分は男になってしまうのかもしれない』という考えが植え付けられてしまっていることがあるのだが、そんなことを日に日に女性らしく成長していく兄は知る由もない……。
そんな、ハイドラの幼少期のトラウマは置いておくとして、なんだかんだと喋りながらも、結局なぜウィンだけがこの地獄めいたお使いクエストを受けられ、ダンゴは受けられなかったかの答えである『叡智【妖精】のような妖精に関する称号を所持しているかどうか』にふたりが到達することは当然なく。
まあもう分からないならおっぱいの大きさが小さいと受けられるって結論でいいや、と、死んだ脳で結論付ける頃、ようやっとふたりは全ての始まりである第六騎士製造所へと帰ってきた。
「おお……! やっと戻ってきたか! 随分と時間が掛かったもんだから、途中で死んじまったのかと心配しちまったぜ! なんてな、ヘヘヘ……で、それがヴェンリスのヤローが寄越した新しい『妖精』か! 今度のは丈夫だといいんだがな」
どうかこれが最後でありますように……。
そう切に願いながらウィンとダンゴが男へとケージを渡すと、取っ手側に付けられた小窓から中身を軽く確認して大きく頷く……どうやら目当ての〝モノ〟はそこに居たらしく、男は軽く礼を残すとケージを大事そうに抱えて施設の奥へと消えて行った。
「……あれ!? なんもなし!? 嘘じゃん! どうなってんの! なに考えてんの! 死にたいの!」
「お、落ち着いてよ、ウィン。ちょっと待ってれば戻ってくるって、たぶん……」
男が消えてから数秒後、なんの報酬も貰えなかったことに気付いたウィンが晶精の錫杖を振り上げて叫び、普段の様子からは考えられない殺意に満ちたその様子にダンゴは若干引きつつも、今にも『妖体化』して男を引き裂きに向かいそうなウィンを後ろから羽交い絞めにして止める。
いくら激昂していようがウィンのSTRが0なのは変わらない……放してお兄ちゃんあいつ殺せない! と喚きながら暴れはするが、ダンゴの拘束からは逃れられなかった。
「……冷静に考えると、この施設ってなんなんだろうね」
それからもしばらく暴れていたウィンだったが、元々数々のお使いクエストで疲れ切っていたこともあって程なくして落ち着きを取り戻し……適当な場所に腰を落ち着けて足を揺らしながら周囲を観察し始め、ふと気になったことを口にする。
言われてダンゴもぐるりと周囲を見渡すが……、確かに謎だ。
中小様々なケージが並んでいる様子は動物病院でも連想させるが、金床や炉のような鍛冶場を彷彿とさせる設備も並んでいるし、挙句の果てには分厚い本がびっしりと詰め込まれた棚や幾何学的な模様の描かれた謎の図面まで転がっている。
一切の統一感がないし、そしてなによりこの施設の名前は『第六騎士製造所』で、クエストをこなして来た感じではオル・ウェズアの住人はこの場所に良い感情を抱いてないようだった。
「ここはその名前の通り、六番目の騎士を作るための施設さ! わりぃわりぃ、舞い上がって『妖精』を仕込みに行っちまったよ。あ、これ礼な」
もしかして、なんかヤバい施設のヤバい研究の手伝いしてた……? とウィンとダンゴが妙な不安感を覚えると同時、施設の奥から戻ってきた男がまるで分からない簡素な説明をしつつ、ウィンの手に少ないとは言わないが別段多くもないゴールドを握らせる。
ウィンは自らの手に握らせられたクエストの達成報酬を見てしばらく硬直し、続いて無表情で男を見上げた―――ダンゴは察知する。
……話が終わったら殺す気だあの子……!
「……つっても、ヘヘ。わかんねえか、外の人は『騎士』なんて。じゃあ、ちょいと昔話をしてやるよ。それは此処が魔学都じゃなくて〝帝国〟だった頃の話。まだ王都セントロンドが弱小国家で、世界の中心がオル・ウェズアだった時代の話さ―――」
あたりを雪原に囲まれ、作物は当然ながら鉱物にさえ恵まれない貧しい土地の上にある国、オル・ウェズア……それだけ聞けば貧しい国なのであろうと誰もが思うかもしれない。
だが、実際には違った。
オル・ウェズアには作物も鉱物もなにも無かったが、唯一他の国にはないものを持っていた。
それは『妖精』との繋がり……正確には『妖精』を捕え、利用する術。
人々が住むこの次元よりも、ひとつ高いところに住むとされる『妖精』は高い魔法への適性を持ち、そんな彼らを利用したありとあらゆるものは既存の全てより癒し、より殺した。
故に、それらを使えば、オル・ウェズアが周囲の国より自らの国に無いものを奪うなど容易かった……作物も、鉱物も、人ですら。
……それでいて、オル・ウェズアへと報復をしようものに対しては、本来オル・ウェズアの人々を苦しめるはずの自然が牙を剥き、なにより当時のオル・ウェズアは雪鹿や雪嵐の王虎といった『雪の獣』たちを完璧に制御できていた。
侵入者を弱らせ、その全てを壊し、殺すことに特化した彼らの存在はオル・ウェズアを無敵の帝国とするには十分だった。
貧しい土地にありながらも、周囲の国から全てを奪い上げ、この世界のありとあらゆるものをその手中に収めた帝国『オル・ウェズア』は、やがて周囲の国から奪った鉱物や学者、戦士たち……そして自らが持つ『妖精』を使い、五体の『騎士』を生み出した。
たった一体で国ひとつを滅ぼすことが出来るとまで言われる力を持つ、恐ろしい『騎士』を。
第一の騎士。白き翼を持ち、歪なその瞳の力によって時を自在に操る。与えられた名は【勝利】。
第二の騎士。赤き翼を持ち、常に消えぬ炎を纏い、放ち、地上を焼き尽くす。与えられた名は【戦争】。
第三の騎士。黒き舌を持ち、飢え続ける四足の獣、雄叫び一つで全てを奪う。与えられた名は【飢餓】。
第四の騎士。緑の無数なるもの、ひとつの猛獣の姿となり、触れるものを自らとす。与えられた名は【疫病】。
第五の騎士。青き終わり、飾る言葉なく、ただそれだけ。与えられた名は【死】。
それらは華々しく、そして長くは続かなかった帝国『オル・ウェズア』の力の象徴であり、また、最大の間違いでもある。
誰もが察せられるとおり、やがてこの五体の『騎士』は帝国の制御を外れると、この大陸に大きな爪跡を残し、自らを産み出した忌むべき『塔』と共に天へと消えたという。
「―――大体のヤツは『騎士』はもう返ってこねえって言う。けれど、俺はそうは思えねえよ。あいつらはちょっと休んでるだけさ、お空でのバカンスが終わったら戻って来て……ボン! 今度こそは地上はおしまいだ! アハハ! ……だから俺は作ってる、騎士を殺すための騎士、六体目の騎士を……ああ、安心してくれ。国も認めたきちんとした仕事だよ、叩かれまくりだけどな、ヘヘヘ……」
なにを照れてるのかは知らないが、照れたように頭を掻く男。
……いやそれは別にいいのだが、ウィンとダンゴは完璧に固まっていた。
完全にヤバい仕事を引き受けた……! と、そう理解してしまったのだ。
国も認めたきちんとした仕事とはいうが、そんなものはどうだっていい。
問題なのは、こんなフレーバーテキストで語ればいいような内容をわざわざ目の前の男がベラベラと喋り、そしてその騎士を作る手伝いをわざわざプレイヤーにやらせたという事実。
そしてなによりも報酬が露骨に少なすぎる―――。
「ち、ちなみにその『騎士』ってどういう名前にしたんですか?」
「ん? ああ、【勝利】、【戦争】、【飢餓】、【疫病】、【死】……前のが割と暗い名前してんだろ? だから、明るい名前にしようと思っててさ、俺は【無限】って呼んでる。参考にしたのは第二の騎士【戦争】、あれと同じく熱量を用いた対多数戦に特化した作りだ。五体も相手しなきゃいけねえから……」
―――ダンゴが男に聞き、男が嬉しそうに自らが作り上げているという六番目の騎士『無限』について語る最中、彼は背後から白い煙を吹きかけられ、じゅわあ、なんて擬音を残してぐずぐずと焼け、溶け、そして燃えた。
唐突な男の死にも、ウィンとダンゴは驚かなかった。だって、あまりにもフラグが乱立し過ぎていた。
『六番の試練(シークレットクエスト) 開始しますか? YES/NO』
「やっぱりーーーっ!!」
ウィンが己の目の前に現れたウィンドウに記された内容を見て悲鳴を上げる。
そりゃあ、そうだよね……こんな急に語るってことは作ってた騎士が暴走するよっていう前振りに決まってるよね……と納得はしつつも、動悸は収まらない。
白い煙の中から静かに姿を現した目の前の巨大な騎士に対し、ウィンの生存本能は危険だと訴え続けている。
「ど、どうするのウィン!? やるなら僕も戦うよ!? 的避けぐらいにはなるはずだし……!」
「う、うぅん……失敗してリトライ不可とか言われたら困るし、先輩かクリムメイスさん呼んでくるのが手堅いけど……」
手堅い、だけれど……ウィンは自分の胸に手を当てた。
近頃はなんだかんだとカナリアに甘えてばかりであったが、自分とて数々のクロムタスクのゲームをクリアしてきたのは事実。
初めてのVRゲームであるということ、初めてのオンラインゲームであるということ……それらに最初は戸惑っていたが、幾度かの冒険を通じて徐々に感覚は掴めてきている。
「いや! やる! やるよ! 決めたもん、今日はクエスト終わらせて先輩を驚かせちゃうって!」
「なら!」
「ダンくんごめん! ふたりで挑んでHP増えたりしたら困るからひとりでやらせて!」
「あっ、はい」
覚悟を決めたウィンの背を見て、ならば自分も助太刀といこう! と意気込んだダンゴだったが、これはひとりで超えたい戦いなんだ、とか、お願い見守ってて、だとか、そういうものではなくて『HP増えたら困るから』という超現実的な理由でウィンがパーティーから脱退するのを見て真顔になる……少しだけ傷付いたが、仕方がない。
クロムタスクのゲームにおいてボスというものは、こちらのパーティーの人数によってHPが増減するのが当たり前なのだし、現状ウィンの唯一の武器である魔術はMPを消費する。
例え濡星装備によってMPが多少自動回復するとしても、相手のHPが僅かに増加するだけで撃破に必要な攻撃回数が変わり、それが命取りになることは変わりがないのだから。




